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第6章
37.一柱目の容疑者
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◆◆◆
『焔神様、お越しいただき光栄に存じます。アマーリエも、来てくれて嬉しく思うぞ』
広大な面積を誇る神殿の一室で、灰銀の神が目を細める。狼神の神域にある建造物は、外観も内部の部屋も一つ一つが大きくだだっ広い。おそらくこの巨躯のためだろう。
「フルード様と地上での思い出をお話ししている内に、互いの主神の話題になりまして。私も狼神様の御姿が懐かしくなり、まかり越しました次第にございます」
神に対する礼を取ったアマーリエは、にこやかに告げる。隣ではフレイムも澄まし顔で目礼していた。
『ゆっくりして行っておくれ。……ところでセインは何をしておるのだ?』
賓客席に隣り合って腰掛けるフレイムとアマーリエ。その正面の主神席では、狼神がリラックスした様子でゆったりと横座りしている。その狼神の周囲で、フルードがふかふかの巨体をあちこちモフモフモフモフまさぐっていた。
『体のどこかに隠しているのではないかと……いえ、何でもないです。アマーリエと話している時に、ハルア様の毛がモフ……柔らかくて手触りが良いという話になったのです』
「そ、そうなのです。フレイムの髪がサラサラで、ブラシ通りが良いという話題から派生してですね」
アマーリエの夫でありフルードの兄であるフレイムは、双方にとって共通の話題だ。話中に彼が出て来ること自体はおかしくないが……。
『……絶対もっと良い言い訳があったろ。つか毛の中には隠さんだろさすがに』
フレイムが口の中で呟くが、声量が小さすぎて誰にも届かない。
「ところで狼神様。次の高次会議ですが、やはり帰還賛成に票を入れられるのですか?」
アマーリエはズバッと切り出した。太古の神を相手に言葉遊びが通用するとは思っていない。迂遠な言い回しでぼかすくらいなら、はっきり聞いた方が良い。
『当然であろう。もしや私を懐柔しに来たのか?』
含み笑いを漏らす狼神は、しかし、怒りや不快感は欠片も見せていない。深く優しい双眸でアマーリエたちを眺めている。
「そのようなつもりは毛頭ございません。ただ、帰還と継続が同数で拮抗していますから、高位神のご意向が気になっております」
『ふふ……聖威師には聖威師の想いがあろうが、それは神側も同じ。帰還か継続か、あるいは表決放棄か。各々が考え、時に悩み迷い、それぞれの答えを出すであろう』
静かな声が諭すように降り落ちた時、念話網が展開された。
《焔神様、アマーリエ、セイン様、聞こえますか》
《ローナ。何かありましたか?》
《委任状の件で新事実が判明しました。今しがた共有領域でミンディたちと会い、挨拶されたので応じたところ、狼神様に御礼を申し上げたいと相談を受けたのです。先だって、委任状の書き方を教えてくれたそうです》
え?
委任状が配布された直後、記入方法の一部に不明点があったミンディたち5人は、先達の聖威師に聞こうと話しながら共有領域を歩いていたそうだ。そこで狼神と会ったという。会話を聞いていたらしい狼神は、緊張で固まるちびっ子たちを優しく宥め、親切に書き方を指南してくれたそうだ。
その時はろくに礼も言えなかったことを気にして、どうにかまた会えないかと思案していたらしい。そこに、先代神官長であり、狼神の愛し子フルードの妻であるアシュトンが通りかかったので、これ幸いと相談した。
《そんなことがあったのですか。確認してみます》
「狼神様。今、アシュトン様から念話をいただいたのですが……」
アマーリエは急いで狼神に確認した。委任状が失くなったことは伏せ、アシュトンから聞いた話だけを伝える。灰銀の神はあっさりと頷いた。
『ああ、教えたぞ。私は帰還賛成派――はっきり言えば強硬派であるが、それはそれとして聖威師の権利は重んじている』
長大な尾がヒュンと振られ、軽い音と共に空気を切る。
『挙手にせよ委任にせよ、自らの意を表明することは神格を持つ者が有する権利。それは正当に行使されなくてはならぬ。己の意思で放棄を決めるのは構わぬが、行使したいと思っているにも関わらずそれができぬ状態になることは好ましくない』
だからミンディたちを助けたのだと語る瞳は、些かも揺らぐことなくアマーリエを見据えていた。空色がかった灰銀の気品に引き込まれそうになる。この言が本心ならば、狼神は委任状を掠め取ったりなどしないだろう。
『私は当然のことをしたまで。礼など不要である。どうしてもというならば、今度一緒に茶でも飲もうと伝えておくれ。子どもが好きそうな菓子をセインに聞いておこう』
《ユフィー、セイン、アシュトン。多分だが、委任状を持ち去ったのは狼神様じゃねえ》
黙って皆の様子を見守っていたフレイムが口を挟んだ。
《狼神様は強硬派だが、実際に強引な手段を取ることはない。相手の心と尊厳、権利を重視する。そうでなきゃ、ラミルファがセインを愛し子として託すはずがない。……いつかみたいに、暴れ神とかとんでもない奴の脅威が迫ってて、聖威師たちが廃神の危機に瀕してるとかの非常事態なら別だけどな。今回はそうでもないだろ》
コソ泥のような真似をして委任状をくすねることは考えにくいという。
《では、残るは――》
アマーリエは陰鬱な溜め息を吐き出した。彼の神にスムーズに会うには、悪神に協力してもらった方が良い。頼みやすい悪神は何柱かいるが、その中でもパッと思い浮かぶのは二柱。一柱はアリステル、もう一柱は――
