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「貴様との婚約を破棄する」


 私は堂々と言ってやった。
 当然だ私は貴族である。
 その私が言うのだから当然、威厳をもっていなくてはいけない。
 
 
 だから満足していた。
 自分のやっている事に間違いなどがある訳がなく、
 これで素晴らしい人生が待っているのだと確信していた。
 
 
「少しお時間よろしいですか? 」
 
 
 だからその男が突然現れた時にはむっとしたし、
 礼儀知らずのその男をすぐにでも始末してやろうとも思ったが、
 ここは貴族としての余裕を見せてやる事にした。
 
 
「なんだね君は、急に現れて。どういうつもりだ」


「すいません。お話の方が耳に入ってしまったものでして、ええ。
 私、こういう者でして」
 
 
 男が差し出した名刺を読む。
 
 
「ライフデザインプランナー? 」


「はい、そうなんです。私、皆様によりよい人生を歩んでもらう為に、いろいろと
 アドバイスなどをさせてもらっております。そこでですね、お客様が今回、
 婚約破棄をなさるようなのですけども、お間違いはございませんか? 」
 
 
「ああ、そうだが。それが何か? 」


「はい、ありがとうございます。それではですね、今回、婚約破棄をなさるという
 事ですけれども、その場合のお客様がこちらのですね、婚約者様にですね、
 お支払いされる金額の方はご存じだったでしょうか? 」
 
 
「支払う? 私がか? どうして私がこの女に金を払わないといけないのだ! 」


 突然現れて、一体この男は何を言っているのか訳が分からなかった。
 
 
「貴方、何も知らないのね」


 私は笑われた。婚約破棄した女に、笑われた。
 
 
「ご説明させてもらいますね。お客様のお父様は婚約者様のお父様から借り入れ
 されておりまして、今回の婚約破棄によって借り入れた全額を返済される事に
 なります。そう致しますと、このような金額になりますが、確認の方よろしい
 でしょうか? 」
 
 
 出された紙に書かれた金額を私は何度も確認した。
 
 
「おいおいおい。嘘だろ? こんな金額払える訳ないじゃないか! 」


 こんな金額、私の人生全てを使っても払いきれるか……
 これでは私のこれから人生が台無しじゃないか!
 
 
「ええ、ですので私ども方でこちらの金額を肩代わりさせて頂きます」


「おお、そうなのか! 」


 突然の助け舟。
 
 
「はい、お客様により良い人生を歩んでもらう為でございます。
 それでですね、お客様におすすめしたいプランはこちらのプランをおすすめ
 させてもらいますね」
 
 
 紙には新生活応援プランと書かれていた。
 
 
「なんだこれは? 」


「お客様はには新しい生活を送って頂く事になります。
 お住まいはこちらの方になり、ご主人さまはこちらのマドリノ様です」
 
 
 見事な屋敷の写真と醜い写真を見せられる。
 
 
「マドリノだと! ふざけるな! どうして私があんな奴の所で暮らさないと
 いけないのだ! お前は知らないのかあの頭のイカレたババアの事を! 」
 
 
「お客様、そのような言葉遣いは困ります。これからお世話になるのですから
 気をつけて頂かないと、こんなに好条件で受け入れて下さる方はそうそう居ない
 んですから」
 
 
「嫌だ! 絶対に嫌だ! 」
 
 
 あのババアの事を知っている者なら拒否するに決まっている。
 
 
「そんな事言われましても、後はこれくらいしかありませんよ。
 リスバ伯爵とゴリビ伯爵のダブルぐらいですかね、これでも足りないので
 後は誰かいたかな~ 」
 
 
 その名前を聞いて私は決めた
 
 
「婚約破棄は無かった事にしてくれないか? 」


 もう貴族だとかそんなものどうでもいい。
 恥も外聞も関係ない、私にはもうそれしか選択肢がなかった。
 
 
「どうかお願いします」


 私は人生で初めて頭を地面に擦り付け、声を震わして懇願した。
 死ぬにしても人として死にたい。
 そう思うと涙が止まらなった。
 
 
「嫌よ、貴方となんて二度と御免よ! 」


 私の人生がその瞬間に確かに終わった。
 もう涙は枯れ果てていた。
 
 
 
 
 

 
 
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