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第4章
10.ウェイブ再び
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◆◆◆
「失礼いたします」
「どなたか。お入りを」
大神官室の前でノックをすると、何故かウェイブがガチャッとドアを開けた。
(きゃー!)
「これはウェイブ様。ご挨拶いたします」
完全に予想外の姿の登場に、アマーリエは外向き用に貼り付けていた笑顔のまま挨拶を述べながら、ピョーンと後ろに飛び跳ねるという器用な芸当をやらかした。ラモスとディモスも驚きで仰け反っている。
「すまぬ、やはり驚かせてしまったか。私も従者ごっことやらを体験してみようと思ったのだが」
一つ瞬きしたウェイブが言う。開けた部屋の向こうではフロースが困った顔をし、金髪碧眼の従者姿に変化したラミルファが爆笑している。リーリアとアシュトン、そして羽衣を纏う女神が心配そうな顔でこちらを見ていた。
「アマーリエ、頑張ったのは分かりますが、笑顔で挨拶しながら飛び上がるのは明らかに不自然です。表情と言葉と動きを一致させましょう」
優しい口調で、しかし真面目に指導してくれるのはフルードだ。
「す、すみません」
「アマーリエ様、お気になさることはありませんわ。わたくしも驚いて、飛び跳ねはしなかったのですが、挨拶を思い切り噛みましたのよ……」
「は、波神しゃま、ようこしょ! と言っていたよね……ふふふっ」
「邪神様、再現なさらないで下さいまし! ――テスオラでは仮にも主任補佐の地位にありましたのに、何という失態……不覚ですわ!」
両手で顔を覆って呻くリーリア。指の間から覗く頰は真っ赤だ。
「ウェイブ、どなたかと聞いておきながら、返事も待たずに入室を促すのはおかしいよ。もしかしたら、不審者ですという答えが返って来るかもしれないのに」
フロースが真剣な顔で言うが、そんなアホな不審者はいない。いつもなら即座にツッコんでくれるフレイムは不在だ。ラミルファは腹を抑えてただ笑っている。
「そのような心配は不要だ。この部屋で少しでも怪しい真似をした瞬間、我が神威の波濤で海の藻屑にしてくれる」
せんで良い! 聖威師全員が心の中で叫んだ。フロースが細い眉を下げて目礼する。
「ごめん、アマーリエ。ウェイブはパパさんに会いに来たんだ。それで、邪神様が従者ごっこをしているのを見て興味深く思って、自分もちょっとやってみると言い出したみたいで」
そこに、書類確認を頼みにリーリアがやって来て、付いていたフロースともどもウェイブと鉢合わせたらしい。
「そ、そうでしたか。ご来臨の気配を察知できず、大変申し訳ございません」
「良い。気付けぬのも無理はない。眠り神たちが覚醒し、天地の神威が大きく乱れた余韻が残っているやもしれぬと思ったものでな。余計な刺激を与えぬよう、御稜威を極限まで抑えて降臨した」
10歳ほどの神が淡々と言う。ドアを閉めたアマーリエは、思わぬ幸運に気付いて密かに快哉を上げた。
(待って、これはラッキーではない? ラミルファ様とフロース様とウェイブ様、全員いらっしゃるもの……あっ)
失礼にならない程度に室内に目を走らせ、一点で止める。話したことのない神が一柱いる。妙齢の美女の姿をした神だ。ほっそりとした肢体に意思の強そうな眼差し。軽やかな衣には雲を織り上げたような羽衣を纏わせている。星降の儀でアシュトンと共にいた女神だ。目が合うと、キリリとした表情をふっと和ませてくれた。
だが、アマーリエが挨拶をする前に、ラミルファが声を発する方が早かった。
「君の聖獣たちは、最大限の厚遇を受けられたようで何よりだ」
「おめでとう、ラモス、ディモス。身内ができて嬉しいよ」
「我らも要請を出した甲斐があったというものだ」
フロースとウェイブも告げる。アマーリエは彼らに向かって叩頭した。ラモスとディモスもその場で深く頭を下げる。
「ラミルファ様、フロース様、ウェイブ様。この度はラモスとディモスに多大なるご温情をいただき、心より感謝申し上げます」
「謝意など不要。僕はただ、聖獣たちへの率直な評価を記したに過ぎない。さっさと顔を上げるが良い」
「私とウェイブも同じだ。私たちが勝手にやったことだから、頭を下げたりしないでくれ」
「高位の神たる我らを感嘆させた事実に自信を持つのだ」
三神の誰も、こちらに恩に着せるような物言いをしなかった。もちろんフロースも、ここで宝玉や妹の件を持ち出したりはしない。神は同胞には見返りを求めず尽くしてくれるのだ。この優しさが、同族以外には向けられないところが難点なのだが。
『神々の心遣いに感謝いたします』
『ご配慮いただき、お礼申し上げます』
聖獣たちの言葉に、フルードとアシュトンが追随した。
「ラモス、ディモス、おめでとうございます」
「心から祝意を表する。――そうでしょう、嵐神様」
アシュトンに振られた羽衣の女神が、凛とした美貌を緩めて頷いた。
「ああ。私も同胞の誕生を歓迎する」
「アマーリエも来てくれたならちょうど良いですね。話があるのですが、時間は大丈夫ですか?」
「はい」
むしろ、手が空いているのでやることはありませんかと聞きに来たくらいだ。
『では、私たちは主の邸に戻らせていただきます』
聖獣たちが退室しようとしたが、フルードは彼らを押し留めた。
「いいえ、あなたたちも同席していただけますか」
「失礼いたします」
「どなたか。お入りを」
大神官室の前でノックをすると、何故かウェイブがガチャッとドアを開けた。
(きゃー!)
