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新工場F棟

秋沢の決意

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 やがて本社であるC棟に到着する。

 美しいエントランスホールに高いソファ。
 総合案内所には会社一の美女達が配属される。

 C棟に作業部屋はない。
 営業部や貴賓室、二階には入社式の時のパーティー会場、仮眠室と言うなの連れ込み部屋。

 他社の人間が来ても傍目には美しい企業というわけだ。他社の人間が通される打ち合わせ用の会議室、社長室などである。

 三階の会議室へとエレベーターで向かう。

 集まったメンバーはいつも通り。
 各現場の課長、そのお付の係長か主任、そして上座にいる部長、次長。

 それぞれに、仕事の状況を報告。
 上役は書類を確認をしながら次の流れを指示する。

 続き秋沢、F棟の報告。
 現状、散々な結果を苦い思いで報告する。

 皆いい顔をしていない。
 誰もが行きたかったF棟の新事業、新しい巣穴。
 新参で努力もなく課長になったヤツ、と言う凍りつくような空気。

 言い訳は出来ない。

 しかし経験者が秋沢だけでは、流石に無理がある。せめて研修期間は設けるべきだったのだ。
 F棟は初日から突然大口の生産台数の多い仕事を仕向けられた。
 初心者ばかりの状態で一体どうしろというのか。

 そこで切り込むように佐伯が割って入ってきた。

「よし、じゃあ出来なかった仕事は下請けにまわしましょう」

 技術組は同意。
 中立組も無言の同意。

 しかし、冬野は納得いかない。
 引き抜きで来たくせに、やっぱり出来ませんなんてどういう事だ、と。

 まるで子供の駄々だ。
 自分が行きたかった新事業。
 いちゃもんつけてさっさと椅子を明け渡せと。


 暫く押し問答が続く。
 秋沢も秋沢で、全く引かない。

「図々しい事を承知でお願いがあるのですが」

 秋沢の提案。

「引き抜きしたい人間がいるんです。
 俺よりも技術的に優れていて、夜勤も出来る。
 昼は俺が現場を守り、夜はその人間に任せたいのです」

 秋沢がここへ来てからまだ一ヶ月、しかも実績は未達成。
 流石にみんな苦い顔だ。

 さぁ。お前の出番だよ。佐久間。

「私も、現状のままでは、この先に不安があります!
 秋沢の言うことは最もです」

 そう、それでいい。

 これには思わず、冬野の腰が浮く。

「お前ぇ、何馬鹿な事を言ってるんだ!」

 佐久間は縁故組である。何故、技術組の秋沢のに従うのか。
 面白くない。

「おい!」

 冬野はそのまま佐久間の前に来ると、自分の前に立たせる。

「分かってんな?」

「……っはい」

 まずは顎。
 冬野の拳が入る。

 呻き声と共に佐久間が沈む。

 追い打ちをかける蹴り。
 そのうち、冬野の取り巻き達も寄って集って佐久間をサンドバッグにし始めた。

 中立組は退席。
 秋沢は呆然としていたが、仲裁しようと席から離れる。

「な、何をしてるんだ!」

 そこを私が秋沢の腕を掴む。離さない。

「おい琴乃!」

 混乱している秋沢が私を見下ろす。

(見ていて下さい。誰と誰がつるんでいるのか。
 この会社で何が起こっているのか。
 派閥争いの末、裏切り者のは何があるのか。
 何故F棟の社員はあの面子になったのか………)

「………!」

 秋沢はドサリと椅子に落ちた。

「ここは……いつもこうなのか……?」

 やっぱり知らなかったんだ。

 会議は誰かを血祭りにあげる魔のイベント。ターゲットは毎回、冬野の気分で変わる。

「おーい琴乃!」

 佐伯が私を呼ぶ。

「佐久間を病院へ連れて行ってくれ。
 ほら、続きを始めるぞ!
 冬野君、一旦離れるんだ!」

「クソが!」

 秋沢に書類を纏めて渡し、取り敢えず佐久間に歩み寄る。

「佐久間さん、立てますか?」

「……………っ……………っ……!」

 自力で歩けないほどだった。
 結局、社内電話で現場の係長を呼び、三人係で新聞紙を敷き佐久間を乗せる。

 その頃ようやく会議が終わり、秋沢が息を切らしながら私の車に走ってきた。

「秋沢さん、新しい引き抜きさんはどうなりましたか?」

「通った。今は無職の奴だから、来月までには入社できる。

 そんな事より、救急車じゃないのか?
 集団リンチだ、警察に………」

 一旦、ドライブに入れたギアをパーキングに戻す。

「秋沢さん、だからこそF棟にはあなたが必要です。こんな小さな町にも警察署があります。
 病院に行っても、これはロボットアームにぶつかっただけの、個人的な怪我です。

 既に社長の手の内なんですよ。

 秋沢さんがそれをやれば、明日の朝イチに首が飛びます」

「そんなっ…馬鹿な!……クソっ!!!!」

 運が無いね。

 こんなところに引き抜きで来るなんて。
 ウィンドウを上げると、私は側にある我が社の契約病院『錦総合病院』に向かった。

 佐久間は一週間入院となった。

「秋沢さん。ただいま戻りました」

「あ、ああ。琴乃……」

 秋沢が目の前に来てすぐ、潔く頭が下がる。

「え!!!!?」

「上司である自分が取り乱しすまなかった!」

「ちょっ!やめてくださいよ!」

 確かに生産予定にトラブルがあれば責められて当然。叱責など、他の会社でも同じだろう。

 でも、ここはそんな理由ではない。
 ソレを理由に理不尽な暴行をする。会議の本来の目的である。

「………。正直に言うと、これでおしまいじゃないんです。
 来月にも会議の度に誰かが犠牲になるんです。
 今回は佐久間部長だっただけです。冬野さん側の人ですから、反感を買ったんですよ」

「ああ。今、佐伯さんに聞いたよ…」

 仕事も順調、可愛らしい奥様に2人の子宝、夢のマイホーム、そこへ来た引き抜きの話かぁ。

 それが蓋を開けりゃこの状態。
 後悔しきれないでしょ?
 この様子だと、やはり秋沢は中立派になってしまうか…?

 しかし顔を上げた秋沢の眼光は鋭く、怒りと責任感に満ちていた。

「こんなもの!何が会議だ馬鹿馬鹿しい!
 俺は絶対に屈しない!」

 ヤル気だ。
 佐伯の人選は間違いなかったんだな。
 大丈夫だ、まだ戦える。

「佐伯次長には全然聞いてなかったんですか?」

「全くニヤニヤするだけで全然だぁ。やられたな………あの人昔からうまいんだよ!」

「そうなんですか?はは……!」

 あぁ。でもなんだろう。
 冬野と違って秋沢は温かみが有るな。
 人間くさいというか、上手くやって行ける気がする。

 F棟に来れて良かった。
 正解だったんだ。
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