『焔神様、お越しいただき光栄に存じます。アマーリエも、来てくれて嬉しく思うぞ』
広大な面積を誇る神殿の一室で、灰銀の神が目を細める。狼神の神域にある建造物は、外観も内部の部屋も一つ一つが大きくだだっ広い。おそらくこの巨躯のためだろう。
「フルード様と地上での思い出をお話ししている内に、互いの主神の話題になりまして。私も狼神様の御姿が懐かしくなり、まかり越しました次第にございます」
神に対する礼を取ったアマーリエは、にこやかに告げる。隣ではフレイムも澄まし顔で目礼していた。
『ゆっくりして行っておくれ。……ところでセインは何をしておるのだ?』
賓客席に隣り合って腰掛けるフレイムとアマーリエ。その正面の主神席では、狼神がリラックスした様子でゆったりと横座りしている。その狼神の周囲で、フルードがふかふかの巨体をあちこちモフモフモフモフまさぐっていた。
『体のどこかに隠しているのではないかと……いえ、何でもないです。アマーリエと話している時に、ハルア様の毛がモフ……柔らかくて手触りが良いという話になったのです』
「そ、そうなのです。フレイムの髪がサラサラで、ブラシ通りが良いという話題から派生してですね」
アマーリエの夫でありフルードの兄であるフレイムは、双方にとって共通の話題だ。話中に彼が出て来ること自体はおかしくないが……。
『……絶対もっと良い言い訳があったろ。つか毛の中には隠さんだろさすがに』
フレイムが口の中で呟くが、声量が小さすぎて誰にも届かない。
「ところで狼神様。次の高次会議ですが、やはり帰還賛成に票を入れられるのですか?」
アマーリエはズバッと切り出した。太古の神を相手に言葉遊びが通用するとは思っていない。迂遠な言い回しでぼかすくらいなら、はっきり聞いた方が良い。
『当然であろう。もしや私を懐柔しに来たのか?』
含み笑いを漏らす狼神は、しかし、怒りや不快感は欠片も見せていない。深く優しい双眸でアマーリエたちを眺めている。
「そのようなつもりは毛頭ございません。ただ、帰還と継続が同数で拮抗していますから、高位神のご意向が気になっております」
『ふふ……聖威師には聖威師の想いがあろうが、それは神側も同じ。帰還か継続か、あるいは表決放棄か。各々が考え、時に悩み迷い、それぞれの答えを出すであろう』
静かな声が諭すように降り落ちた時、念話網が展開された。
《焔神様、アマーリエ、セイン様、聞こえますか》
《ローナ。何かありましたか?》
《委任状の件で新事実が判明しました。今しがた共有領域でミンディたちと会い、挨拶されたので応じたところ、狼神様に御礼を申し上げたいと相談を受けたのです。先だって、委任状の書き方を教えてくれたそうです》
え?
委任状が配布された直後、記入方法の一部に不明点があったミンディたち5人は、先達の聖威師に聞こうと話しながら共有領域を歩いていたそうだ。そこで狼神と会ったという。会話を聞いていたらしい狼神は、緊張で固まるちびっ子たちを優しく宥め、親切に書き方を指南してくれたそうだ。
その時はろくに礼も言えなかったことを気にして、どうにかまた会えないかと思案していたらしい。そこに、先代神官長であり、狼神の愛し子フルードの妻であるアシュトンが通りかかったので、これ幸いと相談した。
《そんなことがあったのですか。確認してみます》
「狼神様。今、アシュトン様から念話をいただいたのですが……」
アマーリエは急いで狼神に確認した。委任状が失くなったことは伏せ、アシュトンから聞いた話だけを伝える。灰銀の神はあっさりと頷いた。
『ああ、教えたぞ。私は帰還賛成派――はっきり言えば強硬派であるが、それはそれとして聖威師の権利は重んじている』
長大な尾がヒュンと振られ、軽い音と共に空気を切る。
『挙手にせよ委任にせよ、自らの意を表明することは神格を持つ者が有する権利。それは正当に行使されなくてはならぬ。己の意思で放棄を決めるのは構わぬが、行使したいと思っているにも関わらずそれができぬ状態になることは好ましくない』
だからミンディたちを助けたのだと語る瞳は、些かも揺らぐことなくアマーリエを見据えていた。空色がかった灰銀の気品に引き込まれそうになる。この言が本心ならば、狼神は委任状を掠め取ったりなどしないだろう。
『私は当然のことをしたまで。礼など不要である。どうしてもというならば、今度一緒に茶でも飲もうと伝えておくれ。子どもが好きそうな菓子をセインに聞いておこう』
《ユフィー、セイン、アシュトン。多分だが、委任状を持ち去ったのは狼神様じゃねえ》
黙って皆の様子を見守っていたフレイムが口を挟んだ。
《狼神様は強硬派だが、実際に強引な手段を取ることはない。相手の心と尊厳、権利を重視する。そうでなきゃ、ラミルファがセインを愛し子として託すはずがない。……いつかみたいに、暴れ神とかとんでもない奴の脅威が迫ってて、聖威師たちが廃神の危機に瀕してるとかの非常事態なら別だけどな。今回はそうでもないだろ》
コソ泥のような真似をして委任状をくすねることは考えにくいという。
《では、残るは――》
アマーリエは陰鬱な溜め息を吐き出した。彼の神にスムーズに会うには、悪神に協力してもらった方が良い。頼みやすい悪神は何柱かいるが、その中でもパッと思い浮かぶのは二柱。一柱はアリステル、もう一柱は――
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