ハナノカオリ

桜庭かなめ

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Fragrance 4-アメノカオリ-

第1話『Is Girls Love Bad?』

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 午後1時。
 私と絢ちゃんは生徒会室の前に立っている。呼び出されたこともあって、生徒会室の扉を開けるのが怖い。
 そんな私の姿を見てか、絢ちゃんは私の手をぎゅっと握る。

「大丈夫だよ、遥香。私も一緒だから」
「……うん」

 絢ちゃんの優しい笑顔と言葉に、私の心もちょっと軽くなった。
 絢ちゃんが生徒会室の扉をノックする。

『どうぞ~』

 柔らかい女の人の声が中から聞こえてきた。

「失礼します」

 と言って、絢ちゃんは生徒会室の扉を開ける。中にはクリーム色の髪のロングヘアで黒いカチューシャを付けている女子生徒と、黒髪のおさげの女子生徒がいた。黒髪の人は金髪の人の横に立って柔らかい笑顔を浮かべているけど、クリーム色の髪の人の方は椅子に座って不機嫌そうにこちらを見ている。
 また、クリーム色の髪の人の方が生徒会長の雨宮夏芽あまみやなつめさんで、黒髪の人は副会長の波多野霞はたのかすみさん。入学式などで何度か見たことを今になって思い出した。

「1年2組の原田絢です」
「坂井遥香です。今、放送で呼び出されたので来ました」
「……そこの椅子に座りなさい」

 雨宮会長に指示の通り、私達は近くにあった椅子に座る。雨宮会長とは長机を介して向かい合っている状況だ。

「ここに来てもらった理由はこれについてよ。霞、2人にあれを出して」
「うん、夏芽ちゃん」

 波多野副会長はロッカーから輪ゴムで止められているポスターのような物を取り出した。輪ゴムを外し、広がった状態にして私達の前に置いた。

「校内新聞ですね」
「絢ちゃんの恋人宣言についての記事だ……」

 置かれたものとは、1ヶ月以上前に新聞部が発行した、絢ちゃんの恋人宣言が大々的に報じられている校内新聞だった。そこには私と絢ちゃんが抱き合っている写真が堂々と載っている。

「そう、原田さんが行ったこのことについて呼び出したの」
「でも、1ヶ月以上も前の話ですよ? どうして今になって……」
「それは、あなた達の影響で、生徒同士で交際するケースが急増したからよ」
「えっ……」

 思わず、声が漏れてしまう。そんなことで私と絢ちゃんを呼び出したっていうの?

「そんなこと、と坂井さんは思っているようね」
「だって、交際することは自由じゃないですか。雨宮会長の話を聞いていると、まるで女の子同士が付き合うのが悪く聞こえてしまって……」
「まさにその通りよ。女性同士が付き合うなんて言語道断だわ。本来、人間は異性同士で付き合うべきなんだから」
「そ、そんな……」
「きっと、あなた達も交際を始めたときに迷いが生じたでしょ? 女の子同士で付き合うのが正しいのかどうか……」

 確かに絢ちゃんに好意を抱いて、付き合いたいって思ったときには女の子同士で付き合うのはおかしいんじゃないかって思った。迷ったときもあった。けれど、

「私は自分の気持ちに正直でいたいと思ったんです。だから、絢ちゃんと付き合うことに決めたんです」
「私も同じです。彼女となら支え合っていけると思ったんです」
「支え合う、ね。それは今まで生ぬるい環境でしか過ごしたことがないから、相手が女性でも言えるんじゃないかしら?」
「確かにそうかもしれませんけど、私達は信頼し合って……!」
「落ち着いて、遥香!」

 雨宮会長のところに行こうと、椅子から立ち上がった私を絢ちゃんが必死に止める。そんな私達の様子を雨宮会長と波多野副会長は落ち着いて見ていた。

「まあ、あなた達の思いなんてどうでもいいわ」
「それなら、雨宮会長は私と遥香に何を言いたいんですか?」
「……女子校である限り、女性同士で付き合うケースがどうしても出てしまう。これは仕方のないことだと思うわ。けれど、あなた達が交際していることは、周りの人間への影響が大きすぎるのよ。その証拠がこの校内新聞じゃない。あなた達は周りの生徒を間違った道へと誘っているの」
「間違った道。つまり、女子同士で付き合うことですか」
「そういうこと。そして、あなた達はそういう人達の象徴となっている。あなた達の姿を見て、女の子同士で付き合ってもいいんだと勘違いをし、実際に付き合っているケースが出てきているの。あなた達がやったことの罪は大きいわ」

 どうして、女の子同士で付き合うことが罪になるの? 私の周りにも女の子と付き合っている人がいるけど、何一つ悪くなった人なんていないじゃない。雨宮会長はどうしてそこまで女の子同士で付き合うことに嫌悪感を抱くの?
 わがままだって分かっているけど、こんなの不公平だよ。どうして私達だけ。ただ、他のカップルよりも目立つだけでこんなことを言われなきゃいけないなんて。

