ハナノカオリ

桜庭かなめ

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Fragrance 1-コイノカオリ-

第20話『誘拐の目的』

 目を覚ますと全く知らない景色が見える。
 両手と両脚が縛られているから、思うように体が動かない。全身を動かすことで楽な姿勢にするのがやっとだ。

「ここは……教会、かな」

 体を動かしていくと、大きな白いロザリオが見える。そして、女神らしき女性の白い彫刻像もある。
 意識を失う前、ここではない場所で何かを嗅がされたことは覚えている。つまり、私は誰かによって誘拐されたんだよね。けれど、誘拐した人の正体は全く分からない。
 でも、どうして誘拐されなきゃいけないんだろう? もしかして、昨日の手紙に何か関係しているのかな。
 とりあえず、誰か助けを呼ばないと。

「誰かいませんか!」

 大きな声でそう言うと、小さな足音が聞こえた。その足音は段々と私の方に近づいてくるのが分かる。
 その足音の主は正面の教壇の横から姿を現した。

「杏ちゃん……」

 薄黄色のスカートとオレンジ色のTシャツを着た杏ちゃんが微笑みながらこちらにやってくる。親友の顔を見ると安心する。
 昨日は冗談だって言っていたけど、まさか本当に私と絢ちゃんのことを偵察に来ていたなんて。でも、そのおかげで助かった。杏ちゃんにロープを解いてもらおう。

「杏ちゃん、私と絢ちゃんのこと本当に偵察していたんだね」
「……まあ、ね」
「でも、杏ちゃんがいてくれて良かったよ。私、誰かに誘拐されちゃったみたいで。両手をロープで縛られちゃっているから、解いてくれないかな?」
 これでここから逃げることができるよ。
 杏ちゃんが両手と両脚を縛っているものを解いてくれるのを待つけど、杏ちゃんは私の目の前で立ち止まってしまう。私のことを見下ろしているだけだ。

「ど、どうしたの? 杏ちゃん……」

 黙って微笑み続ける杏ちゃんのことが段々と恐ろしく思えてきた。

「……ロープ、解いてほしい?」
「もちろんだよ」
「じゃあ、解いてあげようか。……あたしの彼女になってくれたらね」

 可愛らしい冗談なので、思わず笑ってしまう。

「もう、偵察しているんだったら分かっているでしょ? まだ絢ちゃんに告白してないんだよ? 杏ちゃんの彼女にはなれないって」
「そうだったね。でも……どうせ、ハルなんかに原田さんの彼になれないよ」
「えっ……」
「クッキーを渡すことができて、たった一度遊園地でデートをしただけで、原田さんの彼女になれると思っているなんて夢見すぎだって」

 杏ちゃんは私を嘲笑う。
 昨日までの杏ちゃんとは全く違う。昨日まで私のことを応援してくれていたのに、今はその真逆のことを言っている。どっちが本音なのか全く分からない。

「ハルが告白したって、いずれは悲しむ運命になるだけだよ。あたしなら絶対にそんなことはさせない。ハルを彼女にして、ハルを幸せにするよ。そのくらいにあたしはハルのことが好きだし、愛してる。だから、ハル……あたしの彼女になってよ」

 杏ちゃん……私のこと、そんな風に思っていたんだ。
 私も杏ちゃんのことが大好きだし、大切に思ってる。
 でも、どうして……今の杏ちゃんの告白は心に響かなかったのだろう。杏ちゃんを彼女にするのが嫌だとはこれっぽっちも思っていないのに。
 何にせよ、私の想いは当初から変わらない。

「ごめんね、杏ちゃん。私、原田さんのことが好きだし……告白もしていないのに諦められないよ。だから、杏ちゃんの彼女にはなれない」

 告白せずに諦めるなんて、絶対に後悔すると思うから。たとえ、振られてショックを受ける結果が待っていても、私は絢ちゃんに自分の想いをぶつけてみたい。
 杏ちゃんは一つ、深いため息をつく。

「……素直に彼女になるって言えばこんなことをしなくて済んだのに」

 パチン、と杏ちゃんは指を鳴らした。
 すると、教壇の後ろから数人の女子が現れ……杏ちゃんの後ろに並ぶ。

「ハル、知ってた? 表面上では原田さん一色だけど、実は天羽女子の1年生の間では原田さんとハルで人気が二分しているんだよ。原田さんは誰よりもかっこよくて、ハルは誰よりも可愛い。後ろにいる彼女達はみんな、ハルのことが好きな女子」
「私、そんなこと……全然気づかなかった」
「ハルはずっと、原田さんのことばかり見ていたもんね……」

 絢ちゃんに夢中だったから、私が人気だなんて思いもしなかった。
 まさか、私を自分達のものにしたいから誘拐したの?
 でも、それならどうしてこの遊園地で誘拐する必要があるんだろう。分からない。他に何か理由があってもおかしくなさそう。

