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第3章
31.邪神様は愉しいことが好き
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え?
アマーリエとフルードが声をハモらせる。だが、さらりと流された。
《すまん、何でもない。今話すことじゃねえから忘れてくれ。……セインが怒ってる件に関しては、狼神様に俺からしっかり言っといた。貸しにしといたから、きっちり返してもらう。それで良いだろ》
狼神様も愛し子や聖威師たちが心配で心配で仕方なかったんだ、廃神になっちまえば傷付くとか辛いどころのレベルじゃねえし、本気で取り返しが付かねえからな、と言い添えたフレイムに、フルードが押し黙る。
《ええ、それで十分よ》
その隙に、アマーリエはさっと答えた。良い子を演じたいわけではなく、本心だ。取り戻しがきかない最悪だけは回避するために、二番目三番目の悪手であってもより確実な手段を選ぶやり方が、絶対に間違っているとは言い切れない。
フルードもそれが分かっているので、咄嗟に反論できなかったのだ。
《ふふ、よくやったフレイム。貴重な貸しだ、返済漏れが無いように取り立てなくては》
腕組みし、満足げにウンウンと頷いたのは邪神だ。アマーリエはそっと尋ねる。
《あの……ラミルファ様は腹が立ったりとかなさらないんですか?》
よりによってフルードへの想いを利用され、実の長兄や水神、狼神など古き神々の掌で転がされ、踊らされていたのだから。内心はムカッ腹を立てていてもおかしくはない。
だが、邪神はケロリとした顔のまま、灰緑の目を細めて哄笑した。
《いや全然? 愉しければ全て良しなのだよ、僕は。そのためなら喜んで操り人形になり、滑稽な七転八倒でも華麗なブレイクダンスでもする。都合の良い鴨扱いされるなら、ネギを両手によく煮立った鍋に飛び込んでやろうとも》
皇国の方にそんなことわざがあったろう、と澄まし顔を浮かべている。
実際問題、ガルーンは本物の聖威師ではなかったし、特別降臨した自分は堂々と宝玉の側にいられる。彼からすれば、メリットも盛りだくさんではあるのだろう。
《ただし、僕を愉しませてくれることが前提だ。奏者が描いた譜面を面白いと感じなければ、その時は糸を引き千切って自由に動き出すよ。味付けの悪い鴨鍋にされそうになれば飛び出して暴れるしね》
随分と凶暴な鴨である。ここで、フルードが密かにラミルファに念話を送った。
《邪神様、私に仰って下さったことと違いますが》
ガルーンが聖威師になった報を受け、動転したフルードが助けを求めた時。この神はこう言った。
――セイン。僕を頼れ。僕を呼べ。――僕を使え。君が望むならば、いくらでも利用されてあげようとも。この僕を手足にできる栄誉と安堵に浸るが良い。不安など全て忘れろ
――君の手の中で、君の望むように舞ってあげよう。下手でも失敗しても構わない。僕の方で君が幸せになるよう動きを修正するから、セインは自分の思うままに操り糸で遊べば良い
――私はいつ如何なる時でもそなたの味方だ
《下手でも失敗しても良いと仰せだったではありませんか》
《あれは君への特別対応だよ》
宝玉が一生懸命に書いた台本であれば、内容が未熟でも退屈でも喜んで付き合ってやる。どうしてもマズイところはそっと修正してやれば良い。掌中の珠と一緒に踊れること自体が最高だからだ。
(どうしたのかしら、何だか嬉しそうだわ)
唇を持ち上げて不敵に微笑む邪神の胸中を知らないアマーリエは、ただ首を傾げる。そこでフレイムが問いかけた。
《で、そっちに異常は無かったか?》
《ああ。こちらでも分かったことがある》
魔物の再襲撃が無かったかと案じているのを察し、ラミルファが返した。
