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Fragrance 3-メザメノカオリ-
第7話『Distance』
5月6日、月曜日。
今日は振替休日であるため、学校はお休み。
午前11時。私は潮浜総合病院に来ていた。その理由はもちろん、一昨日の卯月さんからの問いに答えるためだ。
昨日、遥香への想いを改めて確認することができた。
遥香が好きであること。
ずっと、遥香の彼女でいたいこと。
私の抱いている素直な想いを卯月さんに伝えれば大丈夫だ。そう思って、私は卯月さんの入院している405号室へ向かうのであった。
405号室に入ると、中には卯月さんだけがいた。
「原田さん、おはよう」
私が約束通りに来てくれたことが嬉しいのか、卯月さんは私の顔を見るなりすぐに微笑んできた。
ちょっと印象が変わったかなと思ったら、寝間着の色が桃色から水色に変わっていたためだった。この前よりも爽やかだ。
「卯月さん、おはよう」
土曜日と同じように、椅子をベッドの近くまで動かして座った。
「約束の時間にちゃんと来たってことは、しっかりと答えが出せたんだ」
「もちろんだよ。丸々1日考える時間があって良かった」
「……そっか。それじゃ、さっそく答えを聞かせて。私と坂井さん、どっちの彼女になるのか」
卯月さんは真剣な眼差しで私を見つめながら問いかける。
大丈夫だ。この答えは私の最も望んでいることなのだから。
「私はこれまで通り、遥香の彼女でいたい。昨日、遥香と互いの気持ちを確かめ合ってきた。彼女として遥香と付き合っていきたい」
卯月さんを死なせない、と続けようとした瞬間、
「どうして!」
卯月さんはおぞましい表情を浮かべて、両手で私の胸部を力強く叩く。
彼女の体力がまだ十分に回復していないので身体的な痛みは全然感じないけど、精神的にはとても痛かった。遥香が好きで、遥香と付き合っていくと伝えたらこういう反応をされるとは想像できていたけど、実際に今の卯月さんの表情を見ると、とても心苦しかった。
「私は原田さんのことが好きなんだよ! あなたに振られて首を吊っちゃうくらい! 土曜日も言ったよね? 原田さんにまた振られたら、今度こそ本当に自分を殺しちゃうかもって。原田さんは私のことが好きじゃないの? そこまで私に死んでほしいの?」
ねえ、ねえ……と、卯月さんは握り締めた手で私の胸を叩いてくる。
「そんなわけない!」
大きな声でそう言い、私は卯月さんのことを抱きしめる。
すると、卯月さんの抵抗がピタリと止まった。
「卯月さんが死んでほしいって思うわけ……ないよ」
「だったら、どうして……」
「自分の気持ちに正直でいたいから。そう自覚したら、遥香の彼女でいたいと思って、卯月さんを死なせたくないって思ったんだ」
昨日の遥香と同じくらいに強く卯月さんのことを抱きしめる。
「卯月さんは誤解してるよ。私も昨日、遥香と話すまで誤解してた。きっと、卯月さんは恋人にならないと私と永遠に会えなくなると思っていない? それは違うと思うよ。彼女じゃなくたって、繋がっていられるんだよ。会いたいと思ったら会っていいんだよ」
「……そんなの、言い訳にしか聞こえない」
「今はそう思ってくれてもかまわない。でも、これだけは覚えておいてくれないかな。0か100じゃないんだってこと。卯月さんが私に会いたいと思えば、私はすぐ会いに行くから。話を聞いてほしいと思えば、すぐに聞きに行くから。1年前みたいに、もう寂しい想いはしなくていいから。寂しかったら、いつでも言ってきてよ」
私が遥香の彼女であり続けても、卯月さんとの関係が切れるわけじゃない。もう1人ではないことを彼女に伝えたかった。彼女でないと絶対に会えない。繋がっていられない。彼女に根付いてしまったそんな誤解を晴らしたかったんだ。
