神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘

文字の大きさ
60 / 605
第1章

60.焔の愛し子②

しおりを挟む
 ◆◆◆

(今……何が起きたの?)

 額に手を当てて唖然としているアマーリエに、高らかな宣誓が響く。

『我は焔神フレイム。神官アマーリエ・ユフィー・サード。汝に我が寵を与える! この栄誉を謹んで受け取るがいい』
「――はい?」

 条件反射で聞き返すと、フレイムがニッと笑った。悪戯が成功したような顔だ。同時に、周囲を熱い突風が吹き荒れた。
 アマーリエの心臓がドクンと脈打ち、体全体に内側から震えが走る。自分という存在そのものが、もっと高次の何かに書き換わるような感覚。
 魂が、心が、精神が高みに飛翔している。人間には決して辿り着けない境地へと。自分の中で果てしなく大きな力が生まれ、轟々ごうごうと渦巻いている。

(な、何!?)
『返事をしかと受け取った。たった今述べられた応の返答を持って、ここに正式な誓約が完了した!』
「は、はい!?」
(いえ、了承ではなくて聞き返す意味ではいと言ったのであって――)
『うん、いい返事だ』
(だから了承じゃないのよ!)

 内心でツッコんだことでようやく我に返ったアマーリエは、しかし、言われたことの意味を理解すると再びフリーズした。

「って……寵? 私が? ――あなたの?」

 額が不思議と熱をもっている。思い返せば、フレイムの唇が触れていた気がする。

「待って、どうして私なんかが」

 現実が受け入れられない。

 助けを求めて視線をさ迷わせると、フルードの姿が目に入った。今の突風でよろめいたのか、片膝を付いて胸を押さえており、ラミルファが視線を注いでいた。

「だ、大神官……」

 アマーリエ目が合うと、フルードはすぐに立ち上がって微笑みかけてくれる。

「……神官アマーリエ――いえ、もう聖威師アマーリエと呼んだ方が正確でしょうか。額に神紋が出ています。自分を遠視してみなさい」
「し、神紋!? 遠視? ですが、今は力が使えないのでは……」

 ラミルファの神威がこの場一帯を征服し、霊威や聖威は発動できなくなっていたはずだが。

「焔神様が邪神様の支配を相殺して下さったので、もう使えます。ただし、まだ場の気が大きく揺らいでいるので、複雑な能力は使用しない方がいいでしょう。上手く発動しない可能性があります。遠視に関しては単純な技ですから、使っても問題ありません」
「は、はい」

 アマーリエは力を発動させた。いつも使う霊威とは全く異なる、とてつもなく大きな力が発動し、あっさりと自分自身の姿が脳裏に映り込んだ。
 訳が分からないと書いてあるような情けない顔に、風で乱れた前髪。……その隙間から覗く額にはっきりと浮かび上がった、炎のうねりのような紋様。

(ああっ!?)
「神は寵を与えたい者がいる場合、自らの意思で地上に顕現することが権利として認められています。だからこそ、アマーリエの霊威が不足していようが、邪神様のお力に満たされた場であろうが関係なく、降臨が可能になったのでしょう」

 瞠目して自身に見入っているアマーリエを横目に、フルードが解説してくれる。そして穏和な眼差しをこちらに向けたまま、ノールックでシュードンに肘鉄ひじてつを入れた。
 悲鳴すら上げられず、白目を剥いたシュードンが仰け反る。黒い蔦に拘束されていなければ、彼方まで吹き飛んでいただろう。

 シュードンを引き剥がしたフルードは、スッと背筋を伸ばすとフレイムに向き直り、右手を胸に当てると、惚れ惚れするような流麗な動作で頭を下げる。

「貴き焔神様に心よりお祝い申し上げます。この度は大変おめでとうございます」
『……ああ。大神官――偉大なる狼神様の愛し子よ。汝の祝福を嬉しく思う。……ありがとうな』

 アマーリエは驚いた。フルードに応じるフレイムの顔が、息を呑むほどに温かかったからだ。同時にハッとする。

「あ……大神官、大変申し訳ありません。こちらのフレイム……様は、実は神使ではなく高位神であらせられるのです」

 フルード自身がフレイムを焔神様と呼んで受け入れている以上、今更な説明ではあるが、それでも謝罪を述べる。

「私はそのことを知っていながら黙っておりました。本当に申し訳ございません」

 処罰を覚悟しての申告だったが、フレイムが素早く割り込んだ。

『俺は神使選定の件で火神から密命を受け、内密に地上に降りていた。色々あってアマーリエにだけは素性を明かしたが、その時に明言したんだ。俺が降臨していることは聖威師も含めて誰にも言うなと。だからアマーリエを責めるな』

