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Fragrance 3-メザメノカオリ-
第12話『アンズ』
5月9日、木曜日。
今日も朝練が終わり、更衣室で制服に着替えている。
『……もう、ここには来なくて良いよ』
昨日、家に帰ってからずっと、卯月さんから言われたその言葉が頭をよぎっている。卯月さんがようやく前へ進み出したことに嬉しい反面、ちょっと寂しくもある。卯月さんと会う時間が楽しくて、本当の友達になれたからだろう。
きっと、卯月さんは大丈夫だ。彼女は本音から逃げることはしないだろう。だから、これからは私も片桐さんの方をサポートしよう。
そう胸に誓い、制服に着替え終えた私は教室に向かうのであった。
1年2組の教室に着くと、今日は既に遥香と広瀬さんがいた。片桐さんの姿はどこにもない。
「おはよう。遥香、広瀬さん」
「おはよう、絢ちゃん」
「おはようございます。原田さん」
「卯月さんの方は何とかなったよ。片桐さんと会いたくないっていうのは本音じゃなかった」
2人と朝の挨拶を交わしたところで、さっそく昨日のことについて話すと遥香と広瀬さんの顔には安堵の笑みが浮かぶ。
「そうだったんだね。やっぱり」
「遥香はもう気付いてたの?」
「ううん、病室で杏ちゃんを追い払ったときの卯月さんは、本音で話してないって信じてただけ」
「……そっか」
やっぱり、遥香は凄い。本人は勘だとか、信じているとか言っているけど、絶対に本心を読み取れる力がある。
「それで、卯月さんの本音は聞けたのですか?」
「ううん、そこまでは踏み込まなかった。でも、片桐さんに会って本音を伝えたいようなことは言ってたかな。自分で何とかできるって言ってたし」
「そうですか。では、卯月さんの方は大丈夫ということですね」
「うん。だから、今日からは私も片桐さんの方を中心にサポートしていきたい。それでもいいかな」
卯月さんと片桐さんの架橋になれるのは、私だけだと思うから。二度と会いたくないのが本音でないことを彼女に伝えたい。
「もちろんだよ」
「原田さんがいると心強いです」
2人は私が加わることに快諾してくれた。
「今日も……片桐さんは休んでいるんだよね。やっぱり、まだ?」
「ええ。杏ちゃんと話そうと思ったのですが、部屋から出てきそうにもなくて。まだそっとしておいた方がいいのかな、と」
「そっか。だったら尚更……卯月さんのことをいち早く伝えたい。迷惑じゃなかったら今日の放課後、広瀬さんの家にお邪魔してもいいかな」
「私は構いませんけど、杏ちゃんが大丈夫でしょうか。卯月さんから逃げるために私の家に家出してきたんです。二度と会いたくないというのが嘘だと分かっても、再び会いたいということを伝えてしまえば、杏ちゃんは更に恐れ、今度は私達の知らないところに逃げてしまうかもしれません」
広瀬さんは神妙な面持ちでそう言う。
広瀬さんの抱いている懸念は私にもある。そもそも、広瀬さんの家に家出したのは卯月さんに会いたくないから。そんな彼女に卯月さんが会いたがっていると言ってしまえば、再び片桐さんの心に恐怖心を芽生えさせる可能性は否定できない。
「それでも、卯月さんの気持ちが彼女の耳に入らないよりはいいと思うんだ。片桐さんに知ってもらうことに意味があると思うから」
私自身も何が正解なのかは分からない。片桐さんに卯月さんが会いたがっていることを伝えることは間違っているかもしれない。
けれど、一番の間違いは何もしないことじゃないだろうか。それは、卯月さんの気持ちを知っているのに、片桐さんに伝えないこと。
「遥香ちゃんはどう思いますか?」
どうやら、広瀬さんは迷っているらしく、遥香の意見も聞きたいようだ。
「私は絢ちゃんの意見に賛成だよ」
遥香は穏やかな笑みを浮かべながら、広瀬さんの問いに即答した。
「だって、杏ちゃんは……一度、乗り越えているじゃない。遊園地の一件まで色々と間違えたことをしちゃったけれど、ちゃんと1年前のことに本音で向き合えるようになったじゃない。だから、卯月さんにも向き合えるって信じてる」
「遥香……」
「そんな杏ちゃんを美咲ちゃんだって見たでしょ? 杏ちゃんはいつまでも逃げるような子じゃないって信じてみようよ。また、逃げちゃうようなら、今度は絢ちゃんも加わって3人で支えればいいんだし」
遥香はいつもの雰囲気で、いつもの口調で言った。だからなのか、それでいいんだって安心してしまう。
広瀬さんも私と同じことを思っているのか、笑みをこぼしている。
「……考えてみれば遥香ちゃんの言う通りかもしれませんね。元々、杏ちゃんはとびっきり元気な笑顔の似合う女の子ですから」
「じゃあ、広瀬さん……」
「ええ。今日の放課後、3人で私の家に行きましょう。悩んでいても仕方ありません。卯月さんが会いたいと伝えてみましょう。それで杏ちゃんが逃げてしまっても、私達3人が変わらず杏ちゃんを支えていけばいいんですから」
「……そうだね。じゃあ、放課後は3人で広瀬さんの家に行こう」
私も片桐さんを信じよう。きっと、片桐さんなら卯月さんと本音で向き合えると。親友である遥香と広瀬さんのお墨付きだ。絶対に卯月さんと親友に戻れる。
私が伝えたことで片桐さんが逃げることになっても、また支えればいいんだ。それが、私達にとっての友達の在り方だと思うから。
