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第1章
4.神千皇国
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◆◆◆
「盗み聞きをした挙句に逃げ出すとは何事ですか。こちらも驚きましたよ」
「申し訳ありません……」
神官府の一室にて、講義を終えた美女講師に呼び出されたアマーリエは肩をすぼめた。一瞬で顔と気を覚えられていたらしく、気配を辿られてあっさり発見されたのだ。
「私も昔受けた講義だったので、懐かしくて……」
「まったく」
講師はきりりとした無表情を僅かに歪め、額を抑えている。その肩には何故か、小さな桃色の鳥が乗っていた。
ちなみに、『声』は聞こえない。彼は彼で自分の仕事をしているのだろう。
「けれど、どうして神千国の方が帝国の神官府で講義を?」
「本来の講師に急用が入ってしまわれたので、特例対応として私が代わりに参りました」
「まあ、そうだったのですか」
帝国初代皇帝の妹が興した神千国は東を統べる皇国で、ミレニアム帝国とは蜜月の仲にある。世界はこの二国が統治しており、帝国と皇国以外の国はほぼ全てどちらかの属国だ。一方の国で人手が足りない時はもう一方から応援が派遣されることがあり、神官もその例に漏れない。
(衣の色が濃い……これはかなり高位の神官ね)
講師の女性は、皇国の神官の証である緋色の神官衣を纏っていた。白い上衣を羽織っているが、その内から覗く色はくっきりとした濃緋だ。アマーリエの視線に気が付いた講師が再び口を開いた。
「申し遅れましたね。私は神千国の神官、途来佳良と申します。失礼ですがあなたの名前をお聞きしても?」
「はい。ミレニアム帝国神官、アマーリエ・サードと申します。といっても、つい先日まで属国の神官府におりまして。数日前こちらに戻って参りました」
「サード? もしやサード元伯爵家のご令嬢ですか?」
即座に言い当てた講師――佳良が目を瞬かせた。が、それはアマーリエも同様だ。
「サード家をご存知なのですか?」
(すぐに分かって下さるなんて珍しいわ。強い霊威を持つ高位神官を輩出したのは遠い昔……今はすっかり落ちぶれてしまったもの。亡きお祖父様の代で爵位も返上してしまったし。私とお父様はぎりぎり徴が出るくらいの力しか持たない有様よ)
霊威の強弱がそのままこの世界での序列になる。サード家は歴史を見ればまずまずの家柄だが、肝心の霊威の脆弱さが立場を大幅に下方修正していた。貴族ですらなくなった今では、家名を名乗っても『え、どこの家ですか?』と聞かれることすらある。
そのような事情もあり、すぐに答えてくれた佳良に驚いた時――カツカツカツと軽快な足音が響いた。それも複数。バタンと部屋の扉が押し開けられた。
「佳良様!」
「こちらにいらしたのですね!」
「お越しだと聞いて探しておりましたのよ!」
高いヒールの音を鳴らし、眩しい程に着飾った女性神官たちが我先にと駆け込んで来る。香水の匂いと装飾品のこすれる音、かしましい声が合わさって室内が一気に混沌と化した。豪華な塊の中に妹の姿を見付け、アマーリエは思わず声を上げる。
「ミリエーナ」
「あら、アマーリエじゃない。こんなところで何をしてるのよ。……まさか抜け駆けする気だったの? 御使いになんて興味ありませーんて顔してた癖に!」
「ちょっと待って、何を言っているの?」
妹の勢いに圧されたアマーリエがのけぞると、佳良が庇うように口を挟んだ。
「彼女は所用あって私が呼んだのです」
途端にミリエーナは分かりやすく媚を売る顔になった。
「え、そうだったんですかぁ! ご用でしたら私が承りますわ。何なりとお申し付け下さい」
「ちょっとミリエーナ、ずるいわよ! 佳良様、私が用事をお聞きいたします」
「いいえ、私が!」
周囲の神官たちが一斉に眦をつり上げてきゃんきゃんと叫ぶ。なお、佳良のことを下の名前で呼んでいるが、これは馴れ馴れしいわけではない。神官は一族の中から複数の者がなることもあるため、呼び名での混同を避けるために、家名ではなくファーストネームで呼ぶことが多いのだ。
数名にガッシリとしがみつかれた佳良は、無表情のまま眉を跳ね上げた。肩に留まっていた小鳥がピキュッと鳴く。アマーリエは堪らず声を上げた。
「ミリエーナ、やめなさいよ。困っていらっしゃるじゃない」
「うるさいわね、最下位の神官は黙ってなさいよ! ……お願いします佳良様、私を御使いに選んで下さるよう神々にお取りなし下さい!」
「佳良様ならお出来になるはずですわ!」
「お願いです聖威師様!」
(え、ええ!?)
