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第2章
39.決してもらってはいけない
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◆◆◆
「私のことを知っているのか?」
フルードと同じ美貌と真逆の瞳を持つ青年――アリステルが言う。選ばれし神たる高位の悪神、鬼神に愛された奇跡の聖威師。だが、彼はアマーリエの返しを待つことなく、衣の裾を捌くとフレイムに礼をした。
「焔神様にご挨拶申し上げます」
完璧としか言いようがない跪礼。フルードと同等なまでに美しい所作だ。
「俺そういうカッチリしたの好きじゃねえんだよ、知ってるだろ。お堅い場じゃなきゃ気楽にして良いんだぜ」
フレイムが気さくな調子で答える。
「感謝申し上げます」
優雅な動きで応じたアリステルは、次いでアマーリエを見た。先ほどの言葉への返事を待っているのだと察し、生唾を飲み込んでから頷いた。
「あなたのことはフルード様からお聞きしました。奇跡の聖威師たる兄がいると。ですが、まさかこのように壮絶な経歴をお持ちだとは」
これは報復したくもなるだろうと思いつつ、そつのない動きで一礼し、スラスラと挨拶を述べる。
「大神官アリステル・レシス様にご挨拶申し上げます。私はアマーリエ・サード。過日より聖威師の末席に名を連ねました未熟者ですが、ご指導ご鞭撻のほど、どうかよろしくお願いいたします」
「私もお前のことは聞いている。丁重な挨拶痛み入るが、私が教えられることはそう多くない」
光を通さない碧眼は、それでもこちらを拒む気配を放ってはいない。
「おい、アイツら逃げようとしてるぜ」
フレイムがアリステルの背後を指して言った。腰を抜かした夫婦が、這いずって空き地から出ようとしている。もしかしなくてもあの夫婦こそが、アリステルの育ての親なのだろう。
「つっても出られねえだろうけどな。人形劇の最中に、ここら一帯に結界を張っただろ」
その直後、大気が縦に裂けた。切れ目を左右に開き、一組の男女が現れる。
「主神様!」
「主神様、助けて下さい!」
空き地から出られずパニックになっていた夫婦が、天の救いを見た顔で縋り付く。
(神ではない……やっぱり邪霊だわ!)
新たに現れた男女を視たアマーリエは、すぐに看破した。神威で霊威をカモフラージュした邪霊二体は、夫婦を無視してアリステルの傍に膝を付いた。
『アリステル様に申し上げます。葬邪神様のご命令通り、神の真似事をさせていただき、これなる夫婦を手中に堕としましてございます』
「ご苦労だった。お前たちの働きに礼を言う」
短く頷いたアリステルに叩頭し、邪霊たちはフレイムとアマーリエにも恭しく頭を下げた。
「あ、どうも……って、そうではなくて」
反射的に会釈を返しかけたアマーリエはブンブンと両手を振る。アリステルが呆れたような、少し笑ったような目を向けた。
「何をしているんだ。面白いなお前は」
一方、綺麗に無視された夫婦は目を白黒させている。
「主神様、どうさなったんで?」
「何でその子と仲良く話してるんです?」
この二人はまだ状況が読めていないらしい。
「その子だと? 無礼者! 貴様らごときが、この貴き御方を気安く呼ぶでない」
邪霊の一体が厳しい口調で言った。ヒィと息を呑んだ夫婦が、訳が分からないと言いたげに視線をあちこちに泳がせる。
「良い。この者たちはまだ何も知らないのだから。……あのね父さん母さん。この者たちは神じゃないよ。実は邪霊なんだよ」
整った容貌に嗤笑を刷くアリステル。フルードならば決して浮かべない表情だ。
「は? 邪霊? う、嘘を吐くな。そんなはず……」
「僕が聖威師になった時に、父さんと母さん逃げたよね。僕、ずっと探してたんだよ。僕とシスを散々可愛がってくれたから、お礼をしたくてしたくてたまらなかったんだ」
ふふ、とアリステルが嘲笑う。小さな子どものような口調なのに、何故か違和感が無い。
「僕の主神と、仲間の神々も手伝ってくれたんだよ。皆、僕とシスが大好きだって言ってくれるんだ。僕たちをいじめた奴らなんか酷い目に遭わせてやるって。だから、邪霊に命令を出して父さんたちを取り込ませたんだ」
白く細い指が、夫婦を示す。
「二人が着けているブレスレット。邪霊たちからもらった物だよね。神の寵の証として神器を授けると言われて、喜んで受け取ったんじゃない?」
「だ、だから何よ……?」
消え入りそうな声で聞く妻に、アマーリエは思わず口を挟んだ。
「嘘でしょう!? 邪霊から物をもらってしまったら、所有物にされてしまうんですよ!?」
「……へっ……?」
「もらってから一定期間が過ぎる前なら、もらった物を返すか捨てるかすれば回避可能ですが、ある期間を超過してしまうとそれもできなくなって、妖魔や悪鬼邪霊が住む地下世界に引きずり込まれるんです!」
リミットの日を越えてしまえば、その人間の所有権は邪霊のものになる。
「だから、邪霊からは絶対に何ももらってはいけないんです。地下に連れて行かれたら転生もできず、ずっと嬲り物にされて地獄を見ることに……」
そこまで言い、脳裏に蘇った情報にハッと目を見開く。
「もしかして、聖威師になったことを内緒にしておけと厳命していた邪霊たちが、急に方針を変えて話して良いと言ったのは――撤回できる期限日が過ぎたから?」
答えてくれたのはフレイムだ。
「だろうな。もう後戻りできないトコまで進められたから、緘口令を解いたんだ。その後で聖威師たちが認証して、コイツら神から寵なんか受けてないぞって分かっても、もう手遅れだからな」
