ハナノカオリ

桜庭かなめ

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Fragrance 7-ナツノカオリ-

第9話『月岡彩葉』

 合宿2日目。
 今日は午前中から100mと200mの練習を集中的に行なっている。もちろん、今日も恩田さんと一緒に練習を。昨日よりも速くなっているので、少しも気を抜くことはできない。いい意味で刺激的な存在だ。

「はい、お疲れ! じゃあ10分くらい休憩しようか」
『はーい』

 今日の天気も良く、日差しがとても強いので本当に暑い。学校で練習している以上にこまめに休憩を取るようにしている。

「結構暑いわね。あっちー」
「そうだね」
「もう、午前中の練習が終わったら、その後はゆっくり休みたい……」

 そう言って、恩田さんはダラダラに掻いた汗をスポーツタオルで拭う。
 確かに、ここまで暑いと午前中に練習をしっかりして、午後は練習をするにしても休息を多めにした方がいいかもしれない。このままでは熱中症になりかねないし。

「あら、そっちの方も休憩なのね」

 赤髪のツーサイドアップ女の子がそう言いながらもこちらがやってきて、恩田さんの隣に座った。見覚えのない顔だから、八神高校の生徒か。結構可愛らしい子だ。

「えっと、君は……」
「話すのは初めてだったね。私は月岡彩葉つきおかいろは。八神高校の1年で真紀ちゃんのクラスメイトなの」
「そうだったんだ。私は原田絢。天羽女子高校の1年。出場する競技は恩田さんと一緒で100mと200m、あとは400mリレーの補欠」
「へえ、短距離の方なのね。私は400mと800mで出場するの」
「そうなんだ。中距離から長距離はあまり得意じゃないんだよなぁ」
「原田さんってスタートダッシュも凄いし、中盤からの加速も本当に凄いよね。あたしももっと頑張らないと」
「そうかなぁ。速く走るのは得意だけど、一定のペースでずっと走り続けるのはどうも苦手で……今日みたいな暑い日だと途中で倒れると思う」

 だから、中距離走や長距離走の選手は本当に凄いと思う。どうしてそんなにも長く走れるのか。しかも、今日のような暑い日にも。

「ずっと走り続けるっていっても、400mと800mだからね。私は真紀ちゃんや原田さんのように速く走るのは得意じゃないから、2人の方が凄いと思っているよ」
「そうかなぁ。彩葉だって凄いよ。こんなクソ暑い中でも長く走れるんだからさ」

 えらいえらい、と恩田さんは月岡さんの頭を撫でた。

「あ、ありがとう……真紀ちゃん」

 月岡さんはそう言って照れた表情をする。

「真紀ちゃん。ちょっと練習のことで話したいことがあるから来て」
「はい、果歩先輩」

 草薙さんに呼ばれた恩田さんは私達の元から離れる。
 恩田さんがいなくなったことで生じたスペースを埋めるように、月岡さんは私のすぐ隣まで近づいてくる。

「ねえ、原田さん。真紀ちゃんと練習していて楽しい?」
「うん。走りが凄いし、充実した練習ができてとても楽しいよ」
「……そうだよね。あんなに楽しそうに練習している姿、初めて見るよ。ちょっと悔しい。……ううん、凄く悔しい。原田さんもとても楽しそうだし」

 そう言うと、月岡さんは鋭い目つきをして私のことを見てきた。

「ねえ、あなた。真紀ちゃんのことが好きなの? もし、真紀ちゃんと付き合うようなことがあったら、私……あなたのことを殺しちゃうかも」

 さっきまでとは幾つか声のトーンを下げて、私の耳元で物凄く恐ろしいことを言ってきた。思わず体が震えてしまい、猛暑の中でも寒気が。
 とにかく、月岡さんに誤解されないように今の私の心境を伝えなければ。

「恩田さんのことは競技者としては好きだけれど、女性としての好意は持っていないよ。それに、私は同じ高校に通っている女の子と付き合っているから」
「……そうなの?」
「そうだよ。私の言葉に嘘はない」