「これはウェイブ様。ご挨拶いたします」
完全に予想外の姿の登場に、アマーリエは外向き用に貼り付けていた笑顔のまま挨拶を述べながら、ピョーンと後ろに飛び跳ねるという器用な芸当をやらかした。ラモスとディモスも驚きで仰け反っている。
「すまぬ、やはり驚かせてしまったか。私も従者ごっことやらを体験してみようと思ったのだが」
一つ瞬きしたウェイブが言う。開けた部屋の向こうではフロースが困った顔をし、金髪碧眼の従者姿に変化したラミルファが爆笑している。リーリアとアシュトン、そして羽衣を纏う女神が心配そうな顔でこちらを見ていた。
「アマーリエ、頑張ったのは分かりますが、笑顔で挨拶しながら飛び上がるのは明らかに不自然です。表情と言葉と動きを一致させましょう」
優しい口調で、しかし真面目に指導してくれるのはフルードだ。
「す、すみません」
「アマーリエ様、お気になさることはありませんわ。わたくしも驚いて、飛び跳ねはしなかったのですが、挨拶を思い切り噛みましたのよ……」
「は、波神しゃま、ようこしょ! と言っていたよね……ふふふっ」
「邪神様、再現なさらないで下さいまし! ――テスオラでは仮にも主任補佐の地位にありましたのに、何という失態……不覚ですわ!」
両手で顔を覆って呻くリーリア。指の間から覗く頰は真っ赤だ。
「ウェイブ、どなたかと聞いておきながら、返事も待たずに入室を促すのはおかしいよ。もしかしたら、不審者ですという答えが返って来るかもしれないのに」
フロースが真剣な顔で言うが、そんなアホな不審者はいない。いつもなら即座にツッコんでくれるフレイムは不在だ。ラミルファは腹を抑えてただ笑っている。
「そのような心配は不要だ。この部屋で少しでも怪しい真似をした瞬間、我が神威の波濤で海の藻屑にしてくれる」
せんで良い! 聖威師全員が心の中で叫んだ。フロースが細い眉を下げて目礼する。
「ごめん、アマーリエ。ウェイブはパパさんに会いに来たんだ。それで、邪神様が従者ごっこをしているのを見て興味深く思って、自分もちょっとやってみると言い出したみたいで」
そこに、書類確認を頼みにリーリアがやって来て、付いていたフロースともどもウェイブと鉢合わせたらしい。
「そ、そうでしたか。ご来臨の気配を察知できず、大変申し訳ございません」
「良い。気付けぬのも無理はない。眠り神たちが覚醒し、天地の神威が大きく乱れた余韻が残っているやもしれぬと思ったものでな。余計な刺激を与えぬよう、御稜威を極限まで抑えて降臨した」
10歳ほどの神が淡々と言う。ドアを閉めたアマーリエは、思わぬ幸運に気付いて密かに快哉を上げた。
(待って、これはラッキーではない? ラミルファ様とフロース様とウェイブ様、全員いらっしゃるもの……あっ)
失礼にならない程度に室内に目を走らせ、一点で止める。話したことのない神が一柱いる。妙齢の美女の姿をした神だ。ほっそりとした肢体に意思の強そうな眼差し。軽やかな衣には雲を織り上げたような羽衣を纏わせている。星降の儀でアシュトンと共にいた女神だ。目が合うと、キリリとした表情をふっと和ませてくれた。
だが、アマーリエが挨拶をする前に、ラミルファが声を発する方が早かった。
「君の聖獣たちは、最大限の厚遇を受けられたようで何よりだ」
「おめでとう、ラモス、ディモス。身内ができて嬉しいよ」
「我らも要請を出した甲斐があったというものだ」
フロースとウェイブも告げる。アマーリエは彼らに向かって叩頭した。ラモスとディモスもその場で深く頭を下げる。
「ラミルファ様、フロース様、ウェイブ様。この度はラモスとディモスに多大なるご温情をいただき、心より感謝申し上げます」
「謝意など不要。僕はただ、聖獣たちへの率直な評価を記したに過ぎない。さっさと顔を上げるが良い」
「私とウェイブも同じだ。私たちが勝手にやったことだから、頭を下げたりしないでくれ」
「高位の神たる我らを感嘆させた事実に自信を持つのだ」
三神の誰も、こちらに恩に着せるような物言いをしなかった。もちろんフロースも、ここで宝玉や妹の件を持ち出したりはしない。神は同胞には見返りを求めず尽くしてくれるのだ。この優しさが、同族以外には向けられないところが難点なのだが。
『神々の心遣いに感謝いたします』
『ご配慮いただき、お礼申し上げます』
聖獣たちの言葉に、フルードとアシュトンが追随した。
「ラモス、ディモス、おめでとうございます」
「心から祝意を表する。――そうでしょう、嵐神様」
アシュトンに振られた羽衣の女神が、凛とした美貌を緩めて頷いた。
「ああ。私も同胞の誕生を歓迎する」
「アマーリエも来てくれたならちょうど良いですね。話があるのですが、時間は大丈夫ですか?」
「はい」
むしろ、手が空いているのでやることはありませんかと聞きに来たくらいだ。
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「いいえ、あなたたちも同席していただけますか」
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