7 / 11
エピソード1 ルイカと薬草取りの少女
第七話 ルイカと薬草取りの少女⑦
しおりを挟む
二泊三日の素材採取弾丸ツアーを無事に成し遂げアッカの村に戻ってきたルイカは、リンゼンを連れミミスの家の玄関のドアをノックする。
「はーい……あっ、ルイカさん……っと?」
二日振りに会ったミミスは血色も良く、そのあどけない表情からでも十分に体調が良くなっていることを感じ取ることができる。
ルイカは頭上に疑問符を浮かばせながらリンゼンを見つめるミミスに経緯を説明すると、調合した薬をミミスに手渡すのだった。
「お母さん、お薬だよ」
ミミスは受け取った内服液剤が入った小瓶の蓋を開けると、ベッドで寝込んでいるミミスの母親にゆっくりと飲ませる。
「うむ。我ながら完璧な錬金であったようだ」
リンゼンが満足そうに頷きながらそう呟くと、服薬したミミスの母親の体は温もりのあるほのかな光に包まれ、徐々に顔色が良くなっていくのだった。
「一度服薬しただけでは完全に悪素を取り除くことはできないから、ちゃんと毎日一瓶ずつ飲ませるように」
リンゼンはミミスの母親を診察し、自身が錬金調合した薬が有効であることを確認すると、全快するのに必要な日数分の調合薬をミミスに渡す。
「ミミス君。君の母親が薬を飲んだ後、先ほどのように光に包まれなくなれば完治だ」
諦めていた母親の病気が完治することを知ったミミスは、目に涙を溜めて頭を下げる。
ルイカはその姿を見てもらい泣きしそうになり、そっとその場を離れるのだった……
「おいミミスっ。薬を持ってきてやったぞ」
ルイカがミミスの母親が静養している部屋から退室し気持ちを落ち着かせていると、品性の欠片もない男が無施錠の玄関ドアを開け、勝手に上がり込んでくる。
「あーっ、なんだお前?」
乱暴な声の主は玄関奥にあるダイニングでルイカと出くわすと、不機嫌そうに声を上げる。
「あっ、先生」
ムカっとしたルイカが拳を握って目の前の男をぶっ飛ばしてやろう身構えると、母親の部屋から出てきたミミスが品性の欠片もない男を先生と呼ぶのだった。
「先生?」
ルイカは百歩譲ってもチンピラにしか見えない風貌のこの男がミミスに先生と呼ばれたことに対し、年甲斐もなく口をあんぐりさせる。
「はい、母の病気を見て下さってるお医者さんの先生です」
ミミスにそう言われた目の前の男は向かっ腹の立つ下衆な笑みを浮かべると、汚らしいズボンのポケットから薬包紙の代わりに使われる葉を取り出す。
「おう、俺は医者の先生様だ。薬を持ってきてやったから金を寄越せ」
男はそう言うと、毒々しい真っ黒な錠剤をテーブルの上に置く。
「ほう……その薬は君が調合したものかね?」
ミミスの後を付いてきたのか、騒ぎに気付いたのか定かではないが、ミミスの母親の部屋のドアにもたれ掛かったリンゼンが声を掛ける。
「何だお前ら……そうだ、これは俺様が作った薬だぜ」
リンゼンは毒々しい真っ黒な錠剤が置かれたテーブルに移動すると、男が置いた薬を手に取る。
「おっ、おい。汚ねえ手で触るんじゃねー」
リンゼンは男の罵声を物ともせず薬品の鑑定を続ける。
「ほう、これは面白い……ミミス君。君の母親が悪素病になった原因はコレだよ」
リンゼンはそうミミスに伝えると、胸元から縄のような物を取り出し男へ向かって放り投げる。
「てめえっ、何いちゃもん付けてんだ? ぶっ飛ばすぞっ」
男はそう吐き捨てるとリンゼンに向かって襲い掛り、リンゼンが放り投げた縄のような物を片手で払いのける。
刹那、縄は丸で生きているかのようにうねり出すと、殴り掛ろうとした男を雁字搦めに縛り付けるのだった。
「ふっ、他愛もない」
リンゼンは床に転がる男を蔑んだ目で見下ろすと、テーブルの上に置かれた毒々しい真っ黒な錠剤を証拠品として回収する。
「そうだ……ルイカ君。君が握り締めているその拳は矛先を探しているのではないかね?」
リンゼンは自身の手を使って艶やかな長髪をなびかせると、どうぞと言わんばかりに床に転がって足掻く男を指し示すのだった。
「それはそれはご丁寧に。それではお言葉に甘えて遠慮なく」
ルイカは涼しい顔をしてリンゼンの提案を受け入れると、ドラゴンですら尻尾を巻いて逃げ出すような強烈な一撃を床に転がって足掻く男の顔目掛けて打ち込んだ。
「あああっ……」
リビング内に響く鈍い音に、ミミスは自分が殴られたかような呻き声を上げると、目を覆い隠す。
