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Fragrance 1-コイノカオリ-
第19話『絢の涙』
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さっき、僕は金髪の女性に入り口近くの本部に行った方がいいと言ったので、本部の方に向かって走っている。
缶コーヒーを買ったときと同じように、周りの女性達が俺の方に視線を向けているけど、金髪の女性を探すという目的があるからか、女性恐怖症の症状は全く現れない。
2、3分走りさっきの金髪の女の子を見つけた。女の子は未だにはぐれた女の子のことについて訊いているようだ。
金髪の女の子がお辞儀をしたところで、俺は彼女の肩を掴んだ。
「ちょっと待ってくれないか」
「あなたは、さっきの……」
女の子は俺の顔を見て驚いているようだ。
「もしかして、茶髪の女の子が見つかったんですか?」
「いや、まだ見つかってない。でも、君の探している女の子の名前は分かった。坂井遥香じゃないのか?」
俺が遥香の名前を出した途端、金髪の女の子の目に涙が浮かぶ。まるで今まで我慢していたものを解き放ったように。
「あなたは……一体誰なんですか?」
「俺の名前は坂井隼人。坂井遥香の……兄だよ、原田さん。少しだけど、君のことは遥香から聞いていたんだ」
「そうですか……」
金髪の女の子……原田さんはポロポロと涙をこぼし始めた。
「私、遥香を守れなかった……!」
「守れなかった? 遥香は……ただ、はぐれただけじゃないのか?」
俺がそう訊くと、原田さんは首を横に振る。どうやら、遥香はやっかいなことに巻き込まれたと考えて間違いない。
「……全部、私が悪いんです。だから、うっ、うっ……」
原田さんは嗚咽を繰り返し、まともに言葉を出すことができない。そして、俺の胸の中に飛び込んで、今まで押さえ込んでいた感情を爆発させたように号泣した。
女子高生に寄り添われているのに、今は不思議と症状が全く出ていない。原田さんの遥香に対する強い想いを本能で感じ取っているのだろうか。
とにかく、俺は原田さんの頭をそっと撫でる。
「……まずは気が済むまで泣いていいよ。それから何があったのか話してほしい」
多分、そうじゃないと原田さんの気持ちに整理がつかないだろうから。
それにしても、この状況……何とかならないかな。周りのお客さん達が、俺と原田さんのことを見ているぞ。俺達は見世物じゃないんだよ。
奈央の待つベンチに行きたいところだけど、原田さんがこんな状態だとろくに動けないし。
「隼人、どうだった……って、あれ?」
いつまで経っても俺が戻ってこないからか、奈央は俺のことを探しに来たようだ。ていうか、今の状況……変に誤解されそうな気がする。
「あのな、奈央。これはだな……」
「……分かってるよ。隼人が変なことをしてないって」
さすがは幼なじみ。この状況を一瞬にして汲み取ってくれた。
「察してくれてありがとう。やっぱり、この子が原田さんで、彼女が探している女の子が遥香だった。とりあえず、さっきのベンチに戻ろう。奈央、原田さんを頼む」
「うん、分かった」
奈央は原田さんに近づき「もう大丈夫だからね」と優しく声をかけた。原田さんはそれに対して頷いているので、いずれ落ち着くだろう。
俺達3人はさっきのベンチまで戻る。
ベンチに着いた頃には原田さんも泣き止んでいた。これなら話を聞けるだろう。
「さっきは取り乱してしまって、本当にごめんなさい……」
「気にしなくていいよ。それよりも、君は遥香を守れなかったって言ったけど、それってどういう意味なんだ?」
「……遥香は誘拐されたんです」
「な、何だって!」
「ど、どういうことなの? 遥香ちゃんが誘拐されたって……」
遥香の誘拐の事実に奈央も驚きは隠せないようだ。
でも、どうして遥香が誘拐されなきゃいけないんだ? 遥香は誰かに恨まれるようなことをしてしまったのか?
