神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘

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第6章

61.いつかその日が来たら

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――あっ、そうだ。今回、精霊という存在が前面に出て来ただろう。君も知っての通り、フレイムも元精霊だ。それに関してだがね――


 ヨルンの処遇が決まった広間で、ラミルファが念話でこっそり教えてくれた。


 ――精霊の頃の彼は、君が思っているより遥かに辛い境遇にあったようだよ

 ――狼神様は精霊のフレイムを自身の愛し子にしようと考えたことがあったそうだ。打診する前に火神様の神使になったから、結局実行せずに終わったようだがね。だからこそ、何より大切な愛し子であるセインの指導をフレイムに委ねたし、兄弟の契りを結んでも笑っているのだよ。ずっと前からフレイムのことをお気に召していたからこそだ


 ラミルファに対しては、元々は彼の方が先にフルードを見初めていたこと、それでも自分に託してくれたことを知っているので、狼神の方も相応の配慮をしている。ゆえに、包珠の契りを結んでも快く受け入れたのだ。


 ――ここで少し、セインの話に移ろう。セインの境遇は、人間の基準では相当に悲惨だと思う。僕は悪神だから、セインやヴェーゼが受けていた拷問程度であればまだまだ軽いと思うが、それは悪神基準での話だ

 ――アマーリエが耐えられる範囲で例を出すなら何が良いかな。……ある時のセインは、ガルーンの邸内にある中庭に放たれて、高度かつ特殊な治癒霊具を付けて死なないようにされた上で、ウサギ狩りのウサギの役をさせられたそうだよ。必死に逃げ回るセインを、ガルーンが弓矢で狙い撃つんだ


 頭頂からかかとまでの全身に大量の矢が刺さり、ウサギではなくハリネズミになるまで続けられたという。ガルーンは、何発目で矢をフルードの眼球に当てて破裂させられるかを試して悦に浸っていた。最後は、動けなくなったフルードの真上から、高濃度の硫酸を並々と注いだバケツを幾度もひっくり返して笑っていたそうだ。


 ――僕からすれば生温いが、人間の基準では存分に残酷な仕打ちだろう。天の存在には痛覚がない。人間などが暴力を受けて苦痛を感じる気持ちが、今ひとつ理解できないこともある。だが、悪神は苦痛を与える側だからね。生き餌や玩具で遊んだ時の記録や、そいつらがどんな遊びにどう反応したか等の情報が蓄積されている。だから推測できるのだよ。セインがどれだけの痛み苦しみを感じていたか。常人に耐えられるものではなかっただろう

 ――だが、セインはそれでも発狂も自殺もせず、廃人にもならなかった。そして、その異質な魂で、狼神様の御心を射止めるに至った。あの子ならそれを成し遂げられると踏んだ僕が、狼神様にセインのことを吹き込んだのだがね。逆に言えば、そのレベルでなければ、人間が狼神様の目に留まることはないのだよ

 ――何が言いたいか分かるかい? その狼神様が愛し子にと目論んでいたフレイムもまた、セインやヴェーゼに近い苦痛を耐え抜いて来たということだ


 神が愛し子を選ぶ際の基準は、個々で異なる。狼神が重視するのは、心の奥底にある芯の強さと純真さだという。想像を絶する悶絶躄地もんぜつびゃくじの地獄でもがき苦しもうとも、憎しみや怨恨に染まらず、自我と善性を持ち続ける者を好む。だが、そんなことは普通の魂ではできない芸当だ。そのお眼鏡に叶ったのがフルードとフレイムだった。


 ――アマーリエはいつか、精霊時代のフレイムが置かれていた環境を知ることになるかもしれない。昇天して神の精神に戻ってからだろうがね。擬人のままでは耐えられないから。その時は心構えをしてから聞いた方が良いよ


(同じ担当の精霊たちで集まったとか、プレゼント交換や差し入れをしたとか言っていたから、多少の嫌がらせを受けながらも和気藹々としていたのかと思っていたけれど)

 その予想も間違いではないはずだ。精霊同士で協力し、務めを乗り越えて笑い合う。そういった表の面もあっただろう。
 だがその裏で、アマーリエが想像していたよりずっと凄惨な体験もしていたのかもしれない。かつて嵐神からも聞いた。フレイムは昔、虐めを受けていたと。

(いつの日か、私がそれを知る時が来たなら、きちんと全部聞いてフレイムを抱きしめたい)

 心の中でひとりごち、フレイムを見上げて微笑む。

「私は神格を得たことを後悔していないわ。フレイムと家族になれたもの」
『俺も同じだ。神になって良かったと思う。おかげでユフィーと夫婦になれたし、母神に姉神、兄神方や他の神々も身内になったからな』

 それは、人間よりも精霊よりも、神々を取ったということだ。そこで、アマーリエはふっと思い付く。

「ねえフレイム、まだ精霊や人間への想いが少しでも残っている内に、それを書き記しておかない? いつか完全に情が消えてしまっても、確かにその事実があったことが刻まれるように」

 地上にいた頃の秀峰も似たようなことをしており、天地狂乱の際は、書き溜めたその文書の存在が事態の収束に大きく貢献した。

「記憶から消えても、せめて記録にしたためておけば、その心は紙の中で残り続けるわ」
『そうだな』

 意表を突かれたように瞬きしたフレイムが、つと眼差しを和らげた。

『完全に無くなる前に、何かの形で残しておくやり方もあるか。一緒に書こう、ユフィー』

 ギリギリまで、精一杯足掻き続ける。できる限り忘れまいと、可能な限り覚えていようと。枯れ時を迎えた花のごとく消えていく情、その最後のひとひらが散り落ちるまで。

 コテンと夫の肩にもたれれば、フレイムも同じように首を倒して来た。互いの頭がコツンとぶつかる。

(これから自分がどんな風に変わっていくとしても、フレイムと一緒に進めるなら本望だわ)

 心の中で独りごち、自分と愛しい者だけの気配に満ちた部屋で、アマーリエはそっと目を閉じた。
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