卯月さんは涙こそ流すものの、無言のままだ。遥香の彼女でいたいという私の答えにショックを受けすぎて、何も考えられないのだろうか。
そんな彼女にできることは、頭を優しく撫でることくらいだった。側にいるということを少しでも分かってもらうために。
しばらくの間、無音の時間が続いた。
「……原田さん」
ようやく、声を出すと卯月さんは顔を上げ、私のことを見つめてくる。彼女の目元はすっかりと赤くなっていた。
「本当に私の側にいてくれるの?」
「うん。だから、寂しいときにはいつでも言ってきて」
「……そう」
そう言うと、卯月さんは再び涙を流し始める。今の涙はさっきまでの涙とは意味合いが違いそうだ。
話題を変えるために、私はジーンズのポケットから携帯音楽プレーヤーを取り出す。
「卯月さんって音楽は聴く?」
「……うん。結構聴くけど」
「だったら、ちょっと聴こうよ。こういうときには音楽を聴くに限るよ。卯月さんってMr.Childrenって聴く?」
「うん、大好きだよ」
「それなら良かった。卯月さんの眠っている間にアルバムが発売されたからさ。片耳だけだけど、一緒に聴こうよ」
「……うん」
卯月さんはうっすらと笑みを浮かべた。
気分が落ち込んだときには音楽を聴くのが一番だよね。私も色々と悩んでいるときは音楽を聴いて気分転換をする。
卯月さんの右耳と私の左耳にイヤホンを付ける。そして、卯月さんの眠っている間に発売されたMr.Childrenのアルバムを一曲目から聞き始める。
すると、1曲目から卯月さんは涙を流し始めた。
「良い曲だね。この曲」
「うん。このアルバムの中では一番好きな曲なんだ」
そして、約1時間、卯月さんと寄り添いながらMr.Childrenのアルバムを聴いた。卯月さんは軽やかな曲では微笑んでいて、バラードでは涙ぐんでいた。
「良いアルバムだったね。発売したときに聴けなかったのが残念」
「……そっか」
「ちょっとだけ、気分が軽くなったよ。それに、原田さんとずっと一緒に聴いててドキドキした」
そういえば、音楽と一緒に卯月さんの鼓動も聞こえたな。
「アルバム1枚分だもんね。卯月さんが少しでも気分が良くなったなら嬉しいよ」
どうやら、ちょっとは気分転換ができたようだ。音楽を聴いて正解だったかな。
「ねえ、原田さん。ちょっとお願いがあるんだけど」
「どうかした?」
「……ちょっと汗を掻いちゃったからさ、タオルで背中を拭いてくれないかな。タオルはそこにあるから。あと、脱ぐ間はこっちを見ないでね」
「うん、分かった」
さすがに女子相手でも裸を見せるのは恥ずかしいんだろうな。
そんなことを考えていると、昨日の遥香とお風呂に入っていたときのことを思い出す。一緒に湯船に浸かって、悩みを打ち明けて、その後に……。
「な、なんてことを思い出しているんだ。ましてや、こんなときに」
体全体が熱くなっていた。きっと、かなり顔が赤くなっているんだろう。
「原田さん、もういいよ」
「ああ、うん!」
振り返ると、卯月さんは上半身裸になっていて、胸の辺りまで布団で隠している。
「どうしたの? 顔、赤いけど……」
「ちょっと暑くて汗掻いちゃっただけだよ」
ああ、今の卯月さんの姿を見てたら、付き合い始めた2週間前の遥香を思い出してしまった。それでまた顔が赤くなっちゃったのか。
私はタオルを持って、卯月さんの背後に回る。1年間寝ていたためか、彼女の背中は白くてとても綺麗だった。
「それじゃ、拭くよ」
「うん、お願い」
ふんわりとしたタオルで卯月さんの背中を優しく拭いていく。
「ねえ、原田さん。どっちが綺麗?」
「えっ?」
「坂井さんとだよ。恋人同士なら……やることはやってるんでしょ? 原田さんって、普段はクールな感じだけど、恋人には意外と積極的な気がする」
クールにしているつもりはないんだけど、見事に当たっているな。私のことが好きだと、そんなことも分かっちゃうのかな。
