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Fragrance 6-キオクノカオリ-
第1話『帰省』
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7月13日、土曜日。
今日も晴天になり、関東地方も正式に梅雨明けが発表された。朝から蒸し暑くて、本格的な夏がいよいよやってきたという感じ。この炎天下の中で絢ちゃんは部活をしているから、水分補給をこまめにして、とメールを送っておいた。
お母さんの話によると、お父さんは昼過ぎに家に帰ってくるらしい。絢ちゃんと付き合っていることを話すと決めているから、段々と緊張の度合いが高まってきている。
家族では唯一、絢ちゃんと付き合っていることを知っているお兄ちゃんに、2人きりになると時折、不安を吐露している。
「親だからあまり緊張しなくていいんじゃないかって思う。だけど、親だからこそいざ、女の子と付き合っているって告白するのは緊張しちゃうよな」
お兄ちゃんは落ち着いた口調でそう言った。
お兄ちゃんの言うとおり、親だからこそ緊張している。これが他人になら女の子と付き合っていることをすぐに言えるけれど、親だと不安な気持ちが色々と湧いてきてしまい、お父さんが帰ってくるまであと3時間ほどの今から緊張してしまっている。
「ただ、絢さんと付き合っていることはいずれ言わなきゃいけないことだと思うから、今回の父さんの帰省を機に言う決断は正解だと思う」
「お兄ちゃん……」
「2人同時に言うと混乱させるかもしれないから、まずは母さんだけにでも絢さんと付き合っていることを伝えておくか? 母さんは絢さんと面識もあるし、遥香が言いにくかったら俺が言ってもいいし」
確かに、2人同時よりもお母さんに事前に言っておいた方が、お父さんがもし反対しても一緒に説得してくれるかもしれない。きっと、その時はお兄ちゃんも。でも、
「言わなくていいよ。お父さんとお母さんの前でちゃんと話したいと思う。それに、絢ちゃんと約束したから。私の気持ちを、私の言葉で、私がちゃんと伝えるって」
「……そうか。それが一番、父さんと母さんに気持ちを伝えやすいだろうな」
「……で、でも。それを言うときに何も言わなくていいから、私のことを見守っていてくれると嬉しいな」
自分でちゃんと言う決意はしたけど、誰かが側にいてくれないと言えないくらいの不安な気持ちが決意の横に居座っている。そんな不安を一番消してくれるのは絢ちゃんだと思うけれど、彼女が側にいると甘えてしまいそうで怖かった。でも、お兄ちゃんになら甘えてしまいそうことにはならないだろうし、見守ってくれるだけで心の支えになる。
「……分かった。頑張れよ」
「ありがとう、お兄ちゃん」
「何かありそうなときには俺がフォローするから。先に言っておくけど、それは遥香の甘えじゃない。俺がそうしたいだけだ」
「……それってツンデレ?」
「俺は普段、遥香にツンツンした態度を取っているつもりはないんだけどな……」
そう言って、お兄ちゃんは苦笑いをした。さすがはお兄ちゃんだなぁ。お兄ちゃんに甘えられない、っていう私の心が読まれちゃってる。
分かってるよ。今のは照れ隠しでも何でもなくて、お兄ちゃんの素直な優しさから出た言葉だということが。妹の私でさえもキュン、ってくる。本当にお兄ちゃんがお兄ちゃんじゃなかったら、お兄ちゃんのことが好きになっているんじゃないかなぁ。
「奈央ちゃんもこういうところが好きになったんだろうな……」
「えっ、奈央も俺のことをツンデレとか思っていたのか?」
「そんなわけないじゃん。ただ、お兄ちゃんのそういう優しいところが好きになったんじゃないかって思っただけ」
「……どうだろうな」
一言、そう呟くとお兄ちゃんは口角を上げて私の頭をぽん、と優しく叩いた。
「俺だって女性恐怖症っていう壁を乗り越えられたんだ。遥香だったらきっと、大丈夫だ。相手は自分の親なんだから」
「……うん」
