ハナノカオリ

桜庭かなめ

文字の大きさ
98 / 226
Short Fragrance 2-ヨゾラノカオリ-

Case 3『杏と牡丹』

 7月7日、日曜日。
 あたしは今日も牡丹の家に行って彼女の家庭教師をしている。来年、天羽女子に入学するために彼女に受験勉強を教えている傍らで、今週の期末試験の勉強をする。幸い、牡丹に勉強を教えていることが高校の勉強に繋がっているので苦労なく進んでいる。去年までは勉強が苦手で、牡丹に教えられていたことが多かった。

「杏ちゃん、できたよ。答え合わせして」
「うん、分かった」

 数学の章末問題の答え合わせをするけど、見事に全問正解。
 まずは意識を失った一年間の穴を埋めるべく、まずは中学3年生で習う内容を一通りやっている。基礎を固めることは受験勉強をやる上で大切だから。
 でも、牡丹は元々頭がいいため、新しい内容をどんどん理解してくれるのでスムーズに進んでいる。

「全部合ってるよ。この章はもう大丈夫だね」
「えへへ、やった」

 牡丹はちょっと子供っぽい笑顔を見せた。意識を失う前はこういう笑顔はほとんど見せることはなかったから本当に嬉しい。教えて良かったって思える。

「ねえ、ご褒美のキスして」

 そう言って、牡丹はゆっくりと目を閉じる。意識を失う前はこういうわがままをほとんど言わなかったから本当に嬉しい。キスの割合が凄いけれど。

「ほとんどご褒美にキスを要求してくるよね。しょうがないなぁ」

 あたしは牡丹にキスをする。

「杏ちゃんの唇って小さめで可愛いよね」
「……牡丹の唇がふっくらしてるだけだよ。あたしだってそれなりにある」
「そんなことないよ。杏ちゃんの唇、ちっちゃくて可愛いよ」

 何を基準にあたしの唇をちっちゃい呼ばわりしているんだか。あと、ちっちゃいちっちゃい言われ続けると、胸のことを言われているような気がして何だか嫌。だって、牡丹の胸、あたしのよりも大きいんだもん。
 何度も思うけど、意識を失っている間に体はぐっと大人っぽくなったけど、精神的にはちょっと幼くなった気がする。それとも、精神的にも大人になっていて、幼い部分を適度に出すようになったのかな?

「ねえ、杏ちゃん。期末試験の勉強はどう?」
「難なく進んでるけど」
「……そっかぁ」
「どうしてちょっと残念がるの?」
「だって、私が天羽女子に合格して、杏ちゃんが留年すれば同級生になれるじゃない。そうすれば3年間、杏ちゃんと高校生活を満喫できるし」
「な、何てことを考えてるの!」

 ポンッ、と牡丹の頭を軽く叩く。

「ぼ、牡丹の勉強を教えているあたしを馬鹿にすんな! それに、今のあたしは牡丹の知っているあたしじゃないもん!」

 本当に失礼なことを言っちゃってくれるよ、まったく! 満面の笑みなんか浮かべちゃってさ!
 で、でも……牡丹と3年間高校生活を送ることが悪くないと一瞬でも思ってしまった自分もいる。情けない。

「今日は七夕だし短冊にそう書こうかなぁ」
「絶対に書くんじゃありません。そんなこと書いたら破っちゃうから」

 そういえば、今日は七夕だった。梅雨の間の晴天で暑かったなぁ。

「もう暗くなったし、今日の勉強はここまでにして、短冊に願い事でも書く?」
「うん、そうしようよ、杏ちゃん」

 鏡原駅周辺で七夕祭りがあるのは知っていたけど、結構人が来るし、牡丹の体のことを考えて行かないことに決めたため、せめて家でも七夕気分でも味わえるようにと牡丹のお父さんが笹を買ってきて、午後に一生懸命庭にセッティングしていた。
 牡丹のお母さんが作った短冊を1枚ずつもらっているから、さっそく願い事を書こうかな。

「杏ちゃん、願い事書いた?」
「うん? 今、書いているところ。牡丹は書いたの?」
「うん!」

 そんなに元気な返事を聞くと、短冊を破らなきゃいけない気がしてくるよ。

「ねえ、どんな願い事を書いたのかあたしに見せてくれない?」
「うん、いいよ」

 あたしは牡丹から短冊を受け取って見てみると、

『好きな人の後輩になれますように。』
 
 そう書いてあった。

「後輩、ねぇ」

 思わずそう声が漏れてしまう。同級生じゃなくて良かったと安心して。

「……さっきのは嘘だよ。まあ、杏ちゃんと3年間一緒に高校生活を送れたらいいなって思ったのは本当だけど。だから、せめても2年間は杏ちゃんと一緒に天羽女子に通いたいって本気で思ってるから。だから、その……これからも勉強を教えてください」

 牡丹は頬を赤くし、あたしの眼を見つめながらそう言った。

「……当たり前だよ。それにあたしの願いは牡丹と同じだから」
「えっ?」
 あたしは牡丹に自分の書いた短冊を見せる。

『好きな人の先輩になれますように。』

 それがあたしの願い事。

「杏ちゃん……」
「あたしだって、2年間は牡丹と一緒に天羽女子に通いたいって思ってるから。だから、そのためにもずっと牡丹に勉強を教えていくから。その……あたしについてきてよね」

 何だか言葉のチョイスを間違えたような気がするんだけど。でも、来年の春から牡丹と一緒に高校に通いたい気持ちは伝わったよね。
 牡丹は目を潤ませるものの、嬉しそうに笑う。

「うん、頑張るから。だから、私を連れて行ってください。杏……先輩」

 牡丹から先輩って呼ばれると、キュンってくる。とっても可愛い。そんな気持ちがキスという行為をさせる。

「……約束のキスだから。一緒に頑張ろう、牡丹」
「……うん、杏ちゃん」

 でも、きっと牡丹なら乗り越えられると信じている。だって、牡丹は1年間の眠りから覚めて、こんなに笑えるようになるまで回復したんだから。
 それに、今は1人じゃない。あたしだっている。ううん、ハルも、サキも、原田さんも色々な人が牡丹の仲間なんだ。

「じゃあ、短冊を飾りに行こっか」
「そうだね、杏ちゃん。短冊を飾ったら夕飯食べていって」
「……お言葉に甘えて」

 気持ちが重なったこの願いをどうか叶えてください。満天の星空を見上げながら、あたしはそう願うのであった。
感想 20

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

義姉妹百合恋愛

沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。 「再婚するから」 そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。 次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。 それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。 ※他サイトにも掲載しております

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

身体だけの関係です‐三崎早月について‐

みのりすい
恋愛
「ボディタッチくらいするよね。女の子同士だもん」 三崎早月、15歳。小佐田未沙、14歳。 クラスメイトの二人は、お互いにタイプが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。 中学三年生の春、そんな二人の関係が、少しだけ、動き出す。 ※百合作品として執筆しましたが、男性キャラクターも多数おり、BL要素、NL要素もございます。悪しからずご了承ください。また、軽度ですが性描写を含みます。 12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。 身体だけの関係です 原田巴について https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789 作者ツイッター: twitter/minori_sui

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。