呪われてしまった異世界転生者だけど、今日も元気に生きています

第一部 土筆とスタンビート編

第十五ノ五話 水魔法とテイム

「気を取り直して、おさらいするっすよー」

　落ち着きを取り戻したコルレットは小さな咳払いをして一旦仕切り直すと、土筆《つくし》の現状についての話を始める。

　土筆《つくし》はこの世界へ転生する際に魔王から呪いを受けてしまう。
　魔王の呪いは土筆《つくし》の魔力に制限を与え、土筆《つくし》単独では戦闘での利用に耐えられるような威力の魔法を発動を行う事ができない。

　そこで土筆《つくし》達が目を付けたのが精霊魔法である。
　精霊魔法とは術者の代わりに妖精や精霊が魔法を発動する術式で、魔王により受けた呪いを回避する事が出来る。

　しかし、幾つかの欠点があり冒険者を家業としている者で使用する人は殆どいない。
　代表的な欠点としては、発動までの時間が遅い事と魔量消費や発動した魔法の威力が安定しない事である。

　それらの欠点を補うには契約する妖精や精霊との信頼関係を築き、時間を掛けて相性を良くする必要があるのだが、その労力と時間を考慮すると特別な効力を発揮する一部の精霊魔法以外は実用性が低くなっているのが現状である。

「そう言えば、ツクっちは当時、魔法が使えるって目をキラキラさせてたっすねー」

　コルレットは昔を思い出したのか悪戯っぽく笑って見せる。

「ほじくり返すなよ……年甲斐も無く期待したのは、俺にとって黒歴史なんだからさ」

　土筆《つくし》も昔を思い出したのか、少しだけ頬を赤らめるのだった。

「ごめん、悪かったっす。話を戻すっすねー」

　コルレットは目論見通りの展開に満足したのか、手をパタパタしながら話を続ける。

　現在土筆《つくし》が契約しているのは地妖精のドニと風妖精のシフィー、それに昨日新たに契約した水精霊のディネである。

　自然界に存在する魔素が気まぐれに変異すると妖精と呼ばれる存在になり、生まれた妖精が長い年月を経て一定量の魔素を取り込むことにより精霊に成長する。言わば精霊とは妖精の進化した存在である。
　
　妖精や精霊にも個性があり、個体により能力となる特性も千差万別だ。無契約の妖精や精霊は取り込む魔素の性質が影響し、契約をした妖精や精霊は契約者の性格や魔力に影響を受ける。

　土筆《つくし》と契約している地妖精のドニは岩などの地に触れている物を移動したり、指定した地に関する物質を変化させることができる。
　しかし、地以外の要素……例えば、土を原料とした土器や煉瓦《れんが》は火属性の要素が必要なため生成する事ができないが、土を妖精の力で成形し、土筆《つくし》が自ら焼き上げる事は可能だ。

「昨日検査した結果も出てるっす」

　コルレットはそう言うと、空間から昨日の検査用の魔道具を取り出す。

「空間に結果を投影するっすよー」

　コルレットが検査用の魔道具に神力を送ると、空間に検査結果と思われる表示が映し出されるのだった。

「この人型がツクっちで、中を流れてるのが魔力回路っす」

　コルレットは指で指し示しながら、土筆《つくし》が理解できるように説明を行う。
　結果的に魔力回路は正常で、契約している妖精達の特徴なども以前と変わらなかった。

「さぁ、お待ちかねの時間っすよー」

　コルレットは一通りの説明を終え、土筆《つくし》に質問がない事を確認すると、その場でくるりと回転し神力を使って服装を元に戻す。

「今回契約したのは水精霊っすから、基本の能力を試すっすよー」

　土筆《つくし》は水精霊ディネを呼び出すと、コルレットの指導を受けながら水魔法の基本である水球を発動する。

「生活魔法と見た目変わらないっすけど、ツクっちと水精霊ディネちゃんの相性を考えると恐らく別物になってるはずっすよー」

　コルレットは空間からコップを取り出すと、土筆《つくし》が発現させた水球の水を掬《すく》って差し出した。
　土筆《つくし》はコルレットからコップを受け取ると一口だけ含んでみる。