「私のことを知っているのか?」
フルードと同じ美貌と真逆の瞳を持つ青年――アリステルが言う。選ばれし神たる高位の悪神、鬼神に愛された奇跡の聖威師。だが、彼はアマーリエの返しを待つことなく、衣の裾を捌くとフレイムに礼をした。
「焔神様にご挨拶申し上げます」
完璧としか言いようがない跪礼。フルードと同等なまでに美しい所作だ。
「俺そういうカッチリしたの好きじゃねえんだよ、知ってるだろ。お堅い場じゃなきゃ気楽にして良いんだぜ」
フレイムが気さくな調子で答える。
「感謝申し上げます」
優雅な動きで応じたアリステルは、次いでアマーリエを見た。先ほどの言葉への返事を待っているのだと察し、生唾を飲み込んでから頷いた。
「あなたのことはフルード様からお聞きしました。奇跡の聖威師たる兄がいると。ですが、まさかこのように壮絶な経歴をお持ちだとは」
これは報復したくもなるだろうと思いつつ、そつのない動きで一礼し、スラスラと挨拶を述べる。
「大神官アリステル・レシス様にご挨拶申し上げます。私はアマーリエ・サード。過日より聖威師の末席に名を連ねました未熟者ですが、ご指導ご鞭撻のほど、どうかよろしくお願いいたします」
「私もお前のことは聞いている。丁重な挨拶痛み入るが、私が教えられることはそう多くない」
光を通さない碧眼は、それでもこちらを拒む気配を放ってはいない。
「おい、アイツら逃げようとしてるぜ」
フレイムがアリステルの背後を指して言った。腰を抜かした夫婦が、這いずって空き地から出ようとしている。もしかしなくてもあの夫婦こそが、アリステルの育ての親なのだろう。
「つっても出られねえだろうけどな。人形劇の最中に、ここら一帯に結界を張っただろ」
その直後、大気が縦に裂けた。切れ目を左右に開き、一組の男女が現れる。
「主神様!」
「主神様、助けて下さい!」
空き地から出られずパニックになっていた夫婦が、天の救いを見た顔で縋り付く。
(神ではない……やっぱり邪霊だわ!)
新たに現れた男女を視たアマーリエは、すぐに看破した。神威で霊威をカモフラージュした邪霊二体は、夫婦を無視してアリステルの傍に膝を付いた。
『アリステル様に申し上げます。葬邪神様のご命令通り、神の真似事をさせていただき、これなる夫婦を手中に堕としましてございます』
「ご苦労だった。お前たちの働きに礼を言う」
短く頷いたアリステルに叩頭し、邪霊たちはフレイムとアマーリエにも恭しく頭を下げた。
「あ、どうも……って、そうではなくて」
反射的に会釈を返しかけたアマーリエはブンブンと両手を振る。アリステルが呆れたような、少し笑ったような目を向けた。
「何をしているんだ。面白いなお前は」
一方、綺麗に無視された夫婦は目を白黒させている。
「主神様、どうさなったんで?」
「何でその子と仲良く話してるんです?」
この二人はまだ状況が読めていないらしい。
「その子だと? 無礼者! 貴様らごときが、この貴き御方を気安く呼ぶでない」
邪霊の一体が厳しい口調で言った。ヒィと息を呑んだ夫婦が、訳が分からないと言いたげに視線をあちこちに泳がせる。
「良い。この者たちはまだ何も知らないのだから。……あのね父さん母さん。この者たちは神じゃないよ。実は邪霊なんだよ」
整った容貌に嗤笑を刷くアリステル。フルードならば決して浮かべない表情だ。
「は? 邪霊? う、嘘を吐くな。そんなはず……」
「僕が聖威師になった時に、父さんと母さん逃げたよね。僕、ずっと探してたんだよ。僕とシスを散々可愛がってくれたから、お礼をしたくてしたくてたまらなかったんだ」
ふふ、とアリステルが嘲笑う。小さな子どものような口調なのに、何故か違和感が無い。
「僕の主神と、仲間の神々も手伝ってくれたんだよ。皆、僕とシスが大好きだって言ってくれるんだ。僕たちをいじめた奴らなんか酷い目に遭わせてやるって。だから、邪霊に命令を出して父さんたちを取り込ませたんだ」
白く細い指が、夫婦を示す。
「二人が着けているブレスレット。邪霊たちからもらった物だよね。神の寵の証として神器を授けると言われて、喜んで受け取ったんじゃない?」
「だ、だから何よ……?」
消え入りそうな声で聞く妻に、アマーリエは思わず口を挟んだ。
「嘘でしょう!? 邪霊から物をもらってしまったら、所有物にされてしまうんですよ!?」
「……へっ……?」
「もらってから一定期間が過ぎる前なら、もらった物を返すか捨てるかすれば回避可能ですが、ある期間を超過してしまうとそれもできなくなって、妖魔や悪鬼邪霊が住む地下世界に引きずり込まれるんです!」
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「だから、邪霊からは絶対に何ももらってはいけないんです。地下に連れて行かれたら転生もできず、ずっと嬲り物にされて地獄を見ることに……」
そこまで言い、脳裏に蘇った情報にハッと目を見開く。
「もしかして、聖威師になったことを内緒にしておけと厳命していた邪霊たちが、急に方針を変えて話して良いと言ったのは――撤回できる期限日が過ぎたから?」
答えてくれたのはフレイムだ。
「だろうな。もう後戻りできないトコまで進められたから、緘口令を解いたんだ。その後で聖威師たちが認証して、コイツら神から寵なんか受けてないぞって分かっても、もう手遅れだからな」
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