ヒガリルは口が悪い

菫川ヒイロ

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「あの女、どういうつもりなんだ! まったく、この俺を誰だと思っているんだ!
 どうして俺じゃない! あそこで選ぶのは俺に決まっているだろうが! 
 なのに、なのにどうして俺じゃないんだ! 」


 俺にはまったく理解ができなかった。
 
 
「そもそもだ、俺は貴族なんだぞ? そんな俺よりも平民の男を選ぶなんて事が
 ありえるのか? 」
 
 
 実際、ありえてしまった訳だが。それでも俺は言いたいのだ。
 
 
「どう考えたってだな、俺を選ぶだろ? 女は俺を選ぶのが普通、いや絶対なんだ
 よ! それなのに、あの女。少しばかり容姿が良いというだけで、何を勘違い
 しているのか知らないが、自分の立場というものが理解出来ていないんだ! 」
 
 
 嗚呼、思い出しただけで腹が立つ。
 
 
「何が『貴方じゃ私には不釣り合いよ』だ! そんな事をどの口が言う! 
 俺の価値がどれだけのものなのかが分からないなど、どんな頭をしているんだ!
 そんなふざけた事をよくもまあ言えたものだ! 」
 
 
 どうしてやろうか? あの女。それに、あの男もだ!
 
 
「たかが平民風情が、この俺を見下したような顔して」


 こんな屈辱的な事があるだろうか?
 
 
「こうなれば父上に言って……おい、聞いているのか? 」


 俺は御側付きのメイドに言えば。
 
 
「え、ああ。ごめんごめん。あまりにも退屈で、意識が飛びそうだったわ」


 そんな事をいうメイドを俺は怒鳴りつける。
 
 
「ヒガリル! お前って奴はどうしてそうなんだ! 」


「いやだってさ、そりゃそうだって! どう考えたってあっちを取るよね。
 坊ちゃんの取り柄なんて貴族って事ぐらいじゃないですか? それも坊ちゃん
 自身というよりも家柄って事ですしね。坊ちゃん自身に何の魅力もないんだから
 完敗ですよ」
 
 
 このメイド、とにかく口が悪い。
 
 
「ヒガリル。俺はお前の主人だぞ? 分かっているのか? 」


「はあ、まあ、今はそうですかね? でも基本的に私は旦那様にお仕えしている
 のでね、坊ちゃんの事は旦那様からちゃんと躾けるように言われているんですよ。
 だから私はその言いつけを守っているだけなんですが、ご不満ですか? 」
 
 
「あああ、当たり前だろ! 」


「そうでしたか。それでは坊ちゃま、まずはこの鏡をご覧下さい」


 ヒガリルは姿見を俺の前に持って来た。
 
 
「どうですか? 」


「何がだ! 」


「見たら分かるでしょ? この顔、この体系、何処に魅力があると言うのですか?
 口にする事すら憚られますよ! まったく、この不細工が! 気分が悪い」
 
 
「お、お前! 」


「私、言いましたよね? 痩せて下さいと。何度も何度も」


「否、そんな事は言っていない。さっさと痩せろデブと言ったんだ、お前は」


「そうでしたか、それはそれは。そう言ったにも関わらず、痩せていないのはどう
 いう事なのか、私に分かるように説明してくれませんか? 坊ちゃんがモテたい
 と下卑た顔で言うので、私、教えてやったでしょ? デブはモテないぞって」
 
 
「否、てめぃみたいなのは痩せても変わらないが、まずは痩せてみろって言った」


「そうだったかな? それで? 痩せたんですか? 痩せてないよね。そりゃあ
 そうだよな、毎日毎日あんなに大量に食べ散らかして、餌を食ってるブタみたい
 でしたよ。恥ずかしい」
 
 
「そんなに言わなくていいだろ! 腹が減るんだから仕方が無いじゃないか! 」


「泣きながらそんな事を言われても私には通用しませんよ? そもそも泣きたいの
 はこっちの方なんですからね! 早くご主人様の元でお役に立ちたいのに、この
 まま坊ちゃんが変わらないと私もずっとこのままなんです。まったくもってどう
 して私がこんな役目をしないといけないのか? もっと他に適任の人が居たと思
 うのですがね? 嗚呼、もう面倒臭いな」
 
 
 お前はその口の悪さで選ばれたんだと言ってやりたいが、俺は言わない。
 
 
「さっさと痩せないと結婚なんて無理ですよ? 」


 それにしてもヒガリルは口が悪い。
 
 
 
 






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