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Fragrance 6-キオクノカオリ-
第9話『二人で』
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あれから、私はグラウンドを走る絢ちゃんの姿をずっと見ていた。走っている絢ちゃんはとても格好良くて、爽やかで、何よりも素敵。そんな彼女を見ていると、未だに私が絢ちゃんの恋人であることが夢のようにも思えてくる。
絢ちゃんは時折、私に笑顔で手を振ってくる。そんな彼女がとても可愛らしく思えた。走っている時は王子様で、今はお姫様。本当にあなたは魅力的。
そして、午後4時。
陸上部の練習が終わって、制服姿の絢ちゃんがベンチにやってきた。
「ごめんね、この時間まで待たせちゃって。暑くなかった?」
「ここは日陰だし、風も吹いてたから大丈夫だったよ」
「そっか。でも、けっこう汗掻いてるよ」
そう言うと、絢ちゃんはエナメルバッグからスポーツタオルを取り出して、私の顔や首筋を拭いてくれる。
「そういえば、あの時も絢ちゃん……私のことをこうやって拭いてくれたよね」
「えっ?」
「ほら、私が手作りクッキーを渡したときだよ」
「ああ、あのときのことか。ドキドキしながら遥香の顔を拭いたのを覚えてるよ。私の汗を拭き取ったスポーツタオルで拭いていいのかな、って」
「そうだったんだ。絢ちゃん、落ち着いていたからそんな風には見えなかったよ」
そのときは既に絢ちゃんも私のことが好きだったんだよね。そう考えると、想いって言葉に出さないとなかなか伝わらないんだな、って思う。
絢ちゃんはちょっと恥ずかしそうにしてはにかんだ。
「少しでも遥香にしっかりしているところを見せたかったから。そうじゃないと、遥香が見てくれなくなっちゃうかもしれないと思ったから……」
「……もぅ、絢ちゃんったら可愛い」
絢ちゃんの頭をなでなでする。
「でも、実際にはその時はもう遥香は私のことが好きだったんだよね。そう考えると何だか不思議な気分だな……」
「互いにちょっと緊張していたことが馬鹿馬鹿しいというか。でも、それが微笑ましいというか」
「思い出すと、そんな感じだよね」
気持ちを知らないとどこか緊張して、遠慮をして。ぎこちなくなっちゃって。
きっと、今のお父さんとの状況は、あの時の絢ちゃんと似ているんだ。お父さんがどんな気持ちで別れなさい、と言ったのか分かろうとしなかったから。
「絢ちゃん、拭いてくれてありがとう。そろそろ行こうか」
「そうだね」
私は絢ちゃんと手を繋いで、学校を出る。
家に帰る途中に駅の近くを通ると、土曜日の夕方ということもあって結構人がいる。その中にはカップルもちらほらと。
「緊張するな。遥香の御両親に私達が付き合っていることを話すと思うと」
「インターハイ予選とどっちが緊張する?」
「こっちに決まってるよ。だって、あっちはただ走るだけだもん」
即答できるほど、私のお父さんとお母さんと話すことに緊張しているんだ。
「でも、そんな風には見えないよ」
絢ちゃんはいつも通りの爽やかな笑顔を浮かべているし。でも、本当は私を元気づけようとして笑顔を見せてくれているのかな。
「緊張はしているけれど、遥香が一緒だからね。それに、これからもずっと一緒にいるって決めたから、遥香の御両親とこの機会に話したいと思って」
「……さすがに、スポーツをやっているだけあっていざというときに強いね」
こういうしっかりとしたところに、また惚れてしまう。絢ちゃんはどれだけ私のことをキュン、とさせてくれるんだろう。今の言葉だって、きっと狙って言っているんじゃないだろうし。本当にかっこいい。
絢ちゃんの手を今一度、握り締める。
「……何を言われても、私の隣にいてね」
「もちろんだよ。何があっても、私は遥香の隣にいる」
そう言う絢ちゃんの微笑みを見て安心する。絢ちゃんが隣にいると心強い。
絢ちゃんとの気持ちを再確認したときには、既に私の家が見え始めていた。お父さんがいると思うと、やっぱり緊張する。
そして、家に到着して玄関を入る。
「ただいま」
「お邪魔します」
私達がそう言うと、リビングから出てきたのは白いワンピースを着た黒髪のロングヘアの女性だった。見覚えがないけど、笑顔になって駆け寄ってくる様子からして、この女性は私のことを知っている感じだ。
「遥香ちゃん、大きくなったわね」
「は、はい……」
「遥香、この女性の方とは知り合いなの?」
「分からない。でも、きっと幼いことに会っているんじゃないかな……」
大きくなったわね、という言葉でそのくらいの推測はできる。というか、こんなに若そうな人と昔会ったことがあるなんて。
「あら、遥香、おかえり。原田さんも来てくれたのね」
「お邪魔しています」
「へえ、この金髪の彼女が遥香ちゃんの恋人の原田さんか。遥香ちゃんを素敵な人を恋人に持ったね」
「あ、ありがとうございます」
女性はにっこりとした表情で言ってくれる。
「ねえ、お母さん。こちらの女性は一体誰なの? 前に会ったことがあるっぽいけど、私は全然覚えてなくて……」
リビングからお母さんが出てきたので、女性のことを訊いてみる。
「覚えてなくて当たり前よ。最後に会ったのは遥香が赤ちゃんだったときなんだから」
「ああ、そうだったんだ」
それなら、覚えていなくて当たり前か。
でも、そうなると15年くらい前だよね。この女性はどんなに年齢を重ねていても30歳くらいだろうから、そうなると中高生くらいのときに私と会っているんだ。そんな知り合い、お父さんやお母さんにいたんだ。遠い親戚の人なの、かな?
