ハナノカオリ

桜庭かなめ

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Fragrance 2-ウラヤミノカオリ-

第1話『あの日々の影で』

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 遥香とは中学校からの親友で、一緒に天羽女子に合格したときは嬉しかった。高校でも遥香と一緒にいられると思うと胸が躍った。
 別々のクラスになってしまい、私が女子バスケットボール部に入部したことで遥香に会うことがほとんどなくなった。
 でも、互いの高校生活が慣れてきたら、前と同じように遥香と一緒にいられる時間ができると思っていた。

 だけど、そんな日々は早くも崩れ去った。

 その兆候を見せ始めたのは、ある日の放課後のこと。
 部活が終わり、教室に忘れ物を取りに行く途中、遥香と原田絢が2人きりで何やら話しているのを見かけた。
 遥香に声をかけても良かったのかもしれない。でも、無意識に見えないところに隠れて2人の様子を見ることにした。
 緊張している様子から、遥香が原田絢に好意を寄せていることは一目で分かった。その証拠に、原田絢にタオルで顔を拭かれたときの嬉しそうな表情していた。それは特に可愛かった。だけど、心がチクリとする。
 クッキーを渡して走り去る遥香を追いかけることはできなかった。そんな元気はなくて目の前の現実に心が打ち砕かれそうになっていたから。

 それからだ。休み時間はできるだけ遥香のことを影から見張るようになったのは。

 だけど、私の理想の儚さをまざまざと見せつけられる。
 遥香がクッキーを渡した日の翌日、さっそく変化があった。
 昼休み、遥香は屋上で原田絢と2人きりで会ったのだ。耳を澄まし、2人の会話を聞いてみると、屋上に呼び出したのは原田絢の方からだった。
 信じられなかった。学年の約半数の女子から好意を持たれている彼女は、告白しても優しく振ってくることで有名だったから。だからこそ、『王子様』として崇められているのかもしれないけど。そんな彼女から2人きりで話そうと誘うなんて考えられなかった。
 遥香がクッキーを渡した翌日のことだ。もしかしたら、両想いなのかもしれない。私の中で不安は増すばかり。
 2人で遊園地に行こうという原田絢の声が聞こえた。クッキーのお礼だって言っているけど、絶対に遥香に気があるでしょ。
 その極めつけとして、原田絢は去り際に遥香の額にキスをした。
 この瞬間、私にとって原田絢は目障りな存在に成り下がった。あなたの立場に相応しい女の子は私なんだから。


 一度憎いと思ってしまうと、その人間の裏の部分を知りたくなる。
 原田絢の“王子様”である話と一緒に『黒い』話も耳にしたことがあった。原田絢と同じ中学校出身の子達曰く『悪魔』の噂。
 必死にその噂を言っていた女子達を思い出し、何気なく原田絢のことについて聞いてみた。その子達も詳細なことは知っていたわけではなかったけれど、1人の女の子を眠った状態にさせた原因が原田絢であることを知った。
 死んでいるわけではないけど、死に等しい。だから、そんな状態にさせた原田絢は悪魔と変わりない。教えてくれた3人の女子達は口を揃えてそう言った。
 けれど、それを聞いて遥香と原田絢を引き裂こうと考えることはしなかった。
 遊園地に行くことがクッキーのお礼である、と心のどこかで望んでいたのだから。


 2人が遊園地に行く日は朝からずっと遥香を見張っていた。
 鏡原駅で待っている遥香の姿はとても可愛くて、今すぐにでも抱きしめたいと思った。それができればどれだけ気が楽になるのだろうと思う。

 そして、原田絢がやってきて、遥香は嬉しそうに話し始める。もはや、デートにしか見えなくなってきた。

 原田絢から手を繋いだことに、遥香も驚いたが私も驚いた。学校での原田絢とは何だか違って見えた。今の姿は遥香だけに見せているように気がした。
 今後のことも考え、デジカメを持ってきておいた。手を繋いで楽しそうにしている2人の姿を最初に撮った。
 それからはずっと2人のことが見える場所にいて、気付かれないように写真を撮りまくった。周りの人間にどう思われたって関係ない。
 遊園地が潮浜シャンサインランドであることは知っていた。予めフリーパス券を購入したので、チケット売り場に並ぶことなく入場ゲートに入ることができた。
 どうやら、原田絢は絶叫系が好きらしい。ジェットコースターとフリーフォールに行っていたけれど、さすがに乗ることまではしなかった。でも、待ち行列での2人はもはやカップルと言っても過言ではないくらいに楽しそうに話している。絶叫系が苦手じゃなかったら、今すぐに交代するのに。
 遥香はお化け屋敷を提案した。そういえば、意外と遥香ってお化けとかのホラー系は大丈夫な方なんだよな。逆に楽しんじゃうほど。そういえば昔、ホラー映画を見に行ったときは絶叫しながら私に抱きついてきたっけ。
 って、思い出に浸っている場合じゃない。
 せっかく遊園地に来たんだから、1つくらいはアトラクションを楽しむべきだろう。
 お化け屋敷に1人で入るのも心細い。そうなるのは、前の方から女の人の絶叫が絶え間なく聞こえてくるからだ。まさか、原田絢だったりして。もしそうなら、あのクールな彼女が恐れている様を見てみたいものだ。
 しかし、そんな風に思っていられるのも束の間。
 私もしっかりとお化けに驚かされ、終わったときには身体的にも精神的にも疲れ切ってしまった。その所為で、2人を見失ってしまったのだ。
 痛恨のミス。探したいけれど、疲れてしまって思うように動かない。
 少し休んで2人を探し始めると、焦って色々な人に聞き込みをしている原田絢を見つけた。何が起きたのか全く想像できなかった。
 遥香のお兄さんの隼人さんと、彼の幼馴染の奈央さんが原田絢と接触し、その直後に原田絢は泣いた。目の前に何が起こっているのか分からなかったけれど、深刻な事態であることは感じ取った。