「遥香はいつ誘拐されたんだ?」
「午後1時20分くらいまでは広場で一緒にいました。遥香がお昼ご飯を1人で買いに行ったので……その時に誰かに誘拐されたんだと思います。その証拠に――」
原田さんはジーンズのポケットから水色のスマホを取り出し、俺と奈央に画面を見せてくる。
「メールだな」
「差出人は遥香ちゃんだよ」
時刻は午後1時25分になっている。そして、気になるのは本文だ。
『坂井遥香は預かった。
午後2時までに見つけられなければ、私が彼女を喰う』
なるほど、これを見れば遥香が誘拐されたって分かるな。差出人が『坂井遥香』となっているけれど、メールだからなりすましも容易にできる。本文を見ても、本当の差出人は遥香を誘拐した犯人で間違いないだろう。
「遥香に電話をかけたんですが、電源が切られているみたいで通じなくて」
念のために俺も自分のスマホで遥香に電話をかけてみるが、電源が切れていることを伝えるメッセージしか聞こえない。
時計を見ると午後1時45分だった。
「タイムリミットまであと15分か」
「……私が全部悪いんです」
「その言葉、さっきも言ってたけど……どうしてそう思うんだ?」
原田さんは口を噤んだけれどすぐに、
「遥香が誘拐されるかもしれないことを知っていたんです」
そう言ったのだ。
今の一言に多少ではあるけれど憤りを感じる。しかし、傷心の彼女を責めることはできなかった。彼女の一生懸命さが彼女の顔を見れば痛いほどに伝わってきたから。
「どういうことなのか、俺と奈央に説明してくれるかな」
まずは事実を確認することだ。そうすれば、きっと……遥香の居場所を見つかる手がかりが見つけられるはず。
「今朝、待ち合わせている鏡原駅に向かう電車に乗っているとき、よく分からない差出人からメールが来たんです。スパムかと思って消そうと思ったんですけど、件名が『坂井遥香について』ってなっていて。だから、気になってメールを開けたら、私が遥香と一緒にいると遥香がひどい目に遭うって書かれていて……」
おそらく、そのメールの差出人が遥香を誘拐した犯人だろう。
「でも、原田さんは遥香と一緒にこの遊園地に来た。それはどうしてなんだい?」
急な用事ができたから遊園地には行けないとでも言って、いくらでも今日のことをキャンセルすることはできたはずだ。
すると、原田さんは真剣な表情で俺のことを見つめる。
「遥香は私の……とても大切な人です。だから、たとえ私と一緒にいるから危険であっても、彼女からずっと離れずに彼女を守りたかったんです」
「そうだったのか……」
だから、原田さんはさっき俺に言ったのか。
――遥香を守れなかった。
――私が全部悪いんだ。
自分自身を責める言葉をぶつけるように。
「でも、それならどうして……お昼ご飯を買いに行ったとき、遥香ちゃんを1人で行かせたりしたの? 一緒に行くことだってできたはずだよ」
奈央も同じことに疑問を抱いていたか。
どんなときでも遥香と一緒にいると固く決意したのなら、どうして昼食を買うときに限って遥香1人で行ったのか。
「……言い訳のようにしか聞こえないと思いますけど、遥香の優しさに甘えてしまったんです。恥ずかしい話、私……広場へ行く前に行ったお化け屋敷がとても怖くて。それで凄く疲れてしまったので、遥香に休んでいいよって言われて」
「断り切れなかったんだね。遥香ちゃんらしい優しさだな」
「……はい、私もそう思います」
遥香を1人にしたことに、原田さんに非はないな。
だめだ、遥香が誘拐され、連れて行かれた場所なんて全く見当がつかないぞ。2時という時間制限を設けるくらいだ。この遊園地内のどこかにいる可能性は高いと思うけど。
居場所の特定も大事だけれど、それと同等に気になることが俺にはあった。
「原田さん、1つ訊いてもいいかな」
「何ですか?」
「今までの原田さんの話を聞く限り、遥香が誘拐された理由……それは遥香自身にあるとは考えにくいんだけど。現に、原田さんには今朝、遥香と一緒にいると遥香を誘拐するという犯行声明とも言えるメールが届いていたわけだからね」
遥香が誘拐された理由に原田さんが関わっていると俺は考えている。その内容はさすがに分からないけれど。
俺の考えが的を射ているのか、原田さんの額からは冷や汗が出ている。
「……たぶん、私にあると思います。遥香に非なんてありませんから」
「そうか。分かった」
「でも、その理由は……」
「無理して言わなくていいよ。遥香が見つかったときに話せばそれでいいから。とにかく今は遥香を探そう。もう残されている時間は僅かしかない」
