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Fragrance 8-タビノカオリ-
第35話『攪拌』
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昨日と同じように外で花火を見たけれど、大勢で見る方がやっぱり楽しいかな。遥香と2人きりのときを除いて。
今日の花火大会はずっと彩花ちゃんと手を繋ぎながら見ていた。姿や声は遥香だけれど、心は彩花ちゃんだからとても不思議な感じだった。遥香が直人さんとずっと手を繋いでいたから尚更だ。まあ、入れ替わった2人が楽しそうに花火を見ていたから良かったけれども。
花火大会が終わると、遥香は直人さんと一緒に彼が泊まっている10階で別れ、私達は4人で15階の部屋に戻ってきた。
「隼人、今夜もマッサージしてくれない?」
「ああ、いいよ」
「じゃあ、隣の部屋に行こうよ」
「そうだな」
私のことを気遣ってくれているのか、奈央さんはお兄さんを連れて隣の部屋に姿を消していった。
「花火、凄かったですね」
「そうだね」
「昨日は直人先輩と一緒に部屋のバルコニーから観ていたんですけど、やっぱり浜辺で間近に見ると迫力があっていいです」
なるほど、そういう手もあるのか。でも、花火大会は夏休み中の土日限定らしいし、火曜日に帰る予定だから、花火大会は来年の夏までお預けかな。
「多くの人と一緒に盛り上がりながら見るのもいいけれど、人のあまりいない所から静かに見るのもいいよね」
「そうですね」
そう言うと、彩花ちゃんは私の目を見てにこっと笑った。目の前にいるのが彩花ちゃんだって分かっているのに、心以外は全て遥香だから凄く可愛く感じてしまう。
どうしよう、2人きりになったら急にドキドキしてきて、彩花ちゃんにどんな言葉を掛ければいいのか分からなくなってきた。思えば、彩花ちゃんと2人きりになるのって今が初めてかもしれない。
「……あっ、ごめんね」
そういえば、花火大会の時からずっと手を繋ぎっぱなしだった。私は慌てて彩花ちゃんの手を離す。
「離さないでください」
その言葉通り、彩花ちゃんは私の手をぎゅっと握ってくる。彼女は頬を少し赤くさせながら、私のことをじっと見つめている。
「彩花、ちゃん……」
「……もう、絢さんに対する気持ちが抑えられなくなってきたんです。絢さんのことを考えると凄くドキドキして……」
彩花ちゃん、やっぱり……私のことを好きになっているんだ。それは花火を見ているときから薄々感付いていた。
「ねえ、絢さん」
「何かな」
「……あなたのことを好きになってしまうのはいけないこと……ですよね」
そう言う彩花ちゃんは……不覚にも可愛らしく思ってしまった。
遥香の体の影響が大きいとは思うけれど、彩花ちゃんは私のことが好きになっている。ただ、彩花ちゃんには直人さんという恋人がいて、私には遥香という恋人がいる。普通ならダメだとすんなり言えるけれど、状況が状況なだけに返す言葉が見つからない。
「……ごめんなさい、困らせてしまって」
彩花ちゃんは悲しそうな笑みを浮かべる。
「……気にしないでいいよ。遥香の体の影響もあるんだろうし。もしかしたら、遥香の体に残っている私への気持ちと、彩花ちゃんの気持ちが混ざり合ったのかも」
「絢さん……」
「……正直言って、好きになってくれるのはとても嬉しいよ。ただ、私には……坂井遥香っていう恋人がいるから、君……宮原彩花ちゃんの恋人にはなれない」
それが彩花ちゃんの気持ちに対する私の答えだ。私はあくまでも坂井遥香という女の子の恋人なんだ。だから、私は……彩花ちゃんのことは藍沢直人さんの恋人である宮原彩花さんとして接するつもりだ。きっと、直人さんも同じような考えで遥香と接してくれていると信じている。
すると、彩花ちゃんは優しく笑って、私のことをぎゅっと抱きしめてきた。
「……ありがとうございます、絢さん」
「彩花ちゃん……」
彩花ちゃんのことをそっと抱きしめる。温もりも匂いも遥香と同じはずなのに、どこか違うような気がする。
「ねえ、絢さん。私、さっきよりも絢さんのことを好きな気持ちが大きくなってしまいました。このままだと、どうなってしまうか……分からないです」
「どうなっても私が側にいるから大丈夫だよ、彩花ちゃん」
「……本当ですか? 嬉しいな……」
すると、彩花ちゃんは私のことを見上げて、
「絢さん。私と……キスをしてくれませんか?」
