ハナノカオリ

桜庭かなめ

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Fragrance 4-アメノカオリ-

第11話『Re:Kokuhaku』

 霞先輩に言わなければいけない、雨宮会長の大切なこと。彼女の笑顔を見ればそれが何なのかは明らかだった。
 雨宮会長は霞先輩のすぐ目の前まで行く。雨宮会長の方が背は高いので、彼女が霞先輩を少し見下ろす形となっている。

「……一昨日、あなたは私に好きだって言ってくれたわよね」
「うん」
「あのとき、私はあなたを傷つけてしまった。今日のことがあったからっていう理由でも、私があなたにしたことはとても酷いことだと思う。本当にごめんなさい」

 雨宮会長がそう言うと、霞先輩は優しい笑顔になって首を横に振る。

「気にしなくていいよ。夏芽ちゃん」
「霞……」
「……確かに、あの時……振られたとも思ったよ。でもね、それでも夏芽ちゃんのことが好きな気持ちや、これからもずっと一緒にいたい気持ちは一瞬たりとも消えることはなかったの」

 霞先輩は雨宮会長がどんな態度を取っても、彼女の優しい気持ちを知っていたから、一昨日のことがあっても好きでいられたんだ。
 雨宮会長の目からは涙がポロポロとこぼれ落ちる。

「……どうして泣いてるの? もう、悩むことはなくなったじゃない」
「……霞に嫌われていたと思ったから」
「えっ?」
「あのとき、霞に酷い態度を見せれば、私のことを嫌いになってくれると思ったの。坂井さんの言うような最低な人間になれば苦しまずに済むんだって。でも、1人になってすぐにより胸が苦しくなっちゃって。後悔しちゃって。どうして、本音が言えないんだって。未来が見えなくなって。霞に嫌われたんじゃないかっていう不安しかなかった……」
「そんなことないよ。私はずっと夏芽ちゃんのことが好きだったんだよ。これからもずっとそれは変わらないから。だから、不安になることはないんだよ」
 霞先輩は雨宮会長の手をそっと握った。
 きっと、霞先輩に告白されたとき、雨宮会長は思ったんだ。本音と建前のどちらを選べばいいのか分からない苦しみから解き放たれるチャンスだって。霞先輩をこの件に関わらせないためにも、自分から突き放すような酷い態度を取ったんだ。
 だけど、雨宮会長の考えには誤算があったんだ。そんなことで、お互いに好きな気持ちがなくならなかったということ。
 そして、2人の想いは今……結ばれようとしている。

「……ねえ、霞」
「なあに? 夏芽ちゃん」
「……一昨日の告白の返事、改めてさせてくれないかな」
「……うん」

 霞先輩が手を離すと、雨宮会長は目に浮かべた涙を拭い取る。そして、

「私も霞のことが好き。だから、これからも私の側にいてください」

 霞先輩に自分の本音をやっと伝えることができた。好きだからこれからも一緒にいて欲しいという素敵な気持ち。

「……はい。よろしくお願いします」

 霞先輩は満面の笑みを浮かべながらそう言った。
 私と絢ちゃんもこんな感じだったのかなぁ、と思う。あの日から、もうすぐ2ヶ月が経とうとしているんだ。
 しかし、こういうやりとりは素敵だと思うけれど、見ている立場としてはちょっと気恥ずかしかったりする。そんなに見つめ合っちゃって、次にすることってあれしかないよね?

「……これで、合併の話をなくして本当に正解だと思えるよ」

 秀樹さんがそう言うと、雨宮会長と霞先輩は恥ずかしそうな表情を見せる。やっぱり、2人だけの世界に入ってしまっていたみたいだ。

「男の子が生まれなかったから、長女である夏芽に家のことを色々させてしまった。本当は夏芽の歩みたい道を歩ませたかったのに。すまなかった」
「そんなことありません! 今まで色々なことを経験して、将来はこの会社を自ら動かしていきたいと思いましたから。そのためにも、大学に進学して色々なことを学び、経験したいと思っています」
「……そうか。それは嬉しいことだ。しかし、夏芽に任せるのは、夏芽が色々な経験をして、多くの人から信頼を得られるようになってからだ」
「分かっています、お父様」
「まあ、さっきの話し合いを見ていれば、大丈夫だと思うが。波多野さん、夏芽のことを宜しく頼んだよ」
「はい!」

 きっと、雨宮会長なら将来、立派な社長になれるだろう。コラボ商品を出すようだから消費者の1人として楽しみにしておこうかな。きっと、その日はそう遠くはないだろう。

「しかし、夏芽の告白を見て20年前のことを思い出したよ。由美に好きだと告白されたときには胸が躍ったなぁ」
「そんなことを言うなんて、あなたも随分と歳を取ったのね」
「私はそうかもしれないが、由美はあの頃と変わらず可愛らしい」
「……もぅ」

 きっと、秀樹さんは人を好きになることがどれだけ素敵であるかを分かっていたから、霞先輩と付き合うことに決めた雨宮会長のことをフォローしたんだ。

「お父様とお母様は大恋愛の末に結婚したと聞いているのです」
「そうなんだ……」

 大恋愛って。一体どんな恋愛をしたのかな。ちょっと気になる。

「……3人には感謝している。端から、合併をする気はあまりなかったんだが、雄大君との結婚の話が成立してしまえば合併も視野に入れなければならない。それに、夏芽の様子がおかしいことも薄々感付いていた。その理由が何なのか分からなかったが、君達のおかげで全て分かり、合併の話もなくなった。何より、夏芽の本音が聞けたことを嬉しく思う。社長として、夏芽の父親としてお礼を言いたい。本当にありがとう」

