ハナノカオリ

桜庭かなめ

文字の大きさ
6 / 226
Fragrance 1-コイノカオリ-

第5話『絢探し』

 4月18日、木曜日。
 放課後、私は茶道部の活動をサボって、陸上部が活動している陸上トラックが見えるベンチに座っている。そこは木陰になっていて、時々吹く風がとても爽やかで心地よい。また、その風に乗って、ベンチの横に咲いているたんぽぽの甘い香りが微かに感じられる。
 私がここにいる理由は唯一つ。陸上部の活動が終わって、部活帰りの原田さんにクッキーを渡すためだ。
 クッキーを多く作りすぎて杏ちゃんと美咲ちゃんに渡したら、とても喜んでくれた。原田さんも2人みたいに喜んでくれるといいな。
 その原田さんはトラックの端で何やらスタンバイをしているみたい。短距離走と中距離走が専門みたいだから、これから走るのかな。それにしても、ジャージ姿の原田さんはかっこいいな。ずっと見ていたい。
 原田さんの走る姿を見たいのか、多くの生徒が集まり始めた。まだ原田さんがスタートしていないのに黄色い声が上がるというのは、彼女の人気の象徴だろう。

「お願いします」

 小さかったけど、そう言う原田さんの声が確かに聞こえた。
 その直後に笛の音が鳴り響く。そして飛び交う女子達の声援。
 左側にあるスタートラインから勢いよく走ってくる原田さんは、ポニーテールを揺らしながら一瞬にして私の前を通り過ぎてゆく。その瞬間の原田さんの横顔はやっぱりかっこよかった。彼女から溢れる汗がとても煌びやかに見えた。
 ゴールまで辿り着いたのか、原田さんは徐々に減速し……やがて立ち止まった。
 そして、驚くべきはここから。
 立ち止まった原田さんの元へ、白い汗拭きタオルを持った数人のジャージ姿の生徒が一斉に駆け寄ったのだ。きっと、みんな原田さんに好意を持っているんだと思うけど、私だったら絶対にできない。恥ずかしい。

「お疲れ様でした!」
「今日の走りもとても格好良かったです!」
「そうかな。今日は結構調子が良かったよ」

 数人が一斉に行ったら普通は困るところなのに、原田さんは爽やかな笑みを絶やさずに対応していた。

「原田さん、今のタイム……12秒ピッタリ。かなり調子がいいわね」

 そのタイムにトラックの方からどよめきが起こる。何メートルかは知らないけど、12秒ってそんなに速いのかな。でも、調子がいいって言われているから速いのか。
 そういえば、よく考えたら……クッキーを渡すにしても、相手は人気のある原田さんだから結構な数の生徒の前で渡すことになるのかぁ。そう思うと今から緊張してくる。緊張した所為で手が震えて、それでクッキーが落ちて……落ちたことに慌てちゃって思わず踏んじゃいそう。
 でも、原田さんは電車通学らしいから、帰るときは1人のときもあるそうだ。
 私は徒歩通学だから、鏡原駅の改札を通る前に渡さなければいけない。電車の中では1人かもしれないけれど、駅までは誰かと一緒にいる確率は高そうだなぁ。

「高校でも懲りないわね……あの女」

 ベンチからちょっと離れた所にいた女子生徒がそんなことを呟いた。その生徒と友人らしき2人は原田さんのことを鋭い目つきで見ている。

「悪魔はいくら喰っても足りないんじゃない?」
「餌食になっちゃう子、可哀想……」

 あの様子からして、悪魔、って……原田さんのこと?
 理由が何なのかは分からない。でも、あの3人の女子が原田さんに対して何か悪意を抱いているのは間違いなさそう。
 それでも、常に注目を浴びている原田さんに限って、何か後ろめたいことがあるとは私には思えない。
 それに、私は……何度でも思い出してしまう。

『困っているようだけど、君って、何組の生徒なの?』

 あの日、原田さんが初めて話しかけてくれたときの優しい笑顔。それは何の屈託もない純粋なものだった。私はその笑顔を信じたい。

「……あ、あれ?」

 考え事をしている間に、原田さんはグラウンドから姿を消してしまった。気づけば他の陸上部の生徒もいなくなっていた。

「終わっちゃったんだ、部活……」

 ど、どうしよう。あの女子3人が変なことを言ったせいで、クッキーを渡す心の準備が全然できなかったよ。
 とにかく、原田さんを探さないと。彼女を見つけなければ元も子もないんだ。
 部活が終わったということで、私は陸上部の部室の前まで行ってみる。