「今すぐに、この場で別れることを約束しなさい。それを学校中に知らせれば、天羽女子は正しい方向へ再び歩み出すわ」
「絶対に嫌です。私は絢ちゃんと別れることなんてしません」
「……そう? じゃあ、そのことであなた達に何らかの処分が下されることになったら?」
「えっ……」
「恋人宣言だったかしら。それって原田さんが行ったことだと聞いているわ。彼女がそんなことさえしなければ、今の状態にならなかった。そうね、この責任は原田さんに取ってもらうべきかしら。停学、いや……退学かしらね」
「生徒会長であるあなたに何の権限があるんですか! それに、こんなことで処分を下そうだなんて……」

 学校の方が認めるわけがない。そもそも、どうして雨宮会長に処分云々を言われなきゃいけないの? 生徒会長でも元は1人の生徒なのに。

「生徒のくせに、って思っているでしょ。私が誰だか分かってる? 雨宮家次期当主なのよ。この学校が私の言うことに逆らうことなんてできるわけがないじゃない。私立の学校なんていわば1つの企業のようなもの。力が上の企業が言う意見に逆らったら終わり。私が言えば全てその通りに動くのよ」

 雨宮家、どこかで聞いたことがあると思ったら、思い出した。世界有数の食品メーカーを生み出した財閥であることを。その影響力は大きいと。

「つまり、雨宮会長がこの学校の法律とでも言いたいんですか。あなたは力を持っている人間だから」

 私がそう言うと、雨宮会長は初めて笑顔を見せた。

「その通りよ。ようやく分かってくれたのね。じゃあ、さっそく原田さんと別れなさい。そのことについては生徒会が全校生徒に知らせてあげるから」

 何て黒い考え方なの。陰湿だし、自分勝手すぎる。財閥の娘だからってその権力をこんなことに行使しようだなんて。
 私は雨宮会長の考えに屈したくない。好きになる気持ちは自由であるべきだから。

「絶対に絢ちゃんとは別れません。自分の気持ちを押し殺すようなことなんてしたくありません」
「……そう。でも、原田さんは違うみたいよ?」
「えっ……」

 絢ちゃんの方を見ると、絢ちゃんは迷っているようだった。何かを思い詰めるような表情をして俯いてしまっている。
「どうやら、坂井さんは自分の気持ちだけで動いてしまうみたいだけど、原田さんはちゃんと坂井さんのことを考えているみたいね」
「絢ちゃん……」
「恋人じゃなくていいの。適度に距離感のある友人同士になれば、あなた達を処分するつもりはないわ。坂井さんも原田さんのことを考えなさい。そうすれば、答えは明らかでしょう?」

 自分の気持ちに正直であり続け、このまま付き合えば、私も絢ちゃんも何らかの処分が下る。それに、恋人宣言は絢ちゃんが発端だから、絢ちゃんの方が重い処分を下される可能性が高い。
 恋人ではなく、友達という関係になれば天羽女子での高校生活を送ることができる。だけど、それは自分の気持ちに嘘を付くことになる。絢ちゃんのことが好きで、絢ちゃんと恋人同士でいたいという気持ちを潰してしまうことになってしまう。

「……どう? 答えは決まったかしら?」
「私は……」

 自分の気持ちに正直であり続けるか。この高校生活を取るか。私の答えは――。

「絢ちゃんへの気持ちを大切にしていきたいです。私は絢ちゃんと別れるつもりは全くありません」
「……それでも坂井さんは自分の意思を貫くつもりなのね。原田さんはどう? 原田さんさえ別れるつもりだと言えば、あなただけでも処分はなしにするわ」

 雨宮会長は処分なしを餌にして、絢ちゃんを自分の思い通りにさせようとしている。
 ただ、絢ちゃんが別れるつもりなら、私はその決断を受け入れたい。それが、絢ちゃんの本心であるなら。

「絢ちゃん。自分の本音を言って。絢ちゃんの本心だったら、何でも受け入れるから。私も本音を言ったんだし。私のことを気遣わなくていいんだよ」

 とにかく、絢ちゃんには本音を言って欲しい。彼女の本音を聞きたい。

「……遥香と同じです」

 俯きながら絢ちゃんは小さな声でそう言う。そして、顔を上げて、

「私も遥香と別れたくありません。遥香のことが好きで、彼女と恋人として一緒にいたいという気持ちに嘘はつきたくないです」

 凛とした表情で、はっきりとした口調でそう言った。

「……それがあなたの本音なのね」
「はい」
「そう。なら……本当に処分を検討しなければならないわね。特に原田さん、あなたに対してはね」

 雨宮会長は低い声で絢ちゃんにそう告げる。本気で私達のことを処分しようとしているみたい。そんな彼女を波多野副会長は無表情で見ている。

「その決断、後で後悔しても知らないわよ」
「私はこんなことで遥香と別れてしまう方がよっぽど後悔すると思います」
「……まあいいわ。もう変更は出来ないから」
「変更する気は全くありません」
「……そう。まあ、残り少ない学生生活を楽しむことね。もし、校内で何か変なことをしたら即刻処分を下すと思っていなさい」
「分かりました。行こう、遥香」
「う、うん……」

 私は絢ちゃんに手を引かれながら、生徒会室を後にするのであった。
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