317 / 618
第4章
33.至福の思い出
しおりを挟む
◆◆◆
「さあセイン、お昼の時間だ。どれにする?」
パカっと開いた大きなバスケットには、パンがぎっしり詰まっている。
クロワッサンにロールパン、フルーツパンとベーグル、チーズパン、チョコレートパン、デニッシュ、カスクート、ピザパン、シチューパン、クリームパン……様々な品が整然と並べられた、まさにパンの宝石箱。
別添えで、バターとジャム類、クリーム、シロップやソースに各種調味料の小瓶が入った籠も置いてある。
「どれでも幾つでも好きな味付けでお食べ。もちろん全部食べても良いのだよ」
上機嫌な邪神がにこにことバスケットを差し出す。中身を見つめてうーんと考え込んだフルードは、隅っこにひっそりと挟み込まれていたパンを取った。小麦を練って焼いただけの、シンプルな丸パンだ。ベーカリーショップに行けば、籠に盛られて最安値で叩き売られているような、庶民的なものである。
「最初はこれにします」
「……くっ……!」
何かに打ちのめされたような、敗北感満載の顔でガックリと肩を落とすラミルファ。
「どうして君はいつもいつも丸パンばかり選ぶのだい」
「僕の至福の思い出だからです。ラミ様と最初にお会いした時にいただいたこのパンが、僕が生まれて初めて口にしたまともな食べ物でした。一口食べて、これが天上の味だと思いましたよ」
フルードは丸パンを一口ちぎって口に入れ、心の底から幸せそうな顔で微笑む。
「やっぱりこれが一番美味しいですね」
「せめてバターやジャムを付けておくれ」
対面に座る邪神は、愛しそうな切なそうな、ちょっぴり悲しそうな、複雑な表情を刷いた。
「最初にもっと良いものをあげていれば……あの時は人間の食べ物をよく知らなかったから……僕としたことが」
口の中でブツブツと呟いている。フルードの胸から、パチッと小さな火花が弾けた。
「何だい? ……そもそも丸パンを入れなければ良いだろ? 丸パンがあっても他のパンを取ってくれるようにならなければ意味がないじゃないか。大体、君がもっとしっかりセインの胃袋を掴んで、贅沢な味に慣れされていれば良かった話だろう。全く、使えないな君は。……やーい負け惜しみ? うるさいな、君の方こそ――」
フルードは二神の会話を聞き流しながら丸パンを咀嚼する。
『自身の内にいるお兄様』が自身の包翼神と掛け合っているのも、もう慣れた。こちらのお兄様は、半歩間違えれば疫神も驚愕のトンデモ行動を躊躇なく実行するので、普段は極力表に出ないで下さいと頼みに頼んでいる。
その甲斐もあり、フルードが一人の時や、ラミルファやフレイムなど近しい神しかいない時を除けば、ほとんど大人しくしてくれている。
丸パンを食べ終わり、自分好みの味と濃さ、温度に淹れられた紅茶を一口飲む。薄くスライスされたレモンやオレンジ、林檎などが添えられていたため、少し悩んでオレンジを浮かべた。
熱々のオレンジティーを堪能しながらバスケットを見つめ、次のパンはどれにしようかと考える。クロワッサンにバター、ベーグルにジャム、あるいはピザパンにオリーブオイルか、カスクートにドレッシング……次々に思い浮かぶ選択肢に頭を悩ませていると、不意にラミルファが無言になり、薄い笑みを浮かべた。
「…どうやらきちんと辿り着けたようで何よりだ。セイン、いや、フルード。残念だがランチタイムは早々に終了だ。パンは後でお食べ」
自分への呼称が変わったことで、有事が起こった――あるいはこれから起こる――ことを察し、表情を引き締める。
完全にプライベートな時を除けば、勤務中やその延長にある時間は、互いを秘め名や愛称で呼ばない。これは、フルードがラミルファに願って了承されたことだ。
偽聖威師の騒動の際、葬邪神の異空間に閉じ込められた時はその限りではなかったが、あの空間内では普段秘している包珠の関係を表出させていたので別枠だ。
「何かありましたか?」
一体何事だろうかと思いながら問いかける。焔の神器がスゥッとフルードの奥へと引っ込み、バスケットを異空間に収納した邪神は唇の端をつり上げた。
「すぐに分かるよ。さて、彼女とフレイムの分の紅茶も準備をしておこうか。きっとヴェーゼも来るだろう」
彼女という単語とフレイムの名が同時に出たことで、どうやらアマーリエ関係で何かあったようだと勘付く。
その少し後、フルードの脳裏で念話が弾けた。
「さあセイン、お昼の時間だ。どれにする?」
パカっと開いた大きなバスケットには、パンがぎっしり詰まっている。
クロワッサンにロールパン、フルーツパンとベーグル、チーズパン、チョコレートパン、デニッシュ、カスクート、ピザパン、シチューパン、クリームパン……様々な品が整然と並べられた、まさにパンの宝石箱。
別添えで、バターとジャム類、クリーム、シロップやソースに各種調味料の小瓶が入った籠も置いてある。
「どれでも幾つでも好きな味付けでお食べ。もちろん全部食べても良いのだよ」
上機嫌な邪神がにこにことバスケットを差し出す。中身を見つめてうーんと考え込んだフルードは、隅っこにひっそりと挟み込まれていたパンを取った。小麦を練って焼いただけの、シンプルな丸パンだ。ベーカリーショップに行けば、籠に盛られて最安値で叩き売られているような、庶民的なものである。