「どうかした? もしかして入部希望かな?」

 ジャージ姿の黒髪の女子に声を掛けられた。確か、さっき……原田さんのタイムを言っていた人だ。入部希望のことを訊くってことはおそらく上級生だろう。

「ち、違います! ええと……クラスメイトの原田さんに用があって。部活が終わったようなので、部室にいるんじゃないかと思って……」
「ああ、原田さんなら更衣室の方に直接行ったと思うよ。……なになに? 今から告白でもしに行くの?」
「え、ええと……そ、そこまでできれば何よりだと思ってます……」

 私が後輩だと分かったためか、黒髪の先輩は面白そうにからかってくる。私もそれに上手く乗せられているのが頬の熱で分かる。
 というか、今思ったけれど……先輩に原田さんのことが好きだって言っちゃったのはまずいかも。原田さんに知られちゃうかもしれない……ううっ。

「ふふっ、可愛いわね。早く行った方がいいわよ。今日はもう終わったからね」
「わ、分かりました! ありがとうございます!」

 黒髪の先輩に一礼して、私は更衣室へと向かう。
 しかし、更衣室の前には全然人がいなかった。まさか、更衣室の中に入って原田さんの着替えている姿を見ているの?
 更衣室に入るのはちょっと気まずいけど、いるかどうかは確認しておきたいし……実は既に帰ったのにここでずっと待ってることになったら、それこそ一番悲しい結末だ。

「よ、よし……」

 ここは勇気を振り絞って、更衣室の中に入ろう。
 私は静かに更衣室の中に入る。
 中にはジャージから制服に着替えている生徒が何人かいたけど、原田さんはどこにもいなかった。もう、帰っちゃったのかな。

「あの、すみません。原田さんってもう帰っちゃいましたか?」

 さっき、陸上トラックの中にいた茶髪のショートヘアの人に訊いてみる。

「いや、まだ来てないけど。部室じゃないのかな?」
「さっき、部室にも行ったんですけど……黒い髪の先輩が更衣室のある校舎に直行したのを見たって言っていたんです」
「そっか。どこかで水でも飲んでいるかもしれないから、近くを探してみるのもありかもね。まあ、ここで待っててもいいけれど」
「大丈夫です! 私、探してみます!」

 更衣室の中でクッキーを渡すなんて気まずくて仕方ないもん。それ以前に食べ物を渡す場所じゃないっていうか。誰かに見られても、廊下の方がよっぽどマシだよ。
 茶髪の人に一礼して、更衣室を出た。
 原田さんは水を飲んでいるかもしれないんだよね。部活終わりだし、きっと水分補給をしているんだ。

「給水器だよね、普通に考えれば」

 天羽女子には色々な所に冷たい水が飲める給水器がある。更衣室から一番近いのは確かパブリックスペースだったはず。
 私は自分の記憶を信じてパブリックスペースに行く。
 しかし、放課後なのか生徒は誰一人としていなかった。もちろん、端に2台ある給水器にも誰もいない。

「更衣室の前で待つ方が無難なのかな……」

 さっきからずっと走って疲れてきたためか、そんな風に思えてきた。体もちょっと熱くなってきたし、せっかくだから冷たい水でも飲もう。
 給水器で冷たい水をゴクゴク飲む。体を動かした後だからとても美味しく思える。

「こんなところでどうしたの? 坂井さん」

 その声に驚いて、思わず口に含んだ水をぶっ、と全部吹き出してしまった。そのせいで咳き込んでしまう。
 ブレザーの袖で口元を拭いて、声の主の方に振り返る。
 そこには私の探していた人……原田さんが立っていた。
感想 20

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

義姉妹百合恋愛

沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。 「再婚するから」 そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。 次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。 それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。 ※他サイトにも掲載しております

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

身体だけの関係です‐三崎早月について‐

みのりすい
恋愛
「ボディタッチくらいするよね。女の子同士だもん」 三崎早月、15歳。小佐田未沙、14歳。 クラスメイトの二人は、お互いにタイプが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。 中学三年生の春、そんな二人の関係が、少しだけ、動き出す。 ※百合作品として執筆しましたが、男性キャラクターも多数おり、BL要素、NL要素もございます。悪しからずご了承ください。また、軽度ですが性描写を含みます。 12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。 身体だけの関係です 原田巴について https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789 作者ツイッター: twitter/minori_sui

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。