「んっ、これは……」

　土筆《つくし》は口にいれた瞬間、あまりの不味さに吐き出してしまう。

「おっ、気付いたっすか？」

　コルレットは土筆《つくし》の反応をみて問い掛ける。

「ああ……これは精製水なのか？」
「さすがツクっち、大正解っすよー」

　コルレットは土筆《つくし》の解答に満面の笑みで答えると説明を始めるのだった。

「ツクっちと水精霊ディネちゃんの相性が良すぎて、発現する水球に不純物が全く交じってないっすよ」

　コルレットはそう言いながら、水球から水を掬《すく》って口に含み、不味そうに目を瞑る。

「飲み水としては使えないっすねー」

　確かに、水の味は含まれるミネラルなどの不純物がもたらすので、不純物が一切入っていない水は苦みが強く飲み水とは適さない。
　
「だが、錬金術の素材としては最適だな」

　しかし、錬金術や料理の素材として使う水であればこれ程適した物はない。

「そうっすねー。ポーションなどで使われる水は何度も蒸留してるっすからねー。この水を瓶に入れて持っていけば高く売れると思うっすよー」

　コルレットは親指と人差し指を使ってお金のサインを作りながら、やらしい笑みを浮かべて見せる。

「……この子は本当に天使なのか？」

　土筆《つくし》はコルレットの余りにも世俗的な仕草を見て、思わず心の中で思った本音が漏れてしまうのだった……


　コルレットによる水属性についての基本的な講義が終わり、休憩を挟んで実用するための実技が始まった。

「今日はコルレットちゃんが付いてるっすから、遠慮なく魔力使っていいっすよー」

　コルレットは片腕で力瘤を作るポーズを見せると、その腕で土筆《つくし》の胸の中央を二回ほど軽く叩いた。

「あの岩を的に水球を飛ばしてみるっすよー」

　土筆《つくし》は水精霊ディネの力を借りて水球を作り出すと、コルレットが指差した岩に向かって飛ばす様に魔力を放つ。
　水球は一直線に岩めがけて飛んで行くと、岩肌に当たって四散する。

「こんなもんっす。次はユニークスキルで圧縮して飛ばしてみるっすか？」

　コルレットが検査用の魔道具で調べた結果、土筆《つくし》との名付け契約で水精霊ディナには体積操作のユニークスキルが発現していたのだった。

「そうだな……体積を減らして圧縮したら威力も上がるかもしれないな」

　土筆《つくし》は水精霊ディネに語り掛けて水球を作り出すと、それを圧縮させて先ほどの岩目掛けて放出する。
　放たれた水球は先ほどよりも速い速度で岩肌に到達するが、目に見えるような威力の差もなく四散する。

「うん……威嚇としては使えそうだけど、攻撃手段にはならないな」

　土筆《つくし》は腕を組みながら冷静に分析を行う。

「そうっすね。水魔法はどちらかと言うとサポート向けっすからねー」

　水属性の魔法には氷などの攻撃に利用できる魔法もあるのだが、土筆《つくし》が契約した水精霊ディネは今のところ攻撃的なスキルは持ち合わせていない。

「妖精さんも精霊さんも日々成長するっす。ディネちゃんは精霊になったばかりなのでこれからに期待っすよー」

　コルレットは水精霊ディネの気持ちを察したのか、ディネの頬部分を指先で撫《な》でながら笑みを浮かべるのだった。

「……コルレット。もう一つ試したいことがあるけどいいか？」

　頷きながらコルレットの話を聞いていた土筆《つくし》は、一つの可能性に閃きを感じたらしく声を掛ける。

「いいっすよ。魔力足りないならコルレットちゃんが供給するっす。慣れるまで幾らでも付き合うっすよー」

　土筆《つくし》はコルレットの言葉を聞いて感謝の言葉を告げると、意識を集中して水精霊ディネの力を借り小さな水球を作る。
　そのまま意識を集中し続ける土筆《つくし》は更に水精霊ディネのユニークスキルを発動し、水球を極めて薄い円柱の形になるように圧縮すると、そのままの状態で風妖精シフィーを召喚し、圧縮された水球内に水流を作り高速で回転させる。
　土筆《つくし》が的になっている岩に向け魔力を込めて放出すると、円盤状になった水球は高速回転を保ちながら猛烈な速度で岩に到達すると、岩肌を削りながら四散するのだった。

