7 / 9
7.愛に溢れる世界
しおりを挟む
多くの水路が張り巡らされ、石造りの家屋が並ぶ街『アーテルダム』。
ピクトマンサーのユカと手乗り白竜のミカは、この街で紙芝居をして路銭を稼いでいる。
「ユカよ」
「なんですか?ミカさま」
「提案なのだが……今日は『愛』に溢れた話をしてくれぬか?」
「『愛』……ですか?」
ミカの唐突な申し出にユカは首を傾げる。愛、愛……あったかなあ、とユカは考えながら、一つとっておきの話があったことを思い出す。
「ありますよ、ミカさま。けっこう刺激たっぷりの、『愛』に溢れたお話が」
「そうか。それならそれを頼もうか」
愛に溢れた話なら変な方向に行くこともなかろう、とミカはうんうん頷いている。ユカはユカで、画用紙に魔法の絵筆でささっと、お話を描いていく。やるなら徹底的に描こう、そんなことを思うユカの瞳には微かに炎が浮かんでいた。
「今日の紙芝居は楽しみだな」
「えぇ、私の『愛』の物語、きっと大うけ間違いなしですよ!」
◇◆◇
あるところに、一人の魔法使いがいました。
その魔法使いは多くの魔法を修め、数々の偉業を成し遂げ、その名を知らぬ者は世界にいないと言うほどの使い手でした。
しかし、彼には悩みがあったのです。狂いと言っても良いでしょう。数々の偉業を成し遂げた彼の力はあまりにも大きく、暗殺に怯え、心無い言葉に恐れ、投げつけられる石に、心を痛めつけられていました。
そうした悪意や敵意を受け続けた彼は、『誰からも愛されていない』と狂いを大きくしていったのです。
「私は、世界を変えるほどの偉業をたくさん成し遂げた。それなのに、愛が足りない。私は誰からも愛されていない。世界は、私を愛してくれないのだ」
「なぜ、私には愛が訪れないのだろう。愛を受けられない私は惨めだ。存在している価値もない。愛さえあれば、誰か一人でも私を受け入れてくれれば、私は幸せになれるのに」
「世界は愛に溢れていると聞く。では、なぜ私には『愛』が訪れないのだ。そうか。分かった。私の思う『愛』と世界の言う『愛』が違うのだ」
『愛』を求めるあまり、彼は狂った答えに行き着きました。
『愛』の形を変える。そうして、彼はひとつの魔法を世界に向けて放ちました。
「これで、きっと世界は愛される」
彼が『愛』の形を変えた世界、そこでは悲鳴と狂気、そして血に溢れていました。
「あなたのこと、とても愛しているわ。だから、殺すわね」
「ぼくもきみのこと、愛しているよ。一緒に、殺し合おう」
「ぼうや、とても愛しているわ。これが愛の表し方なのよ。死になさい」
「おばあさん、わしも長年おまえを愛しておる。だから、そのすてきな細い首をおくれ」
彼の魔法は『愛』を『殺意』に変えました。
世界中の愛は殺意に変わり、深く愛し合っている二人は殺し合い、世界には愛の結晶として、死体、死体、死体、死体……死体がたくさん出来上がりました。
「世界の愛はこうして、私が受けた『愛』と同じになったのだ」
彼は深い満足を覚え、初めて自分のことを好きになった気がしました。自分で自分のことを、褒めてあげたくなったのです。
「私は、自分のことを、ようやく『愛せる』ようになった」
そう呟くと、偉大な魔法使いは、自らの胸をナイフで突きました。血が溢れ、冷たくなり、深い海の中に落ちていくような感覚……
「これが、愛なのだな。寒々しい」
こうして世界は、愛に包まれて滅亡へ向かっていったのです。
◇◆◇
「めでたし、めでたし」
「な、な、なにがめでたいと言うのだ!!」
ユカの後頭部を叩くミカは顔を真っ青にしている。愛に溢れる話を頼んだのはミカだ。念のためと思い、リハーサルをユカへ頼んでいたのだが、想像よりひどい展開にミカは頭を抱えた。
「ええ、愛に狂って最後に死んでしまう……これ以上の王道はありませんよ!」
「もう少し、こう、愛し合って、抱き合って、何かないのか、何か!」
「そう言われましても……私に恋や愛なんて分かりませんし……」
「ううむむむ……」
ユカの言葉にミカはこめかみをひくひくさせる。困ったものだが、叔母の仕打ちに耐えかねて、幼くして逃げたのがユカである。
(愛が分からないのも、仕方ないのかもしれないがなあ……)
「ひとまず、この話はお蔵入りじゃ。ほれほれ、さっさと次の紙芝居を作るのだ」
「ええー。ミカさま、それは横暴ですよ」
「いや! 今日は譲らんぞ! 我が良いと言うまでこの宿からは出さぬ!」
そうして、一日中、描き直されたお話は、なんとかミカの及第点をもらうことが出来るのであるが、それがお披露目されるのはもう少し先になるのであった。
ピクトマンサーのユカと手乗り白竜のミカは、この街で紙芝居をして路銭を稼いでいる。
「ユカよ」
「なんですか?ミカさま」
「提案なのだが……今日は『愛』に溢れた話をしてくれぬか?」
「『愛』……ですか?」
ミカの唐突な申し出にユカは首を傾げる。愛、愛……あったかなあ、とユカは考えながら、一つとっておきの話があったことを思い出す。
