ハナノカオリ

桜庭かなめ

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Fragrance 8-タビノカオリ-

第66話『朝スパ-女湯-』

 4人で大浴場の前まで来て、お兄ちゃんと別れて女湯の暖簾をくぐる。
 脱衣所にはほとんど人がいない。午前6時半前という早い時間なので、温泉に入り来るような人はいないのかな。特に若い人は。私達以外で脱衣所にいるのはほとんどがご年配の方だ。

「意外と静かなところだね」
「まだ、朝早いですからね。でも、1日目の夜に行ったときも空いてたっけ、遥香」
「そうだね」
「まあ、人が多いよりは、このくらい少ない方がゆったりと入れそうでいいよね」

 奈央ちゃんはそう言うと、服を脱ぎ始める。水着姿を見たときも思ったけれど、奈央ちゃんはスタイルがいいなぁ。彩花さんもそうだったけれど。
 私も服を脱いで、タオルを持って大浴場に入る。
 大浴場の中もあまり人はいない。ここにいる人も、年配の方だけ。これなら奈央ちゃんが言うように、ゆっくりと入れそう。
 ただ、朝陽が入っているので、初日にここへ来たときとは中の雰囲気が違って見えるな。開放感があるというか。
 洗い場にも全然人がいないので、私達は奈央ちゃん、絢ちゃん、私の並びで隣同士に座った。
 絢ちゃんの隣で髪を洗い始めたときだった。

「あっ、彩花ちゃん!」

 絢ちゃんがそう言ったのだ。彩花さんが大浴場に入ってきたのかな。あと、こういうところって結構響きやすいから、今の絢ちゃんの声はかなり大きく聞こえた。
 目を開けて、入り口の方をちらっと見ると、そこにはタオルを1枚持った彩花さんがこちらの方に向かって歩いてくる。爽やかで可愛らしい笑みを浮かべているところを見ると、直人さんとは上手くいっているの……かな?
 喧嘩をしていなければ、彩花さんはきっと、直人さんと一緒に来ていると思う。ということは、お兄ちゃんも今頃男湯で会っているのかな。

「おはようございます、皆さん」
「おはよう、彩花ちゃん」
「おはようございます、彩花さん」
「おはよう、彩花ちゃん」

 しっかし、こうして間近で見てみると、彩花さんって凄く可愛らしいし、スタイルがいいし……胸も大きいし。もし、うちの高校にいたら絢ちゃんに匹敵するような人気を得そうな気がする。彩花さんの場合は可愛らしいっていう理由で。

「じゃあ、遥香さんの隣に座っていいですか?」
「はい、どうぞ」

 彩花さんは私の隣に座って、髪を洗い始める。
 せっかく、彼女が私の隣に座ったんだ。直人さんときちんと仲直りできたのかどうかを訊いてみることにしよう。

「彩花さん」
「何ですか? 遥香さん」
「その……元の体に戻ってからはどうですか? 直人さんとはその……仲良く過ごすことができているでしょうか」
「はい、おかげさまで。直人先輩のことは信頼していますから。それに、やっぱり自分の体が一番いいなって」

 彩花さん、とても嬉しそうな表情をしている。きっと、昨日の夜は……元に戻ったから直人さんと色々なことをしたのかな。まあ、そこら辺を詳しく訊くのは止めておこう。

「そうですか、良かったです。その……直人さんには随分と甘えさせてもらったので、私が原因で2人の間に何かトラブルが起きていないかどうか心配で」
「いえ、そんな……」

 彩花さんの可愛らしい笑みは変わらず。以前と変わらないような関係に戻ることができたってことかな。これで本当に一件落着って考えていいかも。絢ちゃんの方をちらっと見ると、彼女も安堵の笑みを浮かべていた。

「そういえば、遥香さんの方は絢さんとどうですか?」

 や、やっぱり気になるよね。私と絢ちゃんのことも。あぁ、昨日のことを思い出したら顔が急に熱くなってきたよ。あううっ。

「私は、その……昨日の夜、絢ちゃんと色々とし、しちゃいました……」
「そ、そうなんですね」

 ううっ、恥ずかしいよ。
 ただ、彩花さんも顔が赤くなっている。もしかして、私の体と入れ替わっているときに絢ちゃんとイチャイチャことをしているのを思い出したのかな?