「最初はこれにします」
「……くっ……!」
何かに打ちのめされたような、敗北感満載の顔でガックリと肩を落とすラミルファ。
「どうして君はいつもいつも丸パンばかり選ぶのだい」
「僕の至福の思い出だからです。ラミ様と最初にお会いした時にいただいたこのパンが、僕が生まれて初めて口にしたまともな食べ物でした。一口食べて、これが天上の味だと思いましたよ」
フルードは丸パンを一口ちぎって口に入れ、心の底から幸せそうな顔で微笑む。
「やっぱりこれが一番美味しいですね」
「せめてバターやジャムを付けておくれ」
対面に座る邪神は、愛しそうな切なそうな、ちょっぴり悲しそうな、複雑な表情を刷いた。
「最初にもっと良いものをあげていれば……あの時は人間の食べ物をよく知らなかったから……僕としたことが」
口の中でブツブツと呟いている。フルードの胸から、パチッと小さな火花が弾けた。
「何だい? ……そもそも丸パンを入れなければ良いだろ? 丸パンがあっても他のパンを取ってくれるようにならなければ意味がないじゃないか。大体、君がもっとしっかりセインの胃袋を掴んで、贅沢な味に慣れされていれば良かった話だろう。全く、使えないな君は。……やーい負け惜しみ? うるさいな、君の方こそ――」
フルードは二神の会話を聞き流しながら丸パンを咀嚼する。
『自身の内にいるお兄様』が自身の包翼神と掛け合っているのも、もう慣れた。こちらのお兄様は、半歩間違えれば疫神も驚愕のトンデモ行動を躊躇なく実行するので、普段は極力表に出ないで下さいと頼みに頼んでいる。
その甲斐もあり、フルードが一人の時や、ラミルファやフレイムなど近しい神しかいない時を除けば、ほとんど大人しくしてくれている。
丸パンを食べ終わり、自分好みの味と濃さ、温度に淹れられた紅茶を一口飲む。薄くスライスされたレモンやオレンジ、林檎などが添えられていたため、少し悩んでオレンジを浮かべた。
熱々のオレンジティーを堪能しながらバスケットを見つめ、次のパンはどれにしようかと考える。クロワッサンにバター、ベーグルにジャム、あるいはピザパンにオリーブオイルか、カスクートにドレッシング……次々に思い浮かぶ選択肢に頭を悩ませていると、不意にラミルファが無言になり、薄い笑みを浮かべた。
「…どうやらきちんと辿り着けたようで何よりだ。セイン、いや、フルード。残念だがランチタイムは早々に終了だ。パンは後でお食べ」
自分への呼称が変わったことで、有事が起こった――あるいはこれから起こる――ことを察し、表情を引き締める。
完全にプライベートな時を除けば、勤務中やその延長にある時間は、互いを秘め名や愛称で呼ばない。これは、フルードがラミルファに願って了承されたことだ。
偽聖威師の騒動の際、葬邪神の異空間に閉じ込められた時はその限りではなかったが、あの空間内では普段秘している包珠の関係を表出させていたので別枠だ。
「何かありましたか?」
一体何事だろうかと思いながら問いかける。焔の神器がスゥッとフルードの奥へと引っ込み、バスケットを異空間に収納した邪神は唇の端をつり上げた。
「すぐに分かるよ。さて、彼女とフレイムの分の紅茶も準備をしておこうか。きっとヴェーゼも来るだろう」
彼女という単語とフレイムの名が同時に出たことで、どうやらアマーリエ関係で何かあったようだと勘付く。
その少し後、フルードの脳裏で念話が弾けた。
4
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―
鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。
泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。
まだ八歳。
それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。
並ぶのは、かわいい雑貨。
そして、かわいい魔法の雑貨。
お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、
冷めないティーカップ、
時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。
静かに広がる評判の裏で、
かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。
ざまぁは控えめ、日常はやさしく。
かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。
---
この文面は
✔ アルファポリス向け文字数
✔ 女子読者に刺さるワード配置
✔ ネタバレしすぎない
✔ ほのぼの感キープ
を全部満たしています。
次は
👉 タグ案
👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字)
どちらにしますか?