といっても、この遊園地内を探すだけでも残り10分足らずで見つけるのは難しい。ここは手分けをして探すしか――。
「あれ、美咲ちゃんじゃない?」
「えっ?」
美咲ちゃん……ああ、遥香の友達の広瀬さんのことか。そういえば、2人が小学生の時はよく家に遊びに来ていた。俺もたまに付き合わされたな。
「って、懐かしんでる場合じゃない」
奈央の指さす先を見ると、ゴスロリをイメージさせる黒いフリル付きのドレスを着ていた。さすがは名家のお嬢さんだ、一般人とは違うものを着るんだな。持っている黒い日傘までフリル付きとは徹底している。
「って、感心している場合じゃない。広瀬さん、ひさしぶりだね」
俺が声を掛けると、広瀬さんはやけに驚いているようだった。何だか、見つかってしまったと言わんばかりの表情をしている。
「お、おひさしぶりです。隼人さん、奈央さん。原田さんもこんにちは」
「あ、ああ……こんにちは。広瀬さん」
そうか、広瀬さんは遥香とクラスメイトなんだっけ。ということは、原田さんともクラスメイトなのか。お互いに顔くらいは知っていても普通か。
「広瀬さんも来てたんだ。友達と一緒に来ているのかな」
俺がそう訊くと広瀬さんは明らかに俺から視線を逸らして、
「あっ、そ、その……違います」
元気なくそう言った。
「そうか。じゃあ、ご家族と?」
「そ、それも……違います」
「えっ、じゃ、じゃあ……まさか1人で来てるの?」
「……そ、そうですね」
最近は1人カラオケや一人焼肉があるらしいが……まさか、1人遊園地まであるとは思わなかった。1人でもアグレッシブに行動する人が多いのだろうか。
「1人ならちょうど良かった。広瀬さんに頼みたいことがあるんだ」
「な、何でしょう?」
「詳しい話は後にするけど、遥香が誘拐されたんだ」
「どうりでいないと思ったら誘拐されたのね。……あっ」
広瀬さん、さっきから様子がおかしいな。俺が声を掛けたときからおどおどしていた様子だったけど。
それよりも、今の一言……怪しいな。まるで遥香をずっと見張っていたかのようだ。何かゆさぶりでもかけてもっと詳しく話を聞きたい。
「何か犯人の手がかりでもあると見つけやすくなるのかな、隼人」
「ないよりはいいと思うけど……」
きっと、犯人の手がかりは原田さんが握っていると思う。遥香の誘拐された詳しい理由をまだ訊いていないから、そこに眠っていると思われる。
そういえば、昨日……遥香が帰ってきたときに変な封筒が届いていたな。確か、その中に入っていた手紙には、
「悪魔……」
と、書かれていた。
これはおそらく、遥香が誘拐されたことに関係するキーワードに間違いないだろう。何故なら、俺が『悪魔』と不意に呟いたときに、原田さんと広瀬さんが必要以上に驚いていたから。
「ねえねえ、隼人。悪魔って何のこと?」
何も心当たりがなければ、奈央のような反応をするのが普通だ。
「昨日の夕方、遥香に届いた手紙に書かれていた言葉だよ。それが遥香を誘拐した犯人に関わるキーワードってこともたった今、分かった」
そして、その悪魔は1人の女子を殺したと書かれていた。今回の誘拐事件、全てはそこから始まっているんだろう。
くそっ、どうしてあのときに遥香に訊くことができなかったんだ。今思えば、手紙を読んでいたときの遥香は悩んでいた様子だったのに。俺の所為でもあるな、これは。
「じゃ、じゃあ……遥香ちゃん、悪魔に地獄に連れ去られちゃったの?」
「いやいや、そんなわけないだろ。悪魔なんてこの世にいないよ。いるとすれば、悪魔と揶揄されている人間だ。そして、遥香を誘拐した奴ももちろん人間。悪魔が遥香を誘拐するわけないって。遥香は俺の優しくて可愛い妹なんだからな」
そう、犯人は人間だ。遥香は絶対に俺達の手の届くところにいるはず。
「広瀬さん、君にも遥香を探してもらうよ。どうやら君は、何か別の理由で今回のことに関わっているようだからね」
「……分かりました」
何らかの関与を広瀬さんは認めたことになる。これも、遥香を見つけた後に明らかになるだろう。
時刻はもう午後1時55分だ。あと数分でタイムリミットになる。
人を隠すなら、どこか建物に入っている可能性が高い。パンフレットを見るとこのベンチから一番近いのはグッズやお菓子を売るお土産屋で、次に近いのは結婚式などでも使用される教会。でも、手分けして建物をしらみつぶしに調べていっても時間がかかりすぎる。あと5分しかない。
どうする? どうすればいいんだ!