 嘘を言って何の得にもならないし、おそらく今の彼女に嘘を言ったら殺されてしまうだけだ。

「……原田絢。あなたは危険人物なの。昨日、バスを降りた瞬間に八神高校の大半の部員があなたに一目惚れ。今でもその熱は冷めていない。今のところ、真紀ちゃんはあなたに好意を向けていないようだけれど、一緒に楽しく練習をしていたら……好意が目覚めてしまうかもしれないじゃない。危険な芽は摘むことはとても大切だと思うの」

 笑顔でそう言われてもなぁ……。素直に「はいそうですか」と言ってここから立ち去るようなことをするつもりは全くない。
 あと、ここまで恩田さんのことについて言うってことは、

「もしかして、月岡さんって……恩田さんのことが好きなの?」
「好きじゃなかったらあなたを殺そうとしないわ!」
「何を大声で言っているんだ!」

 慌てて手で月岡さんの口を塞いだ。こんなことを誰かに聞かれたらどうするんだよ。特に当の本人である恩田さんに聞かれちゃったら。
 それにしても、月岡さんが恩田さんのことが好きだとは。クラスメイトらしいし、一緒に過ごす時間が長いから好きになっていくのかな。

「いい? 原田さん。真紀ちゃんに私が好きなことを言っちゃ……ダメなんだからね。もし、好きなことを知られて万が一振られたりしたら、今後、どうやって真紀ちゃんと接していけばいいのか分からなくなるから……」

 こうやって、顔を赤くしてもじもじしているところは可愛らしい。月岡さんも恋する女の子だということは分かるんだけれど、その想いが変な方向に行きすぎている。
「絶対に言わないでよね! よ、弱みを握ったとか思ってるでしょ!」
「私はこのことをネタにして月岡さんを脅迫しようとは思わないよ。それに私が勝手に月岡さんの想いを恩田さんに伝えることはしないから」

 人が嫌だと思っていることをするつもりはない。そんなゲスな女ではない。ただ、恩田さんが私に好意を抱いてしまうかどうかまでは対応しきれないけれど。

「……原田さん」
「なに?」
「真紀ちゃんがあなたに好意を持ったら殺す! 私が真紀ちゃんのことを好きだって言ったら殺すんだからね! 分かった?」

 彼女のそんな言葉に何も言うことができず、ため息をつくことしかできなかった。私、そんなに信用されていないのか……。
 昨日、遥香が恩田さんと知り合いだっていうのをLINEのメッセージで知ったから、昔の遥香のことでも聞こうかなと思ったのに。双子のお姉さんがいることとか、色々と話したいことがあるんだけれど。これはかなり慎重に恩田さんと接していかなければならないみたいだ。

「原田さんを追い抜けるように頑張りなさい、って果歩先輩に言われちゃった」
「そうなの? 真紀ちゃん、頑張ってね! 応援してるから!」

 うわあ、恩田さんが戻ってきた途端に、さっきまでの低い声が信じられないくらいの猫なで声を出してきたぞ。

「ありがとう、彩葉。そういえば、さっき……原田さんとぺったりくっついて話していたけれど、もしかして2人きりになったから彼女に告白してたの?」
「そんなわけないって。ただ、真紀ちゃんは強いんだぞ、って言っておいただけよ。ねえ、原田さん?」
「……まあ、そんな感じのことだよ」

 本当のことを話してしまったらその後が恐いので、とりあえずここは月岡さんに合わせておこう。

「そっか。彩葉も応援してくれているんだし、あたしもちゃんと応えられるように頑張らないとね」
「うん、頑張ってね、真紀ちゃん! 私、もうすぐ練習再開するからまた後で」

 そして、月岡さんは走ってベンチから離れていった。

「彩葉が一番応援してくれているの。色々と世話焼きさんなところもあってさ。あたしにそこまでしてくれなくてもいいんだけれどね、自分のこともあるはずなのに。どうしてなんだろうね」
「ど、どうしてなんだろうね……」

 それは恩田さんへの好意からなんだと思うけれど、恩田さんのこの様子ではやはり気付いていないようだ。
 月岡さんが見ているという緊張感の中で練習が再開した。
 不意に月岡さんが視界に入ってくると、ひしひしと恐ろしさが伝わってきて……その影響からか、初めて恩田さんに抜かれた。
 そのショックからか、午後の練習になっても調子が下がっていくばかり。恩田さんに抜かれることが多くなっていく中で2日目の練習が終わるのであった。
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