ハナノカオリ

桜庭かなめ

文字の大きさ
38 / 226
Fragrance 2-ウラヤミノカオリ-

第7話『遥香との夜』

 午後9時。
 私はお風呂から出て、遥香の部屋で彼女が出てくるのを待っている。
 昨日、急に泊まることになったにも関わらず、遥香のお母さんは私のことを喜んで迎えてくれた。家に泊まるのがひさしぶりだったこともあって、夕飯での話題は私のことで持ちきりとなった。
 ちなみに、隼人さんは奈央さんなど大学のお友達と食事をする予定だそうで、顔を合わせていない。2人が付き合っているかどうかは少し気になる。

「それにしても、あんまり変わってないな……」

 遥香の家に泊まるのは中学2年生以来だけど、あまり部屋の雰囲気は変わっていなかった。勉強机にある教科書が高校で使うものになっただけ、と言えるくらいに。
 私はベッドの近くにある座布団の上に座り、ベッドに寄りかかる。遥香の匂いが感じられてとても心地よい。体もポカポカなのでこのまま眠ってしまいそうだ。遥香に抱かれているようで気持ち良く眠れるんだろうな。

「瑠璃ちゃん?」
「ひゃあっ! え、ええと……」
「お風呂から出てもう眠くなっちゃった?」

 バスタオルで髪を拭きながら遥香が部屋の中に入ってくる。桃色の寝間着がよく似合っていて可愛い。

「ちょっとだけだよ」
「……そっか。眠かったらもう寝ようかなって思ったけど」
「まだ9時過ぎだし、これからじゃん。楽しいのは」
「そうだね。私も瑠璃ちゃんと2人きりで話したいから」

 そうだ。今回泊まりに来た目的は遥香と2人きりで話すことだ。美咲のためにもここで眠るわけにはいかない。
 遥香は座布団を動かし、私の左隣に座った。そのときに、彼女の髪からシャンプーの香りがふんわりと感じた。
 寝間着姿で遥香と2人きり。しかも、体が触れそうなくらいに近い。それだけで物凄くドキドキしてくる。
 あぁ、何を話そうか。遥香の家に向かうときにも結構話しちゃったし、いざ話そうと思うとどんな話題を振ればいいのか分からない。

「遥香」
「うん? なあに?」

 私の話したいこと。話すべきこと。それは――。

「遥香には、その……彼女ができたんだよね。その相手が王子様って呼ばれている原田さん……なんだよね」
「うん。そうだよ」

 原田絢の名前を出すと、遥香の顔が赤くなり、より柔らかな表情になる。本当に遥香は原田絢のことが好きなんだな。

「入学して1ヶ月も経たないうちに彼女を作るなんて想像できなかったから。今でも驚いているんだ」
「1ヶ月前の私も彼女ができるなんて思ってなかった。ううん、それ以前に……入学初日に一目惚れをするなんて」
「一目惚れだったんだ」
「う、うん。教室に行こうと思ったんだけど、校舎が広くて迷っちゃったの。そうしたら絢ちゃんが助けてくれて」
「まるで白馬に乗った王子様が自分を助けてくれた、って思ったわけだ」
「思い返してみると……そうだね。絢ちゃんも私のことを一目惚れだったようだし……」

 なるほど、出会った瞬間から両想いだったのか。ということは、2人は恋人同士になるべくしてなったってことか。本当にイライラさせてくれるよ、あの女は。

「でも、入学して何日かは絢ちゃんに声をかけることすらできなくて。それで、お礼も兼ねてクッキーを作ることにしたんだ」
「そういえば、中学の時も何度か手作りクッキーを持ってきてたな」
「うん。手作りの方が気持ちも伝わっていいかなと思って」
「そっか。遥香らしいな」

 そこからの話は、尾行によって既に知っていた内容だった。
 原田絢にクッキーを渡し、遊園地に行き、そこでは色々とあったけど、観覧車で想いを伝えることができて恋人同士になった。
 一連のことを話す遥香はとても嬉しそうだった。
 けれど、その笑顔を見る度に胸が締め付けられた。一目惚れだと遥香は言ったけど、それなら……私と原田絢はどこが違うのか遥香に訊いてみたい。私にはない部分であなたは原田絢に惚れたのだろうから。
 だが、そんなことを訊く勇気なんてなかった。それを訊けば、遥香との距離が開いてしまう気がして。

「それで、2人は恋人同士になったのか」
「……うん。でも、時々思うんだ。学校での絢ちゃんを見ていると、みんなに囲まれているような人が自分の彼女っていうのが嘘みたいに思えて」
「それって、遥香と2人きりのときとは違うってこと?」
「うん。私だけに見せてくれる一面もあって、それが凄く嬉しいんだ」

 いかにも恋人同士らしい発言だ。
 原田絢が遥香だけに見せるように、遥香もきっと……私には見せない一面を原田絢だけに見せているのだと思う。それがとても悔しく、羨ましい。