お兄ちゃんはきちんと女性恐怖症を克服することができた。それは怖いと思っていた女性に対して立ち向かったからだ。
私もお兄ちゃんと同じように、立ち向かわなきゃ。勇気を出してお父さんとお母さんに絢ちゃんと付き合っていることを伝えよう。
お父さんが帰ってくる時間が近づくに連れて緊張が高まり、お昼ご飯を禄に食べることができなかった。それを見たお母さんは心配そうにしていたけれど、食欲がないだけだとごまかしておいた。
そして、午後2時。
「ただいま~」
お父さんの声が聞こえた。いつもなら、その声を聞いて嬉しい気持ちになるけれど、今は不安と緊張が更に増してしまう。部屋は涼しいはずなのに汗が出てきて、体に寒気が走り始めた。
黒いスーツを見に包んだお父さんはリビングに入ると、ほっとした表情で家族のことを見る。
「母さん、隼人、遥香、ただいま」
「おかえり、あなた」
そう言うと、お父さんとお母さんは再会のハグをする。イギリスに単身赴任してから、日本に帰ってくると最初にハグすることがお決まりになっている。
「ただいま、母さん。皆、元気そうで何よりだ。隼人と遥香はそれぞれ、新しい場所での学生生活は慣れたか?」
「ああ、まあな」
「……う、うん。楽しくやってるよ」
私とお兄ちゃんがそう言うと、お父さんは安心した表情を浮かべた。
「良かった。新しい場所での学校生活がスタートすると、どうしても慣れなくてつまずく学生もいるからなぁ。そうか、楽しくやってるか。普段イギリスにいるから、どうしても家族のことばかり考えてしまう」
ははっ、とお父さんは爽やかに笑った。そんなお父さんのことをお母さんは微笑ましく見ていた。
何だかいい雰囲気なんだけれど、言い辛い雰囲気になっちゃった気がする。絢ちゃんと付き合っていることを言うことで、この空気を粉々にしてしまいそうで。
「そういえば、今年は急に帰ってきたわね。去年までは子供達が夏休みに入ってから帰ってくるのに」
お母さんの言うとおり、例年は私とお兄ちゃんが夏休みに突入してから日本に帰ってくる。そして、その時には家族4人で旅行に行くことになっている。帰ってくるときには大抵、少なくとも1週間前には連絡してくるんだけれど。
「ああ、当初はもっと後になって日本に帰ってくる予定だったんだ。その時に行く四人での旅行の予約もしておいたんだよ」
と、お父さんはスーツの内ポケットから、白い封筒を取り出してテーブルの上に置いた。
「あら、リゾートホテルの予約票じゃない」
「ああ。今年は奮発したんだけど、宿泊する日にどうしても外せない用事が入っちまって。でも、今からこの旅館をキャンセルするのもどうかなと思って。だから、隼人と遥香がそれぞれ1人ずつ親しい友達を連れて4人で行けばいいんじゃないかと思ったわけだ。隼人、お前って車の免許は取ったんだよな?」
「取ったけど」
「それなら、隼人が連れて行ってくれないか」
「それは構わないけれど……いいのか? このホテル、とても高そうだし……母さんも行きたいんじゃないか?」
「私は別にいいわよ。家でゆっくりするのもありだし、それにお父さんの所へ行ってみるのもいいかもしれないって思ったところだから」
この喜んだ表情を見る限り、お母さん……絶対にイギリスに旅行に行くね。お父さんと一緒に観光を楽しんでいる風景が容易に想像できる。
お父さんがこの時期に突然帰ってきたのは、毎年恒例の家族旅行に行けなくなったからだったんだ。お兄ちゃんと私は確定で残る枠はあと2つ。お父さんはお兄ちゃんと私の親しい人をそれぞれ1人ずつって言っているけれど。
「隼人はもう奈央ちゃんに決まりよね。隼人、やっと奈央ちゃんと付き合い始めたのよ」
「おおおっ、やっとか! まあ、女性が苦手な隼人が付き合うとしたら奈央ちゃんしかいないと思ってたけどよ。男として、彼女を幸せにしてやれよ」
と、お父さんはお兄ちゃんの背中をバシバシ叩きながら言う。
「あ、ああ……分かった。そのつもりで付き合い始めたから。あと、色々とあって女性恐怖症は克服した」