「色々と考えているみたいだね、ハル。どう? あたしの彼女になろうって改心してくれた?」
「……私の想いは変わらない。原田さんに告白するまで、私はこの恋を諦めないよ」
「そっか。でも、強情なのもいい加減にした方がいいよ。諦めないと、あたしも……実力行使も考えているんだから」

 杏ちゃんの想い、相当強いな。
 でも、杏ちゃん……私を彼女にしたいという欲望で動いているようには思えない。もっと、何か……私以外の誰かに向けている恨みのようなものが、彼女を取り巻いている気がする。そして、哀しみ。

「……杏ちゃん達が私を誘拐したの?」
「そうだよ。フードコートで簡単に眠らせることができた」

 今の一言でやっと分かった。
 薬を嗅がされたときに感じた甘い香り。最近どこかで嗅いだことのある香りだと思っていたけど、杏ちゃんの甘い匂いだったんだ。

「私を狙っているなら、どうしてこの遊園地で誘拐なんてしたの? 昨日の下校は1人だったし、いくらでも誘拐できるチャンスはあったはずだよ。これじゃまるで、私じゃない他の人が本当の目的にしか思えない。たとえば、絢ちゃんとか」

 疑問に思っていたことを言うと、杏ちゃんは口角を上げた。

「へえ、ハルがそこまで想像力が豊かだとは思わなかったな……」
「じゃあ、杏ちゃん達の目的って……」
「そう。あたし達の真の目的は原田絢に復讐すること。ハル、あなたを使ってね。もちろん、ハルが好きなことは本当。それは安心して」

 そのとき、昨日の手紙を思い出した。

『悪魔は1人の女子を「殺した」のだ』

 この一文が、私を誘拐するそもそものきっかけとなったわけか。

「あの手紙、杏ちゃんが送ったんだね」
「手紙? 何のこと?」
「とぼけないでよ! 昨日、学校から帰ったら、家のポストに私宛ての白い封筒が入っていたの。その中には悪魔が1人の女子を殺したっていう手紙と、絢ちゃんと赤い髪の女の子が写っている写真が同封されていたよ」

 私がそう言うと杏ちゃんは慌てた様子で、首を激しく横に振る。

「そんな手紙、あたしは知らない! 彼女達に出させてもないし。それに、何の写真なのかも分からない。ハル、その白い封筒……今、持ってる?」
「絢ちゃんに訊こうと思って、写真だけは持ってきた。バッグの中に入ってる」

 杏ちゃんはすぐに私のショルダーバッグを開ける。ゴソゴソと中を見ると、例の手紙に同封されていた写真を取り出した。

「こ、こんな写真……どこから……」
「杏ちゃんが出したんじゃないの?」
「そんなことしない! この写真は別の誰かが送ったものだわ……」

 今の反応からして、杏ちゃんは嘘をついていない。ということは、第三者が私の誘拐に関わっているとでも言うの?
 手紙の存在が予想外のことだったのか杏ちゃんは驚いている。
 しかし、それも束の間。
 杏ちゃんは徐々に笑みを取り戻し、余裕さえも見えるようになっていた。まるで今の写真が自らの計画の遂行に手助けしてくれたように。

「まあいいか。いずれは明らかにするはずだったから」
「絢ちゃんが悪魔っていうこと?」
「そう。まあ、詳しくは彼女が時間以内に来るか……タイムリミットの午後2時を過ぎたら教えてあげる」

 どうやら、悪魔が絢ちゃんということで間違いはなさそう。でも、絢ちゃんが写真の女の子を殺したとは思えない。それに気になるのは、

『悪魔は1人の女子を「殺した」のだ』

 という文章。どうして、こういう書き方をしているんだろう? その理由も杏ちゃんの話を聞けば分かることだろうけど。

「タイムリミットの午後2時までまだ時間はあるよ。ハルがあたしと付き合うって言ってくれるのを待つのもいいけど、お互いに黙っているのも面白くないよね。それに、ハルが色々と訊きたそうな顔をしてるし。いいよ、色々訊いても」

 まるで既に復讐を終えたような雰囲気だ。
 色々と話を訊くには今しかチャンスがないかもしれない。ここは杏ちゃんのお言葉に甘えることにしよう。

「……絢ちゃんに対する復讐。私を使うって言ったよね。それってどういうこと?」
「原田さんの大切な人……つまり、ハルを私達が奪うってこと。誘拐っていうスパイスをふりかけてね」
「さっきと言っていることが矛盾してるよ。さっきはまるで、原田さんが私なんて眼中にないみたいなこと言ってたじゃない」
「あれはハルに原田さんを諦めさせて、私の彼女にする口実にするためだよ。早く告白した方がいいっていうあたしの忠告を聞いて、さっさと振られればこんな目に遭わずに済んだのにね。その時はきっと、別の女の子が遥香の立場になったと思うよ」

