ラストグリーン

桜庭かなめ

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第37話『日焼止狂想曲』

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 さてと、みんなで「海だー!」と叫んだし、まずはどう過ごそうか。風も気持ちいいからサマーベッドでのんびりするもアリだな。
 サマーベッドに戻って仰向けになると……日陰になっていて気持ちいい。少し汗も掻いているから風も涼しい。ちょっとの間、眠るっていうのも――。

「うわあっ!」

 何か冷たいのが右の脇腹に触れたんだけど!
 体を起こすと、すぐ側にはクスクスと笑う咲希がいた。よく見てみると彼女の右手に何かついている。日焼け止めかな。

「ごめんごめん。いたずらのつもりで日焼け止めを付けた手で脇腹を触ったんだけど、翼ったら思いの外驚いて……ふふっ」
「ごめんね、つーちゃん。弱い場所がどこなのか訊かれて脇腹って教えちゃった」
「そういうことか。昔ほどじゃないけど、脇腹は弱いんだよ。しかもひんやりしていたから驚いちゃった。今ので眠気が一気に吹っ飛んだ」
「ごめんね、翼。そ、そんな状況で頼み事をするのは申し訳ないんだけど……背中に日焼け止めを塗ってくれないかな? 翼に塗ってほしいの」
「じゃあ、さっちゃんの後に私の背中にも日焼け止めを塗ってもらっていいかな?」
「うん、いいよ」

 咲希は隣のサマーベッドにうつ伏せになる。そのことで奥にいる羽村と三宅さんの姿が見える。2人も日焼け止めを塗るのかな。
 そういえば、去年までは僕は芽依の背中に日焼け止めを塗っていた。そして、明日香は常盤さんに塗ってもらっていたな。

「じゃあ、明日香。その間にあたしの背中に塗ってもらってもいいかな」
「うん、いいよ。さっちゃん」

 ついさっきまで僕が仰向けに寝ていたサマーベッドに、常盤さんがうつ伏せになる。明日香に日焼け止めを塗ってもらい始め、常盤さんはまったりとした表情になる。
 さてと、僕も咲希の背中に日焼け止めを――。

「は、陽乃! これから日焼け止めを……塗るぞ!」

 翻った羽村の声が響き渡る。羽村、三宅さんの背中にこれから日焼け止めを塗ることに緊張しているのかガチガチだ。そんな彼とは対照的に三宅さんは穏やかに笑っている。

「ふふっ、お願いします」
「ああ。嫌だと思ったら遠慮なく言ってくれ」
「はい、分かりました。……ひゃあっ! 意外と冷たいですね。蓮見先輩が驚いたのも納得です」

 咲希のイタズラで驚いたところ、三宅さんにも見られていたのか。恥ずかしいなぁ。もしかしたら、全員に見られていた可能性もありそうだ。

「こんな感じで塗っていけば大丈夫か?」
「はい。後で会長には私が塗ってあげますね」
「ああ、お願いするよ。一昨年と去年は塗らなかったんだが、風呂に入ったときちょっと痛かったからな」

 とても仲睦まじい雰囲気じゃないか。これなら三宅さんと更に仲を深めることができそうだな、羽村。

「翼、早く塗って~」
「はいはい、お待たせしました」

 咲希が持参した日焼け止めを手に出すと、確かにひんやりしているな。これを突然塗られたら驚くわな。
 そういえば、今は咲希……水着の紐を解いてうつ伏せになっていて無防備だ。さっきのイタズラの仕返しとして脇腹でもくすぐろうかな……と思ったけれど、そんなことをしたらまずそうなので止めておくか。

「それじゃ日焼け止めを塗るよ」
「うん、お願いします」

 僕は咲希の背中に日焼け止めを塗っている。咲希の肌、凄くスベスベしているな。

「あっ、気持ちいい……」
「こういう感じで塗っていけばいい?」
「うん。凄く上手だよ。そもそも、翼に体を触られること自体でドキドキするし。んっ……声が漏れちゃうよ……」

