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5.解決
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「柴田さんと兎本さんに、話したいことがあります」
鳩山はリビングの中央、木製テーブルの前に立つ。
テーブルにいるのは柴田と服部。兎本は案の定、暖炉脇で丸椅子に座っている。
懸賞や、様々な理由で集められた人々。
最初にテーブルを囲んだ時から比べれば、ずいぶんと減ってしまった。
『目白 結衣』、『森由 秋沙』、『雀部 由恵』この三人は、いなくなった。
言うまでもなく、コテージで起きた殺人事件のせいで。
「このコテージで起きた殺人事件、その最後の犯行を防ごうと思っています」
「……どういうことだい?」
柴田が目を細めて、どこか不可思議そうな視線を向けてくる。
「順を追って説明しましょう。この場に残っているのは四人。服部と俺がこのコテージに来たのは偶然、」
鳩山は両手を広げて、柴田と兎本へ交互に視線を向ける。
「つまり、柴田さんと兎本さんのどちらかが、犯人ということになります」
「それは、何か証拠でもある話なのかい?」
丸椅子に座って手を組む兎本は前かがみになりながら、整った口元を歪める。
そう、この事件を解く上で最も重要なことは『証拠』だ。
真っ先にそこを突いてくる兎本は、理解しているのだろう。
犯人を特定する『証拠』や『矛盾』。この事件では、それがまだ存在しない。
もちろん、犯人がしっかり隠ぺい工作をしているのもあるだろう。
荒天で警察が来ていないために、証拠が見つかっていない可能性もある。
しかし鳩山は、多少の証拠があったところで意味がないと推理していた。
「兎本さんが気にしていることはわかります。犯人の思惑通りに進めば、恐らく、証拠や目撃者は、まったく存在しなかったでしょうね」
鳩山の言葉を聞いて、兎本は値踏みするように目を細める。
「だから、俺は最初に言ったんです。『犯行を防ぐ』と。……柴田さん、あなたは犯人ですか?」
「……何を馬鹿な」
「じゃあ、一般論として言いましょう。『自分と相手で二人きり。そこで殺人が起こる。自分が殺していないとすれば、殺したのは相手』……いかがですか?」
「ノーコメントだ」
そう言って柴田は大きなため息を吐く。明確な答えは口にしてくれない。
彼は木製テーブルの天面へ目を向け、迷うように目を閉じた。
「残っている人物は二人。その上で自分が犯人でないとすれば、相手が犯人。これは当然の帰結です」
柴田への質問は、簡単な確認だった。
『犯行を防ぐ』それは、事件の犯人を明らかにし、その企みを看破するものだ。
「……」
「これは、兎本さんから見ても、同じことが言えます。コテージに人の出入りは不可能。被害者が増えるほど、生存者は減っていく。同時に『犯人の候補者』も絞られていく」
鳩山の声だけが響く。柴田は目を閉じたままで、兎本も口を開かない。
「言い換えれば、必ず誰かが『犯人』に辿り着く」
「それじゃあ、犯人はどうやって逃げるのよ? じんくん」
服部が鳩山に訊ねる。
さすがは服部、いい質問だった。本題は、そこだ。
「そう、『犯人はどう逃げるのか?』それが次の犯行を防ぐキーワードだ。ここで、このコテージに集められた人物の名前を思い出してください。ただし、森由だけは、『森 由秋沙』の方、柴田さんは本名の『鵜飼 洋』で」
本来の招待客は五名だ。
『目白 結衣』、『森 由秋沙』、『雀部 由恵』、『鵜飼 洋』、『兎本 翔』
「名前に共通点があります。ラストネーム、つまり名前のイニシャルが『Y』で、なおかつ、鳥の名前が入っているんですよ。たった一人を除いて」
『目白』、『かるがも』、『雀』、『鵜』すべて鳥の名前だった。
ただ一人『兎本 翔』を除いて。
「わかりますよね。『兎本 翔』さん。あなただけが、そのどちらにも当てはまらない。あなたが、このコテージに人を集めた張本人ではないですか?」
鳩山は、ゆっくりと兎本へ視線を向ける。
整った顔立ちの人間が表情を凍らせていると、ひどく恐ろしい。
兎本は何を思っているのか読み取れなかった。