「ナーイスアターック」
リンゼンは口笛を吹きならが指を鳴らして実況を中継すると、ルイカの痛恨の一撃を受けて気絶した男に何かの粉を振り掛けた。
すると、品性の欠片もない男の顔がプクプクと泡を立てながら溶けていくのだった。
「げっ、良い子に絶対見せられないやつじゃん」
ルイカはそう言いながら、目を覆い隠しているミミスの手の上から更に自身の手を使って覆い隠す。
「これが彼……グロンテスの本当の姿さ」
リンゼンは洗浄魔法でグロンテスと呼ばれた男の顔を洗い流すと、そこには先ほどとは全く別人の顔が晒される。
「彼の名はグロンテス。王都でちゃちな詐欺を繰り返していた小物なのだが、ある日貴族相手にやらかしてね……今は指名手配されている賞金首さ」
リンゼンはそう言うと、またもや胸元から一枚の手配書を取り出しルイカに見せる。
「ふーん、それは分かったけど、何で一介の錬金術師がそんな物持ってんのよ?」
ルイカはリンゼンの化けの皮を剥がしてやろうと問い掛ける。
「それはだね……ルイカ君。話と非常に長くなるけど、聞きたいかね?」
ルイカとミミスが首を縦に振ったのを確認したリンゼンは本当に長話を始めるのだった。
「要するに、このグロ何とかが貴方の名前を騙って偽物の薬を売りまくってたってことね」
リンゼンが語る内容の大半が箸にも棒にも掛からないどうでもいい話だったが、貴族相手にヘマをやらかして王都から逃亡したグロンテスは、逃亡先でお金を稼ぐためにリンゼンの名を騙ってあちこちで毒物を薬と偽って売り捌いていたらしい。
「うむ……美しくない表現をすればそうとも言えるね」
ルイカの芸術性の欠片も無い表現に呆れた仕草をして見せたリンゼンは、三度、胸元から金貨の詰まった袋を取り出すとテーブルの上に置くのだった。
「ミミス君。これはこの男に掛けられている懸賞金の一部だ。君の取り分として受け取るといい」
ミミスの性格を把握しているのか、リンゼンはミミスが断れないような言い回しをする。
「ミミス良かったね。これだけあれば生活費に困ることもないよ……で、リンゼン。私の分は?」
リンゼンをグロンテスの元へ導いた貢献者は誰がどう見てもルイカだ。
「うむ……そうだな……ルイカ君。君には改めてお礼の場を作るとしよう」
リンゼンはそう言うとルイカの顔に急接近し、最後にルイカの耳元で「ブレスレットの彼も一緒にね」と囁く。
「では、私はこの男を突き出して懸賞金を受け取らねばならないので、これで失礼するよ」
ルイカの反応を見てリンゼンは満足そうにほくそ笑むと、縄の端を手に持ちグロンテスを引きずりながら去って行くのだった……
「ミミス、何か騒がしいようだけど、どうかしたのかしら?」
無施錠の玄関から堂々と去って行くリンゼンを呆然と見送るルイカとミミスに、背後から声が聞こえる。
「お、お母さん……起きて大丈夫なの?」
久方ぶりに見たであろう母の立ち姿にミミスは涙を浮かべて駆け寄ると、優しく抱き付いて顔を埋める。
「ええ、あの薬を飲んでから随分と良くなった気がするわ」
ミミスの母は赤ん坊をあやすようにミミスの頭を撫で、それはミミスが泣き止むまで続くのだった。
ルイカはその様子を満足そうに眺めると、静かにその場を離れ去ってゆく。
住宅正面の空きスペースに止めてある馬車に戻ったルイカは御者台に座り、最後にもう一度ミミスの部屋の窓を優しい笑顔で見上げると、名残を惜しみながらも馬車を出発させる。
「ルイカさんっ!」
馬車が動き始めるや否や、住宅の入り口からミミスが大声を上げながら追い掛けてくる。
ルイカはゆっくりと馬車を停車させると、御者台から降りミミスの前に立つのだった。
「ルイカさん、酷いです。何で何も言わずに行こうとするんですか?」
先ほど母親に見せた涙とは全く別の涙を浮かべてミミスが詰め寄る。
「いや……ね。ほら、水を差すのは得意じゃないって言うか……」
ルイカはミミスの迫力に年甲斐もなくテンパってしまう。
「私、ルイカさんのこと何も知らないから、いきなり居なくなっちゃったら、お礼を伝えることもできないじゃないですかっ」
ミミスはルイカの両腕を握り、流れる涙を地面に降らせ続ける。
「そう言われればそうだね……ならこうしよう。ミミスが覚えている間でいいから、ここに手紙を送ってちょうだい」
ルイカはそう言うと、腰に巻いている鞄から一束の葉書を取り出し、自身の腕を握るミミスの手を優しく外して葉書を握らせる。
