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第4章
23.金木犀の茶会
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◆◆◆
芳しい香りが風に乗って大気を色付ける。庭園の一角が見渡せるテラスには、大きな丸テーブルが置かれていた。白鳥の羽を編み込んだように美しいテーブルクロスの上に、スイーツと軽食が乗っている。
「お招きありがとう、アマーリエ、リーリア」
にこやかに言ったのはフルードだ。その横に立つアリステルも、眦を柔らかく下げている。
「お越し下さりありがとうございます」
アマーリエとリーリアはそろって一礼した。聖威師たちの出勤日を調整したところ、折良くこの四名の休暇を合わせることができたのだ。
(実家より先に、まずはリーリア様と約束していたお茶会よね)
ここはアマーリエの邸。金木犀の木を堪能できる場所にあるテラスで、先約の茶会を催すことにした。フルードとアリステルも呼ぶことをリーリアに打診すると、もちろんと快諾の返事がもらえた。
「見事なケーキですね」
テーブル上を見て顔を輝かせるフルードは、相当の甘党だ。砂糖をどっさり使った焼き菓子や、クリームたっぷりの生菓子には目がないそうだ。
「こちらのフルーツケーキは、金木犀の花びらを砂糖漬けにしたものを散らしています。ガトーショコラはビターチョコレートを使用しているので、甘いものを好まない方もお召し上がりいただけるかと」
「フロマージュタルトもありますのよ。クリームチーズとベイクドチーズが二層になっておりますの」
アリステルが弟をちょんちょんとつついた。
「良かったな、お前が好きなフィナンシェがあるぞ」
「ええ、嬉しいです。アリステルがお気に入りのクラッカーもありますよ。パンやサラダ、キッシュ、シチューにスープもありますし、ここでお昼が食べられそうですね」
リーリアの背後からひょっこり顔を覗かせ、フロースが感嘆の声を漏らす。
「神官の仕事もあるのに、よくこれだけ準備したな。チョコレート、マシュマロ、マドレーヌ、クッキー、ゼリー、ナッツ、チーズ、チップス……。聖威で出したのか?」
「いいえ、実を申しますと、ほとんど焔神様が作って下さったのですわ」
「私たちはほんの少し、仕上げや飾り付けを手伝っただけなの」
フレイムとてアマーリエの従者ごっこをしているのに、一体どうやって時間を捻出しているのか。神威を使って要所要所の補助はしているようだが、一瞬で完成品を出すことはしておらず、基本的には手作りしているのだ。
「きちんと甘くないものも用意してくれたようで何よりだ。学習しているじゃないか」
「お前のために作ったんじゃねえよ、アリステルのためだよ!」
フルードにくっ付いて来たラミルファがヘラりと笑い、フレイムが目を三角にして言い返している。それを聞き流しながら、アマーリエはカップを配った。金木犀の茶会なので、もちろん金木犀の花茶だ。パンに添えるジャムも金木犀を使っている。
「晴れて良かったですね」
「ええ、本当に良いお天気ですわ」
フルードとリーリアが和やかに話しながら席に着く。今日は無礼講なので、上座や下座は気にしない。アマーリエもリーリアの隣に座った。アリステルはフルードの隣だ。その横に、ラミルファ、フレイム、フロースが並んで座っている。
「こっちのチーズクッキーとコーヒークッキーは、砂糖入れてねえからな。これはワインゼリーで、甘くねえから」
「ここに盛ってあるのはクレープ生地か。自分で好きな具材を巻いて食べるんだね」
フレイムとフロースが優しい口調でアリステルに話しかけている。参加している聖威師の中で、彼だけ主神も包翼神も同席していないため、気を配っているのだ。本来は己の愛し子や宝玉の隣に陣取るところ、三神で固まって座っているのも、アリステルを一人はみ出させないためだろう。
茶会には葬邪神と疫神も招待したのだが、『我、人間と味の嗜好違う。我と一緒に食べる、雛たち、気分悪くなるかも』とまさかの気遣いを見せた疫神に付き合い、葬邪神も参加を見合わせた。先日はフレイムのフィナンシェを腐らせて頬張っていた疫神だが、あれでも相当に抑えていた方だったらしい。
「いただきます」
まずは花茶を一口含んだフルードとアリステルが、同じ美貌を綻ばせた。だが、フルードの方が兄より感情の表出具合が大きい。
「とても美味しいです」
「ああ、香りが良い」
アマーリエとリーリアがにこやかに応じる。
「金木犀の芳香が苦手な方もいますけれど、私は好きです」
「わたくしも、すっかりこの香りの虜になってしまいましたの」
話に花を咲かせ始めた聖威師たちを眺めながら、天の神々もカップを傾けている。
「良い味だ。レアナも寝る前に飲んでいるんだよ。例のポプリで金木犀に目覚めたらしくて」
「リラックス効果があるからな。温かいのを一杯飲むと良いんだぜ」
「うん、湯気の立つ金木犀茶で心身を解したら、すぐに眠れるみたいだ」
「色も透き通っているから、視覚的にも楽しめるだろうね」
フロースとフレイムの会話に加わるラミルファは、鮮やかな花が浮かぶ茶を悠然と飲んでいる。