「坂井さんとしたんでしょ? 誰にも言わないから正直に言って」
「……したよ」
「何回くらい?」
「……2回」
「そう。原田さんって坂井さん絡みの話になると、可愛い表情になるんだね。それだけ、坂井さんのことが好きってこと、か……」
そう言うと、卯月さんは小さくため息をついた……けど、
「本題に戻るけど、私と坂井さんはどっちが綺麗? それともどっちが好きって聞いた方が答えやすいかな?」
ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべながら訊いてくる。
どっちの質問でも答えにくいって。背中のことを訊くなんて、もしかして卯月さんは背中フェチなのかな。
「……甲乙付けがたいね。でも、やっぱり遥香かな」
「そうだよね。さすがに恋人の方が好きだよね」
「でも、卯月さんの背中だって綺麗だし、私好み……だけど」
「必死にフォローしようとしているのがバレバレ。でも、そういう優しいところに私は惹かれたんだよ」
卯月さんは私の方に振り返って微笑んだ。
そういえば、遥香にもそんなことを言われたような気がするな。
「原田さん、ありがとう。あとは私が拭くから」
「うん、分かった」
卯月さんにタオルを渡して、再び彼女に背を向ける。
「卯月さん、あのさ……」
片桐さんと仲直りしてみないか、と言おうとしたけれど……その言葉を声に出すことができなかった。
「どうかしたの?」
「いや、何か言おうと思ったんだけど、肝心の内容を忘れちゃった」
「ああ、そういうこと私もあるよ」
何だかもやもやしちゃうよね、と卯月さんはクスクス笑う。
気付けば、卯月さんの声のトーンも大分明るくなっていた。病室に入ってきたときよりも気分がけっこう良くなったのかな。
「もう、こっち見てもいいよ」
卯月さんの方に振り返ると、水色の寝間着を着た彼女が真剣な表情で私のことを見ていた。
「……私、原田さんのことを諦めたくない」
「それって、私の恋人になることだよね?」
「うん。坂井さんの彼女でいたいって言われても、まだスッキリしていないの。それはきっと、原田さんを諦めきれない気持ちがあるからだと思う」
「……そっか」
「ねえ、原田さん。私が会いたいと思えば会ってくれるんだよね?」
「うん。もちろんだよ」
「だったらさ、まずは連絡先を交換しようよ。スマートフォンの番号とメールアドレスを教えてくれないかな」
「分かった」
スマートフォンの番号とメールアドレスを交換した。
スマートフォンの画面を見る卯月さんはとても嬉しそうだった。私との確かな繋がりを持つことができたからかな。
「原田さん、午後から検査があるから今日はもう帰っていいよ。時間もかかるだろうし」
「そっか。じゃあそろそろ帰るよ」
「何かあったらメールするね」
「うん」
卯月さん、嬉しそうだ。私にとってはこういった話は普通のことだけど、卯月さんにとっては夢にまで見たことなのかもしれない。
「会って欲しいときには必ずメールするから。そのときだけでいいから。勉強とか大変そうだし、それに今も続けているんだよね。陸上競技」
「そうだよ。短距離走と中距離走をね。でも、そこら辺はあまり気にしないでいいよ。地元なんだし、部活の後でも行けるから」
「……分かった。じゃあ、来て欲しいときにはメールするね」
「うん。じゃあ、またね。卯月さん」
「うん、またね」
卯月さんに手を振って、私は病室を後にした。
遥香の彼女でいたいって言ったときの反応を見たときにはどうなるかと思ったけど、何とか前向きな気分になってくれて良かった。きっと、もう孤独じゃないってことが分かって安心したんだと思う。大きな課題の一つは達成できたかな。
後は、どうやって片桐さんと仲直りさせるか。双方の状況を見て、ゆっくりでもいいから仲直りする方向に持って行けるようにしていこう。
