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第5章
69.始まりの狼煙
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(だから念話して来たのかしら)
他の神にはこの話を聞かれたくなかったのかもしれない。
《私にできることであれば。けれど、フルード様がやり残されたことであれば、ランドルフ君かルルアージュちゃんに託された方が良いのでは?》
《あの子たちには生前頼んでみたのですが、即答で断固拒否されました》
(えっ!?)
苦笑混じりに返された言葉にギョッとする。あの父親大好きっ子たちが速攻拒否する事とは何なのか。
《私がやり残したことの一つ目は、妻が男装を解く瞬間を見ることです》
イステンド家に生まれた娘は、31歳の誕生日を迎えると男装を解くのが慣例だ。だが、アシュトンはそうしなかった。フルードがいなくなった後も気力を保っていられるためにと、自分の意思で解かなかったという。
《二つ目は、子どもたちが成人する姿を見ること。ですが、これらはアマーリエに託すつもりはありません》
《ですよね》
思わず頷いてしまうアマーリエだった。アシュトンの男装はいつ解くか分からない。彼女の寿命も残り数年しかないのだから、もしかしたら昇天する瞬間まで解かないかもしれない。
何より、アシュトンが男装を解く瞬間も、ランドルフとルルアージュの成人式も、その日時さえ共有しておけば、フルードが天界から地上を視る形で見守ることができる。何ならその時だけ単発で降臨しても良い。わざわざアマーリエに委任する必要はないはずだ。
《アマーリエにお願いしたいのは、別のことなのです。繰り返しますが、引き受けるか否かと、何をどこまでするかはあなたの一存です。全て自由にして下さい。そして何より、まずは自分のことを優先して下さい。余裕と余力があれば考えてみる、という程度で結構です》
《分かりました。まずは内容をお聞かせいただけますか?》
(もしかして、後援していたという福祉分野の……孤児関係かしら?)
彼の生い立ちを鑑みて推測しつつ、返事を待つ。
《そうですね、失礼しました。私がやり残し、あなたに託したいことは――》
そうして述べられた内容を聞き、アマーリエは思わず眼差しを遠くした。
(ああ……それはランドルフ君とルルアージュちゃんが断るわけだわ)
《…………現時点では何とも言えませんが、可能な限り善処してみます》
《その返事だけで十分です。本当に無理はしなくて良いですから》
《はい》
直後、神威の粒子が降り注いだ。新たな大神官を認め、歓迎し、その第一歩を祝福する狼煙だ。最後の最後でまさかのお願いをぶっ込んで来たフルードと視線で挨拶して念話を切ると、小さく頭を振って意識を切り替える。
(色々ありそうだけれど……いえ、十中八九あるだろうけれど、乗り切ってみせるわ。私は焔神フレイムの愛し子にして妻なのだから)
最愛の神の名を唱えた瞬間、不安や恐れ、重苦しさと言った負の念が嘘のように薄らいだ。夫の名はアマーリエにとって万能薬であり特効薬だ。いつでもどこでも、唱えるだけで助けてくれる、最強無敵の呪文。
(フレイム)
もう一度フレイムを見ると、煌々と輝く双眸が力強く頷いた。
《ユフィー、自分を信じろ。己の中に決して揺らがぬ芯を持て。自身の翼を誰にも奪わせるな。誠心を抱いて飛び続けろ、魂の鼓動が指し示す先へ。――お前ならできる。やれる。乗り越えられる。大丈夫だ、俺が付いてる》
紅蓮の神威が愛撫するように全身を取り巻くのを感じ、自然と唇が綻んだ。
《ありがとう、フレイム》
(ええ、大丈夫。私は大丈夫。だってあなたがいてくれるから)
左手の指輪が熱く鼓動する。交差する眼差し、絡まり合う愛念。決して解けぬそれが自分たちを変わらず結び付けているのを感じながら、アマーリエは紅葉色の神威を上へと放ち、深く低頭して神々に応えた。
(あなたと共になら、私はどこにだって飛んで行けるわ)
かくして、大神官アマーリエ・ユフィー・サードは、ここに、その正式な一歩を踏み出した。
他の神にはこの話を聞かれたくなかったのかもしれない。
《私にできることであれば。けれど、フルード様がやり残されたことであれば、ランドルフ君かルルアージュちゃんに託された方が良いのでは?》
《あの子たちには生前頼んでみたのですが、即答で断固拒否されました》
(えっ!?)
