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第4章
3.遊戯の神
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「ゆ、遊運命神!? あの方がですか!?」
(と言っても、靄でほとんど見えなかったのだけれど……)
思わぬ事実に愕然とするアマーリエ。向かいのソファにピョンと飛び乗ったロールが、小さな手を伸ばして菓子皿に盛られていたフィナンシェを取る。材料から焼き加減まで全てをアマーリエの嗜好に合わせた、フレイム謹製の作だ。
「あっ、コラ! それはアマーリエの――」
「一個、ちょうだい」
「え? は、はい。お二方とも、お好きなだけお召し上がり下さい」
「ありがと」
次の瞬間、幼子の指に摘まれた菓子がドロリと溶ける。焦がしバターが効いたキツネ色の生地は、瞬く間にねっとりと糸を引く黒茶色の物体と化した。
(フルード様が見たらショックで卒倒しそうね)
アマーリエの指南役でもある大神官も、フィナンシェが大好物なのだ。
(……あら?)
氷菓子のように儚く繊細な美貌を持つ彼を思い浮かべた瞬間、脳裏にあることが閃いた。
「あの綺麗な光……フルード様の気と同じだったわ」
フルードが持つ、どこまでも透き通った透明な魂。それと同じ輝きを放っていた。
「遊運命神はな、自身の神威により生み出した神盤と駒を自在に動かすことで、まるで盤上遊戯をしているように運命を操作するんだ。と言っても、当然だが対局者はおらん。差し手は遊運命神だけだ。己の意に従い、自由自在に駒を踊らせ、盤上を思うままに彩る」
つまり、アマーリエが板と評したものは遊戯盤、光点は駒だったのだ。他にも、カードやルーレットなどを用いて運命制御を行うこともあるという。
「黒い盤面は、一切の幸福と希望のない闇の運命そのもの。その牢獄に閉じ込められた駒は、レシスの神罰が発現した者だろう。遊運命神にレシスを子々孫々まで呪う気があったかは知らんが、神威が強く末裔まで影響が出たのだろうなぁ」
「では、最後の綺麗な光は本当にフルード様……?」
「話を聞く限りではそうだ。それをぶっ壊してブン取っていったのはラミだ。遊運命神と同等の選ばれし神の神威をもって、盤外から強制乱入してフルードを救ったんだろう」
色々とハチャメチャな末の邪神である。
黒茶に染まった粘体を美味そうに頬張りながら、ロールも言う。
「映像、不鮮明。全部見えてない。多分、光、もう一つあった。アリステル。フルードみたいに綺麗ない。ピカピカしてない。夢、粗い、暗い。アリステルの光、埋もれて気付かなかった」
復讐を誓い、悪神に見初められ、自身も悪神となったアリステルの魂は、フルードとは対極にある。画質の悪い風景に紛れてしまっていたのだ。
「ヴェーゼが見初められたのはフルードと同年だが、月単位で細かい時期を見ればフルードより後に見初められたんだ。もう少し先まで夢を視ていれば、アイ……鬼神様の光がヴェーゼを助けるところも見られただろう」
「さらに先まで視る、また新しい光、現れる。それ、アマーリエ。神罰に選ばれた子」
選ばれなくて良い。切にそう思うアマーリエである。
なお、ダライやミリエーナ、フルードとアリステルの親たちは、潜在的に神罰の因子を継いでいるだけなので、あの黒い盤面にはいなかったらしい。神罰の影響が強く現れ、不幸と絶望の末路に行き着く運命にある者だけが、あの真っ黒な盤上に置かれるようだ。
「お前の場合、焔神様に見初められたことによって一度は黒盤から引っ張り出された。それでもしぶとく引き戻されかかっていたところを、俺の守護が入って完全に救出されたわけだ」
そうなるよう、這い蹲ってまで葬邪神に懇願したのはラミルファだ。最愛の弟の、文字通り身を投げ出す直訴。あれがなければ、葬邪神は動いていなかった。
だが、それに関して詳細を告げるつもりはない。末弟はこの件でアマーリエやフレイムに恩を着せることを望まないからだ。貸しにしようという気も全く持っていない。
ぱむぱむと妙な擬音語を発しながら、腐食した菓子を頬張るロールが、つと唇の端を上げた。
「ああ残念。ああ惜しい。それより先。さらに先。もっと先まで、視てれば良かった。そしたら、気付けたかも。起こすの、ちょっと早かった。申し訳なし。だから、お詫び。今の言葉、ヒント」
「え……」
(それって、昨日の意味ありげな言葉と関係があるの?)