「……まるで俺のことを殺人犯にしたいように聞こえるが、証拠はあるのか?」
証拠、それを無視して鳩山は言葉を続ける。
「兎本さん、あんたがどういう理由でみんなを集めたのかはわからない。けどな、まずこれだけは言っておく。『森由 秋沙』を殺したのは、あんたの勘違いだ」
兎本が微かに目を伏せたように見えた。
「あんたは、森の名前を『森 由秋沙』だと思った。だからイニシャルにYが入るとして殺した」
鳩山は目に怒りを宿して兎本を睨みつける。もう、すべてわかっている。
兎本が拘っていたこと、『証拠』についても言及する。
「これまでの事件は、証拠があろうとなかろうと関係ない。そもそも、あんたの目的は、次の犯行をすることなんだろう。それ以外の犯行は、あんたにとって序章に過ぎないのさ」
そこで鳩山は一呼吸おく。
「だいたい、もし、あんたが本気で犯行を隠したかったのなら、イニシャルと鳥の法則に当てはまらない誰かをデコイとして入れるか、自分が殺された振りでもして、身を隠すはずだ」
『自分は犯人でない』その前提で生存者を見れば、『仲間外れ』は目立つ。
残りが四人では難しいかもしれない。事実、鳩山は残り三人(組)で見破った。
実際には、柴田も犯人は兎本だと思っていたに違いない。言わなかっただけだ。
「そう考えてわかったよ。あんたが狙っている『最後の犯行』それは、生存者が減ってきた時に引き起こす物で『妹の復讐』。そこに隠している、何かを使って行われる『生き残りをかけた椅子取りゲーム』だ!」
鳩山は兎本の定位置である暖炉を指さす。
最初に『目白 結衣』が殺された時を除けば、兎本はずっと暖炉の側にいた。
それは、暖を取る目的の他にも、『人を近づけないため』だったのだろう。
くっくっく、と兎本は邪悪な笑みを浮かべる。
「いやあ、なかなかの名推理だね。君の言う通り、ばれようがばれまいが、俺にとっては関係ないんだ。もちろん、あっさり白状する気もなかった。できれば直接手を下したいからな。だが、そろそろ気づいてくれないと、むしろ困る。雀部が死んで計算が狂ったが、俺は、お前らを醜く争わせたいだけだ。妹を見殺しにしたように、見殺しにされればいいんだ」
兎本は顔をひずませながら、ゆっくりと立ち上がる。
暖炉の煙突と壁のわずかな隙間から、金属製のスイッチの様なものを取り出す。
「さぁ、クイズの時間だ。このスイッチを押すと、コテージ周辺に仕掛けられた爆弾が爆発して、雪崩が起きる。こんなコテージはあっと言う間に雪の下敷きさ。危険を承知しても、スノーモービルに乗れるのは一人だけ。さぁ鵜飼……どうする? 俺の妹を見捨てたように、その二人を見捨てるのか?」
「やはりか……。君は……あの子のお兄さんなんだね……」
柴田はぽつりと呟く。
「あれは仕方なかったんだ。彼女も連れて行こうとしたが、無理だった。だから、彼女は自分から残ったんだよ。『私なら、滑って降りられるから』って……」
「知らないね。もうこれで終わりだ。俺は元よりここで死ぬつもりだった」
兎本がスイッチを高く掲げ、押し込む。『かち』と硬質な音がする。
しかし、起こるはずの爆発音は聞こえてこない。
鳩山はにやりと笑い、手を兎本へ差し向ける。
服部に一瞬でいいから鳩山を誘い出すよう頼んだのは、そのためだった。
「スイッチには細工をしている。もう犯行はできない。自首するんだ」
「ま、そうだよね。場所を知っていて取り換えないんじゃ、ただの馬鹿だ」
そういって兎本は、座っていた丸椅子の裏側から、新たなスイッチを取り出す。
「なっ……?!」
鳩山の顔が驚愕に大きくゆがむ。
もう一つ予備のスイッチを用意していることは、想像していなかった。
頭の中では、ここで観念して崩れ落ちるに違いないと想定していたのだ。
まずい、それだけが頭の中を巡る。兎本の用心深さを見誤っていた。
このままだと、全員が雪崩に巻き込まれてしまう。
「みんな、逃げろ!!」
「もう、遅いよ……」
その瞬間、強い恨みに光を失った兎本の目だけが、いやに目についた。
◇◆◇
(ようやく、事件が解決した……)
感想なんて他にあるだろうか。雀部はずずっと鼻をすする。
リビングを窓から覗き込んでいるが、寒くて鼻から氷柱が垂れそうだった。