「そっか。そいつは良かった。あと、どうやって治ったのか興味があるから、今度、時間ができたときにでも話してくれよ」
「まあ、大した話じゃないと思うけど……」
さすがは大学で心理学を教えているだけある。お兄ちゃんがどのようにして女性恐怖症を克服したのか、興味津々になっている。
「遥香も原田さんって女の子と仲がいいわよね」
「う、うん……」
お母さんの口から絢ちゃんの名前が出てきて、一瞬、どきっとした。それはもちろん、悪い意味で。
「その子の名前は初耳だな。高校でできた友達か?」
「うん。原田絢ちゃん。高校でのクラスメイトなの」
「……そうか。高校でちゃんと親しい友人ができたのか」
良かった良かった、とお父さんは満足そうに頷いている。
今でも言うのは緊張するけれど、絢ちゃんの名前が出た今こそ……私と絢ちゃんの関係を言うチャンスだと思う。
お兄ちゃんの方をちらっと見ると、お兄ちゃんは私のことを見て軽く頷いた。
……よし、言おう。
「あ、あのね。お父さん、お母さん」
「うん、どうかした? 遥香」
「何か、かしこまった感じだけど」
お父さんとお母さんが微笑みながら私のことをじっと見てくる。段々と脚が震えてきて息苦しくなってくる。
でも、ここで言わなかったら、この先もずっと言えない気がする。
「は、原田さん……絢ちゃんのこと、なんだけどね……」
言わなきゃ。言わなきゃ!
「私、彼女と付き合ってるの! 恋人として、真剣に……」
声が震えちゃったけれど、精一杯の勇気を振り絞って、何とか自分の気持ちを口に出すことができた。たった一言を言うことに一生懸命だったからか、気付けば大げさな呼吸をしていた。
お父さんの顔を見てみると、お父さんの表情は厳しいものになっていた。断固として私の言うことを認めない、と無言で語っているようだった。お母さんも複雑な表情をして私やお父さんのことを見ている。
「……別れなさい」
お父さんのその一言は、世間を知る大人から厳しい現実を突きつけられているようだった。そして、私の考えはとても甘いものであると。
そして、お父さんは鋭い目つきをして私のことを見る。
「女性同士で付き合っても何もいいことはない。だから、原田さんとの恋人という関係を終わらせなさい」
今日も晴天になり、関東地方も正式に梅雨明けが発表された。朝から蒸し暑くて、本格的な夏がいよいよやってきたという感じ。この炎天下の中で絢ちゃんは部活をしているから、水分補給をこまめにして、とメールを送っておいた。
お母さんの話によると、お父さんは昼過ぎに家に帰ってくるらしい。絢ちゃんと付き合っていることを話すと決めているから、段々と緊張の度合いが高まってきている。
家族では唯一、絢ちゃんと付き合っていることを知っているお兄ちゃんに、2人きりになると時折、不安を吐露している。
「親だからあまり緊張しなくていいんじゃないかって思う。だけど、親だからこそいざ、女の子と付き合っているって告白するのは緊張しちゃうよな」
お兄ちゃんは落ち着いた口調でそう言った。
お兄ちゃんの言うとおり、親だからこそ緊張している。これが他人になら女の子と付き合っていることをすぐに言えるけれど、親だと不安な気持ちが色々と湧いてきてしまい、お父さんが帰ってくるまであと3時間ほどの今から緊張してしまっている。
「ただ、絢さんと付き合っていることはいずれ言わなきゃいけないことだと思うから、今回の父さんの帰省を機に言う決断は正解だと思う」
「お兄ちゃん……」
「2人同時に言うと混乱させるかもしれないから、まずは母さんだけにでも絢さんと付き合っていることを伝えておくか? 母さんは絢さんと面識もあるし、遥香が言いにくかったら俺が言ってもいいし」
確かに、2人同時よりもお母さんに事前に言っておいた方が、お父さんがもし反対しても一緒に説得してくれるかもしれない。きっと、その時はお兄ちゃんも。でも、
「言わなくていいよ。お父さんとお母さんの前でちゃんと話したいと思う。それに、絢ちゃんと約束したから。私の気持ちを、私の言葉で、私がちゃんと伝えるって」