日が沈む頃になって卯月さんから一通のメールが届いた。検査の結果、体力の回復が鈍いものの、健康状態は問題ないらしい。
明日退院し、今後は自宅療養をすることに決まったのであった。
今日は振替休日であるため、学校はお休み。
午前11時。私は潮浜総合病院に来ていた。その理由はもちろん、一昨日の卯月さんからの問いに答えるためだ。
昨日、遥香への想いを改めて確認することができた。
遥香が好きであること。
ずっと、遥香の彼女でいたいこと。
私の抱いている素直な想いを卯月さんに伝えれば大丈夫だ。そう思って、私は卯月さんの入院している405号室へ向かうのであった。
405号室に入ると、中には卯月さんだけがいた。
「原田さん、おはよう」
私が約束通りに来てくれたことが嬉しいのか、卯月さんは私の顔を見るなりすぐに微笑んできた。
ちょっと印象が変わったかなと思ったら、寝間着の色が桃色から水色に変わっていたためだった。この前よりも爽やかだ。
「卯月さん、おはよう」
土曜日と同じように、椅子をベッドの近くまで動かして座った。
「約束の時間にちゃんと来たってことは、しっかりと答えが出せたんだ」
「もちろんだよ。丸々1日考える時間があって良かった」
「……そっか。それじゃ、さっそく答えを聞かせて。私と坂井さん、どっちの彼女になるのか」
卯月さんは真剣な眼差しで私を見つめながら問いかける。
大丈夫だ。この答えは私の最も望んでいることなのだから。
「私はこれまで通り、遥香の彼女でいたい。昨日、遥香と互いの気持ちを確かめ合ってきた。彼女として遥香と付き合っていきたい」
卯月さんを死なせない、と続けようとした瞬間、
「どうして!」
卯月さんはおぞましい表情を浮かべて、両手で私の胸部を力強く叩く。
彼女の体力がまだ十分に回復していないので身体的な痛みは全然感じないけど、精神的にはとても痛かった。遥香が好きで、遥香と付き合っていくと伝えたらこういう反応をされるとは想像できていたけど、実際に今の卯月さんの表情を見ると、とても心苦しかった。
「私は原田さんのことが好きなんだよ! あなたに振られて首を吊っちゃうくらい! 土曜日も言ったよね? 原田さんにまた振られたら、今度こそ本当に自分を殺しちゃうかもって。原田さんは私のことが好きじゃないの? そこまで私に死んでほしいの?」
ねえ、ねえ……と、卯月さんは握り締めた手で私の胸を叩いてくる。
「そんなわけない!」
大きな声でそう言い、私は卯月さんのことを抱きしめる。
すると、卯月さんの抵抗がピタリと止まった。
「卯月さんが死んでほしいって思うわけ……ないよ」
「だったら、どうして……」
「自分の気持ちに正直でいたいから。そう自覚したら、遥香の彼女でいたいと思って、卯月さんを死なせたくないって思ったんだ」
昨日の遥香と同じくらいに強く卯月さんのことを抱きしめる。
「卯月さんは誤解してるよ。私も昨日、遥香と話すまで誤解してた。きっと、卯月さんは恋人にならないと私と永遠に会えなくなると思っていない? それは違うと思うよ。彼女じゃなくたって、繋がっていられるんだよ。会いたいと思ったら会っていいんだよ」
「……そんなの、言い訳にしか聞こえない」
「今はそう思ってくれてもかまわない。でも、これだけは覚えておいてくれないかな。0か100じゃないんだってこと。卯月さんが私に会いたいと思えば、私はすぐ会いに行くから。話を聞いてほしいと思えば、すぐに聞きに行くから。1年前みたいに、もう寂しい想いはしなくていいから。寂しかったら、いつでも言ってきてよ」
私が遥香の彼女であり続けても、卯月さんとの関係が切れるわけじゃない。もう1人ではないことを彼女に伝えたかった。彼女でないと絶対に会えない。繋がっていられない。彼女に根付いてしまったそんな誤解を晴らしたかったんだ。
卯月さんは涙こそ流すものの、無言のままだ。遥香の彼女でいたいという私の答えにショックを受けすぎて、何も考えられないのだろうか。