ここに至ったきっかけは、もちろん柴田との短い会話の後だ。
部屋にこもった雀部は、シナリオとクリア条件を何度も思い出した。
しかし、いくら探そうとも助かりそうと思える道はなかった。
何をしてもルールに触れる気がして、あれも駄目、これも駄目とぺけを付けた。
最後の最後に残ったのは『隠れておくこと』これだけ。
言ってみれば、隠れてこそこそと事件の行く末を操作し続けたわけである。
(これも危なかったけどね。森由の雪だるまにヒントを入れたり、爆弾と燃料を使って死んだふりしたのを、自演と見破らなくて良かった)
偽装用の爆弾と燃料は、兎本が雀部を殺すために準備していた物を拝借した。
自分を殺すためと見れば物騒な代物も、コテージを壊すのには便利だった。
ひとつ問題があったとすれば、雪だるまの中がとても寒かったことだろう。
火だるまになるつもりはなかったので我慢したが、抜け出すのも大変だった。
(死んだのを装うって、けっこう難しい)
復讐に燃えていた兎本の立場に立てば、とても驚いたことだろう。
なにせ、自分でやっていない事柄が立て続けに起こったのだから。
まあ、驚いてもらうのは次が最後だ。
今、雪崩を起こそうとしている予備のスイッチ、あれは壊しておいた。
もちろん、外見ではまったくわからなかったことだろう。
(電子レンジに入れれば一瞬……と言う訳で)
リビングの中では、兎本が戸惑ったようにスイッチを何度も押している。
ミッション完了だぜ、と雀部は胸の奥で親指を立てた。
「小手―!」
気合を入れた麗しの女子高生『服部 瞳』
彼女は剣道の国体選手だ。あんなほうきでも、棒を持たせたら恐ろしかろう。
雀部は事件の終末を無事に見届け、生き延びたことにほっと胸を撫でおろす。
手に息を吐きかけて暖めながら、兎本が縛り付けられていくのを眺める。
「凍死する前で助かった。全く、さっさと解いてくれよな、名探偵は……」
ぐえっくしょん、と雀部は大きなくしゃみをして身体を震わせたのだった。
◇◆◇
「と、いう話を考えてみたのだけれど」
「却下。そもそも、何で俺が殺人鬼になってるんだよ!」
ここは、行きつけの駅前喫茶店。
落ち着いたBGMと湯気上がるコーヒーの香りがとても気に入っている。
目の前の人物――『兎本 翔』は大学のサークル時代で出会った腐れ縁だ。
私、『服部 瞳』の大学時代は『ミステリー研究会』に入り浸りだった。
「まあ、サークル時代の人たちを登場させて妄想させるのは悪くないと思うよ?ただ、自分を完璧ヒロインとか書いちゃう神経ってのは、もう少し細くした方が世のためだぜ」
「いいのよ。どうせ、あなたくらいにしか見せないのだから。それに……」
服部は思い出すように、光が差し込む喫茶店の窓から外を眺める。
「雀部さん……また会いたいなあ」
「……そうだね」
「あれからもう、二年くらい経つのかしら。冬の山……雪崩……」
「彼女の破天荒っぷりは、本当に忘れられないよ」
兎本の言いたいことはわかる。
そして、『また会いたい』そんな願いが、なんと儚い事か……。
今は、会えない場所にいる彼女。
雀部、服部、兎本の三人なら、何でもできる。どこへでも行ける。
そう、思っていたと言うのに……
「一足先に、行きすぎだよ……本当」
「あぁ……。何しにエレベスト登頂なんてしに行ったんだろうな……」
「ほんとだよ! 『私は冬山を極める女になるから』 じゃないっての! あーー、忌々しい。雀部の奴、実家が金持ちだからって……」
「口、口が悪いぞ」
雀部はけっこうな資産家の令嬢で、大学卒業後に勤めた会社を早々に辞めた。
彼女は典型的なお嬢とは程遠い、アクティブで型破りな奴だった。
もちろん、服部と兎本も多少おこぼれにあずかったことはある。
とはいえ、せいぜい雀部家所有のコテージに遊びいったくらいだ。
「今度、雀部にあったら、羽交い絞めにして、脇腹くすぐった挙句、頬っぺたぐにぐにして、ついでにスカートもめくってやるわ」
「はいはい。いつものじゃれ合いね」
「いや、兎本。あんたも手………………」
「面倒に………」
「……」
兎本と続く、他愛もないやり取り。
今は二人だが、また三人に戻れたらいいな。
どこか遠くで『ぐえっくしょん』という独特のくしゃみが、聞こえた気がした。