「もう、彩花さんまで顔を赤くならないでください……」
「ご、ごめんなさい」

 何だろう、お互いに恥ずかしい気持ちを抱くっていう結末になっちゃった。このままだと気まずいから何か別の話題を――。

「……それにしても、彩花さんってスタイルがいいですよね。体が入れ替わっていたときそう思っていたんですよ。胸が重くて……」

 私よりも胸が大きかったから、胸の重さに慣れるまではちょっと大変だったかも。

「何だか、その……すみません」
「いいんですよ。羨ましいと思っていたくらいですから」
「遥香だって十分に大きいじゃないか。私なんて大きいって言われたことないよ……」

 ははっ、と絢ちゃんはちょっと寂しそうに笑っている。そこまでがっかりするほど胸が小さいとは思わないけど。

「……何だかいいなぁ。みんな、好きな人とイチャイチャできて。隼人とはまだキスまでしかしてもらったことないよ」

 奈央ちゃんが私達のことを見ながら羨ましそうにそう言ってくる。
 あれ、お兄ちゃんとは三日三晩お風呂に入ったって訊いたけれど。でも、お兄ちゃんって自分が引っ張るよりも、相手の想いを優しく受け入れるタイプだからなぁ。

「奈央ちゃんの方から誘って、お兄ちゃんのことをリードしてあげればいいんじゃない?」
「……で、できるかなぁ。でも、恥ずかしいだろうな、きっと……」

 奈央ちゃん、そういうときのことを妄想しているからなのか顔が真っ赤だ。このまま温泉に入ってしまったらすぐにのぼせてしまいそうなくらいに。

「ねえ、彩花ちゃん。藍沢君とはどうだったの? そういう経験、しているんじゃない?」

 なるほど、男性である直人さんと付き合っている彩花さんから、色々とアドバイスをしてもらおうってことか。

「……数え切れないくらいにしていますよ」

 さすがに、彩花さんも恥ずかしそうにしている。でも、嬉しそうに笑った。

「じゃあ、その……初めてイチャイチャしたときってどうだったのかな。その、藍沢君は隼人と似ているから、参考になるかなと思って……」
「……なるほど。直人先輩とは……私の方から誘いました。でも、それは告白されて付き合い始めた夜だったので、普段よりも良い雰囲気でしたね。ですから、私から誘うこともできましたし、直人先輩もそれをすんなりと受け入れてくれたような気がします」
「そっか……私も付き合い始めた日に勇気を出して誘えば良かったなぁ。分かったよ。ありがとう、彩花ちゃん。私も、頃合いを見計らって頑張ってみるね」
「……頑張ってください。奈央さんが誘えば、隼人さんならきっと……」
「……うん」

 奈央ちゃんは笑みを浮かべていた。
 しかし、大浴場でイチャイチャの相談って……聞いているだけでも恥ずかしい。絢ちゃんのことをちらっと見ると、絢ちゃんは顔を赤くして私と同じように黙々と体を洗っていた。

「さあ、絢ちゃん。私達は先に湯船に浸かろうか」
「そうだね、遥香」

 シャワーでさっさと泡を落として、絢ちゃんと一緒に近くにある湯船に浸かった。

「まったく、奈央ちゃんは……」
「まあ、付き合っている人がいたら、そういうことも考えるよね。彩花ちゃんに相談したくなる気持ちも分かるけれど、場所は考えた方が良かったかもね」
「だよね~」

 そんなことを考えていると、奈央ちゃんも湯船のようにやってくる。

「はぁ、気持ちいい」
「……もう、奈央ちゃんったら。こういうところでそ、その……イチャイチャすることの相談をしないでよ」
「ここは女湯だし、人は少なかったから、つい。それに、彩花ちゃんと藍沢君って凄く仲が良さそうに見えるから……」
「なるほどね」

 確かに、2人ならそういった経験もしていると思うか。だから、奈央ちゃんは相談したってわけね。まあ、今後は奈央ちゃんに訊いてみようかな? 初めてイチャイチャしたときはどうだったって。
 そんなことを考えていると、彩花さんも湯船に入ってきた。

「ふうっ、気持ちいいですね」
「そうですね、彩花さん」
「温泉はみんなで入った方がより気持ちいいね」
「ええ。まさか、皆さんと入れるなんて、直人先輩と一緒にこのホテルに来たときは想像もしなかったですよ。ただ、皆さんのおかげで今回の旅行が楽しいものになりました」
「私もです、彩花さん。色々なことがありましたけれどね」
「……ええ」

 彩花さんとの入れ替わりに、20年前に亡くなった水代さんとの会話。こんなこと、二度と体験できないだろうなぁ。それだけに思い出深い旅行になったと思う。直人先輩と一緒にいられる時間があまりなかったのがちょっと残念だけれど。家に帰るまで絢ちゃんにベッタリしていようかな。
 とりあえず、今は温泉に浸かって、少しでも旅行気分を味わうことにしよう。
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