ハナノカオリ

桜庭かなめ

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Fragrance 8-タビノカオリ-

第33話『シスター』

 今後どうするべきか考えを纏めたので、まずは相良さんと話した方がいいという結論になり、海を後にした。
 着替えが終わって、直人さんが相良さんに電話をかける。相良さんと話すことができればいいけれど。
 2,3分ほど直人さんが電話をすると、

「この後すぐ、ロビーで相良さんと話すことになりました。なので、今からロビーに行きましょう」

 良かった、相良さんと話す機会を作ることができたんだ。
 私達はすぐに更衣室前からロビーへと直行する。
 チェックインが始まってからある程度時間が経ったからか、ロビーはゆったりとした雰囲気だ。相良さんの姿は……まだないか。

「とりあえず、そこのソファーに座りましょうか」

 直人さんが指さしたところにあるソファーに座ろうとしたとき、

「お待たせしました」

 相良さんが急いだ様子で私達のところにやってきた。顔が汗ばんでいるし、ちょっと息苦しそうなので走ってここまできたのかな。彼女はソファーに腰を下ろすとふぅ、と大きく息を吐いた。

「大丈夫ですか、相良さん」
「ちょっと走っただけなので大丈夫ですよ、藍沢様。さっそくですが、皆様のご意見を聞かせていただけますか」
「分かりました」

 私達は相良さんに、さっき浜辺で纏めた考えを話す。

「……なるほど。氷高さんからの脅迫に対抗するということですか」
「対抗するというよりも、脅迫を無くすことをきっかけに、水代さんの自殺に関わる全てのことに決着を付けるということです」
「藍沢さん達と話して、相良さんが一番恐れていることは……水代さんのご家族に何らかのご迷惑がかかってしまうことだと考えています。特に、水代さんが亡くなった後に生まれた妹さんに辛い想いをさせたくないと考えているのでは」

 直人さんとお兄さんがそう言うと、相良さんは口元では笑っているものの俯いている。俯いたタイミングは、お兄さんが「妹さん」と口にしたときだ。やっぱり、妹さんの存在が大きいみたい。

「……その通りです。先ほど、藍沢様と原田様にはホテルの経営危機、円加のご家族へのバッシングが心配だと言いました。確かにそれもありますが、何よりも心配なのは円加の妹の晴実ちゃんのことです」
「やっぱり、そうですか」
「晴実ちゃんが高校に入学してからも会ったことがありますが、彼女……円加以上に大人しい子で。姉である円加のことは……いじめや自殺という内容ですから、晴実ちゃんが小学校高学年になってから話したそうです。しかし、そのときは号泣して……自分は円加の代わりでしかないのか、と叫んだと」

 そういえば、さっき、遥香と直人さんから聞いた話では……水代さんの御両親は気持ちをようやく立て直したとき、もう一度子供を育てたいという思いで子供を作り、水代さんが亡くなってからおよそ2年後に妹の晴実さんが生まれたとのこと。そのことを本人が聞いたら、お姉さんの代わりでしかないと考えてしまっても仕方ないか。

「その話を聞いたとき、とても心が痛みました。ですが、円加の御両親からも、晴実ちゃん本人からも私を非難するような言葉を言われたことはありません。本心は分かりませんが、私が記憶している限りでは、晴実ちゃんは円加によく似た優しい女の子です」

 付き合っていた相良さんがそう言うってことは、晴実さんと会えば、自殺したお姉さんの人柄が何となく分かるということかな。

「つまり、昔……晴実さんがお姉さんのことを話して号泣したからこそ、氷高さんにお姉さんの自殺について公表されたくない、ということですか。再び、晴実さんが深い悲しみに包まれてしまうかもしれないから」

 私がそう言うと、相良さんはゆっくりと頷いた。

「ええ。御両親は私が円加の自殺に関わっていたことについては伏せていますが、インターネット上にある情報を見ていたら既に気付いているでしょう。それでも、氷高さんが円加の自殺の真実を世間に公表し、その内容を知ることで晴実ちゃんがショックを受けてしまわないかどうか心配なんです。氷高さんのことですから、自分の思惑通りに動かなかった私への報復として事実を歪曲して世間に公表する可能性もあります」
「……時として事実ではないことを加えたり、悪く脚色したりして、それが真実であると世間に公表されるときがありますからね」

 嘘も広まれば真実になってしまう、ということなのかな。嘘でもそれが世間に知られたら本当のように扱われるって直人さんは言いたいのかも。

「直人先輩、もしかして……」
「……ああ。でも、大丈夫だよ。あのことがあったから、相良さんの気持ちも分かるんだ……」

 彩花ちゃんの反応を見る限り、直人さんは過去にそういった経験をしているのかも。

「直人さん、あのことというのは?」

 遥香も気になったのか、直人さんに問いかける。

「そういえば、遥香さんと2人きりでいるときにも話してなかったですね。簡単に言うと、2年前に俺の幼なじみの女の子が、岬から転落死したんです。ただ、その直前に俺に告白して振られたんです。それを見ていた同級生がいたので、一時期、彼女は俺のせいで自殺したんだと報道されるようになって。そのことで、俺もいじめを受けていて。事件が起こってから2年以上経った今年の春にようやく事実が明らかになったんです」

 なるほど、20年前の事件に似たような経験を直人さんは経験していたのか。だから、ここまで落ち着いて対応することができているんだ。

「直人さんはそんな辛い経験をしたんですね」
「なるほど、それが午前中に彩花ちゃんが言っていた、直人さんとあったことだったんですね」

 彩花ちゃんがそう言っていたことを今になって思い出した。きっと、解決するときには彩花ちゃんが側にいたんだろう。

「自殺と転落死では違うところもありますが、人の死に悲しむことやそこから立ち直ることは経験しています。俺は彩花をはじめとする多くの方が周りにいたからこそ、今、こうして彩花と一緒に旅行を楽しむほどになれました。多分、20年前の事件に決着を付けることに必要なのは、晴実さんやあなたを支える人達なんじゃないでしょうか」

 直人さんがそう話す中で、ふと牡丹の顔を思い出した。

「……私は分かるような気がします。直人さんと同じようなことを経験しましたから。幸い、自殺をしようとした女の子は1年ほど眠って、今は元気に暮らしていますが」

 水代さんや、直人さんの幼なじみとは違って、牡丹は元気に暮らしている。そして、会おうと思えばいつでも会うことができる。それがとても幸運なことであるとようやく分かったような気がする。

「俺達6人に相良さんと晴実さんと……水代さんを支えさせていただけませんか」

 直人さんの今の言葉が私達6人の気持ち。3人のことを支え、氷高さんとの決着を付ける。それをした上で遥香と彩花ちゃんの体を元に戻す。
 相良さんは目に涙を浮かべながら微笑んでいた。

「……お気持ちありがとうございます。皆様も氷高さんも……このホテルに滞在するのはあと2日間になります。その間に何ができるのかを、私の方も考えていきたいと思います。もしかしたら、皆様にご協力していただくことがあるかもしれません。その時は宜しくお願いします」

 相良さんはそう言うと、ゆっくりと立ち上がって私達に深く頭を下げた。
 私達も……これから具体的にどう行動すればいいか考えていかないと。氷高さんと決着を付け、同時に3人を救うのが目標だから。
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