苦笑混じりに返された言葉にギョッとする。あの父親大好きっ子たちが速攻拒否する事とは何なのか。
《私がやり残したことの一つ目は、妻が男装を解く瞬間を見ることです》
イステンド家に生まれた娘は、31歳の誕生日を迎えると男装を解くのが慣例だ。だが、アシュトンはそうしなかった。フルードがいなくなった後も気力を保っていられるためにと、自分の意思で解かなかったという。
《二つ目は、子どもたちが成人する姿を見ること。ですが、これらはアマーリエに託すつもりはありません》
《ですよね》
思わず頷いてしまうアマーリエだった。アシュトンの男装はいつ解くか分からない。彼女の寿命も残り数年しかないのだから、もしかしたら昇天する瞬間まで解かないかもしれない。
何より、アシュトンが男装を解く瞬間も、ランドルフとルルアージュの成人式も、その日時さえ共有しておけば、フルードが天界から地上を視る形で見守ることができる。何ならその時だけ単発で降臨しても良い。わざわざアマーリエに委任する必要はないはずだ。
《アマーリエにお願いしたいのは、別のことなのです。繰り返しますが、引き受けるか否かと、何をどこまでするかはあなたの一存です。全て自由にして下さい。そして何より、まずは自分のことを優先して下さい。余裕と余力があれば考えてみる、という程度で結構です》
《分かりました。まずは内容をお聞かせいただけますか?》
(もしかして、後援していたという福祉分野の……孤児関係かしら?)
彼の生い立ちを鑑みて推測しつつ、返事を待つ。
《そうですね、失礼しました。私がやり残し、あなたに託したいことは――》
そうして述べられた内容を聞き、アマーリエは思わず眼差しを遠くした。
(ああ……それはランドルフ君とルルアージュちゃんが断るわけだわ)
《…………現時点では何とも言えませんが、可能な限り善処してみます》
《その返事だけで十分です。本当に無理はしなくて良いですから》
《はい》
直後、神威の粒子が降り注いだ。新たな大神官を認め、歓迎し、その第一歩を祝福する狼煙だ。最後の最後でまさかのお願いをぶっ込んで来たフルードと視線で挨拶して念話を切ると、小さく頭を振って意識を切り替える。
(色々ありそうだけれど……いえ、十中八九あるだろうけれど、乗り切ってみせるわ。私は焔神フレイムの愛し子にして妻なのだから)
最愛の神の名を唱えた瞬間、不安や恐れ、重苦しさと言った負の念が嘘のように薄らいだ。夫の名はアマーリエにとって万能薬であり特効薬だ。いつでもどこでも、唱えるだけで助けてくれる、最強無敵の呪文。
(フレイム)
もう一度フレイムを見ると、煌々と輝く双眸が力強く頷いた。
《ユフィー、自分を信じろ。己の中に決して揺らがぬ芯を持て。自身の翼を誰にも奪わせるな。誠心を抱いて飛び続けろ、魂の鼓動が指し示す先へ。――お前ならできる。やれる。乗り越えられる。大丈夫だ、俺が付いてる》
紅蓮の神威が愛撫するように全身を取り巻くのを感じ、自然と唇が綻んだ。
《ありがとう、フレイム》
(ええ、大丈夫。私は大丈夫。だってあなたがいてくれるから)
左手の指輪が熱く鼓動する。交差する眼差し、絡まり合う愛念。決して解けぬそれが自分たちを変わらず結び付けているのを感じながら、アマーリエは紅葉色の神威を上へと放ち、深く低頭して神々に応えた。
(あなたと共になら、私はどこにだって飛んで行けるわ)
かくして、大神官アマーリエ・ユフィー・サードは、ここに、その正式な一歩を踏み出した。
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