《アマーリエを襲った魔物を操っていたのは、おそらく魔神様だ。角から神威の残滓を解析した》
《……はぁ!?》
フレイムが素っ頓狂な声を上げる。
《ちょっと待て、魔神様って確か寝てるんじゃなかったか?》
《密かに覚醒した可能性がある》
今度は、ラミルファがこちら側で立てた推測を述べていく。しばし黙って聞いていたフレイムが呻いた。
《やめてくれよマジで。そーっと起きてそーっと動き出すとか、一番迷惑なやつじゃねえか。つか、何でユフィーを襲うんだよ》
《肝心のそこがまだ分からないのだよ。一体何が目的なのだろうね、魔神様は》
あー不思議だ、と肩を竦める邪神は、しかし、挙動の端々に警戒を滲ませている。いつ魔神が動いてもアマーリエたちを守れるように身構えているのだろう。
《とにかく、泡神様がオチたら水神様の説得をもっかい頼んで、そっちに戻る。もう少し待っててくれ》
そう言い置き、フレイムからの念話は切れた。
「アリステル、他の聖威師たちに情報を共有しましょう。滞留書の件と魔神様の件です」
「分かった」
フルードとアリステルが手早く役割分担をし、念話を開始した。手持ち無沙汰になったアマーリエは、食卓に並べられていた皇国料理を聖威で片付ける。そしてふと思い付き、フルードとアリステル、ラミルファだけに念話する。
《私は少しだけ庭の様子を見て来ます。魔物が暴れて、かなりあちこちが壊れたので。すぐに戻ります》
悲惨な状況になってしまった庭園は、現場保存も兼ねて、まだ復元していない。
(短時間だけなら離れても大丈夫よね。ずっとキッチンにこもるのとは違うもの。リーリア様や他の聖威師たちだって別の場所にいるけれど、遠視で守備範囲に収めているみたいだし)
ラミルファをチラと窺い、良しという首肯が返るのを確認したアマーリエは、視線で『気を付けて』と告げるフルードとアリステルに頷き、そっと賓客室を出た。
アマーリエとフルードが声をハモらせる。だが、さらりと流された。
《すまん、何でもない。今話すことじゃねえから忘れてくれ。……セインが怒ってる件に関しては、狼神様に俺からしっかり言っといた。貸しにしといたから、きっちり返してもらう。それで良いだろ》
狼神様も愛し子や聖威師たちが心配で心配で仕方なかったんだ、廃神になっちまえば傷付くとか辛いどころのレベルじゃねえし、本気で取り返しが付かねえからな、と言い添えたフレイムに、フルードが押し黙る。
《ええ、それで十分よ》
その隙に、アマーリエはさっと答えた。良い子を演じたいわけではなく、本心だ。取り戻しがきかない最悪だけは回避するために、二番目三番目の悪手であってもより確実な手段を選ぶやり方が、絶対に間違っているとは言い切れない。
フルードもそれが分かっているので、咄嗟に反論できなかったのだ。
《ふふ、よくやったフレイム。貴重な貸しだ、返済漏れが無いように取り立てなくては》
腕組みし、満足げにウンウンと頷いたのは邪神だ。アマーリエはそっと尋ねる。
《あの……ラミルファ様は腹が立ったりとかなさらないんですか?》
よりによってフルードへの想いを利用され、実の長兄や水神、狼神など古き神々の掌で転がされ、踊らされていたのだから。内心はムカッ腹を立てていてもおかしくはない。
だが、邪神はケロリとした顔のまま、灰緑の目を細めて哄笑した。
《いや全然? 愉しければ全て良しなのだよ、僕は。そのためなら喜んで操り人形になり、滑稽な七転八倒でも華麗なブレイクダンスでもする。都合の良い鴨扱いされるなら、ネギを両手によく煮立った鍋に飛び込んでやろうとも》
皇国の方にそんなことわざがあったろう、と澄まし顔を浮かべている。
実際問題、ガルーンは本物の聖威師ではなかったし、特別降臨した自分は堂々と宝玉の側にいられる。彼からすれば、メリットも盛りだくさんではあるのだろう。
