神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘

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第3章

8.アマーリエと金木犀

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(近い内? ワイマーさん、またここに来る予定があるのかしら?)

 声に出さず呟いた疑問に、応えが返るはずもない。ただ木の葉が揺れる音だけがさやさやと吹いている。

 誰もいなくなった空間をポカンと見つめていると、草を踏む音がし、向かいからリーリアが歩いて来た。背後に神官たちをズラリと従えている。幾分か年嵩としかさの神官たちと何やら会話しており、側に控える若い神官が書類を挟んだクリップボードを持っていた。

(あら、噂をすればリーリア様だわ。――そういえば、この辺りに霊具を増設する企画の確認担当になっていたわね)

 人間の神官たちの仕事なので、聖威師は直接関わらないが、最低限の概要や進捗は共有しておく必要がある。
 自分より年上の神官たちにも臆さず、颯爽と歩を進めるリーリアの姿は、堂に入っている。テスオラ神官府では役職に就いていたので、慣れているのだろう。

「アマーリエ様、ご機嫌よう」

 まさしく女神の如き泰然さで神官たちを相手取っていたリーリアが、こちらに気付くとパッと表情を綻ばせる。年齢相応の少女の顔だ。

「以上にてご報告を終わります」
「分かりました。順調なようで何よりですわ」

 ちょうど会話も一区切りしたところだったらしい。クリップボードの書類に確認のサインをしたためると、サッと手を一振りして神官たちを下がらせ、アマーリエと向き合う。

「リーリア様、ご機嫌いかが?」
「とても良いですわ。この前アマーリエ様が送って下さったポプリを置いて眠るようになってから、寝付きが良いんですの」

 アヴェント先代当主たる老侯ろうこうが邪霊に引き渡された報を聞いてから、リーリアは不眠に悩んでいた。きっぱり見捨てたとはいえ、それでも実の祖父だったのだ。新たな聖威師として脚光を浴びる陰で、夜は悶々としていたという。

 心配したフロースが神威で入眠させているのを知ったフレイムが、『ベッドで励んで寝かせりゃ良いのに……アイツ、まだ手出してねえのかな。奥手すぎだろ』と呟いていたのは内緒である。

「ええ、フロース様にもそう聞いたわ。金木犀きんもくせいを使っているから、香りが合わない人には合わないかもと不安だったのだけれど」
「わたくしは好きですわ。アヴェント家の紋に百合が入っているので、今までは百合にちなんだ香水などを使用しておりましたが、これを機に金木犀に変えようかと思っておりますの」
「良かった。私は花の中では金木犀が一番好きなの。お茶に入れても良い感じなのよ。少しだけアロマをお風呂に混ぜたりとか」
「まあ、お洒落ですわね」
「聖威師になってからよ、こんな贅沢ができるようになったのは」

 ふふっと微笑み合ったアマーリエとリーリアは、庭園の緑を眺めながら話にも花を咲かせる。

「そういえば、アシュトン様から伺ったのですが、フルード様も薄黄木犀うすぎもくせいがお好きなようですわよ。ご自身のお邸には、何本も木を植えておいでとか」
「あら、そうなの? 私はそのフルード様から聞いたけれど、アリステル様は銀木犀が好きらしいわ」

 大神官兄弟と意外な類似点があったことを発見しつつ、ポンと手を打つ。

「今度、フレイムに金木犀を使ったジャムやケーキを作ってもらおうと思っているの。フルード様とアリステル様もお呼びして、皆でお茶をしようかしら。もちろんリーリア様もいらっしゃるでしょう?」
「ぜひご一緒いたしますわ!」

 先日の茶会でフレイムのお手製ケーキ数種類を食べたリーリアは、一気にその味の虜になった。なお、紅日こうにち皇后日香にちかにも全てワンホールずつ届けている。嬉し泣きしつつ歓喜のダンスを踊るという意味不明なリアクションをしながら食べまくっていたと、黇死皇てんしこう秀峰しゅうほうから礼と共に連絡があった。

「今度リーリア様とお茶をする時はマシュマロをたくさん用意すると言っていたわよ」
「まあ、素敵ですわね」

 リーリアが目を輝かせた。と、そよそよと梢が葉を揺らす音が響き、アマーリエは先ほどの老人のことを思い出す。

(あっ、この際なのだしワイマーさんのことも伝えてしまいましょう)

「……そうだわ、話が変わるけれど、さっき属国の神官と会ったの。エイリスト王国のワイマー・エクドルというご高齢の男性よ。照覧祭にも来ていた人なの」
「まあ、エイリストの? 照覧祭の頃といえば、わたくしはまだ表舞台に出ていませんでしたわね」

 ええ、昏睡だの錯乱だの発狂だの失踪だの駆け落ちだの、好き勝手な予想が溢れ返っていたわよ――などとは言えない。それはリーリア本人には秘密である。

「この前の大嵐で、私たちが出たことで家族や友人が助かったらしくて、熱心にお礼を繰り返していたわ。こちらの方が申し訳なくなるくらい、何度も。リーリア様にもよろしくと言っていたわよ」
「そうでしたの……。あの災害は酷いものでしたわ。助かった方々も、心の傷を抱えているでしょう」

 リーリアが神妙な顔で言う。アマーリエ同様、10億人を救ったという誇りよりも、助けられなかった命を悼んでいる目だ。

「街並みなどの外観は元通りにできても、精神に負ったショックまでは治せませんものね」
「そうね。一日も早く被災者の心が癒えることを祈るばかりだわ」

 被害を受けていない部外者が軽々しく言って良い言葉ではないかもしれないが、それでも、そう願わずにはいられない。
 リーリアがコクリと頷き、しんみりとした空気が漂った時。

「――ぇん……うえぇん……」

 微かな泣き声が鼓膜を震わせた。アマーリエとリーリアはハッと口を閉ざす。すっかり話に夢中になっていたが、自分たちは勤務中だ。オーネリアや佳良に見付かれば叱られていただろう。

「こほん……リーリア様、何か聞こえない?」

 急いで意識を仕事モードにして言うと、真顔に戻ったリーリアも頷く。

「ええ。どなたか泣いているようですわね。子どもかしら……」

 聞こえて来る方を遠視すると、少し離れた所にある大木の背後に、小さな影が蹲っているのが視えた。ツーサイドアップに結んだ柔らかな金髪が震えている。纏っているのはフリルやリボンが付いた桃色のワンピースだ。

「女の子だわ。どうしてこんな所に?」
「まさか、怪我でもしたのでは……」
「行ってみましょう」

 顔を見合わせ、リーリアとアマーリエは大木の方へと急いだ。
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