試情のΩは番えない

metta

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71 ぐずぐず

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 ディリエと試情のアルファは一足先に国に移送されることになり、騎士達も、護衛の少人数を残して国に帰っていった。
 襲われたフィアルカは大事をとって、しばらくシディムに滞在し、体調を戻してからゆっくり帰ろうとのことだ。それはフィアルカの身体を慮るだけではなく、小さな身体でリオルドと一緒にここまで来てくれたテオリアに無理をさせないためでもある。そういうことであれば、なんの異論もない。
 その間、リオルドはフィアルカを保護してくれた礼をしに行ったところや、これをきっかけにと申し出のあった、国同士の交流について話しているし、トラヴィスはフィアルカの発情を抑えてくれていた薬について、シディムの医師に調薬を習いに行っていて忙しそうだ。
 フィアルカは忙しくしている皆とは違い、何をするでもない。テオリアと一緒に貴人が泊まるような宿で、日がな過ごしている。シディム国では働いてるのが常だったので、雲の上にいるかのように現実味がない。ただただテオリアの重みが、フィアルカの気持ちを地につけてくれていた。

「テオ」

 フィアルカが名前を呼べば、テオリアはにっと笑う。以前は笑みは反射のようなものだったが、今は明らかに自分の意思で笑っていて、隙間からは生えかけの小さな歯が見えた。

「……テオリア、大きくなったね」
「う!」

 返事をするかのように勢いよく手を挙げるテオリアは、分かっているのかいないのか。しかしテオリアはリオルドに似て聡い気がするので、何となく分かっているような雰囲気がある。

「……見ててあげられなくて、ごめんね……」

 子どもは少し見ない間でも、すぐに成長していく。仕方なかったこととはいえ、それが見られなかったこと、見てあげられなかったことは悲しい。もう二度と会えないことも覚悟していたのに、こうしているとどんどん欲が出てきてしまう。

「私が、傍で見ていてもいいのかな……」
「いいに決まっている」
「リオルド様」

 「おかえりなさい」と言えば、「ただいま」と返ってくる。このやり取りも随分と久しぶりだ。こんな他愛のない言葉までもが夢のように、場をふわふわと落ち着きなく漂っている気がした。

「お疲れ様でした。いかがでしたか?」
「国交のほとんどない国だったからな……しかし改めて、よい人間ばかりでよかった」
「はい。本当に……」

 住むところや仕事を紹介してくれた役人や医者をはじめとして、この国の人達は皆フィアルカによくしてくれた。危ないところではあったが、そのお陰でリオルドとテオリアに再び会えたのだから感謝しかない。
 リオルドと話しているとトラヴィスもやって来て、フィアルカとテオリアを診てくれた。もうそろそろ普通の生活をしてもいいとのことだ。

「ただ、やっぱり帰るのはもう少し日を置いてからの方がいいかな……あと正直さ、君達は番になってから帰ってもいいんじゃないかって、僕は思うけどね」
「ええと……」
「それも1つの案ではある。フィアルカの命が狙われる可能性は上がってしまうのは本意ではないが、私が別の番を作るのもやぶさかでは無いと匂わせて、のらくら躱せばそれも……」
「それは……」

 フィアルカだけと番うのであれば、罪びとでなかったとしても王位の瑕疵となるので、王太子の立場に影響はない。しかしリオルドがフィアルカ以外に番を作るとなると話は別だ。フィアルカが番になることに反対しているだけなら作戦として有効かもしれないが、味方してくれている王太子と敵対してしまうのではと心配になる。

「あくまでふりだけで、フィアルカ以外に他に番など作りはしない。だから一度帰って不味いことになりそうなら、テオリア以外の他を捨ておいて、番になって欲しい」

 それでも他に番を作る気がないと判断されれば、結局同じことの繰り返し。
 自分の存在は結局、重荷で負担だ。そう思えば、自分の気持ちに自覚はあっても、やはり簡単に頷くことはできなかった。以前も「いつか」としか言えなかったが、今はもっと言えなくなってしまった気がする。

「気持ちの整理がつかない状態で番になれと言うのは申し訳ないが、私もそこは譲れない」

 本心は頷いて手を取ってしまいたい。でもやっぱり怖気付いてしまう。申し訳ないのはそんな自分の方だ。罪びとだと思っていた以前とはまた違う理由で、なんとも言えず、そんな自分が情けなくて仕方がない。
 結局諸々は平行線のままだった。

「うーん……フィアルカもずっと閉じこもってたし、狭い部屋で真面目な話ばかりもあれだし、3人で街歩きでもしてきたら? 陽の光を浴びると、少し気分も変わるかもしれないし」

 そんな2人を見かねたのか、じっと黙っていたトラヴィスがそんなことを言い出す。だがそんな気分にはなれない。きっとリオルドもそうだろうとフィアルカは思ったが、リオルドはそうでもないようだった。

「そうだな」
「え?」
「せっかくの外つ国だ。トラヴィス殿の言う通り、ずっと閉じ籠っていてもいい考えは浮かばないし、フィアルカは説得できないし……なら、一時休戦ということで。フィアルカ、街を案内してくれ」
「え、え?」

 面食らっているフィアルカをよそに、リオルドは日に焼けないよう日除けの羽織を着て、テオリアにも同じように着せている。もう既に行くしかない雰囲気になっていて、フィアルカも戸惑いながら着てはみるものの。

「あの……」
「フィアルカを探すために、国でも街を歩いてみていたのだが、そういう目的ではなく、普通に街歩きをしてみたいとは思っていたからちょうどいい」

 真剣な話から一転、子どものようにほんのりはしゃぐ雰囲気のリオルド。以前とは逆に、フィアルカがリオルドに陽のもとへ連れ出される形になる。

「歩きながらだと重いだろう。病み上がりのようなものだし、テオは私が抱いているから、フィアルカは街を案内してくれ」
「は、はい」

 こうなればフィアルカの方が多少土地勘はあるので案内するしかない。
 戸惑ったままではあるが、断る理由もない……とフィアルカは歩くともなしに歩き始めた。
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