 恥ずかしいのか、咲希は顔を赤くして両手で口を押さえている。何か、今の咲希を見ていると、まるでさっきの仕返しをしてしまっているような気がして。

「なあに? 咲希って背中が弱いタイプなの?」
「そんなことないよ。ただ、ひんやりしているのと、日焼け止めの付いた手で背中を触れるとちょっとくすぐったいっていうか。もちろん、翼が上手なのもあって気持ちいいよ」
「へえ、そうなんだ。これは楽しみだね、明日香」
「う、うん。そうだね」

 明日香はチラチラと僕のことを見てくる。

「ねえ、翼。もっと……して?」
「……うん」

 はぁ、はぁ……と普段よりも荒い息づかいをしながらそう言う咲希のことが、とても艶やかに見えてくる。できるだけ平常心を保つよう心掛けながら、日焼け止めを塗っていく。

「本当に気持ちいいよ、翼。もしかして、芽依ちゃんにやってあげたりしてた?」
「うん。一昨年と去年は芽依の背中に塗ってあげたよ。で、芽依に塗ってもらった」
「そうなんだ。それじゃ、上手なわけだ」
「咲希にそう言ってもらえると嬉しいよ。……はい、背中は一通り塗ったよ」
「あ、脚も塗ってもらっていい? もちろん、素肌が見えているところだけでいいから!」
「うん、分かった」

 水着に隠れている部分を塗ってしまったらそれは非常にまずいし、元々そこまで塗るような変態じゃない。といっても、お尻の一部分は見えてしまっているし……ここは無心を貫くしかない!

「んっ、気持ちいい……」

 そんな甘い声を漏らされたら、貫ける自信がどんどんなくなっていくよ。

「脚の方は弱い部分ってある? そこは気を付けるから」
「ううん、ないよ。気を遣ってくれてありがとね」
「ああ。でも、ランニングで鍛えられている感じがする脚だと思うよ。元々、水泳部だったというのもあると思うけど。そういえば、咲希の得意な種目って何なの?」
「背泳ぎだよ。もちろん、クロール、平泳ぎ、バタフライもしっかり泳げるけど」
「そうなんだ。僕は背泳ぎをするとどうしても曲がっちゃうから苦手だな」
「中学の授業のとき、そんな友達がいたな」
「僕だけじゃなくて安心した。……はい、両脚も終わったよ」
「ありがとう、翼」

 咲希と喋ったことで、変に興奮せずに彼女の両脚に日焼け止めを塗れたぞ。やけに達成感があるな。

「じゃあ、次は明日香だね」
「うん、さっちゃん」

 まるでバトンタッチでもするかのように、明日香と咲希は右手でタッチをした。今度は明日香がサマーベッドにうつ伏せの状態になり、水着の紐を解く。

「つーちゃん、さっちゃんと同じように背中と両脚をお願いします」
「うん、分かった。じゃあ、咲希と同じように背中から塗っていくね」

 明日香の背中に日焼け止めを塗り始める。咲希と比べると白くてもっちりとした肌だ。

「さっちゃんの幸せそうな顔をしていたの分かるよ。これ、凄く気持ちいい……」
「あたしが塗ったときとどっちが気持ちいい?」
「みなみんのときも気持ち良かったよ。みなみんの手は柔らかくて繊細な塗り方だったけれど、つーちゃんは大きな手でしなやかな感じって言うのかな。要するに、どっちも気持ちいいってこと!」
「ふふっ、そっか。嬉しいけど、ちょっと妬いちゃうな。明日香の背中はあたしだけが塗ることができると思ったからさ。蓮見君、明日香の白くて綺麗な肌を傷つけないように気を付けてね。明日香は至宝だから」
「うん。これは責任重大だ」
「さっちゃんのときと同じで大丈夫だって。……つーちゃんのこと、信じているし」
「……ありがとう。しっかりと丁寧にやっていくね」

 明日香への日焼け止め塗りを再開させる。
 ちらっと常盤さんの方を見てみると、自分の腕などに日焼け止めを塗っているな。もちろん、こちらの方を見ながらだけれど。そのことで緊張感が生まれ、明日香に変な気持ちを抱かずに塗ることができる。