鳩山はリビングの中央、木製テーブルの前に立つ。
テーブルにいるのは柴田と服部。兎本は案の定、暖炉脇で丸椅子に座っている。
懸賞や、様々な理由で集められた人々。
最初にテーブルを囲んだ時から比べれば、ずいぶんと減ってしまった。
『目白 結衣』、『森由 秋沙』、『雀部 由恵』この三人は、いなくなった。
言うまでもなく、コテージで起きた殺人事件のせいで。
「このコテージで起きた殺人事件、その最後の犯行を防ごうと思っています」
「……どういうことだい?」
柴田が目を細めて、どこか不可思議そうな視線を向けてくる。
「順を追って説明しましょう。この場に残っているのは四人。服部と俺がこのコテージに来たのは偶然、」
鳩山は両手を広げて、柴田と兎本へ交互に視線を向ける。
「つまり、柴田さんと兎本さんのどちらかが、犯人ということになります」
「それは、何か証拠でもある話なのかい?」
丸椅子に座って手を組む兎本は前かがみになりながら、整った口元を歪める。
そう、この事件を解く上で最も重要なことは『証拠』だ。
真っ先にそこを突いてくる兎本は、理解しているのだろう。
犯人を特定する『証拠』や『矛盾』。この事件では、それがまだ存在しない。
もちろん、犯人がしっかり隠ぺい工作をしているのもあるだろう。
荒天で警察が来ていないために、証拠が見つかっていない可能性もある。
しかし鳩山は、多少の証拠があったところで意味がないと推理していた。
「兎本さんが気にしていることはわかります。犯人の思惑通りに進めば、恐らく、証拠や目撃者は、まったく存在しなかったでしょうね」
鳩山の言葉を聞いて、兎本は値踏みするように目を細める。
「だから、俺は最初に言ったんです。『犯行を防ぐ』と。……柴田さん、あなたは犯人ですか?」
「……何を馬鹿な」
「じゃあ、一般論として言いましょう。『自分と相手で二人きり。そこで殺人が起こる。自分が殺していないとすれば、殺したのは相手』……いかがですか?」
「ノーコメントだ」
そう言って柴田は大きなため息を吐く。明確な答えは口にしてくれない。
彼は木製テーブルの天面へ目を向け、迷うように目を閉じた。
「残っている人物は二人。その上で自分が犯人でないとすれば、相手が犯人。これは当然の帰結です」
柴田への質問は、簡単な確認だった。
『犯行を防ぐ』それは、事件の犯人を明らかにし、その企みを看破するものだ。
「……」
「これは、兎本さんから見ても、同じことが言えます。コテージに人の出入りは不可能。被害者が増えるほど、生存者は減っていく。同時に『犯人の候補者』も絞られていく」
鳩山の声だけが響く。柴田は目を閉じたままで、兎本も口を開かない。
「言い換えれば、必ず誰かが『犯人』に辿り着く」
「それじゃあ、犯人はどうやって逃げるのよ? じんくん」
服部が鳩山に訊ねる。
さすがは服部、いい質問だった。本題は、そこだ。
「そう、『犯人はどう逃げるのか?』それが次の犯行を防ぐキーワードだ。ここで、このコテージに集められた人物の名前を思い出してください。ただし、森由だけは、『森 由秋沙』の方、柴田さんは本名の『鵜飼 洋』で」
本来の招待客は五名だ。
『目白 結衣』、『森 由秋沙』、『雀部 由恵』、『鵜飼 洋』、『兎本 翔』
「名前に共通点があります。ラストネーム、つまり名前のイニシャルが『Y』で、なおかつ、鳥の名前が入っているんですよ。たった一人を除いて」
『目白』、『かるがも』、『雀』、『鵜』すべて鳥の名前だった。
ただ一人『兎本 翔』を除いて。
「わかりますよね。『兎本 翔』さん。あなただけが、そのどちらにも当てはまらない。あなたが、このコテージに人を集めた張本人ではないですか?」
鳩山は、ゆっくりと兎本へ視線を向ける。
整った顔立ちの人間が表情を凍らせていると、ひどく恐ろしい。
兎本は何を思っているのか読み取れなかった。
「……まるで俺のことを殺人犯にしたいように聞こえるが、証拠はあるのか?」
証拠、それを無視して鳩山は言葉を続ける。
「兎本さん、あんたがどういう理由でみんなを集めたのかはわからない。けどな、まずこれだけは言っておく。『森由 秋沙』を殺したのは、あんたの勘違いだ」
兎本が微かに目を伏せたように見えた。