そう言うと、ゆっくりと目を瞑って、私からのキスを待つ状態に。さすがにキスまでしたらまずい。
「してください、絢さん。これは私の我が儘ですから、絢さんが何も罪悪感を抱く必要はないんです」
「彩花ちゃん……」
「……お願いします」
どうやら、彩花ちゃんは相当な覚悟を持った上で私にキスしたいと言っているんだ。
「……分かった」
そして、彩花ちゃんとキスをする。どのくらいキスしたのかは分からないけれど、唇の柔らかさと温かさははっきりと分かった。
「絢さんの唇、直人先輩よりも柔らかいです。絢さんとは初めてのキスなのに、初めてじゃないような気がします。遥香さんの体だからでしょうか」
魂が入れ替わっても、遥香の体には感覚としての記憶が残っているのかもしれない。
「キスをしたら、絢さんの側にもっといたい気持ちが強くなりました。だか、ら……」
そう言うと、彩花ちゃんはゆっくりと目を閉じて、私に体重を掛けてくる。これは故意というよりも、ただ意識を失ったという感じに思える。
「彩花ちゃん、大丈夫?」
一応、そう声を掛けてみるけれど、彩花ちゃんからの返事はない。とりあえず、彩花ちゃんをベッドに寝かせるか――。
「うわあああん! 直人君のばかあああっ!」
ど、どうしたんだ? いきなり泣き出した。
遥香の声だけれど、彩花ちゃんの口調とは全然違う。でも、遥香でもなさそう。直人さんのことを直人君なんて言う人っていたっけ?
「2人とも! たった今……藍沢さんから、ついさっきまで彩花さんの体に水代さんの霊が憑依したっていう連絡が入った。だから、遥香の体にも……」
じゃあ、突然泣き出した理由って、まさか……さっきまで彩花ちゃんの体の中にいた水代さんの霊が遥香の体に憑依したからなのかも。
「……もう、既に遥香の体に入り込んでいるかもしれません。さっきまで、彩花ちゃん……こんな風に泣いていなかったですから」
「う、ううっ……」
今、ここで泣いている人が水代円加さんだとしたら色々と話を聞きたいけれど、まずは泣き止ませるのが先か。
「あの、水代円加さん……とりあえず泣き止んでくれませんか?」
「……直人君の分からず屋! うわああん……」
ここまで水代さんが泣いてしまうなんて。直人さん、彼女に対して何を言ってしまったんだろう? 酷いことを言ってはいないと思うけれど。
水代さんが泣き止むまで、彼女のことをそっと抱きしめるのであった。
今日の花火大会はずっと彩花ちゃんと手を繋ぎながら見ていた。姿や声は遥香だけれど、心は彩花ちゃんだからとても不思議な感じだった。遥香が直人さんとずっと手を繋いでいたから尚更だ。まあ、入れ替わった2人が楽しそうに花火を見ていたから良かったけれども。
花火大会が終わると、遥香は直人さんと一緒に彼が泊まっている10階で別れ、私達は4人で15階の部屋に戻ってきた。
「隼人、今夜もマッサージしてくれない?」
「ああ、いいよ」
「じゃあ、隣の部屋に行こうよ」
「そうだな」
私のことを気遣ってくれているのか、奈央さんはお兄さんを連れて隣の部屋に姿を消していった。
「花火、凄かったですね」
「そうだね」
「昨日は直人先輩と一緒に部屋のバルコニーから観ていたんですけど、やっぱり浜辺で間近に見ると迫力があっていいです」
なるほど、そういう手もあるのか。でも、花火大会は夏休み中の土日限定らしいし、火曜日に帰る予定だから、花火大会は来年の夏までお預けかな。
「多くの人と一緒に盛り上がりながら見るのもいいけれど、人のあまりいない所から静かに見るのもいいよね」
「そうですね」
そう言うと、彩花ちゃんは私の目を見てにこっと笑った。目の前にいるのが彩花ちゃんだって分かっているのに、心以外は全て遥香だから凄く可愛く感じてしまう。
どうしよう、2人きりになったら急にドキドキしてきて、彩花ちゃんにどんな言葉を掛ければいいのか分からなくなってきた。思えば、彩花ちゃんと2人きりになるのって今が初めてかもしれない。
「……あっ、ごめんね」
そういえば、花火大会の時からずっと手を繋ぎっぱなしだった。私は慌てて彩花ちゃんの手を離す。
「離さないでください」
その言葉通り、彩花ちゃんは私の手をぎゅっと握ってくる。彼女は頬を少し赤くさせながら、私のことをじっと見つめている。
「彩花、ちゃん……」
「……もう、絢さんに対する気持ちが抑えられなくなってきたんです。絢さんのことを考えると凄くドキドキして……」