まさに、行き場を失ったそのときだった。
「いやあああっ!」
女性の悲鳴が聞こえた。周りの客も今の悲鳴にとまどっているようだ。
この声……間違いない。
「遥香の声だ! 教会の方から聞こえたぞ!」
俺がそう言うと、原田さんは誰よりも先に教会の方へ走っていく。遥香からの精一杯のメッセージを無駄にはしない!
「俺達も教会へ行こう!」
俺、奈央、広瀬さんも原田さんの後を追う形で教会に向かうのであった。
缶コーヒーを買ったときと同じように、周りの女性達が俺の方に視線を向けているけど、金髪の女性を探すという目的があるからか、女性恐怖症の症状は全く現れない。
2、3分走りさっきの金髪の女の子を見つけた。女の子は未だにはぐれた女の子のことについて訊いているようだ。
金髪の女の子がお辞儀をしたところで、俺は彼女の肩を掴んだ。
「ちょっと待ってくれないか」
「あなたは、さっきの……」
女の子は俺の顔を見て驚いているようだ。
「もしかして、茶髪の女の子が見つかったんですか?」
「いや、まだ見つかってない。でも、君の探している女の子の名前は分かった。坂井遥香じゃないのか?」
俺が遥香の名前を出した途端、金髪の女の子の目に涙が浮かぶ。まるで今まで我慢していたものを解き放ったように。
「あなたは……一体誰なんですか?」
「俺の名前は坂井隼人。坂井遥香の……兄だよ、原田さん。少しだけど、君のことは遥香から聞いていたんだ」
「そうですか……」
金髪の女の子……原田さんはポロポロと涙をこぼし始めた。
「私、遥香を守れなかった……!」
「守れなかった? 遥香は……ただ、はぐれただけじゃないのか?」
俺がそう訊くと、原田さんは首を横に振る。どうやら、遥香はやっかいなことに巻き込まれたと考えて間違いない。
「……全部、私が悪いんです。だから、うっ、うっ……」
原田さんは嗚咽を繰り返し、まともに言葉を出すことができない。そして、俺の胸の中に飛び込んで、今まで押さえ込んでいた感情を爆発させたように号泣した。
女子高生に寄り添われているのに、今は不思議と症状が全く出ていない。原田さんの遥香に対する強い想いを本能で感じ取っているのだろうか。
とにかく、俺は原田さんの頭をそっと撫でる。
「……まずは気が済むまで泣いていいよ。それから何があったのか話してほしい」
多分、そうじゃないと原田さんの気持ちに整理がつかないだろうから。
それにしても、この状況……何とかならないかな。周りのお客さん達が、俺と原田さんのことを見ているぞ。俺達は見世物じゃないんだよ。
奈央の待つベンチに行きたいところだけど、原田さんがこんな状態だとろくに動けないし。
「隼人、どうだった……って、あれ?」
いつまで経っても俺が戻ってこないからか、奈央は俺のことを探しに来たようだ。ていうか、今の状況……変に誤解されそうな気がする。
「あのな、奈央。これはだな……」
「……分かってるよ。隼人が変なことをしてないって」
さすがは幼なじみ。この状況を一瞬にして汲み取ってくれた。
「察してくれてありがとう。やっぱり、この子が原田さんで、彼女が探している女の子が遥香だった。とりあえず、さっきのベンチに戻ろう。奈央、原田さんを頼む」
「うん、分かった」
奈央は原田さんに近づき「もう大丈夫だからね」と優しく声をかけた。原田さんはそれに対して頷いているので、いずれ落ち着くだろう。
俺達3人はさっきのベンチまで戻る。
ベンチに着いた頃には原田さんも泣き止んでいた。これなら話を聞けるだろう。
「さっきは取り乱してしまって、本当にごめんなさい……」
「気にしなくていいよ。それよりも、君は遥香を守れなかったって言ったけど、それってどういう意味なんだ?」
「……遥香は誘拐されたんです」
「な、何だって!」
「ど、どういうことなの? 遥香ちゃんが誘拐されたって……」
遥香の誘拐の事実に奈央も驚きは隠せないようだ。
でも、どうして遥香が誘拐されなきゃいけないんだ? 遥香は誰かに恨まれるようなことをしてしまったのか?
