試情のΩは番えない

metta

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「帰れない?」
「……私は、罪びとのオメガで」
「それは冤罪だったんだ」
「……そんなこと、」

 冤罪とは一体どういうことか。何を言っているのか、フィアルカは一瞬分からなかった。
 思わず否定の言葉を言おうとして、寸前で何とか飲み込んだ。
 以前リオルドはフィアルカの話を聞いて、「赦すのは私のすべきことではない」「ともにどう生きるかを考えるのかというのが私のすべきことだと思う」と言ってくれた。そんなリオルドが今さら根拠もなく、フィアルカを言いくるめるために冤罪を主張するとは考えにくい。この場にトラヴィスがいることも、それに関係していると考えれば、嘘ではない気がする。にわかに信じ難いが、リオルドのことは信じたい。

「……あの、一体、どういうことなのでしょうか……?」

 色々考えて、何とか言葉を変えて質問を返した。フィアルカは捕まった時から情報が止まっている。どのみち話を聞いてみないことには、何も分からない。

「そもそも何故リオルド様とテオリアが……それに、トラヴィス先生まで……」

 そう問えば、リオルドはハッとしている。思いもよらなかったようなその顔を見るに、リオルドもフィアルカほどではないにしろ、混乱しているのかもしれない。

「……それは、そうだ。何も説明していなかったな。……フィアルカ、体調は大丈夫か」
「大丈夫です。むしろ今のまま、訳の分からない状態では、休める気がしません」
「はは、違いないね」

 気づけば部屋にはトラヴィスだけが残っていて、寝台に腰掛け話し始めた。トラヴィスの話にリオルドが補足を、リオルドの話にトラヴィスが補足をする形で説明がなされていく。
 結論から言えば、トラヴィスは最初に説明してくれたとおり番うのが上手くいかない者の治療をしており、依頼があっても、番となる当人の意思が確認できないものは、全て断っていたのだという。

「それで、そのお断りした人達の中に、公爵閣下やディリエさんの番がいたと……」
「そう。その時点で色々恨みを買ってしまった上に、公爵が試情のアルファを買い取って、トラヴィス医師の真似事をし始めた」

 しかし、トラヴィスとは違って、公爵は当人の意志を無視して番を――自身の派閥や政略のために、事故と変わらない番を作っていた。そうなれば、ディリエのように当人の意思に反して、番にされたと声が上がるのは当たり前だ。トラヴィスとフィアルカは、その罪をすべて擦り付けられたのだと。

「酷い……」

 冤罪と聞いて、もしかしたら望まない番になった者はディリエ以外いなかったのではと、一瞬淡い期待を抱いたフィアルカが馬鹿だった。自分に罪を擦り付けられたことよりも、そちらの方に怒りが湧いてしまう。そして怒りは自分にも向いていた。

「……私は先生に騙されたと思っていました……申し訳ありません」
「いや、僕は君に詳細を何も教えていなかったし、いきなり騎士団に捕まったりしたら、騙されたって思って当然だよ。巻き込んでしまって、ごめんね」
「いえ……先生の疑いが晴れて、本当によかったです」
 
 命を救ってもらい、花街に売られるのも阻止してくれた恩人なのに、信じきれなかったのが申し訳ない。
 そんなフィアルカの心うちなどお見通しなのだろう。トラヴィスは気にするなと笑った。

「それに加えてさ、公爵の娘――身を投げたって言われてたオメガの子が僕に頼んで番にして貰ったって、公爵に嘘を吐いた。それで大揉めして、娘は駆け落ち」
「……えっ…………駆け落ち?」
「身投げしたと言われていた娘は、他国の王族に嫁がされる予定で、ずっと反発していたそうだ。親の意向を無視して好いたアルファと番になったが、公爵に番のアルファを消されそうになったため、駆け落ちしたのだと。それを公爵が身投げしたと嘘を吐いた」

 娘に逃げられ、子が思う通りにならなかった公爵がトラヴィスに自分のした罪を制裁を加えようとした。加えて娘を政略に使えなくなったことから、今度は庶子の子をどうにかリオルドの番に収めようと考え、フィアルカの排除に動いたのだと。