彩花ちゃん、やっぱり……私のことを好きになっているんだ。それは花火を見ているときから薄々感付いていた。
「ねえ、絢さん」
「何かな」
「……あなたのことを好きになってしまうのはいけないこと……ですよね」
そう言う彩花ちゃんは……不覚にも可愛らしく思ってしまった。
遥香の体の影響が大きいとは思うけれど、彩花ちゃんは私のことが好きになっている。ただ、彩花ちゃんには直人さんという恋人がいて、私には遥香という恋人がいる。普通ならダメだとすんなり言えるけれど、状況が状況なだけに返す言葉が見つからない。
「……ごめんなさい、困らせてしまって」
彩花ちゃんは悲しそうな笑みを浮かべる。
「……気にしないでいいよ。遥香の体の影響もあるんだろうし。もしかしたら、遥香の体に残っている私への気持ちと、彩花ちゃんの気持ちが混ざり合ったのかも」
「絢さん……」
「……正直言って、好きになってくれるのはとても嬉しいよ。ただ、私には……坂井遥香っていう恋人がいるから、君……宮原彩花ちゃんの恋人にはなれない」
それが彩花ちゃんの気持ちに対する私の答えだ。私はあくまでも坂井遥香という女の子の恋人なんだ。だから、私は……彩花ちゃんのことは藍沢直人さんの恋人である宮原彩花さんとして接するつもりだ。きっと、直人さんも同じような考えで遥香と接してくれていると信じている。
すると、彩花ちゃんは優しく笑って、私のことをぎゅっと抱きしめてきた。
「……ありがとうございます、絢さん」
「彩花ちゃん……」
彩花ちゃんのことをそっと抱きしめる。温もりも匂いも遥香と同じはずなのに、どこか違うような気がする。
「ねえ、絢さん。私、さっきよりも絢さんのことを好きな気持ちが大きくなってしまいました。このままだと、どうなってしまうか……分からないです」
「どうなっても私が側にいるから大丈夫だよ、彩花ちゃん」
「……本当ですか? 嬉しいな……」
すると、彩花ちゃんは私のことを見上げて、
「絢さん。私と……キスをしてくれませんか?」
そう言うと、ゆっくりと目を瞑って、私からのキスを待つ状態に。さすがにキスまでしたらまずい。
「してください、絢さん。これは私の我が儘ですから、絢さんが何も罪悪感を抱く必要はないんです」
「彩花ちゃん……」
「……お願いします」
どうやら、彩花ちゃんは相当な覚悟を持った上で私にキスしたいと言っているんだ。
「……分かった」
そして、彩花ちゃんとキスをする。どのくらいキスしたのかは分からないけれど、唇の柔らかさと温かさははっきりと分かった。
「絢さんの唇、直人先輩よりも柔らかいです。絢さんとは初めてのキスなのに、初めてじゃないような気がします。遥香さんの体だからでしょうか」
魂が入れ替わっても、遥香の体には感覚としての記憶が残っているのかもしれない。
「キスをしたら、絢さんの側にもっといたい気持ちが強くなりました。だか、ら……」
そう言うと、彩花ちゃんはゆっくりと目を閉じて、私に体重を掛けてくる。これは故意というよりも、ただ意識を失ったという感じに思える。
「彩花ちゃん、大丈夫?」
一応、そう声を掛けてみるけれど、彩花ちゃんからの返事はない。とりあえず、彩花ちゃんをベッドに寝かせるか――。
「うわあああん! 直人君のばかあああっ!」
ど、どうしたんだ? いきなり泣き出した。
遥香の声だけれど、彩花ちゃんの口調とは全然違う。でも、遥香でもなさそう。直人さんのことを直人君なんて言う人っていたっけ?
「2人とも! たった今……藍沢さんから、ついさっきまで彩花さんの体に水代さんの霊が憑依したっていう連絡が入った。だから、遥香の体にも……」
じゃあ、突然泣き出した理由って、まさか……さっきまで彩花ちゃんの体の中にいた水代さんの霊が遥香の体に憑依したからなのかも。
「……もう、既に遥香の体に入り込んでいるかもしれません。さっきまで、彩花ちゃん……こんな風に泣いていなかったですから」
「う、ううっ……」
今、ここで泣いている人が水代円加さんだとしたら色々と話を聞きたいけれど、まずは泣き止ませるのが先か。
「あの、水代円加さん……とりあえず泣き止んでくれませんか?」
「……直人君の分からず屋! うわああん……」
ここまで水代さんが泣いてしまうなんて。直人さん、彼女に対して何を言ってしまったんだろう? 酷いことを言ってはいないと思うけれど。
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