「……そうか。それが一番、父さんと母さんに気持ちを伝えやすいだろうな」
「……で、でも。それを言うときに何も言わなくていいから、私のことを見守っていてくれると嬉しいな」
自分でちゃんと言う決意はしたけど、誰かが側にいてくれないと言えないくらいの不安な気持ちが決意の横に居座っている。そんな不安を一番消してくれるのは絢ちゃんだと思うけれど、彼女が側にいると甘えてしまいそうで怖かった。でも、お兄ちゃんになら甘えてしまいそうことにはならないだろうし、見守ってくれるだけで心の支えになる。
「……分かった。頑張れよ」
「ありがとう、お兄ちゃん」
「何かありそうなときには俺がフォローするから。先に言っておくけど、それは遥香の甘えじゃない。俺がそうしたいだけだ」
「……それってツンデレ?」
「俺は普段、遥香にツンツンした態度を取っているつもりはないんだけどな……」
そう言って、お兄ちゃんは苦笑いをした。さすがはお兄ちゃんだなぁ。お兄ちゃんに甘えられない、っていう私の心が読まれちゃってる。
分かってるよ。今のは照れ隠しでも何でもなくて、お兄ちゃんの素直な優しさから出た言葉だということが。妹の私でさえもキュン、ってくる。本当にお兄ちゃんがお兄ちゃんじゃなかったら、お兄ちゃんのことが好きになっているんじゃないかなぁ。
「奈央ちゃんもこういうところが好きになったんだろうな……」
「えっ、奈央も俺のことをツンデレとか思っていたのか?」
「そんなわけないじゃん。ただ、お兄ちゃんのそういう優しいところが好きになったんじゃないかって思っただけ」
「……どうだろうな」
一言、そう呟くとお兄ちゃんは口角を上げて私の頭をぽん、と優しく叩いた。
「俺だって女性恐怖症っていう壁を乗り越えられたんだ。遥香だったらきっと、大丈夫だ。相手は自分の親なんだから」
「……うん」
お兄ちゃんはきちんと女性恐怖症を克服することができた。それは怖いと思っていた女性に対して立ち向かったからだ。
私もお兄ちゃんと同じように、立ち向かわなきゃ。勇気を出してお父さんとお母さんに絢ちゃんと付き合っていることを伝えよう。
お父さんが帰ってくる時間が近づくに連れて緊張が高まり、お昼ご飯を禄に食べることができなかった。それを見たお母さんは心配そうにしていたけれど、食欲がないだけだとごまかしておいた。
そして、午後2時。
「ただいま~」
お父さんの声が聞こえた。いつもなら、その声を聞いて嬉しい気持ちになるけれど、今は不安と緊張が更に増してしまう。部屋は涼しいはずなのに汗が出てきて、体に寒気が走り始めた。
黒いスーツを見に包んだお父さんはリビングに入ると、ほっとした表情で家族のことを見る。
「母さん、隼人、遥香、ただいま」
「おかえり、あなた」
そう言うと、お父さんとお母さんは再会のハグをする。イギリスに単身赴任してから、日本に帰ってくると最初にハグすることがお決まりになっている。
「ただいま、母さん。皆、元気そうで何よりだ。隼人と遥香はそれぞれ、新しい場所での学生生活は慣れたか?」
「ああ、まあな」
「……う、うん。楽しくやってるよ」
私とお兄ちゃんがそう言うと、お父さんは安心した表情を浮かべた。
「良かった。新しい場所での学校生活がスタートすると、どうしても慣れなくてつまずく学生もいるからなぁ。そうか、楽しくやってるか。普段イギリスにいるから、どうしても家族のことばかり考えてしまう」
ははっ、とお父さんは爽やかに笑った。そんなお父さんのことをお母さんは微笑ましく見ていた。
何だかいい雰囲気なんだけれど、言い辛い雰囲気になっちゃった気がする。絢ちゃんと付き合っていることを言うことで、この空気を粉々にしてしまいそうで。
「そういえば、今年は急に帰ってきたわね。去年までは子供達が夏休みに入ってから帰ってくるのに」
お母さんの言うとおり、例年は私とお兄ちゃんが夏休みに突入してから日本に帰ってくる。そして、その時には家族4人で旅行に行くことになっている。帰ってくるときには大抵、少なくとも1週間前には連絡してくるんだけれど。