問いかけるように幼児を見つめるが、これ以上の言葉はくれる気がないようだ。『もういっこ』と言いながら、新しくフィナンシェを掴んで腐らせている。
ロールに聞くのは諦め、駄目元で幼女の方に視線を移してみるが、やはりサラリと流された。なお、クラーラの方はフィナンシェをフィナンシェのまま食べている。アリステルに付き合っている内、人間の食事に慣れたそうだ。
「お前も教えない?」
「ああ。お前とラミが既にヒントを与えているようだからな。結果がどうなろうと構わん。同胞には損害が発生せんのだし」
悪神兄弟が何を言っているのかさっぱり分からないが、神罰関係で何かあるというのなら、フルードとアリステルも巻き込んで一緒に考えてもらった方が良いのかもしれない。疫神に告げられた意味ありげな言葉について。
(後でフルード様とアリステル様に相談してみましょう)
(と言っても、靄でほとんど見えなかったのだけれど……)
思わぬ事実に愕然とするアマーリエ。向かいのソファにピョンと飛び乗ったロールが、小さな手を伸ばして菓子皿に盛られていたフィナンシェを取る。材料から焼き加減まで全てをアマーリエの嗜好に合わせた、フレイム謹製の作だ。
「あっ、コラ! それはアマーリエの――」
「一個、ちょうだい」
「え? は、はい。お二方とも、お好きなだけお召し上がり下さい」
「ありがと」
次の瞬間、幼子の指に摘まれた菓子がドロリと溶ける。焦がしバターが効いたキツネ色の生地は、瞬く間にねっとりと糸を引く黒茶色の物体と化した。
(フルード様が見たらショックで卒倒しそうね)
アマーリエの指南役でもある大神官も、フィナンシェが大好物なのだ。
(……あら?)
氷菓子のように儚く繊細な美貌を持つ彼を思い浮かべた瞬間、脳裏にあることが閃いた。
「あの綺麗な光……フルード様の気と同じだったわ」
フルードが持つ、どこまでも透き通った透明な魂。それと同じ輝きを放っていた。
「遊運命神はな、自身の神威により生み出した神盤と駒を自在に動かすことで、まるで盤上遊戯をしているように運命を操作するんだ。と言っても、当然だが対局者はおらん。差し手は遊運命神だけだ。己の意に従い、自由自在に駒を踊らせ、盤上を思うままに彩る」
つまり、アマーリエが板と評したものは遊戯盤、光点は駒だったのだ。他にも、カードやルーレットなどを用いて運命制御を行うこともあるという。
「黒い盤面は、一切の幸福と希望のない闇の運命そのもの。その牢獄に閉じ込められた駒は、レシスの神罰が発現した者だろう。遊運命神にレシスを子々孫々まで呪う気があったかは知らんが、神威が強く末裔まで影響が出たのだろうなぁ」
「では、最後の綺麗な光は本当にフルード様……?」
「話を聞く限りではそうだ。それをぶっ壊してブン取っていったのはラミだ。遊運命神と同等の選ばれし神の神威をもって、盤外から強制乱入してフルードを救ったんだろう」
色々とハチャメチャな末の邪神である。
黒茶に染まった粘体を美味そうに頬張りながら、ロールも言う。
「映像、不鮮明。全部見えてない。多分、光、もう一つあった。アリステル。フルードみたいに綺麗ない。ピカピカしてない。夢、粗い、暗い。アリステルの光、埋もれて気付かなかった」
復讐を誓い、悪神に見初められ、自身も悪神となったアリステルの魂は、フルードとは対極にある。画質の悪い風景に紛れてしまっていたのだ。
「ヴェーゼが見初められたのはフルードと同年だが、月単位で細かい時期を見ればフルードより後に見初められたんだ。もう少し先まで夢を視ていれば、アイ……鬼神様の光がヴェーゼを助けるところも見られただろう」
「さらに先まで視る、また新しい光、現れる。それ、アマーリエ。神罰に選ばれた子」
選ばれなくて良い。切にそう思うアマーリエである。
なお、ダライやミリエーナ、フルードとアリステルの親たちは、潜在的に神罰の因子を継いでいるだけなので、あの黒い盤面にはいなかったらしい。神罰の影響が強く現れ、不幸と絶望の末路に行き着く運命にある者だけが、あの真っ黒な盤上に置かれるようだ。
「お前の場合、焔神様に見初められたことによって一度は黒盤から引っ張り出された。それでもしぶとく引き戻されかかっていたところを、俺の守護が入って完全に救出されたわけだ」
そうなるよう、這い蹲ってまで葬邪神に懇願したのはラミルファだ。最愛の弟の、文字通り身を投げ出す直訴。あれがなければ、葬邪神は動いていなかった。
だが、それに関して詳細を告げるつもりはない。末弟はこの件でアマーリエやフレイムに恩を着せることを望まないからだ。貸しにしようという気も全く持っていない。
ぱむぱむと妙な擬音語を発しながら、腐食した菓子を頬張るロールが、つと唇の端を上げた。
「ああ残念。ああ惜しい。それより先。さらに先。もっと先まで、視てれば良かった。そしたら、気付けたかも。起こすの、ちょっと早かった。申し訳なし。だから、お詫び。今の言葉、ヒント」
「え……」
(それって、昨日の意味ありげな言葉と関係があるの?)
問いかけるように幼児を見つめるが、これ以上の言葉はくれる気がないようだ。『もういっこ』と言いながら、新しくフィナンシェを掴んで腐らせている。
ロールに聞くのは諦め、駄目元で幼女の方に視線を移してみるが、やはりサラリと流された。なお、クラーラの方はフィナンシェをフィナンシェのまま食べている。アリステルに付き合っている内、人間の食事に慣れたそうだ。
「お前も教えない?」
「ああ。お前とラミが既にヒントを与えているようだからな。結果がどうなろうと構わん。同胞には損害が発生せんのだし」
悪神兄弟が何を言っているのかさっぱり分からないが、神罰関係で何かあるというのなら、フルードとアリステルも巻き込んで一緒に考えてもらった方が良いのかもしれない。疫神に告げられた意味ありげな言葉について。
(後でフルード様とアリステル様に相談してみましょう)
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