「遥香はいつ誘拐されたんだ?」
「午後1時20分くらいまでは広場で一緒にいました。遥香がお昼ご飯を1人で買いに行ったので……その時に誰かに誘拐されたんだと思います。その証拠に――」
原田さんはジーンズのポケットから水色のスマホを取り出し、俺と奈央に画面を見せてくる。
「メールだな」
「差出人は遥香ちゃんだよ」
時刻は午後1時25分になっている。そして、気になるのは本文だ。
『坂井遥香は預かった。
午後2時までに見つけられなければ、私が彼女を喰う』
なるほど、これを見れば遥香が誘拐されたって分かるな。差出人が『坂井遥香』となっているけれど、メールだからなりすましも容易にできる。本文を見ても、本当の差出人は遥香を誘拐した犯人で間違いないだろう。
「遥香に電話をかけたんですが、電源が切られているみたいで通じなくて」
念のために俺も自分のスマホで遥香に電話をかけてみるが、電源が切れていることを伝えるメッセージしか聞こえない。
時計を見ると午後1時45分だった。
「タイムリミットまであと15分か」
「……私が全部悪いんです」
「その言葉、さっきも言ってたけど……どうしてそう思うんだ?」
原田さんは口を噤んだけれどすぐに、
「遥香が誘拐されるかもしれないことを知っていたんです」
そう言ったのだ。
今の一言に多少ではあるけれど憤りを感じる。しかし、傷心の彼女を責めることはできなかった。彼女の一生懸命さが彼女の顔を見れば痛いほどに伝わってきたから。
「どういうことなのか、俺と奈央に説明してくれるかな」
まずは事実を確認することだ。そうすれば、きっと……遥香の居場所を見つかる手がかりが見つけられるはず。
「今朝、待ち合わせている鏡原駅に向かう電車に乗っているとき、よく分からない差出人からメールが来たんです。スパムかと思って消そうと思ったんですけど、件名が『坂井遥香について』ってなっていて。だから、気になってメールを開けたら、私が遥香と一緒にいると遥香がひどい目に遭うって書かれていて……」
おそらく、そのメールの差出人が遥香を誘拐した犯人だろう。
「でも、原田さんは遥香と一緒にこの遊園地に来た。それはどうしてなんだい?」
急な用事ができたから遊園地には行けないとでも言って、いくらでも今日のことをキャンセルすることはできたはずだ。
すると、原田さんは真剣な表情で俺のことを見つめる。
「遥香は私の……とても大切な人です。だから、たとえ私と一緒にいるから危険であっても、彼女からずっと離れずに彼女を守りたかったんです」
「そうだったのか……」
だから、原田さんはさっき俺に言ったのか。
――遥香を守れなかった。
――私が全部悪いんだ。
自分自身を責める言葉をぶつけるように。
「でも、それならどうして……お昼ご飯を買いに行ったとき、遥香ちゃんを1人で行かせたりしたの? 一緒に行くことだってできたはずだよ」
奈央も同じことに疑問を抱いていたか。
どんなときでも遥香と一緒にいると固く決意したのなら、どうして昼食を買うときに限って遥香1人で行ったのか。
「……言い訳のようにしか聞こえないと思いますけど、遥香の優しさに甘えてしまったんです。恥ずかしい話、私……広場へ行く前に行ったお化け屋敷がとても怖くて。それで凄く疲れてしまったので、遥香に休んでいいよって言われて」
「断り切れなかったんだね。遥香ちゃんらしい優しさだな」
「……はい、私もそう思います」
遥香を1人にしたことに、原田さんに非はないな。
だめだ、遥香が誘拐され、連れて行かれた場所なんて全く見当がつかないぞ。2時という時間制限を設けるくらいだ。この遊園地内のどこかにいる可能性は高いと思うけど。
居場所の特定も大事だけれど、それと同等に気になることが俺にはあった。
「原田さん、1つ訊いてもいいかな」
「何ですか?」
「今までの原田さんの話を聞く限り、遥香が誘拐された理由……それは遥香自身にあるとは考えにくいんだけど。現に、原田さんには今朝、遥香と一緒にいると遥香を誘拐するという犯行声明とも言えるメールが届いていたわけだからね」
遥香が誘拐された理由に原田さんが関わっていると俺は考えている。その内容はさすがに分からないけれど。
俺の考えが的を射ているのか、原田さんの額からは冷や汗が出ている。
「……たぶん、私にあると思います。遥香に非なんてありませんから」
「そうか。分かった」
「でも、その理由は……」