 だが実際のところ、フレイム自身は内密の降臨の割に頻繁に聖威を使っていた。主にサード家の面々からアマーリエを守るために。聖威は他の神使も使っているから大丈夫、というのが彼の言い分だったが、アマーリエからすれば冷や冷やものである。

 そこで、アマーリエはフレイムのことを誰にも言わない、代わりにフレイムは人前で力を使わない、という約束を取り決めた。……ただし、後者は火炎霊具爆発事件の際にあっさり破られ、聖威師たちに存在を勘付かれてしまった。
 フレイムもラミルファの行き当たりばったり具合をどうこう言えないのでは……というのがアマーリエの密かな所感だ。それでも、ラミルファには真面目で効率的で合理的と評されていたので、神々の中ではまだ考えて動く方ではあるのだろう。

 フルードがやんわりと微笑む。

「焔神様の仰せのままに。アマーリエ、天命が下されていたならばあなたに非はありません。処分はありませんから、安心して下さいね」

 その言葉にかぶせるように、にこにこ顔のラミルファが口を挟んだ。

『新しい同胞の誕生とは実にめでたい。よし、僕もお祝いしよう。おめでとうフレイム、アマーリエ! わぁ~おっめでとぅ~~!』
『お前に祝われたって嬉しかねえわ! 何かバカにされてる気がすんだよな!』

 ラミルファの祝意――従神たちの口笛と拍手とお祝いダンス付き――にジト目で噛み付き、フレイムがあしらうように手を振った。

 地面に転がったシュードンは、肘鉄を食らった衝撃で意識が朦朧としているのか、虚ろな目つきでブツブツと何かを囁いている。

「そんな……こんな無能が聖威師なんて嘘だ……俺が神使にも選ばれてないなんて嘘だ……何かの間違いだ……」
『ご主人様、おめでとうございます』
『本当に良かった、我らが主よ』

 霊獣たちも口々に祝意を述べる。その瞬間アマーリエは、真っ先にやらねばならないことを思い出した。

(ディモス! そうだわ、私の家族を助けてもらわないと! ああもう、そのためにフレイムを勧請したのに!)

 フレイムの寵を受けるというあまりに予想外の展開で、思考が飛んでしまっていた。

「フレイム……ではなくて、焔神様! どうかディモスをお助け下さい!」

 すぐさまフレイムに頼み込むと、優しさと甘さを孕んだ眼差しが返って来た。

『アマーリエ、お前は俺の寵愛を受け、神格を授かった。だから、畏まった言葉遣いをする必要はないんだ。俺の名を呼んでくれ。そして好きなだけ頼ってくれ、俺の至宝。俺だけの女神』
(ちょ、ちょっ……どうしていきなり惚気のようなことを言い出すの!)

 羞恥しゅうちで悶えそうになっていると、フレイムはディモスに視線を移した。腕をふわりと振るうと、煌煌こうこうと燃え上がる熱い神威がその傷を一瞬で癒す。沸騰しかけていたアマーリエの頭が即座に冷えた。

「ディモス! な、治ったのね……良かった……良かったわ! ありがとうフレイム!!」

 安堵で涙を滲ませながら礼を言うと、フレイムはふっと微笑んで口を開いた。

『誇り高き霊獣たちよ。汝らを我が母、火神の神使として召し上げる』
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

できない子に転生しましたが、家族と食卓があれば十分です ―人間不信だった私が、ゆっくり育つ異世界生活―

愛朱ひいろ
ファンタジー
人の顔色ばかり伺い、心を壊した26歳の会社員女性。 彼女は死後、異世界で「できない子」として転生する。 魔法は使えない。 体は不器用で、成長も人より遅い。 前世の記憶のせいで、人と関わることが少し怖い。 けれどこの世界には、 見守り支えてくれる両親と、 あたたかい食卓があった。 泣いて、つまずいて、できないことに落ち込みながら、 彼女は少しずつ「できないままでも、生きていていい」と知っていく。 これは、 最強でもチートでもない主人公が、 家族と食事に支えられながら、ゆっくり育ち直す 生活密着型・異世界転生×成長×グルメファンタジー。 ……の、予定です。 毎日更新できるように執筆がんばります!

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?

ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十年目。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。 ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

処理中です...