「ここに私の住所が書いてあるから、裏に何か書いて冒険者ギルドに出せば私の家まで届くから……ね」
ミミスはもう片方の手で涙を拭うと、ルイカが手渡した葉書を見て頷く。
この世界では街から街への移動は危険を伴うため、旅をして知人の家を訪ねるような習慣は冒険者や貴族など一部の人しか行わないのである。
「それと……」
ルイカは、冒険者ギルドで購入した狼の皮で作られた特製の胸当てを御者台に設置されている荷物入れから取り出すとミミスに渡す。
「これはあの時倒した狼から作った胸当てよ。是非、ミミスに受け取って欲しい」
ルイカはミミスのもう片方の手に狼の皮で作られた特製の胸当てを握らせると、ミミスの肩から手を回し優しく抱きしめる。
「ルイカさん、私文字書けないですよ」
「そう、なら覚えれば良いじゃない」
「私、ルイカさんとまた会いたいです」
「そう、なら旅ができるくらい強くならないとね」
「ルイカさん……」
ミミスは言葉の途切れがルイカとのお別れの時だと知っていて、必死に言葉を繋げようと頑張る。
ルイカはミミスのその気持ちが嬉しくて、零れそうになる涙を目を閉じ必死に抑えるのだった……
「ルイカさん、絶対に手紙書きますからねっ」
ミミスは動き出した馬車に向かって、最高の笑顔で手を振った。
ルイカは流れる涙を見せまいと、振り返ることなく手を上げてミミスに応える。
こうして、ルイカと薬草取りの少女の出会いの物語は幕を閉じたのである……
「はーい……あっ、ルイカさん……っと?」
二日振りに会ったミミスは血色も良く、そのあどけない表情からでも十分に体調が良くなっていることを感じ取ることができる。
ルイカは頭上に疑問符を浮かばせながらリンゼンを見つめるミミスに経緯を説明すると、調合した薬をミミスに手渡すのだった。
「お母さん、お薬だよ」
ミミスは受け取った内服液剤が入った小瓶の蓋を開けると、ベッドで寝込んでいるミミスの母親にゆっくりと飲ませる。
「うむ。我ながら完璧な錬金であったようだ」
リンゼンが満足そうに頷きながらそう呟くと、服薬したミミスの母親の体は温もりのあるほのかな光に包まれ、徐々に顔色が良くなっていくのだった。
「一度服薬しただけでは完全に悪素を取り除くことはできないから、ちゃんと毎日一瓶ずつ飲ませるように」
リンゼンはミミスの母親を診察し、自身が錬金調合した薬が有効であることを確認すると、全快するのに必要な日数分の調合薬をミミスに渡す。
「ミミス君。君の母親が薬を飲んだ後、先ほどのように光に包まれなくなれば完治だ」
諦めていた母親の病気が完治することを知ったミミスは、目に涙を溜めて頭を下げる。
ルイカはその姿を見てもらい泣きしそうになり、そっとその場を離れるのだった……
「おいミミスっ。薬を持ってきてやったぞ」
ルイカがミミスの母親が静養している部屋から退室し気持ちを落ち着かせていると、品性の欠片もない男が無施錠の玄関ドアを開け、勝手に上がり込んでくる。
「あーっ、なんだお前?」
乱暴な声の主は玄関奥にあるダイニングでルイカと出くわすと、不機嫌そうに声を上げる。
「あっ、先生」
ムカっとしたルイカが拳を握って目の前の男をぶっ飛ばしてやろう身構えると、母親の部屋から出てきたミミスが品性の欠片もない男を先生と呼ぶのだった。
「先生?」
ルイカは百歩譲ってもチンピラにしか見えない風貌のこの男がミミスに先生と呼ばれたことに対し、年甲斐もなく口をあんぐりさせる。
「はい、母の病気を見て下さってるお医者さんの先生です」
ミミスにそう言われた目の前の男は向かっ腹の立つ下衆な笑みを浮かべると、汚らしいズボンのポケットから薬包紙の代わりに使われる葉を取り出す。
「おう、俺は医者の先生様だ。薬を持ってきてやったから金を寄越せ」
男はそう言うと、毒々しい真っ黒な錠剤をテーブルの上に置く。
「ほう……その薬は君が調合したものかね?」
ミミスの後を付いてきたのか、騒ぎに気付いたのか定かではないが、ミミスの母親の部屋のドアにもたれ掛かったリンゼンが声を掛ける。
「何だお前ら……そうだ、これは俺様が作った薬だぜ」
リンゼンは毒々しい真っ黒な錠剤が置かれたテーブルに移動すると、男が置いた薬を手に取る。
「おっ、おい。汚ねえ手で触るんじゃねー」
リンゼンは男の罵声を物ともせず薬品の鑑定を続ける。
