お前しかいない

菫川ヒイロ

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 最近の俺は乗りに乗っていた。
 始めは最悪だった映像部での活動も、すでに俺の独り舞台と化していた。
 もはや、俺の為にあるような部活だった。
 
 
 それにあの渡辺さんとも最近なんだかいい感じだ。
 向こうも好意を持っているようで、会話もスムーズだ。
 これはとうとう俺の時代が来てしまったのかもしれない。
 
 
 まあ当然と言えば当然の結果なのだろうが、
 流石、小暮洋と言った所だろうか。
 
 
「最近俺、筋トレ初めてさ」


「筋トレ? 」


「そう、ほら力こぶ」


 俺は袖をめくって筋肉アピールしてみたり
 
 
「そうそう、これ見た? 」


「いいえ」


 俺は有名女優のインタビュー記事が載っている雑誌を貸してみたり
 と俺達の関係性はどんどん進んで行った。
 そうしてようやく撮影が全て終わったその日、
 俺は渡辺さんをお茶に誘う事に成功したのだ。
 
 
 
 
 *****
 
 
 

「それでさ   とかあって  でも俺が    」


 私はぼんやりと撮影が今日で終わった事を考えていた。
 
 
「だから  コーヒー   ラップ     」


 そして違和感に気づいた。
 私の前にポンコツがいて、何かペラペラと喋っているのだ。
 おかしな事があるのものだ、あるはずがない幻想でも見ているのか?
 
 
 私はおかしくなってしまったのだろうかと考えると
 「心配するな、元からだ」と虹子の声が聞こえ、私は正気に戻る。
 
 
「帰る」
 
 
 私はそう言うと、すぐに席を立って店を出た。
 
 
「えっ、えっ? 」


 ポンコツが焦っていたがそんな事ははどうでもいい、本当にどうでもいいのだ。
 重要なのは私がどうしてポンコツと一緒に居たかという事だけで
 それ以外はどうでもいい。
 
 
 だからとりあえずここから一秒でも早く離れる為に走った。
 方向など気にする事もなく、限界まで走った。
 ぜえぜえと息をしながらも止まらずに走り続けて、
 気づいたら知らない場所に居た、随分遠くへ来たものだ。
 
 
「さて、どうしますか」


 まずは落ち着く事が大事だ、息を整えながら来た道を戻る。
 我ながら馬鹿な事をしたものだ、でもあの瞬間はこれが正解だった
 のだから今更どうしようない。
 
 
 それにしても、いくら歩いても何処かわからない私はさすがに焦って来た。
 「高校生にもなって迷子とか無いわ」と思っていたら知り合いに
 出くわし、私は思わず名前を呼んでしまった。
 
 






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