「それはそうと、リーリアがすぐに眠ってしまうなら、泡神様はまだベッドの中で何もしていないのかい?」
芳しい香りが風に乗って大気を色付ける。庭園の一角が見渡せるテラスには、大きな丸テーブルが置かれていた。白鳥の羽を編み込んだように美しいテーブルクロスの上に、スイーツと軽食が乗っている。
「お招きありがとう、アマーリエ、リーリア」
にこやかに言ったのはフルードだ。その横に立つアリステルも、眦を柔らかく下げている。
「お越し下さりありがとうございます」
アマーリエとリーリアはそろって一礼した。聖威師たちの出勤日を調整したところ、折良くこの四名の休暇を合わせることができたのだ。
(実家より先に、まずはリーリア様と約束していたお茶会よね)
ここはアマーリエの邸。金木犀の木を堪能できる場所にあるテラスで、先約の茶会を催すことにした。フルードとアリステルも呼ぶことをリーリアに打診すると、もちろんと快諾の返事がもらえた。
「見事なケーキですね」
テーブル上を見て顔を輝かせるフルードは、相当の甘党だ。砂糖をどっさり使った焼き菓子や、クリームたっぷりの生菓子には目がないそうだ。
「こちらのフルーツケーキは、金木犀の花びらを砂糖漬けにしたものを散らしています。ガトーショコラはビターチョコレートを使用しているので、甘いものを好まない方もお召し上がりいただけるかと」
「フロマージュタルトもありますのよ。クリームチーズとベイクドチーズが二層になっておりますの」
アリステルが弟をちょんちょんとつついた。
「良かったな、お前が好きなフィナンシェがあるぞ」
「ええ、嬉しいです。アリステルがお気に入りのクラッカーもありますよ。パンやサラダ、キッシュ、シチューにスープもありますし、ここでお昼が食べられそうですね」
リーリアの背後からひょっこり顔を覗かせ、フロースが感嘆の声を漏らす。
「神官の仕事もあるのに、よくこれだけ準備したな。チョコレート、マシュマロ、マドレーヌ、クッキー、ゼリー、ナッツ、チーズ、チップス……。聖威で出したのか?」
「いいえ、実を申しますと、ほとんど焔神様が作って下さったのですわ」
「私たちはほんの少し、仕上げや飾り付けを手伝っただけなの」
フレイムとてアマーリエの従者ごっこをしているのに、一体どうやって時間を捻出しているのか。神威を使って要所要所の補助はしているようだが、一瞬で完成品を出すことはしておらず、基本的には手作りしているのだ。
「きちんと甘くないものも用意してくれたようで何よりだ。学習しているじゃないか」
「お前のために作ったんじゃねえよ、アリステルのためだよ!」
フルードにくっ付いて来たラミルファがヘラりと笑い、フレイムが目を三角にして言い返している。それを聞き流しながら、アマーリエはカップを配った。金木犀の茶会なので、もちろん金木犀の花茶だ。パンに添えるジャムも金木犀を使っている。
「晴れて良かったですね」
「ええ、本当に良いお天気ですわ」
フルードとリーリアが和やかに話しながら席に着く。今日は無礼講なので、上座や下座は気にしない。アマーリエもリーリアの隣に座った。アリステルはフルードの隣だ。その横に、ラミルファ、フレイム、フロースが並んで座っている。
「こっちのチーズクッキーとコーヒークッキーは、砂糖入れてねえからな。これはワインゼリーで、甘くねえから」
「ここに盛ってあるのはクレープ生地か。自分で好きな具材を巻いて食べるんだね」
フレイムとフロースが優しい口調でアリステルに話しかけている。参加している聖威師の中で、彼だけ主神も包翼神も同席していないため、気を配っているのだ。本来は己の愛し子や宝玉の隣に陣取るところ、三神で固まって座っているのも、アリステルを一人はみ出させないためだろう。
茶会には葬邪神と疫神も招待したのだが、『我、人間と味の嗜好違う。我と一緒に食べる、雛たち、気分悪くなるかも』とまさかの気遣いを見せた疫神に付き合い、葬邪神も参加を見合わせた。先日はフレイムのフィナンシェを腐らせて頬張っていた疫神だが、あれでも相当に抑えていた方だったらしい。
「いただきます」
まずは花茶を一口含んだフルードとアリステルが、同じ美貌を綻ばせた。だが、フルードの方が兄より感情の表出具合が大きい。
「とても美味しいです」
「ああ、香りが良い」
アマーリエとリーリアがにこやかに応じる。
「金木犀の芳香が苦手な方もいますけれど、私は好きです」
「わたくしも、すっかりこの香りの虜になってしまいましたの」
話に花を咲かせ始めた聖威師たちを眺めながら、天の神々もカップを傾けている。
「良い味だ。レアナも寝る前に飲んでいるんだよ。例のポプリで金木犀に目覚めたらしくて」
「リラックス効果があるからな。温かいのを一杯飲むと良いんだぜ」
「うん、湯気の立つ金木犀茶で心身を解したら、すぐに眠れるみたいだ」
「色も透き通っているから、視覚的にも楽しめるだろうね」
フロースとフレイムの会話に加わるラミルファは、鮮やかな花が浮かぶ茶を悠然と飲んでいる。
「それはそうと、リーリアがすぐに眠ってしまうなら、泡神様はまだベッドの中で何もしていないのかい?」
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