「おおっ、ツクっち凄いっす」

　一部始終を見ていたコルレットは岩に駆け寄って魔法の威力を確認すると、まるで自分の事のように大喜びする。

「いや駄目だな……魔力消費自体はそこまで多くはないが、発動までに時間が掛かるし威力も期待した程ではなかった」

　土筆《つくし》はウォータージェットと呼ばれる水流を利用して切断する原理を応用したのだが、回転速度が足りなかったのか岩の表面を削るだけで四散してしまったのである。

「ツクっち、何言ってるんすか？」

　コルレットは土筆《つくし》の言葉に呆れた表情を見せると、手招きをして岩まで来るように土筆を促す。

「岩をよく見るっすよー」

　土筆《つくし》はコルレットの言っている意味が今一つ理解できず、何があるのかと疑問に思いながら的にした岩をまじまじと見る。

「やはり、期待した程の威力はなかったようだ……」

　土筆《つくし》の放った水球は岩肌を鋭利に削っているものの浅く、岩に力負けして四散した事が窺えるのだった。

「違うっすよ。この岩を見るっすよ」

　コルレットは的になった岩に手を置くと、土筆《つくし》が放った水球で削れた部分ではなく、岩自体を見るように促す。

「この岩に何かあるのか？　すまん、全然分からない……」

　土筆《つくし》の言葉を聞いたコルレットはもう一度呆れた表情を見せると、土筆《つくし》に気付いて欲しかった事を告げるのだった。

「ツクっち。この岩は外壁の基礎に使われるような硬石っすよ」

　土筆《つくし》は拳で数回岩を小突いて見せるが、コルレットが伝えようとしている真意が読み取れない。

「確かに、他の岩と比べると硬いかもしれないな」

　真顔で呟く土筆を目の当たりにしたコルレットは即座にツッコミを入れる。

「いやいやいやいや、この岩は地竜の外皮よりも硬いっすよ？」

「……そうなのか？」

「そうっす。さっきツクっちが放った水球の威力なら大抵の魔物は真っ二つっすよ」

　コルレットは腑《ふ》に落ちなさそうに考え込む土筆《つくし》を見て一つの提案を試みる。

「ツクっち。あの岩に向かってもう一度やってみるっすよ」

　コルレットは建材として持ち込まれた岩ではなく、元々この地にあったであろう岩を指差す。

「……分かった、やってみる」

　土筆《つくし》はそう答えると、もう一度水球を加工してコルレットが指差した岩に向け発射する。
　土筆《つくし》が放った水球は、先ほどと同じように円盤状になって高速回転を保ちながら猛烈な速度で岩に到達すると、今度は四散する事なく岩の奥深くまで食い込むのだった。

「ツクっち、見たっすか？」

　コルレットは呆然と立ち尽くす土筆《つくし》に駆け寄って声を掛けると、土筆《つくし》の手を取り引っ張って行く。
　土筆《つくし》は自身の目で水球が衝突した箇所を確認すると、漸《ようや》く口元が緩むのだった。

「威力は申し分ないっすけど、実戦だと発動するまでの時間がネックになるっすね」

　土筆《つくし》はコルレットが指摘する問題点に頷くと、そこからちょっとした意見交換が始まる。
　話が進むに連れて話題はどんどんずれていき、やがていつもの雑談に変わって行くのだった。

「そう言えば……ゴトッフのテイム条件って角を折るんだっけ？」

　ゴトッフと言うのはメゾリカの街から東の森の崖に生息している山羊のような魔獣で、一匹の雄を中心にハーレムを作り集団で生活している。
　ゴトッフは魔獣と言っても無闇に人を襲ったりしない極めて温厚な草食魔獣で、毛織物の原料となる原毛やミルクを目的に多くの地域で酪農されており、この世界の人々にとっては身近な魔獣でもある。
　
「そうすっよ。基本的には力で捻じ伏せて頭に生えてる二つの角を折る事によって服従させるっす」

　コルレットは身振り手振りを交えて土筆《つくし》の質問に答える。

　コルレットが言うように、基本的に魔獣をテイムするには力の誇示が必要となる。
　それ故か、この世界の冒険者でテイマーと呼ばれる魔獣調教師は殆ど存在しない。
　自分よりも強い魔獣はテイムする事が極めて難しく、テイム自体も命懸けである。
　更にテイム後に必要になるコストまで考慮するならば、実用的な利点よりも欠点の方が多い。
　この世界でのテイマーとは主に畜産業を営んでいる者であり、彼らは魔獣から得られる副産物を出荷する事によって生計を立てている。

「後、テイムするには宣言魔法を使わないといけないっすから奇襲や騙し討ちは出来ないっす。ただテイム条件は達成さえすれば大丈夫っすよー」

　土筆《つくし》はコルレットから話を聞いて、ゴトッフをテイムする為の作戦を考えるのだった……