母は何処? 父はだぁれ?
穂村満月
ファンタジー
うちは、父3人母2人妹1人の7人家族だ。
産みの母は誰だかわかるが、実父は誰だかわからない。
妹も、実妹なのか不明だ。
そんなよくわからない家族の中で暮らしていたが、ある日突然、実母がいなくなってしまった。
父たちに聞いても、母のことを教えてはくれない。
母は、どこへ行ってしまったんだろう!
というところからスタートする、
さて、実父は誰でしょう? というクイズ小説です。
変な家族に揉まれて、主人公が成長する物語でもなく、
家族とのふれあいを描くヒューマンドラマでもありません。
意味のわからない展開から、誰の子なのか想像してもらえたらいいなぁ、と思っております。
前作「死んでないのに異世界転生? 三重苦だけど頑張ります」の完結記念ssの「誰の子産むの?」のアンサーストーリーになります。
もう伏線は回収しきっているので、変なことは起きても謎は何もありません。
単体でも楽しめるように書けたらいいな、と思っておりますが、前作の設定とキャラクターが意味不明すぎて、説明するのが難しすぎました。嫁の夫をお父さんお母さん呼びするのを諦めたり、いろんな変更を行っております。設定全ては持ってこれないことを先にお詫びします。
また、先にこちらを読むと、1話目から前作のネタバレが大量に飛び出すことも、お詫び致します。
「小説家になろう」で連載していたものです。
婚約破棄をしておけば
あんど もあ
ファンタジー
王太子アントワーヌの婚約者のレアリゼは、アントワーヌに嫌われていた。男を立てぬ女らしくないレアリゼが悪い、と皆に思われて孤立無援なレアリゼ。彼女は報われぬままひたすら国のために働いた……と思われていたが実は……。
婚約破棄されたから、執事と家出いたします
編端みどり
恋愛
拝啓 お父様
王子との婚約が破棄されました。わたくしは執事と共に家出いたします。
悪女と呼ばれた令嬢は、親、婚約者、友人に捨てられた。
彼女の危機を察した執事は、令嬢に気持ちを伝え、2人は幸せになる為に家を出る決意をする。
準備万端で家出した2人はどこへ行くのか?!
残された身勝手な者達はどうなるのか!
※時間軸が過去に戻ったり現在に飛んだりします。
※☆の付いた話は、残酷な描写あり
【読切短編】処刑前夜、地下牢に現れた王女は言った。「お前でなければ駄目なんだ」滅びの未来を覆す、騎士との契約
Lihito
ファンタジー
王国騎士団の副長ヴェルドは、無実の罪で投獄され、明日処刑される運命にあった。
腐敗した国に絶望し、静かに死を待つ夜。
地下牢に現れたのは、実権を持たない「傀儡」と噂されるイゾルデ王女。
彼女はヴェルドに仮死毒を渡し、こう告げた。
「死んで、私の影になれ」
彼女は知っていた。
この国が三年後に滅ぶこと。誰が裏切り者か。
そして——ヴェルドこそが、国を救うための唯一の「切り札」であることを。
これは、滅びの未来を知る孤独な王女と、一度死んで生まれ変わった騎士が、裏から国を救う「共犯」の物語。
私たちの離婚幸福論
桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』
放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」
王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。
しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!?
「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!)
怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる