ハナノカオリ

桜庭かなめ

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Fragrance 7-ナツノカオリ-

第21話『ただいま』

 ――絢、起きろ。
 どこかから黒崎先輩の声が聞こえた。でも、もう少し寝かせ――。
 ――起きろっ!
 体も揺らされているので、ゆっくりと目を開けてみる。見えるのは微笑みながら私の方を見ている黒崎先輩。

「やっと起きたか、絢」
「……黒崎、先輩?」
「もう少しで天羽女子に着くから」
「そうですか。起こしてくれてありがとうございます」

 ふああっ、と大きなあくびをする。5日間の練習の疲れが思いの外あったのか、ぐっすりと眠ってしまった。

「まさか、私の方が起こすことになるなんてなぁ」
「すみません、ぐっすりと眠っちゃいました」
「良い顔して寝てたからなぁ。そうだと思ったよ」

 気持ち良く眠っているように見えたのは、遥香と一緒にいた夢を見ていたからかもしれないなぁ。
 カーテンを開けてみると、天羽女子の校舎が見えていた。もうすぐで到着だ。

「校舎を見るとようやく合宿が終わったって感じがします」
「そうだね。今日と明日はゆっくりと休んで、明後日は学校でミーティングと最終調整だ。それで、一緒にインターハイへ行こう」
「そうですね」

 そんなことを話していると、私達が乗るバスが天羽女子の正門前に到着する。窓から見ると正門前にTシャツにスカート姿というラフな恰好をした遥香が待っていてくれた。

「おっ、彼女がお待ちかねだね」
「自慢の彼女ですよ」

 荷物を持ってバスを降りると、真っ先に遥香のところに行く。

「絢ちゃん、おかえり。お疲れ様」
「ただいま、遥香」

 すると、遥香は笑顔になって、私のことを抱きしめてくる。5日間会えなかったこと、一時は遥香が彼女でなくなるかもしれない危機にあったからこそ、遥香を直接感じることができるのがとても感慨深い。

「さっそく見せつけてくれるね」
「4日ぶりに会ったので思わず」
「……そうか。今日はもう解散だから、彼女との時間を存分に楽しみな」
「では、お言葉に甘えて」
「うん。じゃあ、合宿お疲れ様」
「お疲れ様でした。遥香、帰ろうか」
「そうだね」

 私は手を繋いで一緒に遥香の家へと歩き出す。遥香と手を繋ぐとやっぱり安心する。

「合宿はどうだった? まあ、毎日連絡していたから、どんな感じだったのかは知っているけれど……」
「とても充実した5日間だったよ。色々あったけれど、恩田さんと一緒に練習できたことはとても価値があった。元気な彼女とインターハイで戦いたい」
「そうだね。……真紀ちゃんのことで色々と迷惑を掛けちゃってごめんね」
「遥香は謝る必要はないし、遥香は何も悪くないよ」
「……ありがとう」

 インターハイへの練習、という意味ではとても充実していた。調子もいいし、特に体調も崩していないから、最終調整をすればインターハイに出場できるだろう。
 ただ、やっぱり……出場するなら、あの元気な恩田さんと戦いたい。そうじゃないと、どうしても心残りができてしまいそうな気がする。

「どうにかして、恩田さんを元気にしたいね」
「真紀ちゃんが本当に好きな人は私以外にいるんだよね。私にはその相手が沙良ちゃんだと思うんだけれど……」
「私も同じ意見。ただ、それは本人に確認してみないと何とも言えないよね」
「でも、今はとてもじゃないけれど訊けない状況なんだよね?」
「……そうだね」

 昨日の午前以降はずっと練習に参加していなかったからなぁ。それだけ心身共に疲れが溜まっている。それに、月岡さんとの仲も悪くなってしまっているし。

「その様子だと前途多難って感じかな」
「一筋縄では行かないような気がする」
「……そっか」

 恩田さんが元気になるきっかけさえ掴めればいいんだけれど。その方法を考えると、やっぱり恩田さんが本当に好きな人が誰なのかを知るのが一番早いんだよね。う~ん、難しい。

「ねえ、絢ちゃん。今日と明日は泊まっていくんだよね」
「泊まっていきたいのは山々だけど、荷物もたくさんあるし、洗わなきゃいけないものがたくさんあるから……」

 1秒でも長く遥香と一緒にいたいけど、こんな大荷物を持った状態で遥香の家に泊まってしまっては申し訳ない。

「じゃあ、明日。明日だけでいいから……家に泊まりに来て。5日間も会えなかったから絢ちゃんと一緒にいたいんだ」

 上目遣いで私のことを見てくる遥香はとても可愛らしくて。そんな遥香の頼みを断るわけがない。

「……分かった。じゃあ、明日は泊まるね」
「うん!」

 遥香は凄く嬉しそうな表情を見せてくれる。明日は休みだから、遥香との時間をゆっくりと過ごしたいと思う。
 気付けば、遥香の家も見えてきていた。

「じゃあ、約束の……キスをして?」
「分かった」

 遥香の家の敷地に入り、周りから誰にも見られていないことを確認して、私は遥香にキスをする。あぁ、この柔らかさと温もりがたまらない。

「もっと、もっと……」

 唇を離した瞬間、遥香はそんな我が儘を言ってくる。
 荷物を下ろし、遥香のことを抱きしめてキスをする。すると、遥香も私のことを抱きしめてきた。

「ねえ、合宿では私以外とキスしなかったよね?」
「しなかったよ。遥香こそしてなかったよね?」
「もちろんだよ。むしろ、絢ちゃん以外とは絶対にしたくない……」
「……そっか。遥香は私の嫁だ。だから、誰が何と言おうと、遥香のことは絶対に守り切るから。だから、遥香はそんな私についてきてほしい」

 これまで何度も伝えてきた想いを、今一度、遥香に言いたかったんだ。恩田さんに遥香のことを奪い取ると言われたから。
 遥香は私のことを見つめながら首肯する。

「分かってるよ。私はずっと絢ちゃんだけのもの。だから、絢ちゃんのことをこれからもずっと支えていく。だから、安心して」

 笑顔で言ってくれる今の言葉に、本当に安心するし、遥香を彼女にして良かったなと本当に思った。

「大丈夫だよ。今回のことだって、一緒に乗り越えられるよ。これまでも色々なことを乗り越えられたじゃない。だから、安心していいんだよ」
「……遥香が言うと本当にそう思えるから不思議だよ」
「理由なんていいじゃない。ただ、私が言うことで安心してくれることが絢ちゃんのお、お嫁さんとして嬉しいよ」
「顔、真っ赤にしちゃって。可愛いぞ」
「だって、お嫁さんって言われたら嬉しくないわけがないじゃない」
「ははっ、そうか」
「あと、絢ちゃんは私のお嫁さんだからね。かっこいいからって、旦那さんとは言わないよ」
「……何だか、照れるな」

 てっきり、かっこいいから旦那さんって言われるかと思ったんだけれど。遥香のお嫁さんか。実際に遥香にそう言われると……凄く嬉しい。
 やっぱり、坂井遥香という女の子と、彼女との愛おしい時間が私には必要なんだ。遥香と一緒にいることでその想いがより強まったのであった。
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