 そう言う秀樹さんの笑みは、1人の父親の優しいものだった。

「……私はこれで失礼するよ。まだやらなければいけないことがあるのでね。由美、行こう」
「ええ、秀樹さん」

 2人は腕を絡ませて部屋を出ていった。雨宮会長の告白を見て、何か刺激を受けたのかもしれない。
 そして、部屋の中には私達5人だけとなる。

「坂井さん」

 雨宮会長が私の名前を呼ぶと、私の目の前に立った。彼女の表情はとても真剣だ。

「……本当にごめんなさい。あなたには酷いことしてしまって。あと、原田さんにも。霞のことが好きな気持ちを抑えるために、女性同士で付き合うことはいけないってあなた達を否定してしまって」

 会長は私に深く頭を下げた。まさか、こんなにも早く彼女から謝罪の言葉を聞けるなんて。

「……本当ですよ。夏帆さんを監視役に付けて、変なことをすればすぐに停学か退学処分ですもん。勝手にも程がありますって」
「ご、ごめんなさい……」
「……でも、良かったです。霞先輩のことが好きだという本音を伝えることができたんですから。そして、あなたの抱える苦しみを無くせたので、もういいと思ってます。絢ちゃんもきっと同じだと思います」

 雨宮会長のしたことは身勝手でひどいことだけど、それで彼女を悪く思ったり恨んだりすることはなかった。ただ、あのときの態度に違和感を覚えて、追求したら今日の話し合いのことで苦しんでいることが分かって。最終的にはその苦しみを取れないかとばかり考えていた。霞先輩と付き合うことになった今、私はとても嬉しく思っている。

「……さすが、校内新聞で大々的に報じられるだけのカップルね。私と霞も、あなた達みたいな素敵な関係になりたいわね」
「そうだね。今や、天羽女子の恋愛の象徴的な2人だもんね」

 交際を始めてから2ヶ月の間に、私達ってそんな存在になっていたんだ。私達はただ普通に付き合っているだけなんだけどなぁ。お手洗いの個室でキスしちゃうこともあるけど。
 でも、きっと……雨宮会長と霞先輩なら素敵なカップルになれると思う。だって、今日の話し合いを乗り越えることができたんだから。この先、どんなことがあっても二人なら前へと進んでいけると思う。

「そういえば、坂井さん」
「何ですか?」
「霞や夏帆のことは名前で呼ぶのに、私のことは名前で呼んでくれないのかしら?」
「……雨宮会長は会長っていうイメージがありますからね。でも、いいですよ。夏芽先輩」
「……ありがとう、遥香さん」

 名前の呼び方を気にしちゃうなんて、夏芽先輩って結構可愛らしいところがあるのかもしれない。このことでちょっと嫉妬していたみたいだし。

「私も遥香ちゃんと同じように名前で呼びましょうかね」
「美咲さん……」
「……今日のことでようやく私の知っている夏芽さんに戻りましたからね。今は何故かおかえりなさいと言いたい気分です。夏芽さん」

 と、美咲ちゃんは笑顔で言った。きっと、美咲ちゃんがおかえりと言いたいのは、ひさしぶりに『夏芽さん』に会えたからじゃないのかな。

「これで一件落着なのですね、遥香さん」
「夏帆さんも名前で呼んでくれるようになったんだね」
「ええ。だって、私達は友達なのですから」
「……そっか」

 私にとっては初めて監視された日から友達だったつもりだったんだけど。まあ、そんなことはどうでもいいか。
 ――ブルルッ。
 スマートフォンが鳴っているけれど……私のだ。
 すぐに確認すると、新着メールが一通来ていた。送り主は、

「絢ちゃんからだ!」

 送信者の欄に表示されている『原田絢』の文字に心が躍る。

『100メートル、2位だった。悔しいなぁ。でも、インターハイに出場することになったよ!
 そっちの方はどうなった? 雨宮会長は本音を言うことができたのかな?』

 絢ちゃん、インターハイに出場することになったんだ。嬉しいなぁ。おめでとうって早く言いたいし、こっちからも報告したいことがあるから今すぐに返信しなきゃ。

『インターハイ出場おめでとう、絢ちゃん。明日の200mも頑張ってね。
 夏芽先輩は霞先輩が好きだっていう本音を話して、霞先輩と付き合うことになったんだ。だから、大丈夫だよ。』

 送信、っと。

「原田さんからのメールには何が書いてあったのですか?」

 みんな、絢ちゃんからのメールの内容が気になっているみたいで、代表して美咲ちゃんがそう訊いてくる。

「女子100mで2位になって、インターハイに出場だって!」
「それは凄いですね!」

 絢ちゃんのインターハイ出場のことを言うと、歓声が上がる。みんなが喜んでいるのを見ると、まるで自分のことのように嬉しい。こう思えるのも、絢ちゃんの彼女だからなのかな。
 ――ブルルッ。
 さっそく、絢ちゃんから返信が来た。

『そっか。それは良かった。2人におめでとうって伝えておいて。
 明日の200mは1位を取れるように頑張るよ。』

 頑張ってね、絢ちゃん。応援してるから。

「絢ちゃんが夏芽先輩と霞先輩におめでとうございます、って言っていました」
「……嬉しいわね。そう言ってもらえるなんて」
「そうだね、夏芽ちゃん」

 2人は嬉しそうに笑い合う。腕なんか組んじゃって。さっそくラブラブであることを私達に見せつけてくれている。
 夏芽先輩は何か思いついたような表情をする。

「そうだ、明日なんだけど――」

 彼女の言うことに私達は迷いなく賛同した。それは私もしたかったことだし、皆とできることがとても嬉しいから。
 本当にみんなが笑顔になれるようになって良かった。
 気付けば、未明から降っていた雨が止んでいて、雲の切れ間からひさしぶりの青空が見えていたのであった。
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