「いずれは私と付き合っていることを公表するって言ってはいるんだけど、なかなか言い出せないみたい」
「恥ずかしいから? 美咲から聞いたけど、原田さんについて言われていた悪魔の件もあるから?」
「……どっちもじゃないかな。気恥ずかしいっていうのもあるだろうし、瑠璃ちゃんだから話すけど、実は……遊園地に言った日の翌朝に写真が届いてて」

 写真、という言葉にドキッとした。

「その写真には私を彼女にするっていうメッセージが書いてあって。悪魔の一件も解決して、絢ちゃんも全然気にしていないみたいだけど、もしかしたら心のどこかで未だに恐れているのかも」

 でもきっと大丈夫だと思う、と遥香は苦笑いをしながら言った。
 この瞬間、自分のしてしまったことの重さを思い知る。

 私は目の前のことだけで、あたかもそれが全てだと思い込んで……自分の感情に任せて2人に酷いことをしてしまったんだ。

 原田絢があの写真を見て気付かないわけ、ないじゃないか。原田絢は遥香を不安がらせないために、普段と同じように接していたんだ。それを私は普段と様子が変わらないから傷ついていないと勘違いして、彼女を傷つけてしまう言葉を次々と送りつけてしまった。

「ど、どうしたの? 瑠璃ちゃん」
「……ねえ、遥香。遥香はその写真を送りつけた人のことをどう思う? やっぱり、酷いことをしたから許せない?」

 あまりにも予想外の問いだったのか、遥香はしばらくの間口を噤んだ。

「どうだろうね……」

 ようやく口にしたのはそんな言葉だった。

「その写真の後にも何度か写真が届いているからね。毎回、絢ちゃんを傷つけるような言葉を添えて。やったことだけを単純に考えれば、簡単に許せるようなことじゃないと思う」
「そう、だよね……」
「けれど……私は信じたいんだ。そこには理由があったんだって。ただ単純に絢ちゃんを傷つけるだけの行為じゃないんだって。それが私の答え、かな」

 笑顔のままそう言えるなんて、遥香は本当に優しい女の子だ。私のしたことが悪いのははっきりしているのに、遥香は行為の内面まで必死に見てくれようとしている。

 もう、いい。

 遥香との関係が修復できないくらいに壊れてしまってもいい。もう、このまま遥香に手紙のことを隠し続けることが辛くてたまらない。

「瑠璃ちゃん、どうしたの? さっきから表情が――」
「遥香」

 過ちはいつか正さなければならない。そうしない限り、時間が経つに連れて胸を締め付けられる一途を辿る。
 私の場合、正すことができるかどうか分からない。
 でも、もう……今の苦しみから解き放たれるには遥香に全てをぶつけるしかない。たとえ、遥香と絶交することになっても、この苦しみに比べれば何てことはない。もう、そこまで悪化してしまったんだ。

「遥香、私……言わなきゃいけないことがあるんだ」
「うん」

 ごめんね、遥香。
 今の私はもう、あなたの知っている汐崎瑠璃じゃないんだよ。

「写真を送りつけたのは私なんだ」

 その瞬間、部屋の中の空気が凍った気がした。
 遥香は信じられないと言わんばかりの表情をしていた。目を見開き、私のことをじっと見つめている。

「瑠璃ちゃん。どうして、そんなこと……」
「……それはね、遥香」

 私の想いを全て遥香に伝えるように。

 遥香の唇にキスをした。

 どのくらいしたのか分からない。遥香の唇がとても柔らかくて、時間を忘れてしまうほど気持ち良かった。
 唇を離して、想いを伝えようとする。

「私は……」

 その次の言葉が全く口に出すことができない。
 どうして、言えないんだ。遥香のことが好きだって。今までやってきたことの原因は遥香に好意があるからじゃないのか?
 ふと、両目から涙が流れる。
 私の心には好意があるはずなのに、どうして遥香にそれを言うことができないんだ。この好意は遥香に向けられたものじゃなかったのか。
 そう考えたとき、モヤモヤとした気持ちが全て分かった。やっと、自分の気持ちを自覚することができた。
 もう、遥香に対して全ての気持ちをぶつけていたんだ。キスという形で。キスによって得られた快感。それは、つまり――。

「遥香のことを……独占したかったんだ」
感想 20

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

義姉妹百合恋愛

沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。 「再婚するから」 そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。 次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。 それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。 ※他サイトにも掲載しております

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

身体だけの関係です‐三崎早月について‐

みのりすい
恋愛
「ボディタッチくらいするよね。女の子同士だもん」 三崎早月、15歳。小佐田未沙、14歳。 クラスメイトの二人は、お互いにタイプが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。 中学三年生の春、そんな二人の関係が、少しだけ、動き出す。 ※百合作品として執筆しましたが、男性キャラクターも多数おり、BL要素、NL要素もございます。悪しからずご了承ください。また、軽度ですが性描写を含みます。 12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。 身体だけの関係です 原田巴について https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789 作者ツイッター: twitter/minori_sui

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。