「身投げなんて嘘っぱちだから、本人は至って健康。本当にとばっちりだよ」
「トラヴィス医師のせいだという誤解はあったかもしれないが、娘が自分の意思で好いた相手と番になり、駆け落ちしたことを、公爵は知っていた。身投げではないと知っていながら、嘘でフィアルカを脅したんだ。自分のもう1人の子を、私の番にするために」
「そういう理由、だったとは……」
「ああ。だから――」
「……でも、私が相応しくないというのはまた、別の話です。私のようなものが傍にいては、」

 身を投げた不幸なオメガがいなかったことはよかった。
 ただ、公爵の意図や真実を抜きにしても。

「だって、リオルド様は……」

 公爵は自分の子をリオルドの番にするために、フィアルカを排除しようとした。それは間違いないのだろう。けれどフィアルカに何も瑕疵がない訳ではない。
 たとえ冤罪だったとしても、疑われるようなことをしていた。知らずとはいえ、危ない橋を渡っていた。そもそも放逐された身分も何もない人間である。容姿は多少よいかもしれないが、ただ、それだけ。ディリエのように能力が高いわけでもない。
 公爵ほど身分の人間がそこまで子を番にすることに固執するとなると、いくらフィアルカが世間知らずで疎くても分かる。リオルドの身分は公爵と同等以上――恐らく、王族だ。
 とても相応しいとは思えない。

「王子殿下、なんですよね……」
「……」

 無言は恐らく肯定だ。なら、一緒にいられるわけがない。
 これが最後かもしれないと、フィアルカはそっとテオリアを抱き締めた。

「王になる可能性だって……」
「私は王になどならない」

 リオルドは静かに言った。

「いや、正確にはなれないというべきか。フィアルカがいなくなって、よくわかった。祭り上げられ、ただお飾りの王になるだけなら、なれるかもしれないが、そんなものにはなりたくない」

 静かだが、揺るぎがなかった。

「だからという訳ではないが……王位を継ぐ候補から外れるのも、ひとりしか番を作らないことも承諾は得る。子も、番との間にしか作らないことも。だから――」

 ”番”と口にすると同時に、リオルドは一旦言葉を止めて、フィアルカを見つめる。

「一応、念のために聞くが。私が嫌で消えたり、帰ってこなかったのではないな?」
「それは」

 それは絶対にありえない。
 フィアルカは自分の存在が2人の足枷になるのではと、心のどこかでずっと悩んでいた。だからテオリアが人質に取られたことは、ある意味渡りに船でリオルドの元を去った部分もある。たとえ国に戻れたとしても、フィアルカが戻れば2人にどんな不利益があるか分からない。遠くから一目見て、去ることを選ばなければならないと思っていた。
 しかし、その考えを正直に答えてしまうことが、果たして正しいのか。それとも「嫌で消えた」と嘘を吐くべきか。そう思えば、言葉は出口をなくしてフィアルカの中で迷子になってしまう。

「相応しいか相応しくないか、ではなく。私を好いているかそうでないか、で答えてくれ。その答えをくれるのなら、不本意ではあっても、納得するしかない」
「……」

 フィアルカは何かを口にしようとしたが、ぐっと喉に詰まって何も出てはこなかった。代わりに目から涙がぼたぼたと零れ落ちる。言えない。答えることができない。それが答えだ。

「……ずるい……」

 やっとのことで出てきたのは、子どものような詰りの言葉だった。しかし狡いなどと詰ったが、本当に狡いのはフィアルカだ。
 罪びとだから、相応しくないからと理由をつけて、諦め、去る理由にしようとしていた。リオルドはそれを分かっている。だからそのこと自体を直接は責めず、フィアルカの逃げ道を塞ごうとしている。

 落ちた涙がテオリアのつむじに落ちて、慌てて払うが涙は止まらない。これ以上落ちないように顔を背けようとすれば、リオルドはそんなフィアルカを、テオリアごと抱き締めた。
 
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