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第3章
80.強者の余裕
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◆◆◆
『あの……ずっと気になっていたのですけれど。狼神様が暴れ神を止められるなら、最初からそうしていれば良かったのではないでしょうか?』
天界の水辺に咲くという花を持って見舞いに来てくれたフロースに、ベッドから身を起こしたアマーリエは、勇気を出して疑問をぶつけた。フレイムは茶の用意で席を外していた。
『古き神は中立を保たれることはお聞きしています。けれど……オーブリーやガルーンを利用して私たちの意識を逸らし、レシスの神罰が爆発するタイミングまで計りながら、天界の滞留書を箱から出して聖威師を昇天させよう、などと回りくどいことをしなくても。今回のように狼神様が疫神様を止めて下されば、聖威師の廃神化は防げたのですよね?』
なお、今回は滞留書の無効宣言が発動する寸前で、秀峰の閃きにより聖威師の主神たちが降臨した。結果、濃密な神威が幾つも乱立し拮抗したため、それらの力に圧される形で滞留無効の効果が出るのが遅れた。それは葬邪神にとっても予想外の事態だったため、狼神が来るのがあと一瞬遅ければ、自身の神威をもう少し解放して均衡を崩し、強引に効果を発動させるつもりだったという。
『そうでもない。あの騒ぎの後、狼神様ご自身が仰っていたよ。今回は本当に運が良かったと。狼神様が出る直前で、暴れ神様は遊ぶのをやめていた。アマーリエが泣いたのを見た時点で、準備運動は中断すると決めていたんだろう。だから、狼神様に押さえ込まれても抵抗しなかった』
疫神の力をもってすれば、その気さえあれば狼神の脚から脱出し、反撃することも可能だったという。狼神はそうなることを覚悟していたらしい。だが予想を外れ、疫神は大人しく抑えられ続けてくれていた。
『それに……狼神様と葬邪神様は、ご自身がどうこうではなく、私たちの意を汲んで下さったんだよ』
さざ波のような目を彼方に向けたフロースは、静かに続けた。
『焔神様と骸邪神様は、尊重派の筆頭だ。アマーリエやパパさんたちにとっては、頼もしい味方だと思う。けどそれは、強者の余裕の裏返しでもある』
『強者の余裕?』
『自分たちも生来の荒神だから、いざとなれば疫神様とも正面からやり合って愛し子や宝玉を守れる確信があるんだよ』
性格が控えめなので、疫神の苛烈さの前に圧倒されることはあるかもしれない。今回のように、聖威師や地上を守らなければならないという制限が付いていれば、力を出し切れずに押し負けもするだろう。
だがそれでも、愛し子や宝玉一人だけであれば守り切れる。その自信があるからこそ、安心して最愛の者の心を尊重できる。
『だけど、他の神は違う。もしもの時、荒ぶる神の御稜威に立ち向かえない。自分の愛し子を守り切れないかもしれない。最悪の場合、本当に廃神にさせてしまう。何より大切な己の寵児を』
狼神や葬邪神ならば止められると言っても、彼らとて愛し子や息子がいる。いざとなった時の最優先はそちらだろう。他の神や聖威師も大切な同胞なので、全力で守ろうとはするだろうが、それでもより重きを置くのは自分たちの『特別』なのだ。
『そんなリスクがあるなら、強引にでも神に戻して昇天させておこうと思うよ』
神格を出してしまえば、精神も神のそれになるため、聖威師の状態とは比較にならない程頑強になる。廃神になるリスクはほぼ無くなるのだ。
『実際のところ、疫神様には疫神様の御神慮があって、あなたたちを廃神にしないよう気を配っていたけど、私たちはそのことを知らなかったわけだから』
灰色がかった白い瞳が、じっとアマーリエを見た。
『その想いを、狼神様と葬邪神様は分かって下さった。だから動いたんだ。自分たちが動けば良いとか、生まれながらの荒神同士なら互角にやり合えるとか、そういうことじゃなくて、神々の意思を代表して行動して下さったんだよ。最年長の神の一柱として。きっと、我が父神もそうだったのだと思う』
他ならぬフレイムとラミルファも、それを分かっている。ゆえにこそ、軽い抗議だけで全てを水に流したのだ。
『焔神様と骸邪神様は、天界で最も強い神の一柱だ。その気にさえなれば、暴れ神にすら並び立つ。どこまでも聖威師の意思を尊重する懐の深さは、彼ら自身の資質ももちろんあるけど、真の強者ゆえの余裕だということを覚えておいた方が良い』
◆◆◆
(フレイム……)
疫神からアマーリエを守ろうとして、本能レベルでかけている抑制を外しかけたフレイム。あの時の彼を見て、自分は無意識にこう思ったのだ。
天界最強の神、と。
果て無き至高の高みへ行きかけていた彼は、アマーリエの声に反応して戻って来てくれた。今後同じようなことがあっても、心から呼べばまた振り向いてくれる。そう信じている。
