ハナノカオリ

桜庭かなめ

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Fragrance 5-ミヤビナカオリ-

第13話『Break』

 2時限目と同じく、4時限目の講義も雅先輩と一緒に受けた。周りから視線が集まるのはこりごりだが、雅先輩と一緒にいる限りそれは仕方ないので割り切ることに。そう考えると常に注目を浴びる彼女の精神はかなりものだと思う。
 そして、午後4時40分。4時限目の講義が無事に終わる。今日はもう予定はないので雅先輩と一緒に彼女の家に帰るだけである。

「じゃあな、坂井。俺と岩坂はサークルの方に行ってくる」
「2人の時間を僕達が邪魔しちゃいけないからね。じゃあ、また明日」
「ああ、また明日」

 水澤と岩坂はすぐに教室を出て行った。
 今日もこの後、2人は雅先輩のことを調べてくれる。そのためにも俺はさっさと雅先輩と一緒に帰ることにしよう。

「何だか、あの2人……昨日よりも態度が良くなったわね」
「そ、そうですか?」

 一瞬、ドキッとした。2人の様子がおかしいって気付かれるかと思った。
 雅先輩は肘杖をして、俺のことを上目遣いで見る。

「うん、何だか私達が付き合っていることに肯定的になったっていうか。だって、昨日は懐疑的だったじゃない」
「2人は俺と一緒にいる時間が多いですからね。突然、雅先輩のような可愛い彼女ができて信じられない気持ちがあったんじゃないですか?」
「……可愛い、彼女。ふふっ、そうかもね」

 雅先輩は嬉しそうに笑った。
 ただ、俺の予想通り、彼女は色々な人の表情をよく観察している。2人の態度の変化もちゃんと感じ取っていた。彼女のことを詮索していると感付かれるのも、もう時間の問題かもしれない。

「さっ、そろそろ帰ろうか。今日も途中でスイーツをコンビニで買うんでしょ?」
「ええ。是非、そうしましょう」

 どんな状況でもスイーツを無くすことはできない。今日も途中でスイーツを買ってかえることにしよう。
 俺は雅先輩と手を繋いで、教室から出る。すると、そこには西垣先輩が優しい笑顔をして待っていた。

「相変わらず雅ちゃんは坂井君とベッタリしているのね」
「だって、私の彼氏だもん。こうしていても普通でしょ?」

 ニヤニヤしながら雅先輩がそう言うと、西垣先輩は笑顔のままスマートフォンを取り出して何か操作している。

「そういえば、雅ちゃんと坂井君が付き合った馴れ初めが聞きたいな」
「どうしたの? 急に……」
「だって、知りたいじゃない。幼なじみが付き合い始めたんだから。いいじゃない、2人が付き合っているのは知れ渡っているんだし。それとも、何か言えない理由があるのかな」

 その瞬間、西垣先輩の表情が一気に曇る。普段の優しい彼女からは考えられないくらいに温もりは感じられない。

「言えないわけ、ないよ。私が――」
「今から言おうとしていることが嘘だってことくらい、私には分かるよ。だって、雅ちゃんは――」

 西垣先輩は俺達にスマートフォンの画面を見せる。
 俺は一瞬、目を疑った。何故なら、西垣先輩のスマートフォンの画面には遥香と絢さんがキスしている例の写真が表示されていたからだ。

「この写真を使って隼人君と付き合っているんだよね」
「えっ、と……」

 雅先輩は言葉を詰まらせ、俯いてしまう。
 例の写真のデータがスマートフォンの中にあるってことは、撮影したのは雅先輩自身ではないということは確かだ。今の彼女の反応を見る限り、自ら西垣先輩のデータを送るようなことは絶対にしない。
 きっと、雅先輩の協力者が写真の情報を西垣先輩に渡したんだ。それ以外に、西垣先輩が例の写真のデータを持っている原因は考えられない。

「じゃあ、隼人君に訊いた方が早いか」

 西垣先輩の視線が俺に向いた瞬間、雅先輩は俺の顔を見て首を激しく横に振った。言うなって意味だろうけど、今の反応で西垣先輩には例の写真を使って俺を脅迫したことがばれてしまったな。
 もう、西垣先輩に隠すことはできない。バッグの中から例の写真を取り出す。

「既に推測されているかもしれませんが、俺は……雅先輩にこの写真を使って自分と付き合うように強要されました。写真に写っているのは俺の妹とその彼女です。俺が付き合わなければ、写真のデータをSNS上にアップロードして激しく批判するつもりだったようです。そして、2人を針のむしろのようにする計画だったみたいですよ」

 俺は包み隠さず、雅先輩がしようとしていたことを西垣先輩に話した。
 西垣先輩はその内容が衝撃的だったのか、しばらくの間……言葉が出なかった。幼なじみがそんなことを考えていたなんて信じられないのだろう。
 そして、彼女は俺に対して優しい笑みを見せる。慈愛のようなものを感じた。

「……もう付き合うことなんてないよ、坂井君」
「西垣先輩……」
「坂井君、辛かったよね。妹さんのことを馬鹿にされて、自分の言うことを聞かないと世界中の人に晒しあげようとしていたなんて。許せないよね」

 雅先輩の方に視線を向けた瞬間、西垣先輩の目つきが鋭くなる。

「……最低だよ、雅ちゃん。そんなことをするなんて。最低だよ!」

 今の西垣先輩の大きな声で、廊下にいる生徒が一気に俺達の方に視線を向けた。さっきまではただならぬ雰囲気だから、敢えて知らないふりをしていたみたいだけど、さすがに今の声には反応してしまったようだ。

「どういう風に考えれば、こういう方法に行き着くのかな。雅ちゃんはこんなひどいことをしないって信じてたのに。何だか、裏切られた気分だよ。そんな人なんか友達とも思わないし、幼なじみだとも思いたくない」

 きっと、西垣先輩は雅先輩に失望したんだ。積極的で活発的で、甘えん坊だけど真っ直ぐで。そんな雅先輩を慕っていたのに、卑劣で自己中心的な部分を見てしまった。それが本性だと思っているんだ。だから、裏切られたと言ったのか。
 雅先輩は何も言うことができない。その代わりなのか涙が流れる。

「泣いたところできっと、坂井君は許してくれないと思うよ。あなたのしたことはとてもひどいことなんだから」

 言葉の刃が雅先輩の心に突き刺さり、雅先輩はただ泣くばかりだ。ただ、そこには俺を泣き落とすような魂胆は感じられない。

「隼人君。君はもう自分の家に帰っていいよ。雅ちゃんのスマートフォンからもこの写真のデータは消しておくし、私が持っているこのデータもすぐに消すから。こんな人に構ってあげなくていいから」

 西垣先輩は雅先輩のバッグからスマートフォンを取り出して、例の写真のデータを消去した。
 おそらく、西垣先輩は協力者とも知り合いなんだ。雅先輩に再び写真のデータを催促されても渡せないように、その人にもいずれ、写真のデータを消去してもらうだろう。
 これで、俺は自由の身になったんだ。俺が雅先輩にどんな行動を取っても、遥香や絢さんに迷惑をかけてしまうことはないだろう。
 だけど、本当にこれでいいのか? ここで、一連のことを終わらせてしまっていいのだろうか?
 俺は知っている。昨日、西垣先輩と会ってから、雅先輩が変わったこと。そして、酔って眠っている中で流した涙。第一に、例の写真を使ってまで俺を脅迫しようとしたこと。だけど、それらの理由はまだ知らない。

「どうしたの? もう帰っていいんだよ?」

 俺はこのまま1人で帰ってしまって良いのだろうか。もう、晴れて自由の身なんだ。帰っていいはずなんだ。だけど、実際には迷って立ち尽くしている。
 きっと、帰ることが本意でないから俺は今でも雅先輩の隣にいる。だから、俺は――。

「……雅先輩のしたことには許せないです。妹と妹の彼女の関係を馬鹿にされて、自分中心で俺を振り回して、腹が立っていることは事実です。酷くて、最低だとも思います。西垣先輩に縁を切られるようなことを言われても仕方がないとも思います。ですけど、今泣いている雅先輩を見放すことはできません」

 どんなにひどい人間で、彼女のしたことにどんなに醜い理由があっても、泣いている雅先輩を見放すことはできない。だって、彼女が俺に自分から離れないで欲しいと涙を流したのは、本心だってことが分かるからだ。
 それに、このまま終わらせることはできない。今の雅先輩との関係を解消することもやりたいことの1つだけど、それよりも一連の出来事に潜んでいる背景を知ることのない限り、今回のことを終わらせるようなことは絶対にしない。

「……坂井君って優しいのね。雅ちゃんのことが好きなの?」
「全然好きじゃないですよ。それに俺は優しい人間じゃないです」

 ここで帰ったら、俺は振り回されて終わるだけになる。そんな目に遭わせたきっかけを見つけ出したい個人的な欲もあるんだ。
 そう、ここからは俺の本意で行動する。俺がやろうとしていることは結構あるけれど、そのためには引き続き、雅先輩の側にいなければならない。

「西垣先輩、もうこれ以上……雅先輩を否定するような言葉は言わないでくれませんか。もう、十分に雅先輩の心に届いたと思いますから」

 泣き崩れる雅先輩に対して、これ以上批判するような言葉を浴びせてしまったら、雅先輩の精神が持たないだろう。

「……坂井君に免じて、このくらいにしておくわ。だけど、もう……私に関わってこないで。それがお互いのためだと思うから」

 そう言うと、西垣先輩も泣きそうな表情になっていた。自分には関わりのないことだけれど、雅先輩のしてしまったことへの衝撃や悲しみが涙となって、今にもあふれ出そうなのだろう。

「……坂井君、あとはよろしくね」
「はい」

 西垣先輩はそう言うとこの場を立ち去っていった。
 周りの生徒は今もなお、俺達のことを黙って見ている。きっと、明日になれば今のことがキャンパス中に広まってしまうだろう。周りの目がある前で西垣先輩が話したのも、例の写真を使って脅迫し、それを隠し続けた雅先輩に報いを受けさせるためなのだろう。
 やってしまったことを取り消すことはできない。雅先輩が俺にしたことは永遠に残る。
 ただ、重要なのはそこからどの方向に向かっていくかだ。最良な方へ繋がる道を歩むには……まず、今回の背景を知る必要がある。

「……雅先輩、少し休んだら帰りましょう」

 家に帰ったら、雅先輩からゆっくりと話を聞くことにしよう。その後で、これからどうすべきかを考えていけばいい。
 俺は近くにあったベンチまで雅先輩を連れて行って少し休んだ後、彼女の家に一緒に帰るのであった。
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