 思い返せば、2回ほど杏ちゃんから「早く告白した方がいい。誰かに先を越されちゃうかもしれないから」と忠告されたな。まさか、その真意が言葉の逆だったなんて。

「それでも、ハルは原田さんに告白しなかった。だから、今度は原田さんを試した。ハルを復讐の材料にするべきかどうか見定めるためにね」
「絢ちゃんを試した? それってどういうことなの?」
「実はね、今朝……差出人が分からないようにして、原田さんのスマホにメールを送ったんだ。ハルと一緒にいるようなことをすれば、ハルを誘拐するって」
「それって脅迫じゃない!」
「何とでも言いなさい。あたし達にはとにかく、原田さんが本当に大切だと思う人を誘拐する必要があった。彼女の性格上、本当に大切ならずっと一緒にいるはずだからね……」

 そういえば、絢ちゃん……鏡原駅に来たとき、突然手を繋いできた。そして、今日は絶対に自分から離れないで、って言っていた。絢ちゃん、私が誘拐されちゃうかもしれないってことずっと知っていたんだ。

「ジェットコースター、フリーフォール、お化け屋敷。どんな時でも原田さんはハルの手を離そうとしなかった。それで決めたの。ハルを人質にしようってね」
「でも、どうしてこんな方法で絢ちゃんへ復讐をすることにこだわるの? 絢ちゃんが写真の女の子を殺したと思っているんでしょ? だったら他にも方法が……」

 その質問が杏ちゃんの核心に触れてしまったのか、彼女は怒りに満ちた表情になり下唇を強く噛む。

「……彼女は大切な人を失う気持ちが分からないんだ。だから、その気持ちを思い知らせるためには彼女の大切なハルを利用するしかなかったんだよ!」

 そう怒号を放つと、杏ちゃんの目からは涙が浮かび上がる。

「まさか、写真に写っている女の子って……」
「……親友を失ったことでできた穴を埋められるのはハルしかいない。そんなこと関係なくハルが好きなんだ! ハル、今……ハルがあたしの彼女になってくれるって言えば、ハルには何も危害は加えない。ハルを彼女にしたってことは、原田さんの大切な人を奪ったことになるからあたしの気分だってそれで満たされる。ね? 一石二鳥でしょ?」

 杏ちゃんが私に迫ってくる。
 確かに杏ちゃんはとても明るくて活発で、可愛いし……彼女としても絶対にいい女の子だと思う。
 でも、それは普段の杏ちゃんだ。そんな杏ちゃんは大好きだけど、今の杏ちゃんは全然好きになれない。杏ちゃんの心に空いた穴は埋められない。

「私は杏ちゃんのことが好きだよ。でも、それは今の杏ちゃんじゃない! それに、絢ちゃんの心を傷つけることなんてしたくない! ねえ、答えてよ! 絢ちゃんから私を奪うことが杏ちゃんの本当にしたいことなのかって!」

 絢ちゃんの側にいたい。守りたい。私の気持ちはそれだけだ。
 私の反論に杏ちゃんの堪忍袋の緒が切れたのか、杏ちゃんは私のことを勢いよく押し倒してきた。その表情は……殺気に満ちている。

「こうなったら、実力行使しかないようね……」
「杏ちゃん、やめて……」
「だったらあたしの彼女になってよ! あたしの心の穴を埋めてよ! あたしに優しくしてよ。それができるのはハルしかいないんだから……」
「そんなこと言われたって……」

 杏ちゃんの力になりたいけど、それが絢ちゃんを傷つけることなら私は絶対に協力できない。
 私は必死にもがいて抵抗しようとするけれど、両腕と両脚が縛られていることと杏ちゃんの押さえ込む力が思った以上に強いことで碌な抵抗ができない。

「大丈夫だよ、ハル。優しくしてあげるって。私がハルの初めてを奪ってあげるから。そしたら、彼女達に気持ちよくさせてもらおう。ね?」
「は、初めてって……」

 こんな状況で大切なものを奪われるなんて、それだけは絶対に嫌だ!

「いやあああっ!」

 お腹の底から必死に叫んだ。
 そして、無我夢中に暴れた。そのことで、頭が杏ちゃんの頭に強く当たる。

「思ったよりも手強いね、ハル。みんな、ハルを押さえ込んで!」

 頭が痛くてクラクラするけれど、それでも体を動かして精一杯の抵抗をする。
 しかし、杏ちゃんと彼女の取り巻きによって身動きが取れなくなってしまう。
 もう、これで終わりなのかなって思ったそのときだった。

「遥香!」

 扉が開くと同時に聞こえた絢ちゃんの声。
 扉の方に振り返ると、絢ちゃんが真っ直ぐに私の方に駆け寄ってきて、取り巻き達をどかし、私のことを強く抱きしめてくれたのであった。
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