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第1章
30.悪夢の再来
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見ると、人だかりの中にアシュトンと、たなびく羽衣を揺らめかせる女神がいた。その眼前では、風車を模したペンダントを握りしめた女性神官が泣いている。
「ありがとうございます、嵐神様……ありがとうございます」
『天界にて待つ』
平伏して涙を流す神官に短く告げ、嵐の女神はアシュトンと共に歩き去った。周囲の神官たちがひそひそと話す。
「見て、エイールよ」
「もしかして選ばれたのか?」
「そうみたいよ。神器を下賜されていたから」
神器とは、神が己の神威を練り上げて創り出す宝具のことだ。神の力の一端を宿しているため、霊具とは比較にならない力を誇る。
次いで、別の方角からも歓声が上がる。オーネリアを従えた壮年の神と、その前で崩れ落ちるように両膝を付いている男性の神官。
「名高き川の神にお選びいただけるとは――夢のようです」
感極まって声を詰まらせる男性は、雫の形をしたブローチを手に持っている。
『昇天した暁には我が側へ侍よ』
壮年の神が言い、さっと踵を返して場を離れた。
「バルドじゃねえか。アイツ選ばれたのかよ、クソッ」
顔を歪めたシュードンがひとりごちた。
「皇国の神官も一人選ばれてたぞ。雪神様に結晶のピアスを賜ってた」
「俺もさっき見た。俊英だろ」
「アイツ努力家だったからな」
神々は予想以上に積極的に神使を選んでいる。神官たちの間に焦りが高まっていくのが分かった。
そうこうしている間に、佳良と鷹神が近くまでやって来た。
『……ん?』
雄々しい体躯を誇る鷹の神が、鋭い目をじっとアマーリエに向ける。次いで、横にいるミリエーナにも。
『……ほぅ、これはまた、何とも』
(え、何? 私たちをご覧になっているの?)
思いもよらない事態に身を竦ませたアマーリエの耳に、続けての呟きが届く。
『そなたらは……』
だがそこで、鷹神の側に近付きたい神官たちが我先にと殺到して来た。
「私をご覧下さいませ!」
「鷹神様!」
「ちょっと、どきなさいよ!」
大勢に押され、アマーリエはあっさりと人混みの外に弾き飛ばされる。
「きゃあ!」
(もう、危ないわね……)
どうにか体勢を立て直し、背伸びをして様子を窺う。
中で踏ん張っているシュードンが、カラフルな形代を周囲に配置し、珍妙なダンスをさせていた。何とかして注目を引こうとする作戦らしい。その甲斐あってか、ついに鷹神が形代を見た。
『…………』
が、すぐに興味をなくしたようにシラっと目を逸らす。気のせいか、若干引いているような感じさえした。
(ご、ご愁傷様……)
見事に無視された形になったシュードンががっくりと肩を落とす。アマーリエは心の中で彼に手を合わせた。
(あら? ミリエーナがいないわ。どこに行ったの?)
妹の姿がないことに気付いて見回すと、斎場の片隅にいた。アマーリエと同様に人混みから抜けたらしく、何故か天に向かって大きく手を振っている。
「ミリエーナ、何をしているの? 鷹神様のお側にいなくていいの?」
妹の性格上、他の神官たちを弾き返してでも神から近い位置に居座ろうとすると思っていた。しかも、鷹神は明らかにこちらを見て興味を示していたのだ。だが、今こそ千載一遇の好機だというのに、ミリエーナは斎場を見てすらいない。アマーリエが神官たちの間を縫って近付くと、空を見上げたまま言う。
「ここに降りている神々の中に、私が聞いたお声の主はいないわ。きっと降臨していらっしゃらないのよ。天からご覧になっているんだわ」
現在降臨しているのは、聖威師に寵を与えている神が中心だ。他の神々は、天界に留まったまま儀式を見ているのだろう。
人垣に阻まれて近付けない神官たちの中には、ミリエーナと同じように天を見上げて自らを売り込んでいる者たちもいた。
「まだ言っているの? その声は何かおかしいと言ったじゃない」
「うるさいわね、アンタは黙ってなさいよ!」
眉を顰めたアマーリエに、ミリエーナがぴしゃりと言い放った時。
天が割れた。
暗い赤色と黄土色を混ぜたような、不思議な神威の光がスポットライトのように降り注ぎ、ミリエーナを照らし出す。神々が一斉に動きを止めた。
「何だ!?」
「急に光が!」
「神託か?」
「いや、今は儀式中だ。降臨ではないか?」
神官たちが目を剥いて囁く中、アマーリエも口元に手を当てて息を吸い込んだ。
(この、光は――あの時の)
決して忘れない、忘れられない輝き。9年前のあの時から、絶えず脳裏に焼き付いている。
美しくて気高く、呪わしくて忌まわしい。
『やぁ。迎えに来たよ、我が愛しい君。僕のレフィー』
澄んだ声が大気を震わせる。聞き知った声音に、アマーリエはビクリと肩を跳ねさせ、ミリエーナが歓喜の声を上げた。
「ああ、この声だわ!」
天と地を繋いだ光の柱の中から、幾柱もの神々が舞い降りる。その姿は様々だ。人型の神もいれば、動物や蛇の形をした神もいる。
そして、その中心にいた細身の少年がゆったりと進み出て来た。周りを囲う神々が一斉に頭を下げ、恭しく道を開ける。
アマーリエの心と体がそろって凍り付いた。
(やっぱり――あの時の神だわ)
『近付くな、無礼者!』
甦るのは、開口一番アマーリエを跳ね付けた怒声と、今と寸分違わぬ美しい姿。脆弱な霊威しか持たない娘を、真の意味で無能に位置付けるきっかけになった神。