 遥香がいないってことはまさか誘拐されたのか?
 まさか、私と同じようなことをしているような人間が他にいたっていうのか?

 そんな人間、見かけてもいないし、気配すらも感じられない。私の知らないところで何が起こっているんだろう。
 そんな時、遥香の悲鳴が聞こえた。
 教会の方であることは分かったが足は動かなかった。原田絢、隼人さん、奈央さんは教会に行くけど、それを追うことはできなかった。私がずっと尾行していたことがばれると思ったから。
 しばらくして遥香と原田絢が教会から出てきた。
 遥香は大丈夫そうだけど、原田絢が大分元気をなくしているようだった。あの中で何があったんだ? しかも、教会からは高校生の女の子達が続々と出てきて、隼人さんや奈央さん、そして、中学校からの親友の広瀬美咲が赤い髪の女の子と一緒に出てきたのだ。
 訳の分からない状況だけど、私は再び遥香と原田絢の尾行を始める。
 ベンチに座って1時間ほど、2人は無言だった。さっきの様子から、原田絢によほどのことがあったのだろう。
 そして、遥香がスマートフォンで誰かと話すと、2人は観覧車の方に向かった。2人きりになろうとしているのだろうか。
 私も2人の様子が見えるように、2人が乗った次のゴンドラに乗った。
 乗り始めて頂上付近に差し掛かったとき、

 ――2人は抱き合って、キスをしていた。

 信じたくないけれど、視界に2人がキスをしている事実が入り込んでいる。何度も何度も2人はキスをしていた。

 やめて! やめてよ……!

 1人きりなのにそれを声に出せなかった。代わりに出たのは、両目からの溢れる涙。
 2人の姿が歪んで見え、何をしているのかが分からなくなった。でも、涙を拭うことは決してしなかった。涙の先にあるのは私にとって嫌なことなんだろうから。

 ――遥香と原田絢が恋人同士になったという現実。

 何物にも代えがたい存在を奪われた気分になった。同時に、噂程度でしかなかった“悪魔”の存在が現れたように感じた。
 そして、私は決めたんだ。

 遥香と原田絢を引き裂いてやろう、って。
 原田絢を壊してやろう、って。

 悪魔を相手にするんだから、彼女が何もできなくなるような酷くて卑怯な手を使って。そのくらいしないともう気が済まない。
 遥香が原田絢の家に泊まることを知ったので、手始めに、尾行しているときに撮った写真を原田絢に届けることにした。
 2人の後を付け、原田絢の家の場所を確認すると、近所の写真屋に行って写真を現像した。たくさんある写真の中でも、鏡原駅で手を繋ぐ2人の写真を選んだ。私が今日1日ずっと見張っていたことを思い知らすために。

『悪魔め。今度は彼女を餌食にするのか。
 彼女は将来、私の嫁にするつもりなんだ! 覚悟しておけ!』 

 写真の裏にそんなメッセージを書いて、再び原田絢の家の前に行く。
 家の電気は2階の部屋からぼんやりと光っているだけだ。
 今頃、2人は何をしているんだろうか。キスか、それよりも先のことをしているのか。考えれば考えるだけ辛い。
 写真が入った封筒をポストに投函しようとした瞬間、手が一度止まった。それはきっと、私のしていることが間違っているんじゃないか、という気持ちがそうさせたのだ。
 だけど、2人のことを思うとすぐに手が動いた。そっと封筒をポストに投函し、私はその場から逃げた。


 それでも原田絢の様子はさほど変わらなかった。
 気に食わないけど、それは想定していた。なので、あれから更に原田絢の『悪魔』のことについて情報を集めた。今も眠った状態になっている女の子が卯月牡丹であることを知り、彼女の写真を手に入れた。原田絢を脅迫するには最適な材料だ。
 最初に送った写真とは別の写真を封筒に入れて、今度は原田絢の机や下駄箱の中に入れた。それでも、彼女は何も動じていないように見えた。本当にむかつく。


 そして、今も……次なる手を考えている。
 遥香を原田絢から引き離すために。
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