紙芝居と小芝居で巡るファンタジーライフ

吉川緑

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7.愛に溢れる世界

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 多くの水路が張り巡らされ、石造りの家屋が並ぶ街『アーテルダム』。
 ピクトマンサーのユカと手乗り白竜のミカは、この街で紙芝居をして路銭を稼いでいる。


「ユカよ」

「なんですか?ミカさま」

「提案なのだが……今日は『愛』に溢れた話をしてくれぬか?」

「『愛』……ですか?」


 ミカの唐突な申し出にユカは首を傾げる。愛、愛……あったかなあ、とユカは考えながら、一つとっておきの話があったことを思い出す。


「ありますよ、ミカさま。けっこう刺激たっぷりの、『愛』に溢れたお話が」

「そうか。それならそれを頼もうか」


 愛に溢れた話なら変な方向に行くこともなかろう、とミカはうんうん頷いている。ユカはユカで、画用紙に魔法の絵筆でささっと、お話を描いていく。やるなら徹底的に描こう、そんなことを思うユカの瞳には微かに炎が浮かんでいた。


「今日の紙芝居は楽しみだな」

「えぇ、私の『愛』の物語、きっと大うけ間違いなしですよ!」


◇◆◇


 あるところに、一人の魔法使いがいました。
 その魔法使いは多くの魔法を修め、数々の偉業を成し遂げ、その名を知らぬ者は世界にいないと言うほどの使い手でした。

 しかし、彼には悩みがあったのです。狂いと言っても良いでしょう。数々の偉業を成し遂げた彼の力はあまりにも大きく、暗殺に怯え、心無い言葉に恐れ、投げつけられる石に、心を痛めつけられていました。

 そうした悪意や敵意を受け続けた彼は、『誰からも愛されていない』と狂いを大きくしていったのです。


「私は、世界を変えるほどの偉業をたくさん成し遂げた。それなのに、愛が足りない。私は誰からも愛されていない。世界は、私を愛してくれないのだ」

「なぜ、私には愛が訪れないのだろう。愛を受けられない私は惨めだ。存在している価値もない。愛さえあれば、誰か一人でも私を受け入れてくれれば、私は幸せになれるのに」


「世界は愛に溢れていると聞く。では、なぜ私には『愛』が訪れないのだ。そうか。分かった。私の思う『愛』と世界の言う『愛』が違うのだ」


『愛』を求めるあまり、彼は狂った答えに行き着きました。
『愛』の形を変える。そうして、彼はひとつの魔法を世界に向けて放ちました。


「これで、きっと世界は愛される」


 彼が『愛』の形を変えた世界、そこでは悲鳴と狂気、そして血に溢れていました。


「あなたのこと、とても愛しているわ。だから、殺すわね」

「ぼくもきみのこと、愛しているよ。一緒に、殺し合おう」

「ぼうや、とても愛しているわ。これが愛の表し方なのよ。死になさい」

「おばあさん、わしも長年おまえを愛しておる。だから、そのすてきな細い首をおくれ」


 彼の魔法は『愛』を『殺意』に変えました。
 世界中の愛は殺意に変わり、深く愛し合っている二人は殺し合い、世界には愛の結晶として、死体、死体、死体、死体……死体がたくさん出来上がりました。


「世界の愛はこうして、私が受けた『愛』と同じになったのだ」


 彼は深い満足を覚え、初めて自分のことを好きになった気がしました。自分で自分のことを、褒めてあげたくなったのです。


「私は、自分のことを、ようやく『愛せる』ようになった」


 そう呟くと、偉大な魔法使いは、自らの胸をナイフで突きました。血が溢れ、冷たくなり、深い海の中に落ちていくような感覚……


「これが、愛なのだな。寒々しい」


 こうして世界は、愛に包まれて滅亡へ向かっていったのです。


◇◆◇


「めでたし、めでたし」

「な、な、なにがめでたいと言うのだ!!」


 ユカの後頭部を叩くミカは顔を真っ青にしている。愛に溢れる話を頼んだのはミカだ。念のためと思い、リハーサルをユカへ頼んでいたのだが、想像よりひどい展開にミカは頭を抱えた。


「ええ、愛に狂って最後に死んでしまう……これ以上の王道はありませんよ!」

「もう少し、こう、愛し合って、抱き合って、何かないのか、何か!」

「そう言われましても……私に恋や愛なんて分かりませんし……」

「ううむむむ……」


 ユカの言葉にミカはこめかみをひくひくさせる。困ったものだが、叔母の仕打ちに耐えかねて、幼くして逃げたのがユカである。


(愛が分からないのも、仕方ないのかもしれないがなあ……)

「ひとまず、この話はお蔵入りじゃ。ほれほれ、さっさと次の紙芝居を作るのだ」

「ええー。ミカさま、それは横暴ですよ」

「いや! 今日は譲らんぞ! 我が良いと言うまでこの宿からは出さぬ!」


 そうして、一日中、描き直されたお話は、なんとかミカの及第点をもらうことが出来るのであるが、それがお披露目されるのはもう少し先になるのであった。

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