ハナノカオリ

桜庭かなめ

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Fragrance 8-タビノカオリ-

第42話『Chu-Shiyo?』

「う、ううっ……」
「遥香さん……」

 絢ちゃんが彩花さんと水代さんにキスをしたことのショックが、思った以上に大きくて。彩花さんの体に入り込んで1日近く経とうとしているけど、坂井遥香としての心がまだまだ残っているんだと思い知らされた。

「直人さん、私……」
「……絢さんなら分かってくれると思いますよ。それに……彩花は今の遥香さんと同じなんだと思います。入れ替わりの影響もあるでしょう。ただ、絢さんの優しさや温かさがあるからこそ、彩花は絢さんのことを好きになったのではないでしょうか。俺が優しいかどうかは分かりませんけど」

 直人さんは絢ちゃんをフォローするような言葉を言う。
 私が布団から顔を出すとそこには直人さんの優しい笑みがあった。

「……私、2人のことを責めるつもりはありません。絢ちゃんは素敵な女の子だから彩花さんが好きになるのも分かるし、キスだってするかもしれないと思っていました。水代さんにキスしたのも、それが一番いいと思ったからしたのだと思います」
「……絢さんのキスのおかげで、水代さんが氷高さんを殺害する気持ちを抑えることができましたからね」

 冷静に考えて、人の命を救うためにキスをした絢ちゃんは……偉いと思っている。

「それに、彩花さんが絢ちゃんとキスしたって聞いたとき、ちょっと……気が軽くなった自分もいるんです」
「気が軽くなった?」
「……だって、絢ちゃんが彩花さんとキスをしたから。じゃあ、私もキスしていいんだ、って……思えてしまって。さっき、直人さんにキスをしようとしたとき、絢ちゃんや彩花さんの顔が思い浮んでしまって。していいのかな。ダメなのかな。その時は、お兄ちゃんから電話が来たことにほっとしていたんです」

 絢ちゃんが他の女性とキスをしたからって、泣いちゃいけなかったんだ。その罪悪感からなのか、涙がこぼれ落ちた。

「……酷いですよね。2人への罪悪感でキスしていいのかどうか迷って、いざ……2人がキスをしたらほっとしちゃって。それなのに、そのことを絢ちゃんから言われたときには悲しくて、あんなに泣いちゃって。私、元の体に戻っても、絢ちゃんと付き合っていく資格があるのかな……」

 直人さんとキスをしたいほどに、彼のことが気になっていて。それなのに、いざ……絢ちゃんが彩花ちゃんや水代さんとキスしたことを知ったら、ショックを受けて泣いちゃって。

「直人、さん……」
「……絢さんと付き合う資格はあるかどうかは、実際に元の体に戻ってみないと分からないでしょうし。悩んでしまうとは思いますけど、悩んでもどうしようもないことだと思うんですよね。俺から見てなんですけど、元の体に戻ったら、何か変わっているところはあるかもしれません。ただ、一緒に笑ったり、楽しんでいたりしていると思います。ですから、大丈夫ですよ、きっと。それに何かあったら、その時は周りの人に頼っていけばいいんだと思いますよ。今回みたいに」

 直人さんは優しい笑みを浮かべながらそう言ってくれる。

「それに、入れ替わっている間に色々あっても、元の体に戻ったらきっと絢さんは喜ぶと思いますよ。俺だって、そうなったら嬉しいです。当初は元の体に戻るにはどうすればいいのかを念頭に俺達は行動していたんですから」

 まるで、私の心を見透かすように直人さんはそう言ったのだ。元の体に戻っても、絢ちゃんと元の関係に戻れるのかどうか不安になっている気持ちを分かった上で。

「罪悪感とか、葛藤とか……色々とあると思います。ただ、自分の気持ちに嘘を付いたり、押さえつけたりすることは無理にしなくていいと思いますよ。少なくとも、俺に対しては。昼にも言いましたけれど、あくまでも……俺は宮原彩花の彼氏として、坂井遥香さん……あなたと向き合うつもりです。そして、元の体に戻るまでの間は遥香さんの側にいます。それを覚えておいてくれますか」
「……ふふっ」

 直人さんってどうしてこんなにも温かい言葉を私に言い続けてくれるんだろう。彩花さんが好きになり、付き合うと決めた理由がちょっと分かったような気がする。

「……本当に、直人さんってかっこよくて、優しい男の人なんですね。この体だからなのかもしれませんけれど、私……男の人に初めて恋をしました。直人さんのことが……好きになりました。その気持ちは本物です。だから……」

 キスをしてもいいですか? って言おうと一瞬は思ったけれど、そんな言葉を言う前に、私は直人さんにキスをした。

 直人さんの唇って……意外と柔らかいんだ。でも、彩花ちゃんの体だからなのか、初めてなはずなのにこの感覚がとても心地よくて。
 唇を離しても、直人さんはあまり驚いた様子ではない。

「……初めてなはずなのに、初めてじゃない感じがします」
「彩花とは数え切れないくらいにしていますからね」
「……男の方の唇も優しいんですね。絢ちゃんと似ていました」

 優しくて、温かい。それは彩花さんの体だからなのか。それとも、私の心がそう思わせてくれているのか。

「ねえ、直人さん」
「何ですか?」
「……もっと、直人さんに甘えていいですか? 具体的には……直人さんとイチャイチャしてもいいですか?」

 そんなことを言っても、直人さんはきっと彩花さんのことを想い、迷うことだろう。
 でも、甘えたい。だから、直人さんのことをぎゅっと抱きしめる。

「……で、できる範囲なら」

 さすがに、苦笑いを浮かべながら直人さんはそう回答する。

「ありがとうございます。じゃあ……」

 私は再び直人さんにキスをする。もう、想いを伝えないと気が済まない。

「……直人さん、好きです」

 直人さんに抱く私の気持ちを、素直に彼に伝える。
 すると、さすがに直人さんも視線をちらつかせる。きっと、今の私にどうすればいいのか考えているんだと思う。いや、もしかしたら彩花さんのことを考えているかも。

「直人さん。今は私のことだけを見てください。それに他の女の子のこと、あまり考えないで。嫉妬しちゃいます」
「りょ、了解です」

 両手で直人さんの頬に触れ、くっ、と私の方に首を動かす。

「やはり、直人さんはこう呼ばれた方がいいですか? 直人……先輩」

 彩花さんが言っているように直人さんのことを呼んでみる。

「……それもいいですけど、遥香さんにはさん付けの方がいいですね」
「ふふっ、そうですか」

 先輩、と言ってほしいのは彩花さんだけだよね。ちょっと嫉妬しちゃうけど……私は彼の後輩じゃないから仕方ないよね。
 直人さんとの初めての夜。できるだけ長く過ごしたいと思うのであった。
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