――実はこの時、アマーリエは大きな思い違いをしていた。だが、それに気付くのはまだ先、彼女が大神官位を継承する時である。
『あの……ずっと気になっていたのですけれど。狼神様が暴れ神を止められるなら、最初からそうしていれば良かったのではないでしょうか?』
天界の水辺に咲くという花を持って見舞いに来てくれたフロースに、ベッドから身を起こしたアマーリエは、勇気を出して疑問をぶつけた。フレイムは茶の用意で席を外していた。
『古き神は中立を保たれることはお聞きしています。けれど……オーブリーやガルーンを利用して私たちの意識を逸らし、レシスの神罰が爆発するタイミングまで計りながら、天界の滞留書を箱から出して聖威師を昇天させよう、などと回りくどいことをしなくても。今回のように狼神様が疫神様を止めて下されば、聖威師の廃神化は防げたのですよね?』
なお、今回は滞留書の無効宣言が発動する寸前で、秀峰の閃きにより聖威師の主神たちが降臨した。結果、濃密な神威が幾つも乱立し拮抗したため、それらの力に圧される形で滞留無効の効果が出るのが遅れた。それは葬邪神にとっても予想外の事態だったため、狼神が来るのがあと一瞬遅ければ、自身の神威をもう少し解放して均衡を崩し、強引に効果を発動させるつもりだったという。
『そうでもない。あの騒ぎの後、狼神様ご自身が仰っていたよ。今回は本当に運が良かったと。狼神様が出る直前で、暴れ神様は遊ぶのをやめていた。アマーリエが泣いたのを見た時点で、準備運動は中断すると決めていたんだろう。だから、狼神様に押さえ込まれても抵抗しなかった』
疫神の力をもってすれば、その気さえあれば狼神の脚から脱出し、反撃することも可能だったという。狼神はそうなることを覚悟していたらしい。だが予想を外れ、疫神は大人しく抑えられ続けてくれていた。
『それに……狼神様と葬邪神様は、ご自身がどうこうではなく、私たちの意を汲んで下さったんだよ』
さざ波のような目を彼方に向けたフロースは、静かに続けた。
『焔神様と骸邪神様は、尊重派の筆頭だ。アマーリエやパパさんたちにとっては、頼もしい味方だと思う。けどそれは、強者の余裕の裏返しでもある』
『強者の余裕?』
『自分たちも生来の荒神だから、いざとなれば疫神様とも正面からやり合って愛し子や宝玉を守れる確信があるんだよ』
性格が控えめなので、疫神の苛烈さの前に圧倒されることはあるかもしれない。今回のように、聖威師や地上を守らなければならないという制限が付いていれば、力を出し切れずに押し負けもするだろう。
だがそれでも、愛し子や宝玉一人だけであれば守り切れる。その自信があるからこそ、安心して最愛の者の心を尊重できる。
『だけど、他の神は違う。もしもの時、荒ぶる神の御稜威に立ち向かえない。自分の愛し子を守り切れないかもしれない。最悪の場合、本当に廃神にさせてしまう。何より大切な己の寵児を』
狼神や葬邪神ならば止められると言っても、彼らとて愛し子や息子がいる。いざとなった時の最優先はそちらだろう。他の神や聖威師も大切な同胞なので、全力で守ろうとはするだろうが、それでもより重きを置くのは自分たちの『特別』なのだ。
『そんなリスクがあるなら、強引にでも神に戻して昇天させておこうと思うよ』
神格を出してしまえば、精神も神のそれになるため、聖威師の状態とは比較にならない程頑強になる。廃神になるリスクはほぼ無くなるのだ。
『実際のところ、疫神様には疫神様の御神慮があって、あなたたちを廃神にしないよう気を配っていたけど、私たちはそのことを知らなかったわけだから』
灰色がかった白い瞳が、じっとアマーリエを見た。
『その想いを、狼神様と葬邪神様は分かって下さった。だから動いたんだ。自分たちが動けば良いとか、生まれながらの荒神同士なら互角にやり合えるとか、そういうことじゃなくて、神々の意思を代表して行動して下さったんだよ。最年長の神の一柱として。きっと、我が父神もそうだったのだと思う』
他ならぬフレイムとラミルファも、それを分かっている。ゆえにこそ、軽い抗議だけで全てを水に流したのだ。
『焔神様と骸邪神様は、天界で最も強い神の一柱だ。その気にさえなれば、暴れ神にすら並び立つ。どこまでも聖威師の意思を尊重する懐の深さは、彼ら自身の資質ももちろんあるけど、真の強者ゆえの余裕だということを覚えておいた方が良い』
◆◆◆
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――実はこの時、アマーリエは大きな思い違いをしていた。だが、それに気付くのはまだ先、彼女が大神官位を継承する時である。
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