「無理して言わなくていいよ。遥香が見つかったときに話せばそれでいいから。とにかく今は遥香を探そう。もう残されている時間は僅かしかない」
といっても、この遊園地内を探すだけでも残り10分足らずで見つけるのは難しい。ここは手分けをして探すしか――。
「あれ、美咲ちゃんじゃない?」
「えっ?」
美咲ちゃん……ああ、遥香の友達の広瀬さんのことか。そういえば、2人が小学生の時はよく家に遊びに来ていた。俺もたまに付き合わされたな。
「って、懐かしんでる場合じゃない」
奈央の指さす先を見ると、ゴスロリをイメージさせる黒いフリル付きのドレスを着ていた。さすがは名家のお嬢さんだ、一般人とは違うものを着るんだな。持っている黒い日傘までフリル付きとは徹底している。
「って、感心している場合じゃない。広瀬さん、ひさしぶりだね」
俺が声を掛けると、広瀬さんはやけに驚いているようだった。何だか、見つかってしまったと言わんばかりの表情をしている。
「お、おひさしぶりです。隼人さん、奈央さん。原田さんもこんにちは」
「あ、ああ……こんにちは。広瀬さん」
そうか、広瀬さんは遥香とクラスメイトなんだっけ。ということは、原田さんともクラスメイトなのか。お互いに顔くらいは知っていても普通か。
「広瀬さんも来てたんだ。友達と一緒に来ているのかな」
俺がそう訊くと広瀬さんは明らかに俺から視線を逸らして、
「あっ、そ、その……違います」
元気なくそう言った。
「そうか。じゃあ、ご家族と?」
「そ、それも……違います」
「えっ、じゃ、じゃあ……まさか1人で来てるの?」
「……そ、そうですね」
最近は1人カラオケや一人焼肉があるらしいが……まさか、1人遊園地まであるとは思わなかった。1人でもアグレッシブに行動する人が多いのだろうか。
「1人ならちょうど良かった。広瀬さんに頼みたいことがあるんだ」
「な、何でしょう?」
「詳しい話は後にするけど、遥香が誘拐されたんだ」
「どうりでいないと思ったら誘拐されたのね。……あっ」
広瀬さん、さっきから様子がおかしいな。俺が声を掛けたときからおどおどしていた様子だったけど。
それよりも、今の一言……怪しいな。まるで遥香をずっと見張っていたかのようだ。何かゆさぶりでもかけてもっと詳しく話を聞きたい。
「何か犯人の手がかりでもあると見つけやすくなるのかな、隼人」
「ないよりはいいと思うけど……」
きっと、犯人の手がかりは原田さんが握っていると思う。遥香の誘拐された詳しい理由をまだ訊いていないから、そこに眠っていると思われる。
そういえば、昨日……遥香が帰ってきたときに変な封筒が届いていたな。確か、その中に入っていた手紙には、
「悪魔……」
と、書かれていた。
これはおそらく、遥香が誘拐されたことに関係するキーワードに間違いないだろう。何故なら、俺が『悪魔』と不意に呟いたときに、原田さんと広瀬さんが必要以上に驚いていたから。
「ねえねえ、隼人。悪魔って何のこと?」
何も心当たりがなければ、奈央のような反応をするのが普通だ。
「昨日の夕方、遥香に届いた手紙に書かれていた言葉だよ。それが遥香を誘拐した犯人に関わるキーワードってこともたった今、分かった」
そして、その悪魔は1人の女子を殺したと書かれていた。今回の誘拐事件、全てはそこから始まっているんだろう。
くそっ、どうしてあのときに遥香に訊くことができなかったんだ。今思えば、手紙を読んでいたときの遥香は悩んでいた様子だったのに。俺の所為でもあるな、これは。
「じゃ、じゃあ……遥香ちゃん、悪魔に地獄に連れ去られちゃったの?」
「いやいや、そんなわけないだろ。悪魔なんてこの世にいないよ。いるとすれば、悪魔と揶揄されている人間だ。そして、遥香を誘拐した奴ももちろん人間。悪魔が遥香を誘拐するわけないって。遥香は俺の優しくて可愛い妹なんだからな」
そう、犯人は人間だ。遥香は絶対に俺達の手の届くところにいるはず。
「広瀬さん、君にも遥香を探してもらうよ。どうやら君は、何か別の理由で今回のことに関わっているようだからね」
「……分かりました」
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時刻はもう午後1時55分だ。あと数分でタイムリミットになる。
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