「鈴音ちゃん、芽依ちゃん、塗ってくれてありがとう。お礼に2人の背中には私が塗るけれど、どっちからしようか? 大丈夫、お姉さんが優しく塗ってあげるから」
「……こ、ここは年上からですよね!」
「年齢は気にしなくていいんだよ。それに、部活でも教え子の芽依ちゃんが先でいいと思うんだ」
「……譲り合っちゃって可愛いなぁ。よし、私の手は2つあるんだし、2人同時に塗ってあげる」

 きっと、譲り合っている理由はポジティブなものじゃないと思うけど。
 松雪先生には芽依と鈴音さんが2人で塗ってあげたのか。そのときの様子は見ていなかったけれど、きっと幸せだったんだろうな、先生。

『ああっ……』

 芽依と鈴音さんの気持ち良さそうな声が見事に重なっている。そんな2人が可愛らしいと思っているのか松雪先生、凄く楽しそう。

「あっ、つーちゃん……」
「うん? ……あっ、ごめん」

 先生達の方を見て気を取られてしまったからか、左手が明日香の胸に触れてしまっていた。それが分かると妙に柔らかさを感じる。

「大丈夫だよ、つーちゃん。つーちゃんならいいけれど……」
「周りに気を取られちゃったんだ、ごめんね。背中は塗り終わったから今度は脚だね」
「うん、お願いします」

 変なところを触ってしまわないように気を付けないと。そう心がけたこともあってか、明日香の両脚に塗るときは変に興奮することはなかった。

「はい、終わったよ、明日香」
「ありがとう、つーちゃん。じゃあ、今度はつーちゃんの番だね」
「そ、そうなるね」

 これまでは芽依に塗ってもらったけれど、今、芽依は先生に塗ってもらっている最中だからな。今回は明日香や咲希にお願いしようかな。

「あたしも翼に日焼け止めを塗りたい!」
「じゃあ、さっちゃんが背中で私が両脚って分担しようか?」
「何か面白そう。あたしも蓮見君に日焼け止めを塗ってみたい」

 段々と不穏な空気になってきたな。芽依か、同じ男である羽村に任せたくなってきたけれど、羽村も三宅さんに日焼け止めを塗ってもらっているところで、とても幸せそうにしている。頼める雰囲気じゃないな。

「ほらほら、うつ伏せになって、翼」

 半ば強制的に咲希達によってサマーベッドにうつ伏せにさせられる。浜辺でこんなに不安になったこと一度もないぞ。

「翼、お礼として背中と後ろの両脚を塗ってあげるよ、ふふっ」
「何かリクエストがあったら遠慮なく言ってね、つーちゃん」
「じゃあ、咲希が背中で、明日香が右脚、あたしが左脚を塗ることにしようか」
「そうだね、美波。じゃあ、やるよ、翼」
「……お、お願いします」

 特に咲希の笑みを見ていると不安な気持ちが湧いてくるけれど、それって彼女達のことを信頼していないことになる。それじゃ失礼だな。ここは男として、どっしりとかまえていよう。きっと、彼女達はしっかりと日焼け止めを塗って――。

「あははっ! くすぐったい! はあっ、はあっ……」

 特に脇腹と左脚がくすぐったい! 咲希と常盤さんだな。
 ただ、ここで抵抗して3人にケガをさせてはまずいので、僕はサマーベッドを抱きしめて、大声でたくさん笑った。痛い想いをしているわけじゃないからここは我慢するけど、これは仕返しも考えておくべきかも。

「さっちゃん、みなみん。もうそろそろ止めよう。つーちゃんかわいそうだし、これ以上やったらつーちゃんも絶対に怒るよ」
「そ、そうだね。……ごめん、翼」
「ごめんね。でも、ここまで笑う蓮見君はなかなか見ないよね」
「……僕自身、久しぶりに笑いまくったよ、常盤さん。笑い疲れちゃった。さすがにもう勘弁してほしいな」
「分かった。じゃあ、今度こそしっかりと翼に日焼け止めを塗ろう」

 その後は、特にいたずらをすることなく、3人は僕に日焼け止めをしっかりと塗ってくれたのであった。
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