「ほう、これは面白い……ミミス君。君の母親が悪素病になった原因はコレだよ」
リンゼンはそうミミスに伝えると、胸元から縄のような物を取り出し男へ向かって放り投げる。
「てめえっ、何いちゃもん付けてんだ? ぶっ飛ばすぞっ」
男はそう吐き捨てるとリンゼンに向かって襲い掛り、リンゼンが放り投げた縄のような物を片手で払いのける。
刹那、縄は丸で生きているかのようにうねり出すと、殴り掛ろうとした男を雁字搦めに縛り付けるのだった。
「ふっ、他愛もない」
リンゼンは床に転がる男を蔑んだ目で見下ろすと、テーブルの上に置かれた毒々しい真っ黒な錠剤を証拠品として回収する。
「そうだ……ルイカ君。君が握り締めているその拳は矛先を探しているのではないかね?」
リンゼンは自身の手を使って艶やかな長髪をなびかせると、どうぞと言わんばかりに床に転がって足掻く男を指し示すのだった。
「それはそれはご丁寧に。それではお言葉に甘えて遠慮なく」
ルイカは涼しい顔をしてリンゼンの提案を受け入れると、ドラゴンですら尻尾を巻いて逃げ出すような強烈な一撃を床に転がって足掻く男の顔目掛けて打ち込んだ。
「あああっ……」
リビング内に響く鈍い音に、ミミスは自分が殴られたかような呻き声を上げると、目を覆い隠す。
「ナーイスアターック」
リンゼンは口笛を吹きならが指を鳴らして実況を中継すると、ルイカの痛恨の一撃を受けて気絶した男に何かの粉を振り掛けた。
すると、品性の欠片もない男の顔がプクプクと泡を立てながら溶けていくのだった。
「げっ、良い子に絶対見せられないやつじゃん」
ルイカはそう言いながら、目を覆い隠しているミミスの手の上から更に自身の手を使って覆い隠す。
「これが彼……グロンテスの本当の姿さ」
リンゼンは洗浄魔法でグロンテスと呼ばれた男の顔を洗い流すと、そこには先ほどとは全く別人の顔が晒される。
「彼の名はグロンテス。王都でちゃちな詐欺を繰り返していた小物なのだが、ある日貴族相手にやらかしてね……今は指名手配されている賞金首さ」
リンゼンはそう言うと、またもや胸元から一枚の手配書を取り出しルイカに見せる。
「ふーん、それは分かったけど、何で一介の錬金術師がそんな物持ってんのよ?」
ルイカはリンゼンの化けの皮を剥がしてやろうと問い掛ける。
「それはだね……ルイカ君。話と非常に長くなるけど、聞きたいかね?」
ルイカとミミスが首を縦に振ったのを確認したリンゼンは本当に長話を始めるのだった。
「要するに、このグロ何とかが貴方の名前を騙って偽物の薬を売りまくってたってことね」
リンゼンが語る内容の大半が箸にも棒にも掛からないどうでもいい話だったが、貴族相手にヘマをやらかして王都から逃亡したグロンテスは、逃亡先でお金を稼ぐためにリンゼンの名を騙ってあちこちで毒物を薬と偽って売り捌いていたらしい。
「うむ……美しくない表現をすればそうとも言えるね」
ルイカの芸術性の欠片も無い表現に呆れた仕草をして見せたリンゼンは、三度、胸元から金貨の詰まった袋を取り出すとテーブルの上に置くのだった。
「ミミス君。これはこの男に掛けられている懸賞金の一部だ。君の取り分として受け取るといい」
ミミスの性格を把握しているのか、リンゼンはミミスが断れないような言い回しをする。
「ミミス良かったね。これだけあれば生活費に困ることもないよ……で、リンゼン。私の分は?」
リンゼンをグロンテスの元へ導いた貢献者は誰がどう見てもルイカだ。
「うむ……そうだな……ルイカ君。君には改めてお礼の場を作るとしよう」
リンゼンはそう言うとルイカの顔に急接近し、最後にルイカの耳元で「ブレスレットの彼も一緒にね」と囁く。
「では、私はこの男を突き出して懸賞金を受け取らねばならないので、これで失礼するよ」
ルイカの反応を見てリンゼンは満足そうにほくそ笑むと、縄の端を手に持ちグロンテスを引きずりながら去って行くのだった……
「ミミス、何か騒がしいようだけど、どうかしたのかしら?」
無施錠の玄関から堂々と去って行くリンゼンを呆然と見送るルイカとミミスに、背後から声が聞こえる。
「お、お母さん……起きて大丈夫なの?」
久方ぶりに見たであろう母の立ち姿にミミスは涙を浮かべて駆け寄ると、優しく抱き付いて顔を埋める。
「ええ、あの薬を飲んでから随分と良くなった気がするわ」