口々に述べられる言葉に、思わず目を見開く。
「せ、聖威師!? 佳良様が?」
「盗み聞きをした挙句に逃げ出すとは何事ですか。こちらも驚きましたよ」
「申し訳ありません……」
神官府の一室にて、講義を終えた美女講師に呼び出されたアマーリエは肩をすぼめた。一瞬で顔と気を覚えられていたらしく、気配を辿られてあっさり発見されたのだ。
「私も昔受けた講義だったので、懐かしくて……」
「まったく」
講師はきりりとした無表情を僅かに歪め、額を抑えている。その肩には何故か、小さな桃色の鳥が乗っていた。
ちなみに、『声』は聞こえない。彼は彼で自分の仕事をしているのだろう。
「けれど、どうして神千国の方が帝国の神官府で講義を?」
「本来の講師に急用が入ってしまわれたので、特例対応として私が代わりに参りました」
「まあ、そうだったのですか」
帝国初代皇帝の妹が興した神千国は東を統べる皇国で、ミレニアム帝国とは蜜月の仲にある。世界はこの二国が統治しており、帝国と皇国以外の国はほぼ全てどちらかの属国だ。一方の国で人手が足りない時はもう一方から応援が派遣されることがあり、神官もその例に漏れない。
(衣の色が濃い……これはかなり高位の神官ね)
講師の女性は、皇国の神官の証である緋色の神官衣を纏っていた。白い上衣を羽織っているが、その内から覗く色はくっきりとした濃緋だ。アマーリエの視線に気が付いた講師が再び口を開いた。
「申し遅れましたね。私は神千国の神官、途来佳良と申します。失礼ですがあなたの名前をお聞きしても?」
「はい。ミレニアム帝国神官、アマーリエ・サードと申します。といっても、つい先日まで属国の神官府におりまして。数日前こちらに戻って参りました」
「サード? もしやサード元伯爵家のご令嬢ですか?」
即座に言い当てた講師――佳良が目を瞬かせた。が、それはアマーリエも同様だ。
「サード家をご存知なのですか?」
(すぐに分かって下さるなんて珍しいわ。強い霊威を持つ高位神官を輩出したのは遠い昔……今はすっかり落ちぶれてしまったもの。亡きお祖父様の代で爵位も返上してしまったし。私とお父様はぎりぎり徴が出るくらいの力しか持たない有様よ)
霊威の強弱がそのままこの世界での序列になる。サード家は歴史を見ればまずまずの家柄だが、肝心の霊威の脆弱さが立場を大幅に下方修正していた。貴族ですらなくなった今では、家名を名乗っても『え、どこの家ですか?』と聞かれることすらある。
そのような事情もあり、すぐに答えてくれた佳良に驚いた時――カツカツカツと軽快な足音が響いた。それも複数。バタンと部屋の扉が押し開けられた。
「佳良様!」
「こちらにいらしたのですね!」
「お越しだと聞いて探しておりましたのよ!」
高いヒールの音を鳴らし、眩しい程に着飾った女性神官たちが我先にと駆け込んで来る。香水の匂いと装飾品のこすれる音、かしましい声が合わさって室内が一気に混沌と化した。豪華な塊の中に妹の姿を見付け、アマーリエは思わず声を上げる。
「ミリエーナ」
「あら、アマーリエじゃない。こんなところで何をしてるのよ。……まさか抜け駆けする気だったの? 御使いになんて興味ありませーんて顔してた癖に!」
「ちょっと待って、何を言っているの?」
妹の勢いに圧されたアマーリエがのけぞると、佳良が庇うように口を挟んだ。
「彼女は所用あって私が呼んだのです」
途端にミリエーナは分かりやすく媚を売る顔になった。
「え、そうだったんですかぁ! ご用でしたら私が承りますわ。何なりとお申し付け下さい」
「ちょっとミリエーナ、ずるいわよ! 佳良様、私が用事をお聞きいたします」
「いいえ、私が!」
周囲の神官たちが一斉に眦をつり上げてきゃんきゃんと叫ぶ。なお、佳良のことを下の名前で呼んでいるが、これは馴れ馴れしいわけではない。神官は一族の中から複数の者がなることもあるため、呼び名での混同を避けるために、家名ではなくファーストネームで呼ぶことが多いのだ。
数名にガッシリとしがみつかれた佳良は、無表情のまま眉を跳ね上げた。肩に留まっていた小鳥がピキュッと鳴く。アマーリエは堪らず声を上げた。
「ミリエーナ、やめなさいよ。困っていらっしゃるじゃない」
「うるさいわね、最下位の神官は黙ってなさいよ! ……お願いします佳良様、私を御使いに選んで下さるよう神々にお取りなし下さい!」
「佳良様ならお出来になるはずですわ!」
「お願いです聖威師様!」
(え、ええ!?)
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「せ、聖威師!? 佳良様が?」
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