「ありますよ、ミカさま。けっこう刺激たっぷりの、『愛』に溢れたお話が」
「そうか。それならそれを頼もうか」
愛に溢れた話なら変な方向に行くこともなかろう、とミカはうんうん頷いている。ユカはユカで、画用紙に魔法の絵筆でささっと、お話を描いていく。やるなら徹底的に描こう、そんなことを思うユカの瞳には微かに炎が浮かんでいた。
「今日の紙芝居は楽しみだな」
「えぇ、私の『愛』の物語、きっと大うけ間違いなしですよ!」
◇◆◇
あるところに、一人の魔法使いがいました。
その魔法使いは多くの魔法を修め、数々の偉業を成し遂げ、その名を知らぬ者は世界にいないと言うほどの使い手でした。
しかし、彼には悩みがあったのです。狂いと言っても良いでしょう。数々の偉業を成し遂げた彼の力はあまりにも大きく、暗殺に怯え、心無い言葉に恐れ、投げつけられる石に、心を痛めつけられていました。
そうした悪意や敵意を受け続けた彼は、『誰からも愛されていない』と狂いを大きくしていったのです。
「私は、世界を変えるほどの偉業をたくさん成し遂げた。それなのに、愛が足りない。私は誰からも愛されていない。世界は、私を愛してくれないのだ」
「なぜ、私には愛が訪れないのだろう。愛を受けられない私は惨めだ。存在している価値もない。愛さえあれば、誰か一人でも私を受け入れてくれれば、私は幸せになれるのに」
「世界は愛に溢れていると聞く。では、なぜ私には『愛』が訪れないのだ。そうか。分かった。私の思う『愛』と世界の言う『愛』が違うのだ」
『愛』を求めるあまり、彼は狂った答えに行き着きました。
『愛』の形を変える。そうして、彼はひとつの魔法を世界に向けて放ちました。
「これで、きっと世界は愛される」
彼が『愛』の形を変えた世界、そこでは悲鳴と狂気、そして血に溢れていました。
「あなたのこと、とても愛しているわ。だから、殺すわね」
「ぼくもきみのこと、愛しているよ。一緒に、殺し合おう」
「ぼうや、とても愛しているわ。これが愛の表し方なのよ。死になさい」
「おばあさん、わしも長年おまえを愛しておる。だから、そのすてきな細い首をおくれ」
彼の魔法は『愛』を『殺意』に変えました。
世界中の愛は殺意に変わり、深く愛し合っている二人は殺し合い、世界には愛の結晶として、死体、死体、死体、死体……死体がたくさん出来上がりました。
「世界の愛はこうして、私が受けた『愛』と同じになったのだ」
彼は深い満足を覚え、初めて自分のことを好きになった気がしました。自分で自分のことを、褒めてあげたくなったのです。
「私は、自分のことを、ようやく『愛せる』ようになった」
そう呟くと、偉大な魔法使いは、自らの胸をナイフで突きました。血が溢れ、冷たくなり、深い海の中に落ちていくような感覚……
「これが、愛なのだな。寒々しい」
こうして世界は、愛に包まれて滅亡へ向かっていったのです。
◇◆◇
「めでたし、めでたし」
「な、な、なにがめでたいと言うのだ!!」
ユカの後頭部を叩くミカは顔を真っ青にしている。愛に溢れる話を頼んだのはミカだ。念のためと思い、リハーサルをユカへ頼んでいたのだが、想像よりひどい展開にミカは頭を抱えた。
「ええ、愛に狂って最後に死んでしまう……これ以上の王道はありませんよ!」
「もう少し、こう、愛し合って、抱き合って、何かないのか、何か!」
「そう言われましても……私に恋や愛なんて分かりませんし……」
「ううむむむ……」
ユカの言葉にミカはこめかみをひくひくさせる。困ったものだが、叔母の仕打ちに耐えかねて、幼くして逃げたのがユカである。
(愛が分からないのも、仕方ないのかもしれないがなあ……)
「ひとまず、この話はお蔵入りじゃ。ほれほれ、さっさと次の紙芝居を作るのだ」
「ええー。ミカさま、それは横暴ですよ」
「いや! 今日は譲らんぞ! 我が良いと言うまでこの宿からは出さぬ!」
そうして、一日中、描き直されたお話は、なんとかミカの及第点をもらうことが出来るのであるが、それがお披露目されるのはもう少し先になるのであった。
0
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
ファンタジー
「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
悪役断罪?そもそも何かしましたか?
SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。
男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。
あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。
えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。
勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる