上 下
1 / 1

しおりを挟む





「もう終わりにしましょう」


 彼女からそう言われた時に、すんなりと受け入れられたのはきっとこれが本物で
 は無かったからなのだろう。そう、きっと彼女は僕の運命の相手ではなかった。
 
 
「ああ、そうだな」


 だから妙に落ち着いていたし。逆にそれがしっくり来すぎていてここから何か
 あるんじゃないかと警戒してしまった。
 
 
「止めないのね。でも分かっていたわ、貴方がきっとそう言うだろうって事はね。
 私は貴方と居て楽しかったのよ? でも貴方は違っていたみたいね。
 ごめんね、こんな女で……」
 
 
「ああ、そうだな」


 俺は今、彼女の言葉よりも周りの動きに意識が行っていた。
 
 
 例えば、あそこで新聞を広げている紳士。
 あれはもしかしたら、彼女の関係者? かもしれない。
 今もあの新聞紙に開けた小さな穴からこちらの様子を伺っていて、何かあれば
 すぐに動けるようにしているのかもしれない。
 
 
 例えばそこのカップルだってそうだ。
 もしかしたら彼女の親戚かもしれない。
 ああやって談笑しているようにみせてこちらの会話に聞き耳を立てているのかも
 しれないのだ。
 
 
 だとすれば、あのボーイはどうだろうか?
 彼は彼女に密かに思いをよせていて、俺の事をあまりよく思っていないのかも
 しれない。そんな彼だ、俺にこうして簡単に近づけるチャンスに何もしないなんて
 事があるだろうか?
 
 
 という事はどうなるんだ?
 このお茶の中に何かしらの薬物が混入しているのではないだろうか?
 そうやって俺をどうにかしようと狙っているのかもしれない。
 
 
 俺はカップの中を見る。
 お茶は確実に注がれた時よりも減っていた。
 
 
 どうしよう?
 何だか気分が優れないけどこれはもしかして……一服盛られたか?


「なあ。俺、もしかして死ぬの? 」


 もしそうだとしたら、もう手遅れかもしれないが、俺は彼女に素直に聞いた。


「はあ? 何言っているのよ急に! 意味わかんないわよ……何? 何? 
 私と別れるのがそんなに嫌なの? 死んでしまうくらい?
 ならもっと私の事を大事にしなさいよ、馬鹿! 」
 
 
 彼女は俺にグラスに入っていた水をぶっかけた。
 
 
「俺は……」


 俺は彼女にどうして水をかけられたのが全く理解出来なかったが、でもこれは
 俺が望んでいた刺激だった。
 
 
 彼女と居ても何もインスピレーションが沸かなかった。
 俺はずっと退屈だったんだ、ただ同じ事が繰り返される日常に。
 でも今それは解消された。
 
 
「結婚しよう」

 
 それが俺がこの刺激から導き出した答えだった。
 
 
 
 
 




しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...