「あんたは、森の名前を『森 由秋沙』だと思った。だからイニシャルにYが入るとして殺した」
鳩山は目に怒りを宿して兎本を睨みつける。もう、すべてわかっている。
兎本が拘っていたこと、『証拠』についても言及する。
「これまでの事件は、証拠があろうとなかろうと関係ない。そもそも、あんたの目的は、次の犯行をすることなんだろう。それ以外の犯行は、あんたにとって序章に過ぎないのさ」
そこで鳩山は一呼吸おく。
「だいたい、もし、あんたが本気で犯行を隠したかったのなら、イニシャルと鳥の法則に当てはまらない誰かをデコイとして入れるか、自分が殺された振りでもして、身を隠すはずだ」
『自分は犯人でない』その前提で生存者を見れば、『仲間外れ』は目立つ。
残りが四人では難しいかもしれない。事実、鳩山は残り三人(組)で見破った。
実際には、柴田も犯人は兎本だと思っていたに違いない。言わなかっただけだ。
「そう考えてわかったよ。あんたが狙っている『最後の犯行』それは、生存者が減ってきた時に引き起こす物で『妹の復讐』。そこに隠している、何かを使って行われる『生き残りをかけた椅子取りゲーム』だ!」
鳩山は兎本の定位置である暖炉を指さす。
最初に『目白 結衣』が殺された時を除けば、兎本はずっと暖炉の側にいた。
それは、暖を取る目的の他にも、『人を近づけないため』だったのだろう。
くっくっく、と兎本は邪悪な笑みを浮かべる。
「いやあ、なかなかの名推理だね。君の言う通り、ばれようがばれまいが、俺にとっては関係ないんだ。もちろん、あっさり白状する気もなかった。できれば直接手を下したいからな。だが、そろそろ気づいてくれないと、むしろ困る。雀部が死んで計算が狂ったが、俺は、お前らを醜く争わせたいだけだ。妹を見殺しにしたように、見殺しにされればいいんだ」
兎本は顔をひずませながら、ゆっくりと立ち上がる。
暖炉の煙突と壁のわずかな隙間から、金属製のスイッチの様なものを取り出す。
「さぁ、クイズの時間だ。このスイッチを押すと、コテージ周辺に仕掛けられた爆弾が爆発して、雪崩が起きる。こんなコテージはあっと言う間に雪の下敷きさ。危険を承知しても、スノーモービルに乗れるのは一人だけ。さぁ鵜飼……どうする? 俺の妹を見捨てたように、その二人を見捨てるのか?」
「やはりか……。君は……あの子のお兄さんなんだね……」
柴田はぽつりと呟く。
「あれは仕方なかったんだ。彼女も連れて行こうとしたが、無理だった。だから、彼女は自分から残ったんだよ。『私なら、滑って降りられるから』って……」
「知らないね。もうこれで終わりだ。俺は元よりここで死ぬつもりだった」
兎本がスイッチを高く掲げ、押し込む。『かち』と硬質な音がする。
しかし、起こるはずの爆発音は聞こえてこない。
鳩山はにやりと笑い、手を兎本へ差し向ける。
服部に一瞬でいいから鳩山を誘い出すよう頼んだのは、そのためだった。
「スイッチには細工をしている。もう犯行はできない。自首するんだ」
「ま、そうだよね。場所を知っていて取り換えないんじゃ、ただの馬鹿だ」
そういって兎本は、座っていた丸椅子の裏側から、新たなスイッチを取り出す。
「なっ……?!」
鳩山の顔が驚愕に大きくゆがむ。
もう一つ予備のスイッチを用意していることは、想像していなかった。
頭の中では、ここで観念して崩れ落ちるに違いないと想定していたのだ。
まずい、それだけが頭の中を巡る。兎本の用心深さを見誤っていた。
このままだと、全員が雪崩に巻き込まれてしまう。
「みんな、逃げろ!!」
「もう、遅いよ……」
その瞬間、強い恨みに光を失った兎本の目だけが、いやに目についた。
◇◆◇
(ようやく、事件が解決した……)
感想なんて他にあるだろうか。雀部はずずっと鼻をすする。
リビングを窓から覗き込んでいるが、寒くて鼻から氷柱が垂れそうだった。
ここに至ったきっかけは、もちろん柴田との短い会話の後だ。
部屋にこもった雀部は、シナリオとクリア条件を何度も思い出した。
しかし、いくら探そうとも助かりそうと思える道はなかった。
何をしてもルールに触れる気がして、あれも駄目、これも駄目とぺけを付けた。
最後の最後に残ったのは『隠れておくこと』これだけ。