新たに天から降りて来たのは、かつて母の実家で召喚したあの神だった。
「ありがとうございます、嵐神様……ありがとうございます」
『天界にて待つ』
平伏して涙を流す神官に短く告げ、嵐の女神はアシュトンと共に歩き去った。周囲の神官たちがひそひそと話す。
「見て、エイールよ」
「もしかして選ばれたのか?」
「そうみたいよ。神器を下賜されていたから」
神器とは、神が己の神威を練り上げて創り出す宝具のことだ。神の力の一端を宿しているため、霊具とは比較にならない力を誇る。
次いで、別の方角からも歓声が上がる。オーネリアを従えた壮年の神と、その前で崩れ落ちるように両膝を付いている男性の神官。
「名高き川の神にお選びいただけるとは――夢のようです」
感極まって声を詰まらせる男性は、雫の形をしたブローチを手に持っている。
『昇天した暁には我が側へ侍よ』
壮年の神が言い、さっと踵を返して場を離れた。
「バルドじゃねえか。アイツ選ばれたのかよ、クソッ」
顔を歪めたシュードンがひとりごちた。
「皇国の神官も一人選ばれてたぞ。雪神様に結晶のピアスを賜ってた」
「俺もさっき見た。俊英だろ」
「アイツ努力家だったからな」
神々は予想以上に積極的に神使を選んでいる。神官たちの間に焦りが高まっていくのが分かった。
そうこうしている間に、佳良と鷹神が近くまでやって来た。
『……ん?』
雄々しい体躯を誇る鷹の神が、鋭い目をじっとアマーリエに向ける。次いで、横にいるミリエーナにも。
『……ほぅ、これはまた、何とも』
(え、何? 私たちをご覧になっているの?)
思いもよらない事態に身を竦ませたアマーリエの耳に、続けての呟きが届く。
『そなたらは……』
だがそこで、鷹神の側に近付きたい神官たちが我先にと殺到して来た。
「私をご覧下さいませ!」
「鷹神様!」
「ちょっと、どきなさいよ!」
大勢に押され、アマーリエはあっさりと人混みの外に弾き飛ばされる。
「きゃあ!」
(もう、危ないわね……)
どうにか体勢を立て直し、背伸びをして様子を窺う。
中で踏ん張っているシュードンが、カラフルな形代を周囲に配置し、珍妙なダンスをさせていた。何とかして注目を引こうとする作戦らしい。その甲斐あってか、ついに鷹神が形代を見た。
『…………』
が、すぐに興味をなくしたようにシラっと目を逸らす。気のせいか、若干引いているような感じさえした。
(ご、ご愁傷様……)
見事に無視された形になったシュードンががっくりと肩を落とす。アマーリエは心の中で彼に手を合わせた。
(あら? ミリエーナがいないわ。どこに行ったの?)
妹の姿がないことに気付いて見回すと、斎場の片隅にいた。アマーリエと同様に人混みから抜けたらしく、何故か天に向かって大きく手を振っている。
「ミリエーナ、何をしているの? 鷹神様のお側にいなくていいの?」
妹の性格上、他の神官たちを弾き返してでも神から近い位置に居座ろうとすると思っていた。しかも、鷹神は明らかにこちらを見て興味を示していたのだ。だが、今こそ千載一遇の好機だというのに、ミリエーナは斎場を見てすらいない。アマーリエが神官たちの間を縫って近付くと、空を見上げたまま言う。
「ここに降りている神々の中に、私が聞いたお声の主はいないわ。きっと降臨していらっしゃらないのよ。天からご覧になっているんだわ」
現在降臨しているのは、聖威師に寵を与えている神が中心だ。他の神々は、天界に留まったまま儀式を見ているのだろう。
人垣に阻まれて近付けない神官たちの中には、ミリエーナと同じように天を見上げて自らを売り込んでいる者たちもいた。
「まだ言っているの? その声は何かおかしいと言ったじゃない」
「うるさいわね、アンタは黙ってなさいよ!」
眉を顰めたアマーリエに、ミリエーナがぴしゃりと言い放った時。
天が割れた。
暗い赤色と黄土色を混ぜたような、不思議な神威の光がスポットライトのように降り注ぎ、ミリエーナを照らし出す。神々が一斉に動きを止めた。
「何だ!?」
「急に光が!」
「神託か?」
「いや、今は儀式中だ。降臨ではないか?」
神官たちが目を剥いて囁く中、アマーリエも口元に手を当てて息を吸い込んだ。
(この、光は――あの時の)
決して忘れない、忘れられない輝き。9年前のあの時から、絶えず脳裏に焼き付いている。
美しくて気高く、呪わしくて忌まわしい。
『やぁ。迎えに来たよ、我が愛しい君。僕のレフィー』
澄んだ声が大気を震わせる。聞き知った声音に、アマーリエはビクリと肩を跳ねさせ、ミリエーナが歓喜の声を上げた。
「ああ、この声だわ!」
天と地を繋いだ光の柱の中から、幾柱もの神々が舞い降りる。その姿は様々だ。人型の神もいれば、動物や蛇の形をした神もいる。
そして、その中心にいた細身の少年がゆったりと進み出て来た。周りを囲う神々が一斉に頭を下げ、恭しく道を開ける。
アマーリエの心と体がそろって凍り付いた。
(やっぱり――あの時の神だわ)
『近付くな、無礼者!』
甦るのは、開口一番アマーリエを跳ね付けた怒声と、今と寸分違わぬ美しい姿。脆弱な霊威しか持たない娘を、真の意味で無能に位置付けるきっかけになった神。
新たに天から降りて来たのは、かつて母の実家で召喚したあの神だった。
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