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第1章
23.儀式の前
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◆◆◆
ミリエーナとシュードンが解放されたのは、儀式の主祭当日――開始時刻が近付いて来た頃だった。
「ああ、時間がないわ! 星降の儀には、私の霊威の結晶で作ったネックレスを付けて行く予定だったのに!」
必死で霊威を発現し、美しい宝玉の形に整えながら、ミリエーナが叫ぶ。懲罰房の中でも作ることはできたはずだが、あんな暗くて寂しい場所では上手く集中できなかったと言うのが本人の談だ。
「落ち着いてやれば間に合うよ、レフィー。君の霊威ならきっと神々の目にも止まる」
横で励ましているのはシュードンだ。
ここは神官府の空き部屋である。既に儀式の準備は完了しており、神官たちは時間が来るまで各々の好きな場所で待機状態に入っている。儀式で中心となるのは聖威師なので、中位以下の神官は参加するとは言ってもほぼ見ているだけなのだ。
ただし今回に関しては、神使として神に見出される可能性がある。そのため、まだ選ばれていない者は気合を入れて準備をしていた。
(うるさいわね)
アマーリエはミリエーナの補佐をダライに命じられ、側に付いているが、これといってすることはない。部屋の隅に移動させた椅子に座り、神事に関する書物を読んでいると、シュードンにギロリと睨まれた。
「おい、役立たず。何をボーッとしてるんだ! 手伝えよ! はぁ、お前は本当に能無しだな。俺も強い霊威を持っているわけじゃないが、お前に比べればマシだからな」
もはや聞き飽きた罵倒。変わり映えのない内容に、無意識にため息が零れる。
シュードンの霊威は弱い。ミリエーナよりもだ。子爵家の嫡男として相当な劣等感を抱いている彼の拠り所は、自分よりさらに弱い霊威を持つアマーリエだった。
「はぁ……。何かやれることはあるかと、私はきちんと聞いたわよね。そうしたら、無能の私に手伝えることはない、部屋の端で邪魔にならないようにしていろと言われたから、その通りにしているのだけれど?」
至極当然の言い分を告げると、シュードンの顔が怒りと恥辱で朱に染まった。
「な、無能の癖に俺に逆らうのか!?」
「逆よ。従っているからこうして部屋の端にいるんじゃない」
「貧弱霊威の癖に口だけは立派だな、お前は!」
「今の話に霊威の強弱は関係ないわ。そうでしょう」
怯まずに言い返すと、室内にあったペン立てが揺れた。ふわりと浮き上がった一本のペンが、真っ直ぐにアマーリエに向かう。一直線に飛来したペンの切っ先が横髪を掠め、壁に突き刺さった。僅かに飛び散ったインクが白い壁に滲む。
アマーリエは半眼でシュードンを見た。
「神官が力を振りかざすなんて。もう一度見習いからやり直したら?」
様々な奇跡を起こす霊威は、本人の心持ち次第であらゆることに悪用できる。徴を発現できるほどの霊威師――つまり神官であれば尚更だ。ゆえに、己の力を悪事に使わないよう、神官府で厳しく指導される。だが、シュードンは鼻で笑った。
「一般人に対して力を行使したわけじゃない。お前は下っ端でも神官だ。神官同士なら規制も緩和される」
(この人、全然分かっていないわ。神官だからといって心根が立派とは限らないものね)
霊威の強弱は、本人の品性とは無関係に決まるもので、先天的な資質に左右される。強い霊威を有していても、人格的に問題があることも珍しくない。
アマーリエが心から軽蔑した眼差しを据えると、ムキになったような怒鳴り声が返って来た。
「何だその目は! 飛ばしたのはただのペンだ、お前の貧弱な霊威でも十分防御できる程度だったろ!」
「そういうことを言っているのではないわ。人に向かって尖がった物を飛ばす行為自体が良くないの。神官として……いいえ、人間としての品位の問題よ」
「何だと!? 無能の分際で俺を馬鹿にしやがって! そもそも、俺はお前のとばっちりで属国に行かされる羽目になったんだぞ! 昔から悪いことは全部お前のせいだ、この出来損ないが!」
シュードンがいきり立った。その両目が光を放っている。霊威師は激昂すると徴が出現し、瞳が輝くのだ。
「もう、二人とも静かにして!」
だが、その輝きはすぐに萎んで消える。ミリエーナがヒステリックな声を上げたためだ。
「全然集中できないじゃない!」
「ご、ごめんよレフィー」
八割方は出来上がったネックレスを手に、ミリエーナはアマーリエを睨み上げた。
「アマーリエ。いい加減にしてくれない? 大げさに騒ぎ立てて、何がしたいの?」
意味不明な言葉に、アマーリエは眉をしかめた。
「騒いでいるのはあなたの婚約者の方でしょう」
「私が神に選ばれれば、あなたは完全に立場がなくなるものね。焦るのも無理はないわ。まさか、私の邪魔をするために揉め事を起こしているの?」
「何を言うの。大体、喧嘩腰で接して来たのはシュードンの方じゃない」
とんでもない言いがかりだ。呆れを通り越してうんざりする。
「無能を無能と言っただけだろ!」
噛み付くシュードンを無視し、ミリエーナは口の端を上げた。愛くるしい容貌が優越感で歪む。