「きっと、遥香ちゃんの考えていることは全然違うと思うよ」
「えっ?」
「私の名前は須藤歩。遥香ちゃんの両親の大学時代の友達で、お父さんとの元恋人」
「え、えええっ!」
お父さんとの元カノ、っていうことでも驚きだけど、お父さんやお母さんと同世代だっていうことの方がもっと驚きだった。
「あっ、元カノだと思っていたらそれも違うよ。当時は男だったから」
『えええっ!』
さすがに絢ちゃんも驚いたようで、声が重なる。
「須藤さんって男性だったんですか! でも、お母さんに負けないくらいに可愛いじゃないですか!」
「声は女性そのものですし、その……豊満な胸だって!」
絢ちゃんは信じがたい目つきで須藤さんのことを見ている。男性なのにどうして自分よりも大きいんだ、って小声で呟いてる。
「今は体に色々と施しているし、戸籍上でも女性だからね。遥香ちゃんや原田さんが女性だと思っても仕方ないよ」
「でも、お父さんと付き合っていた頃は男性だったんですよね……」
「当時の歩ちゃんもとっても可愛かったわよ。声も全然変わってないし。もちろん、胸はなかったけどね」
「そうだったんだ……」
須藤さんは体に色々と施したとは言っているけれど、彼女を見ていると自然と可愛さや美しさを感じる。お母さんの言うとおり、男性だった頃の須藤さんはとても可愛かったんだと思う。
そして、何となく……お父さんが私にきつい言葉を言った理由が分かった気がする。
「おっ、遥香。帰ってきたか。絢さん、いらっしゃい」
「絢ちゃんと一緒に帰ってきたってことは、隼人の予想通り、遥香ちゃんは天羽女子に行っていたんだね」
リビングからはお兄ちゃんと奈央ちゃんが出てきた。奈央ちゃんはお父さんに会いにきたのかな?
「遥香、絢さん。父さんはリビングにいる。父さんは2人の話を聞きたいみたいだよ」
「お父さんが……」
「ああ。……頑張れ」
お兄ちゃんは優しく微笑むと奈央ちゃんと一緒にリビングに入っていった。
お父さん、私と絢ちゃんの話を聞いてくれるんだ。私、お父さんに大嫌いって言っちゃったし、話なんて聞いてくれないと思っていた。
お父さんを待たせてはいけないので、私は絢ちゃんと一緒にリビングに向かう。
そして、リビングには帰ってきたときと同じスーツ姿で、こちらを向いて立っているお父さんがいた。
「……お父さん、さっきはあんなことを言って、ごめんなさい」
去り際に大嫌いだと言ってしまったことについて、お父さんに謝る。
すると、お父さんは少しだけ口角を上げて、
「いいさ。父さんも言いすぎたと思ってたところだ。父さんの方こそすまなかった」
「お父さん……」
「……そちらの彼女が、遥香と付き合っている原田さんかな」
「は、はい! 初めまして、原田絢といいます。遥香さんと恋人としてお付き合いさせてもらっています」
「遥香の父の坂井広樹です。初めまして」
さすがに絢ちゃんはお父さんを目の前にして緊張している様子だ。初対面ということももちろんだけど、状況が状況だけに。
絢ちゃんと話してお父さんの表情が少し柔らかくなっていたけれど、すぐに真剣な表情に戻った。
「原田さんもきっと、遥香から話は聞いているだろう。俺は親として今も、遥香と原田さんが付き合うことを許すことはできない。だから、俺は2人がどんな気持ち抱いていて、どれだけの覚悟を持っているのか2人から直接聞きたい。話してくれないか」
ここが正念場だ。幸いにも、お父さんは私達の話を聞こうという姿勢を示してくれている。
気付けば、お母さんと須藤さんもリビングに入ってきていた。きっと、須藤さんも今日のお父さんとのことを知っているはず。
みんなに話そう。絢ちゃんと2人で、私達の想いを。
絢ちゃんは時折、私に笑顔で手を振ってくる。そんな彼女がとても可愛らしく思えた。走っている時は王子様で、今はお姫様。本当にあなたは魅力的。
そして、午後4時。
陸上部の練習が終わって、制服姿の絢ちゃんがベンチにやってきた。
「ごめんね、この時間まで待たせちゃって。暑くなかった?」
「ここは日陰だし、風も吹いてたから大丈夫だったよ」
「そっか。でも、けっこう汗掻いてるよ」
そう言うと、絢ちゃんはエナメルバッグからスポーツタオルを取り出して、私の顔や首筋を拭いてくれる。
「そういえば、あの時も絢ちゃん……私のことをこうやって拭いてくれたよね」
「えっ?」
「ほら、私が手作りクッキーを渡したときだよ」