《ただし、僕を愉しませてくれることが前提だ。奏者が描いた譜面を面白いと感じなければ、その時は糸を引き千切って自由に動き出すよ。味付けの悪い鴨鍋にされそうになれば飛び出して暴れるしね》
随分と凶暴な鴨である。ここで、フルードが密かにラミルファに念話を送った。
《邪神様、私に仰って下さったことと違いますが》
ガルーンが聖威師になった報を受け、動転したフルードが助けを求めた時。この神はこう言った。
――セイン。僕を頼れ。僕を呼べ。――僕を使え。君が望むならば、いくらでも利用されてあげようとも。この僕を手足にできる栄誉と安堵に浸るが良い。不安など全て忘れろ
――君の手の中で、君の望むように舞ってあげよう。下手でも失敗しても構わない。僕の方で君が幸せになるよう動きを修正するから、セインは自分の思うままに操り糸で遊べば良い
――私はいつ如何なる時でもそなたの味方だ
《下手でも失敗しても良いと仰せだったではありませんか》
《あれは君への特別対応だよ》
宝玉が一生懸命に書いた台本であれば、内容が未熟でも退屈でも喜んで付き合ってやる。どうしてもマズイところはそっと修正してやれば良い。掌中の珠と一緒に踊れること自体が最高だからだ。
(どうしたのかしら、何だか嬉しそうだわ)
唇を持ち上げて不敵に微笑む邪神の胸中を知らないアマーリエは、ただ首を傾げる。そこでフレイムが問いかけた。
《で、そっちに異常は無かったか?》
《ああ。こちらでも分かったことがある》
魔物の再襲撃が無かったかと案じているのを察し、ラミルファが返した。
《アマーリエを襲った魔物を操っていたのは、おそらく魔神様だ。角から神威の残滓を解析した》
《……はぁ!?》
フレイムが素っ頓狂な声を上げる。
《ちょっと待て、魔神様って確か寝てるんじゃなかったか?》
《密かに覚醒した可能性がある》
今度は、ラミルファがこちら側で立てた推測を述べていく。しばし黙って聞いていたフレイムが呻いた。
《やめてくれよマジで。そーっと起きてそーっと動き出すとか、一番迷惑なやつじゃねえか。つか、何でユフィーを襲うんだよ》
《肝心のそこがまだ分からないのだよ。一体何が目的なのだろうね、魔神様は》
あー不思議だ、と肩を竦める邪神は、しかし、挙動の端々に警戒を滲ませている。いつ魔神が動いてもアマーリエたちを守れるように身構えているのだろう。
《とにかく、泡神様がオチたら水神様の説得をもっかい頼んで、そっちに戻る。もう少し待っててくれ》
そう言い置き、フレイムからの念話は切れた。
「アリステル、他の聖威師たちに情報を共有しましょう。滞留書の件と魔神様の件です」
「分かった」
フルードとアリステルが手早く役割分担をし、念話を開始した。手持ち無沙汰になったアマーリエは、食卓に並べられていた皇国料理を聖威で片付ける。そしてふと思い付き、フルードとアリステル、ラミルファだけに念話する。
《私は少しだけ庭の様子を見て来ます。魔物が暴れて、かなりあちこちが壊れたので。すぐに戻ります》
悲惨な状況になってしまった庭園は、現場保存も兼ねて、まだ復元していない。
(短時間だけなら離れても大丈夫よね。ずっとキッチンにこもるのとは違うもの。リーリア様や他の聖威師たちだって別の場所にいるけれど、遠視で守備範囲に収めているみたいだし)
ラミルファをチラと窺い、良しという首肯が返るのを確認したアマーリエは、視線で『気を付けて』と告げるフルードとアリステルに頷き、そっと賓客室を出た。
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2024.07.05
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