「聞きなさい。私は神に選ばれたのよ。もうすぐ迎えが来るわ。だって、お声が聞こえたんだもの」
ミリエーナとシュードンが解放されたのは、儀式の主祭当日――開始時刻が近付いて来た頃だった。
「ああ、時間がないわ! 星降の儀には、私の霊威の結晶で作ったネックレスを付けて行く予定だったのに!」
必死で霊威を発現し、美しい宝玉の形に整えながら、ミリエーナが叫ぶ。懲罰房の中でも作ることはできたはずだが、あんな暗くて寂しい場所では上手く集中できなかったと言うのが本人の談だ。
「落ち着いてやれば間に合うよ、レフィー。君の霊威ならきっと神々の目にも止まる」
横で励ましているのはシュードンだ。
ここは神官府の空き部屋である。既に儀式の準備は完了しており、神官たちは時間が来るまで各々の好きな場所で待機状態に入っている。儀式で中心となるのは聖威師なので、中位以下の神官は参加するとは言ってもほぼ見ているだけなのだ。
ただし今回に関しては、神使として神に見出される可能性がある。そのため、まだ選ばれていない者は気合を入れて準備をしていた。
(うるさいわね)
アマーリエはミリエーナの補佐をダライに命じられ、側に付いているが、これといってすることはない。部屋の隅に移動させた椅子に座り、神事に関する書物を読んでいると、シュードンにギロリと睨まれた。
「おい、役立たず。何をボーッとしてるんだ! 手伝えよ! はぁ、お前は本当に能無しだな。俺も強い霊威を持っているわけじゃないが、お前に比べればマシだからな」
もはや聞き飽きた罵倒。変わり映えのない内容に、無意識にため息が零れる。
シュードンの霊威は弱い。ミリエーナよりもだ。子爵家の嫡男として相当な劣等感を抱いている彼の拠り所は、自分よりさらに弱い霊威を持つアマーリエだった。
「はぁ……。何かやれることはあるかと、私はきちんと聞いたわよね。そうしたら、無能の私に手伝えることはない、部屋の端で邪魔にならないようにしていろと言われたから、その通りにしているのだけれど?」
至極当然の言い分を告げると、シュードンの顔が怒りと恥辱で朱に染まった。
「な、無能の癖に俺に逆らうのか!?」
「逆よ。従っているからこうして部屋の端にいるんじゃない」
「貧弱霊威の癖に口だけは立派だな、お前は!」
「今の話に霊威の強弱は関係ないわ。そうでしょう」
怯まずに言い返すと、室内にあったペン立てが揺れた。ふわりと浮き上がった一本のペンが、真っ直ぐにアマーリエに向かう。一直線に飛来したペンの切っ先が横髪を掠め、壁に突き刺さった。僅かに飛び散ったインクが白い壁に滲む。
アマーリエは半眼でシュードンを見た。
「神官が力を振りかざすなんて。もう一度見習いからやり直したら?」
様々な奇跡を起こす霊威は、本人の心持ち次第であらゆることに悪用できる。徴を発現できるほどの霊威師――つまり神官であれば尚更だ。ゆえに、己の力を悪事に使わないよう、神官府で厳しく指導される。だが、シュードンは鼻で笑った。
「一般人に対して力を行使したわけじゃない。お前は下っ端でも神官だ。神官同士なら規制も緩和される」
(この人、全然分かっていないわ。神官だからといって心根が立派とは限らないものね)
霊威の強弱は、本人の品性とは無関係に決まるもので、先天的な資質に左右される。強い霊威を有していても、人格的に問題があることも珍しくない。
アマーリエが心から軽蔑した眼差しを据えると、ムキになったような怒鳴り声が返って来た。
「何だその目は! 飛ばしたのはただのペンだ、お前の貧弱な霊威でも十分防御できる程度だったろ!」
「そういうことを言っているのではないわ。人に向かって尖がった物を飛ばす行為自体が良くないの。神官として……いいえ、人間としての品位の問題よ」
「何だと!? 無能の分際で俺を馬鹿にしやがって! そもそも、俺はお前のとばっちりで属国に行かされる羽目になったんだぞ! 昔から悪いことは全部お前のせいだ、この出来損ないが!」
シュードンがいきり立った。その両目が光を放っている。霊威師は激昂すると徴が出現し、瞳が輝くのだ。
「もう、二人とも静かにして!」
だが、その輝きはすぐに萎んで消える。ミリエーナがヒステリックな声を上げたためだ。
「全然集中できないじゃない!」
「ご、ごめんよレフィー」
八割方は出来上がったネックレスを手に、ミリエーナはアマーリエを睨み上げた。
「アマーリエ。いい加減にしてくれない? 大げさに騒ぎ立てて、何がしたいの?」
意味不明な言葉に、アマーリエは眉をしかめた。
「騒いでいるのはあなたの婚約者の方でしょう」
「私が神に選ばれれば、あなたは完全に立場がなくなるものね。焦るのも無理はないわ。まさか、私の邪魔をするために揉め事を起こしているの?」
「何を言うの。大体、喧嘩腰で接して来たのはシュードンの方じゃない」
とんでもない言いがかりだ。呆れを通り越してうんざりする。
「無能を無能と言っただけだろ!」
噛み付くシュードンを無視し、ミリエーナは口の端を上げた。愛くるしい容貌が優越感で歪む。
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