婚約を破棄します

菫川ヒイロ

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 私はとある小さな国に生まれた。
 その国は何があると言う訳では無かったが、とても過ごしやすい風土であったし
 そして何より国民が皆、一丸となって暮らしており、それはこの国を治める王族
 もまた同じであった。
 
 
 だから私とロイズ王子はお互いの身分の差など感じる事無く育った。
 共に肩を並べて、食事をし、遊び、学んで、時には怒られて成長した二人が
 やがてお互いを異性として意識しあうようになったのはいつ頃だったか?
 
 
 そして私達は婚約をした。
 皆もそれを喜んでくれ、私達の未来はこの空のように澄み切っていると疑っては
 いなかったのに、それは突然訪れた。
 
 
 隣国からの宣戦布告である。
 この国は大国同士の間に挟まれた緩衝地帯であり、どちらの国にも属す事は
 無くやって来たが、そのバランスが崩れようとしていた。
 
 
 戦えばすぐに吹き飛んでしまうようなこの国にはもう選択肢は無かった。
 もう一つの大国と手を結ぶという選択はこの国を、国民を守る為には仕方がなく
 それは王子が大国の姫と婚姻を結ぶ事で成り立つのだ。
 
 
「婚約を破棄します」


 私からロイズに言ったのは、彼の苦しむ姿を見たくは無かったから。
 彼の事は私が一番知っている。彼の優しさを一番近くで感じてきたのだから、
 そんな彼がもう苦しまないでいいようにしたかった。
 
 
 そして何より、自分の気持ちにけじめをつける為に言ったのだ。
 もう振り返りはしない為に自分から言う事が私には必要だった。
 自分で決めたという事実がこれからの私の支えだ。
 
 
「はい」


 ロイズが了承してくれたので私はすぐに部屋を出た。
 彼が口を強く結んでいるのが見えてしまったら、これ以上部屋には居れない。
 これ以上彼の側に居てはきっといろんなものがこぼれてしまう気がした。
 
 
 空を見上げれば、あんなに澄み切っていた空が滲んで見える。
 彼との思い出が、今まで過ごして来た沢山の思い出が、どんどん溢れ出て来て
 しまって困った。
 
 
 街を歩けば、彼の面影が見えてしまって……涙が止まらなかった。
 皆が私を心配そうに見つめるが、今日だけは許して欲しかった。
 泣きながら歩く事を、恋が終わった今日だけは。
 
 
 
 
 
 *****
 
 
 

 
 ロイドが大国の姫と婚約してから、何も無かった街並みは少しずつ変わって
 いったけど、今日も空は澄み切っている。
 
 
 
 
 
 
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