ミミスの母は赤ん坊をあやすようにミミスの頭を撫で、それはミミスが泣き止むまで続くのだった。
ルイカはその様子を満足そうに眺めると、静かにその場を離れ去ってゆく。
住宅正面の空きスペースに止めてある馬車に戻ったルイカは御者台に座り、最後にもう一度ミミスの部屋の窓を優しい笑顔で見上げると、名残を惜しみながらも馬車を出発させる。
「ルイカさんっ!」
馬車が動き始めるや否や、住宅の入り口からミミスが大声を上げながら追い掛けてくる。
ルイカはゆっくりと馬車を停車させると、御者台から降りミミスの前に立つのだった。
「ルイカさん、酷いです。何で何も言わずに行こうとするんですか?」
先ほど母親に見せた涙とは全く別の涙を浮かべてミミスが詰め寄る。
「いや……ね。ほら、水を差すのは得意じゃないって言うか……」
ルイカはミミスの迫力に年甲斐もなくテンパってしまう。
「私、ルイカさんのこと何も知らないから、いきなり居なくなっちゃったら、お礼を伝えることもできないじゃないですかっ」
ミミスはルイカの両腕を握り、流れる涙を地面に降らせ続ける。
「そう言われればそうだね……ならこうしよう。ミミスが覚えている間でいいから、ここに手紙を送ってちょうだい」
ルイカはそう言うと、腰に巻いている鞄から一束の葉書を取り出し、自身の腕を握るミミスの手を優しく外して葉書を握らせる。
「ここに私の住所が書いてあるから、裏に何か書いて冒険者ギルドに出せば私の家まで届くから……ね」
ミミスはもう片方の手で涙を拭うと、ルイカが手渡した葉書を見て頷く。
この世界では街から街への移動は危険を伴うため、旅をして知人の家を訪ねるような習慣は冒険者や貴族など一部の人しか行わないのである。
「それと……」
ルイカは、冒険者ギルドで購入した狼の皮で作られた特製の胸当てを御者台に設置されている荷物入れから取り出すとミミスに渡す。
「これはあの時倒した狼から作った胸当てよ。是非、ミミスに受け取って欲しい」
ルイカはミミスのもう片方の手に狼の皮で作られた特製の胸当てを握らせると、ミミスの肩から手を回し優しく抱きしめる。
「ルイカさん、私文字書けないですよ」
「そう、なら覚えれば良いじゃない」
「私、ルイカさんとまた会いたいです」
「そう、なら旅ができるくらい強くならないとね」
「ルイカさん……」
ミミスは言葉の途切れがルイカとのお別れの時だと知っていて、必死に言葉を繋げようと頑張る。
ルイカはミミスのその気持ちが嬉しくて、零れそうになる涙を目を閉じ必死に抑えるのだった……
「ルイカさん、絶対に手紙書きますからねっ」
ミミスは動き出した馬車に向かって、最高の笑顔で手を振った。
ルイカは流れる涙を見せまいと、振り返ることなく手を上げてミミスに応える。
こうして、ルイカと薬草取りの少女の出会いの物語は幕を閉じたのである……
0
あなたにおすすめの小説
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。
国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。
でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。
これってもしかして【動物スキル?】
笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから
渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。
朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。
「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」
「いや、理不尽!」
初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。
「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」
※※※
専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり)
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる