タグ売りの婆

菫川ヒイロ

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「タグはいらんかね~ 」


 今日も婆はタグを売って歩く。
 その曲がった腰に似合わず、移動速度は速い。
 
 
「タグはいらんかね~ 幸せになりたくはないんかね~ 」


 婆が声を上げるがなかなか買ってくれ人が見つからないので、仕方なく自分から
 人を捕まえに行った。
 
 
「お嬢ちゃん、タグはいらんかね? 」


「大丈夫です。ご心配なく」


「お兄ちゃん、タグはいらんかね? 」


「間に合ってるよ」


 声をかけた相手にことごとく断られてしまう。
 どうしてこんな世の中になってしまったのか? 婆が若い頃はもっと、みんな
 飛びついて来たのに……
 
 
「時代が変わってしまったのかの」


 そんな事を考えていると目の前をひ弱そうな子が通り過ぎると、婆はすぐに
 反応した。カモを逃すなんて事が婆に出来る訳がないのだ。
 
 
「お嬢ちゃん、タグはいらんかね? 」


「ごめんなさい、お婆さん。私にはその」


「何か困ってはおらぬか? タグがあればすぐに問題解決じゃ。どのタグがええ?
 何でもあるぞ。恋愛に異世界に婚約破棄。ハッピーエンドなんてどうじゃ? 」
 
 
 彼女の話など聞きはしない。婆はここは強く行くべき所なのだと、長年の経験で
 察知した。
 
 
「ほら、つけてみい。みんな寄ってこようが」


「そんな私、まだ始まったばかりなのに、ハッピーエンドなんて、そんな事は無理
 です」
 
 
 押してはみたが、なかなかに強い。見誤ったか? とも思ったが、今までの自分
 の勘を信じていってみる。
 
 
「なあに、そんな事は気にせんでもええ。みんなつけとるよ。お前さんだけやない
 からつけたらええんや。幸せになりたいんやろ? ほらほら、若い者が遠慮なん
 ぞせんでええじゃ。つけろつけろ」
 
 
 婆は無理やりタグをつけようとしたその時
 
 
 ピピー!!!!
 
 
 笛の音が聞こえた。
 
 
「ちょっと何してるのお婆ちゃん。そんな事しちゃあ駄目だよ? 貴女もちゃんと
 断らないといけないよ? 全く、え~と、14時23分、現行犯で逮捕です」
 
 
 そうして婆は憲兵に捕まった。
 
 
 
 
 *****
 
 
 
 
 捕まったとはいえ、婆はすぐにここから出してもらえると思っていた。
 自分がやった事など大したことではないと思っていたから。
 でもなかなか出してもらえず、予想が外れた。
 
 
 そして、裁判の判決が下る。
 
 
「懲役400年です」


「なんで!」


 婆は知らなかった。
 タグを売る事が重罪に変わっていた事を。
 そして婆は刑期を全うする事なくあの世に旅立った。







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