「ああ、当初はもっと後になって日本に帰ってくる予定だったんだ。その時に行く四人での旅行の予約もしておいたんだよ」
と、お父さんはスーツの内ポケットから、白い封筒を取り出してテーブルの上に置いた。
「あら、リゾートホテルの予約票じゃない」
「ああ。今年は奮発したんだけど、宿泊する日にどうしても外せない用事が入っちまって。でも、今からこの旅館をキャンセルするのもどうかなと思って。だから、隼人と遥香がそれぞれ1人ずつ親しい友達を連れて4人で行けばいいんじゃないかと思ったわけだ。隼人、お前って車の免許は取ったんだよな?」
「取ったけど」
「それなら、隼人が連れて行ってくれないか」
「それは構わないけれど……いいのか? このホテル、とても高そうだし……母さんも行きたいんじゃないか?」
「私は別にいいわよ。家でゆっくりするのもありだし、それにお父さんの所へ行ってみるのもいいかもしれないって思ったところだから」
この喜んだ表情を見る限り、お母さん……絶対にイギリスに旅行に行くね。お父さんと一緒に観光を楽しんでいる風景が容易に想像できる。
お父さんがこの時期に突然帰ってきたのは、毎年恒例の家族旅行に行けなくなったからだったんだ。お兄ちゃんと私は確定で残る枠はあと2つ。お父さんはお兄ちゃんと私の親しい人をそれぞれ1人ずつって言っているけれど。
「隼人はもう奈央ちゃんに決まりよね。隼人、やっと奈央ちゃんと付き合い始めたのよ」
「おおおっ、やっとか! まあ、女性が苦手な隼人が付き合うとしたら奈央ちゃんしかいないと思ってたけどよ。男として、彼女を幸せにしてやれよ」
と、お父さんはお兄ちゃんの背中をバシバシ叩きながら言う。
「あ、ああ……分かった。そのつもりで付き合い始めたから。あと、色々とあって女性恐怖症は克服した」
「そっか。そいつは良かった。あと、どうやって治ったのか興味があるから、今度、時間ができたときにでも話してくれよ」
「まあ、大した話じゃないと思うけど……」
さすがは大学で心理学を教えているだけある。お兄ちゃんがどのようにして女性恐怖症を克服したのか、興味津々になっている。
「遥香も原田さんって女の子と仲がいいわよね」
「う、うん……」
お母さんの口から絢ちゃんの名前が出てきて、一瞬、どきっとした。それはもちろん、悪い意味で。
「その子の名前は初耳だな。高校でできた友達か?」
「うん。原田絢ちゃん。高校でのクラスメイトなの」
「……そうか。高校でちゃんと親しい友人ができたのか」
良かった良かった、とお父さんは満足そうに頷いている。
今でも言うのは緊張するけれど、絢ちゃんの名前が出た今こそ……私と絢ちゃんの関係を言うチャンスだと思う。
お兄ちゃんの方をちらっと見ると、お兄ちゃんは私のことを見て軽く頷いた。
……よし、言おう。
「あ、あのね。お父さん、お母さん」
「うん、どうかした? 遥香」
「何か、かしこまった感じだけど」
お父さんとお母さんが微笑みながら私のことをじっと見てくる。段々と脚が震えてきて息苦しくなってくる。
でも、ここで言わなかったら、この先もずっと言えない気がする。
「は、原田さん……絢ちゃんのこと、なんだけどね……」
言わなきゃ。言わなきゃ!
「私、彼女と付き合ってるの! 恋人として、真剣に……」
声が震えちゃったけれど、精一杯の勇気を振り絞って、何とか自分の気持ちを口に出すことができた。たった一言を言うことに一生懸命だったからか、気付けば大げさな呼吸をしていた。
お父さんの顔を見てみると、お父さんの表情は厳しいものになっていた。断固として私の言うことを認めない、と無言で語っているようだった。お母さんも複雑な表情をして私やお父さんのことを見ている。
「……別れなさい」
お父さんのその一言は、世間を知る大人から厳しい現実を突きつけられているようだった。そして、私の考えはとても甘いものであると。
そして、お父さんは鋭い目つきをして私のことを見る。
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