「ああ、あのときのことか。ドキドキしながら遥香の顔を拭いたのを覚えてるよ。私の汗を拭き取ったスポーツタオルで拭いていいのかな、って」
「そうだったんだ。絢ちゃん、落ち着いていたからそんな風には見えなかったよ」
そのときは既に絢ちゃんも私のことが好きだったんだよね。そう考えると、想いって言葉に出さないとなかなか伝わらないんだな、って思う。
絢ちゃんはちょっと恥ずかしそうにしてはにかんだ。
「少しでも遥香にしっかりしているところを見せたかったから。そうじゃないと、遥香が見てくれなくなっちゃうかもしれないと思ったから……」
「……もぅ、絢ちゃんったら可愛い」
絢ちゃんの頭をなでなでする。
「でも、実際にはその時はもう遥香は私のことが好きだったんだよね。そう考えると何だか不思議な気分だな……」
「互いにちょっと緊張していたことが馬鹿馬鹿しいというか。でも、それが微笑ましいというか」
「思い出すと、そんな感じだよね」
気持ちを知らないとどこか緊張して、遠慮をして。ぎこちなくなっちゃって。
きっと、今のお父さんとの状況は、あの時の絢ちゃんと似ているんだ。お父さんがどんな気持ちで別れなさい、と言ったのか分かろうとしなかったから。
「絢ちゃん、拭いてくれてありがとう。そろそろ行こうか」
「そうだね」
私は絢ちゃんと手を繋いで、学校を出る。
家に帰る途中に駅の近くを通ると、土曜日の夕方ということもあって結構人がいる。その中にはカップルもちらほらと。
「緊張するな。遥香の御両親に私達が付き合っていることを話すと思うと」
「インターハイ予選とどっちが緊張する?」
「こっちに決まってるよ。だって、あっちはただ走るだけだもん」
即答できるほど、私のお父さんとお母さんと話すことに緊張しているんだ。
「でも、そんな風には見えないよ」
絢ちゃんはいつも通りの爽やかな笑顔を浮かべているし。でも、本当は私を元気づけようとして笑顔を見せてくれているのかな。
「緊張はしているけれど、遥香が一緒だからね。それに、これからもずっと一緒にいるって決めたから、遥香の御両親とこの機会に話したいと思って」
「……さすがに、スポーツをやっているだけあっていざというときに強いね」
こういうしっかりとしたところに、また惚れてしまう。絢ちゃんはどれだけ私のことをキュン、とさせてくれるんだろう。今の言葉だって、きっと狙って言っているんじゃないだろうし。本当にかっこいい。
絢ちゃんの手を今一度、握り締める。
「……何を言われても、私の隣にいてね」
「もちろんだよ。何があっても、私は遥香の隣にいる」
そう言う絢ちゃんの微笑みを見て安心する。絢ちゃんが隣にいると心強い。
絢ちゃんとの気持ちを再確認したときには、既に私の家が見え始めていた。お父さんがいると思うと、やっぱり緊張する。
そして、家に到着して玄関を入る。
「ただいま」
「お邪魔します」
私達がそう言うと、リビングから出てきたのは白いワンピースを着た黒髪のロングヘアの女性だった。見覚えがないけど、笑顔になって駆け寄ってくる様子からして、この女性は私のことを知っている感じだ。
「遥香ちゃん、大きくなったわね」
「は、はい……」
「遥香、この女性の方とは知り合いなの?」
「分からない。でも、きっと幼いことに会っているんじゃないかな……」
大きくなったわね、という言葉でそのくらいの推測はできる。というか、こんなに若そうな人と昔会ったことがあるなんて。
「あら、遥香、おかえり。原田さんも来てくれたのね」
「お邪魔しています」
「へえ、この金髪の彼女が遥香ちゃんの恋人の原田さんか。遥香ちゃんを素敵な人を恋人に持ったね」
「あ、ありがとうございます」
女性はにっこりとした表情で言ってくれる。
「ねえ、お母さん。こちらの女性は一体誰なの? 前に会ったことがあるっぽいけど、私は全然覚えてなくて……」
リビングからお母さんが出てきたので、女性のことを訊いてみる。
「覚えてなくて当たり前よ。最後に会ったのは遥香が赤ちゃんだったときなんだから」
「ああ、そうだったんだ」
それなら、覚えていなくて当たり前か。
でも、そうなると15年くらい前だよね。この女性はどんなに年齢を重ねていても30歳くらいだろうから、そうなると中高生くらいのときに私と会っているんだ。そんな知り合い、お父さんやお母さんにいたんだ。遠い親戚の人なの、かな?
「きっと、遥香ちゃんの考えていることは全然違うと思うよ」
「えっ?」
「私の名前は須藤歩。遥香ちゃんの両親の大学時代の友達で、お父さんとの元恋人」
「え、えええっ!」
お父さんとの元カノ、っていうことでも驚きだけど、お父さんやお母さんと同世代だっていうことの方がもっと驚きだった。
「あっ、元カノだと思っていたらそれも違うよ。当時は男だったから」
『えええっ!』
さすがに絢ちゃんも驚いたようで、声が重なる。
「須藤さんって男性だったんですか! でも、お母さんに負けないくらいに可愛いじゃないですか!」
「声は女性そのものですし、その……豊満な胸だって!」
絢ちゃんは信じがたい目つきで須藤さんのことを見ている。男性なのにどうして自分よりも大きいんだ、って小声で呟いてる。
「今は体に色々と施しているし、戸籍上でも女性だからね。遥香ちゃんや原田さんが女性だと思っても仕方ないよ」
「でも、お父さんと付き合っていた頃は男性だったんですよね……」
「当時の歩ちゃんもとっても可愛かったわよ。声も全然変わってないし。もちろん、胸はなかったけどね」
「そうだったんだ……」
須藤さんは体に色々と施したとは言っているけれど、彼女を見ていると自然と可愛さや美しさを感じる。お母さんの言うとおり、男性だった頃の須藤さんはとても可愛かったんだと思う。
そして、何となく……お父さんが私にきつい言葉を言った理由が分かった気がする。
「おっ、遥香。帰ってきたか。絢さん、いらっしゃい」
「絢ちゃんと一緒に帰ってきたってことは、隼人の予想通り、遥香ちゃんは天羽女子に行っていたんだね」
リビングからはお兄ちゃんと奈央ちゃんが出てきた。奈央ちゃんはお父さんに会いにきたのかな?
「遥香、絢さん。父さんはリビングにいる。父さんは2人の話を聞きたいみたいだよ」
「お父さんが……」
「ああ。……頑張れ」
お兄ちゃんは優しく微笑むと奈央ちゃんと一緒にリビングに入っていった。
お父さん、私と絢ちゃんの話を聞いてくれるんだ。私、お父さんに大嫌いって言っちゃったし、話なんて聞いてくれないと思っていた。
お父さんを待たせてはいけないので、私は絢ちゃんと一緒にリビングに向かう。
そして、リビングには帰ってきたときと同じスーツ姿で、こちらを向いて立っているお父さんがいた。
「……お父さん、さっきはあんなことを言って、ごめんなさい」
去り際に大嫌いだと言ってしまったことについて、お父さんに謝る。
すると、お父さんは少しだけ口角を上げて、
「いいさ。父さんも言いすぎたと思ってたところだ。父さんの方こそすまなかった」
「お父さん……」
「……そちらの彼女が、遥香と付き合っている原田さんかな」
「は、はい! 初めまして、原田絢といいます。遥香さんと恋人としてお付き合いさせてもらっています」
「遥香の父の坂井広樹です。初めまして」
さすがに絢ちゃんはお父さんを目の前にして緊張している様子だ。初対面ということももちろんだけど、状況が状況だけに。
絢ちゃんと話してお父さんの表情が少し柔らかくなっていたけれど、すぐに真剣な表情に戻った。
「原田さんもきっと、遥香から話は聞いているだろう。俺は親として今も、遥香と原田さんが付き合うことを許すことはできない。だから、俺は2人がどんな気持ち抱いていて、どれだけの覚悟を持っているのか2人から直接聞きたい。話してくれないか」
ここが正念場だ。幸いにも、お父さんは私達の話を聞こうという姿勢を示してくれている。
気付けば、お母さんと須藤さんもリビングに入ってきていた。きっと、須藤さんも今日のお父さんとのことを知っているはず。
みんなに話そう。絢ちゃんと2人で、私達の想いを。
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