今日も朝練が終わり、更衣室で制服に着替えている。
『……もう、ここには来なくて良いよ』
昨日、家に帰ってからずっと、卯月さんから言われたその言葉が頭をよぎっている。卯月さんがようやく前へ進み出したことに嬉しい反面、ちょっと寂しくもある。卯月さんと会う時間が楽しくて、本当の友達になれたからだろう。
きっと、卯月さんは大丈夫だ。彼女は本音から逃げることはしないだろう。だから、これからは私も片桐さんの方をサポートしよう。
そう胸に誓い、制服に着替え終えた私は教室に向かうのであった。
1年2組の教室に着くと、今日は既に遥香と広瀬さんがいた。片桐さんの姿はどこにもない。
「おはよう。遥香、広瀬さん」
「おはよう、絢ちゃん」
「おはようございます。原田さん」
「卯月さんの方は何とかなったよ。片桐さんと会いたくないっていうのは本音じゃなかった」
2人と朝の挨拶を交わしたところで、さっそく昨日のことについて話すと遥香と広瀬さんの顔には安堵の笑みが浮かぶ。
「そうだったんだね。やっぱり」
「遥香はもう気付いてたの?」
「ううん、病室で杏ちゃんを追い払ったときの卯月さんは、本音で話してないって信じてただけ」
「……そっか」
やっぱり、遥香は凄い。本人は勘だとか、信じているとか言っているけど、絶対に本心を読み取れる力がある。
「それで、卯月さんの本音は聞けたのですか?」
「ううん、そこまでは踏み込まなかった。でも、片桐さんに会って本音を伝えたいようなことは言ってたかな。自分で何とかできるって言ってたし」
「そうですか。では、卯月さんの方は大丈夫ということですね」
「うん。だから、今日からは私も片桐さんの方を中心にサポートしていきたい。それでもいいかな」
卯月さんと片桐さんの架橋になれるのは、私だけだと思うから。二度と会いたくないのが本音でないことを彼女に伝えたい。
「もちろんだよ」
「原田さんがいると心強いです」
2人は私が加わることに快諾してくれた。
「今日も……片桐さんは休んでいるんだよね。やっぱり、まだ?」
「ええ。杏ちゃんと話そうと思ったのですが、部屋から出てきそうにもなくて。まだそっとしておいた方がいいのかな、と」
「そっか。だったら尚更……卯月さんのことをいち早く伝えたい。迷惑じゃなかったら今日の放課後、広瀬さんの家にお邪魔してもいいかな」
「私は構いませんけど、杏ちゃんが大丈夫でしょうか。卯月さんから逃げるために私の家に家出してきたんです。二度と会いたくないというのが嘘だと分かっても、再び会いたいということを伝えてしまえば、杏ちゃんは更に恐れ、今度は私達の知らないところに逃げてしまうかもしれません」
広瀬さんは神妙な面持ちでそう言う。
広瀬さんの抱いている懸念は私にもある。そもそも、広瀬さんの家に家出したのは卯月さんに会いたくないから。そんな彼女に卯月さんが会いたがっていると言ってしまえば、再び片桐さんの心に恐怖心を芽生えさせる可能性は否定できない。
「それでも、卯月さんの気持ちが彼女の耳に入らないよりはいいと思うんだ。片桐さんに知ってもらうことに意味があると思うから」
私自身も何が正解なのかは分からない。片桐さんに卯月さんが会いたがっていることを伝えることは間違っているかもしれない。
けれど、一番の間違いは何もしないことじゃないだろうか。それは、卯月さんの気持ちを知っているのに、片桐さんに伝えないこと。
「遥香ちゃんはどう思いますか?」
どうやら、広瀬さんは迷っているらしく、遥香の意見も聞きたいようだ。
「私は絢ちゃんの意見に賛成だよ」
遥香は穏やかな笑みを浮かべながら、広瀬さんの問いに即答した。
「だって、杏ちゃんは……一度、乗り越えているじゃない。遊園地の一件まで色々と間違えたことをしちゃったけれど、ちゃんと1年前のことに本音で向き合えるようになったじゃない。だから、卯月さんにも向き合えるって信じてる」
「遥香……」
「そんな杏ちゃんを美咲ちゃんだって見たでしょ? 杏ちゃんはいつまでも逃げるような子じゃないって信じてみようよ。また、逃げちゃうようなら、今度は絢ちゃんも加わって3人で支えればいいんだし」
遥香はいつもの雰囲気で、いつもの口調で言った。だからなのか、それでいいんだって安心してしまう。
広瀬さんも私と同じことを思っているのか、笑みをこぼしている。
「……考えてみれば遥香ちゃんの言う通りかもしれませんね。元々、杏ちゃんはとびっきり元気な笑顔の似合う女の子ですから」
「じゃあ、広瀬さん……」
「ええ。今日の放課後、3人で私の家に行きましょう。悩んでいても仕方ありません。卯月さんが会いたいと伝えてみましょう。それで杏ちゃんが逃げてしまっても、私達3人が変わらず杏ちゃんを支えていけばいいんですから」
「……そうだね。じゃあ、放課後は3人で広瀬さんの家に行こう」
私も片桐さんを信じよう。きっと、片桐さんなら卯月さんと本音で向き合えると。親友である遥香と広瀬さんのお墨付きだ。絶対に卯月さんと親友に戻れる。
私が伝えたことで片桐さんが逃げることになっても、また支えればいいんだ。それが、私達にとっての友達の在り方だと思うから。
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