言ってみれば、隠れてこそこそと事件の行く末を操作し続けたわけである。
(これも危なかったけどね。森由の雪だるまにヒントを入れたり、爆弾と燃料を使って死んだふりしたのを、自演と見破らなくて良かった)
偽装用の爆弾と燃料は、兎本が雀部を殺すために準備していた物を拝借した。
自分を殺すためと見れば物騒な代物も、コテージを壊すのには便利だった。
ひとつ問題があったとすれば、雪だるまの中がとても寒かったことだろう。
火だるまになるつもりはなかったので我慢したが、抜け出すのも大変だった。
(死んだのを装うって、けっこう難しい)
復讐に燃えていた兎本の立場に立てば、とても驚いたことだろう。
なにせ、自分でやっていない事柄が立て続けに起こったのだから。
まあ、驚いてもらうのは次が最後だ。
今、雪崩を起こそうとしている予備のスイッチ、あれは壊しておいた。
もちろん、外見ではまったくわからなかったことだろう。
(電子レンジに入れれば一瞬……と言う訳で)
リビングの中では、兎本が戸惑ったようにスイッチを何度も押している。
ミッション完了だぜ、と雀部は胸の奥で親指を立てた。
「小手―!」
気合を入れた麗しの女子高生『服部 瞳』
彼女は剣道の国体選手だ。あんなほうきでも、棒を持たせたら恐ろしかろう。
雀部は事件の終末を無事に見届け、生き延びたことにほっと胸を撫でおろす。
手に息を吐きかけて暖めながら、兎本が縛り付けられていくのを眺める。
「凍死する前で助かった。全く、さっさと解いてくれよな、名探偵は……」
ぐえっくしょん、と雀部は大きなくしゃみをして身体を震わせたのだった。
◇◆◇
「と、いう話を考えてみたのだけれど」
「却下。そもそも、何で俺が殺人鬼になってるんだよ!」
ここは、行きつけの駅前喫茶店。
落ち着いたBGMと湯気上がるコーヒーの香りがとても気に入っている。
目の前の人物――『兎本 翔』は大学のサークル時代で出会った腐れ縁だ。
私、『服部 瞳』の大学時代は『ミステリー研究会』に入り浸りだった。
「まあ、サークル時代の人たちを登場させて妄想させるのは悪くないと思うよ?ただ、自分を完璧ヒロインとか書いちゃう神経ってのは、もう少し細くした方が世のためだぜ」
「いいのよ。どうせ、あなたくらいにしか見せないのだから。それに……」
服部は思い出すように、光が差し込む喫茶店の窓から外を眺める。
「雀部さん……また会いたいなあ」
「……そうだね」
「あれからもう、二年くらい経つのかしら。冬の山……雪崩……」
「彼女の破天荒っぷりは、本当に忘れられないよ」
兎本の言いたいことはわかる。
そして、『また会いたい』そんな願いが、なんと儚い事か……。
今は、会えない場所にいる彼女。
雀部、服部、兎本の三人なら、何でもできる。どこへでも行ける。
そう、思っていたと言うのに……
「一足先に、行きすぎだよ……本当」
「あぁ……。何しにエレベスト登頂なんてしに行ったんだろうな……」
「ほんとだよ! 『私は冬山を極める女になるから』 じゃないっての! あーー、忌々しい。雀部の奴、実家が金持ちだからって……」
「口、口が悪いぞ」
雀部はけっこうな資産家の令嬢で、大学卒業後に勤めた会社を早々に辞めた。
彼女は典型的なお嬢とは程遠い、アクティブで型破りな奴だった。
もちろん、服部と兎本も多少おこぼれにあずかったことはある。
とはいえ、せいぜい雀部家所有のコテージに遊びいったくらいだ。
「今度、雀部にあったら、羽交い絞めにして、脇腹くすぐった挙句、頬っぺたぐにぐにして、ついでにスカートもめくってやるわ」
「はいはい。いつものじゃれ合いね」
「いや、兎本。あんたも手………………」
「面倒に………」
「……」
兎本と続く、他愛もないやり取り。
今は二人だが、また三人に戻れたらいいな。
どこか遠くで『ぐえっくしょん』という独特のくしゃみが、聞こえた気がした。
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無事何より良かったヨカッタ♪
(*´ω`*)
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