そんな彼女にできることは、頭を優しく撫でることくらいだった。側にいるということを少しでも分かってもらうために。
しばらくの間、無音の時間が続いた。
「……原田さん」
ようやく、声を出すと卯月さんは顔を上げ、私のことを見つめてくる。彼女の目元はすっかりと赤くなっていた。
「本当に私の側にいてくれるの?」
「うん。だから、寂しいときにはいつでも言ってきて」
「……そう」
そう言うと、卯月さんは再び涙を流し始める。今の涙はさっきまでの涙とは意味合いが違いそうだ。
話題を変えるために、私はジーンズのポケットから携帯音楽プレーヤーを取り出す。
「卯月さんって音楽は聴く?」
「……うん。結構聴くけど」
「だったら、ちょっと聴こうよ。こういうときには音楽を聴くに限るよ。卯月さんってMr.Childrenって聴く?」
「うん、大好きだよ」
「それなら良かった。卯月さんの眠っている間にアルバムが発売されたからさ。片耳だけだけど、一緒に聴こうよ」
「……うん」
卯月さんはうっすらと笑みを浮かべた。
気分が落ち込んだときには音楽を聴くのが一番だよね。私も色々と悩んでいるときは音楽を聴いて気分転換をする。
卯月さんの右耳と私の左耳にイヤホンを付ける。そして、卯月さんの眠っている間に発売されたMr.Childrenのアルバムを一曲目から聞き始める。
すると、1曲目から卯月さんは涙を流し始めた。
「良い曲だね。この曲」
「うん。このアルバムの中では一番好きな曲なんだ」
そして、約1時間、卯月さんと寄り添いながらMr.Childrenのアルバムを聴いた。卯月さんは軽やかな曲では微笑んでいて、バラードでは涙ぐんでいた。
「良いアルバムだったね。発売したときに聴けなかったのが残念」
「……そっか」
「ちょっとだけ、気分が軽くなったよ。それに、原田さんとずっと一緒に聴いててドキドキした」
そういえば、音楽と一緒に卯月さんの鼓動も聞こえたな。
「アルバム1枚分だもんね。卯月さんが少しでも気分が良くなったなら嬉しいよ」
どうやら、ちょっとは気分転換ができたようだ。音楽を聴いて正解だったかな。
「ねえ、原田さん。ちょっとお願いがあるんだけど」
「どうかした?」
「……ちょっと汗を掻いちゃったからさ、タオルで背中を拭いてくれないかな。タオルはそこにあるから。あと、脱ぐ間はこっちを見ないでね」
「うん、分かった」
さすがに女子相手でも裸を見せるのは恥ずかしいんだろうな。
そんなことを考えていると、昨日の遥香とお風呂に入っていたときのことを思い出す。一緒に湯船に浸かって、悩みを打ち明けて、その後に……。
「な、なんてことを思い出しているんだ。ましてや、こんなときに」
体全体が熱くなっていた。きっと、かなり顔が赤くなっているんだろう。
「原田さん、もういいよ」
「ああ、うん!」
振り返ると、卯月さんは上半身裸になっていて、胸の辺りまで布団で隠している。
「どうしたの? 顔、赤いけど……」
「ちょっと暑くて汗掻いちゃっただけだよ」
ああ、今の卯月さんの姿を見てたら、付き合い始めた2週間前の遥香を思い出してしまった。それでまた顔が赤くなっちゃったのか。
私はタオルを持って、卯月さんの背後に回る。1年間寝ていたためか、彼女の背中は白くてとても綺麗だった。
「それじゃ、拭くよ」
「うん、お願い」
ふんわりとしたタオルで卯月さんの背中を優しく拭いていく。
「ねえ、原田さん。どっちが綺麗?」
「えっ?」
「坂井さんとだよ。恋人同士なら……やることはやってるんでしょ? 原田さんって、普段はクールな感じだけど、恋人には意外と積極的な気がする」
クールにしているつもりはないんだけど、見事に当たっているな。私のことが好きだと、そんなことも分かっちゃうのかな。
「坂井さんとしたんでしょ? 誰にも言わないから正直に言って」
「……したよ」
「何回くらい?」
「……2回」
「そう。原田さんって坂井さん絡みの話になると、可愛い表情になるんだね。それだけ、坂井さんのことが好きってこと、か……」
そう言うと、卯月さんは小さくため息をついた……けど、
「本題に戻るけど、私と坂井さんはどっちが綺麗? それともどっちが好きって聞いた方が答えやすいかな?」
ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべながら訊いてくる。
どっちの質問でも答えにくいって。背中のことを訊くなんて、もしかして卯月さんは背中フェチなのかな。
「……甲乙付けがたいね。でも、やっぱり遥香かな」
「そうだよね。さすがに恋人の方が好きだよね」
「でも、卯月さんの背中だって綺麗だし、私好み……だけど」
「必死にフォローしようとしているのがバレバレ。でも、そういう優しいところに私は惹かれたんだよ」
卯月さんは私の方に振り返って微笑んだ。
そういえば、遥香にもそんなことを言われたような気がするな。
「原田さん、ありがとう。あとは私が拭くから」
「うん、分かった」
卯月さんにタオルを渡して、再び彼女に背を向ける。
「卯月さん、あのさ……」
片桐さんと仲直りしてみないか、と言おうとしたけれど……その言葉を声に出すことができなかった。
「どうかしたの?」
「いや、何か言おうと思ったんだけど、肝心の内容を忘れちゃった」
「ああ、そういうこと私もあるよ」
何だかもやもやしちゃうよね、と卯月さんはクスクス笑う。
気付けば、卯月さんの声のトーンも大分明るくなっていた。病室に入ってきたときよりも気分がけっこう良くなったのかな。
「もう、こっち見てもいいよ」
卯月さんの方に振り返ると、水色の寝間着を着た彼女が真剣な表情で私のことを見ていた。
「……私、原田さんのことを諦めたくない」
「それって、私の恋人になることだよね?」
「うん。坂井さんの彼女でいたいって言われても、まだスッキリしていないの。それはきっと、原田さんを諦めきれない気持ちがあるからだと思う」
「……そっか」
「ねえ、原田さん。私が会いたいと思えば会ってくれるんだよね?」
「うん。もちろんだよ」
「だったらさ、まずは連絡先を交換しようよ。スマートフォンの番号とメールアドレスを教えてくれないかな」
「分かった」
スマートフォンの番号とメールアドレスを交換した。
スマートフォンの画面を見る卯月さんはとても嬉しそうだった。私との確かな繋がりを持つことができたからかな。
「原田さん、午後から検査があるから今日はもう帰っていいよ。時間もかかるだろうし」
「そっか。じゃあそろそろ帰るよ」
「何かあったらメールするね」
「うん」
卯月さん、嬉しそうだ。私にとってはこういった話は普通のことだけど、卯月さんにとっては夢にまで見たことなのかもしれない。
「会って欲しいときには必ずメールするから。そのときだけでいいから。勉強とか大変そうだし、それに今も続けているんだよね。陸上競技」
「そうだよ。短距離走と中距離走をね。でも、そこら辺はあまり気にしないでいいよ。地元なんだし、部活の後でも行けるから」
「……分かった。じゃあ、来て欲しいときにはメールするね」
「うん。じゃあ、またね。卯月さん」
「うん、またね」
卯月さんに手を振って、私は病室を後にした。
遥香の彼女でいたいって言ったときの反応を見たときにはどうなるかと思ったけど、何とか前向きな気分になってくれて良かった。きっと、もう孤独じゃないってことが分かって安心したんだと思う。大きな課題の一つは達成できたかな。
後は、どうやって片桐さんと仲直りさせるか。双方の状況を見て、ゆっくりでもいいから仲直りする方向に持って行けるようにしていこう。
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