神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘

文字の大きさ
317 / 603
第4章

33.至福の思い出

しおりを挟む
 ◆◆◆

「さあセイン、お昼の時間だ。どれにする?」

 パカっと開いた大きなバスケットには、パンがぎっしり詰まっている。

 クロワッサンにロールパン、フルーツパンとベーグル、チーズパン、チョコレートパン、デニッシュ、カスクート、ピザパン、シチューパン、クリームパン……様々な品が整然と並べられた、まさにパンの宝石箱。
 別添えで、バターとジャム類、クリーム、シロップやソースに各種調味料の小瓶が入った籠も置いてある。

「どれでも幾つでも好きな味付けでお食べ。もちろん全部食べても良いのだよ」

 上機嫌な邪神がにこにことバスケットを差し出す。中身を見つめてうーんと考え込んだフルードは、隅っこにひっそりと挟み込まれていたパンを取った。小麦を練って焼いただけの、シンプルな丸パンだ。ベーカリーショップに行けば、籠に盛られて最安値で叩き売られているような、庶民的なものである。

「最初はこれにします」
「……くっ……!」

 何かに打ちのめされたような、敗北感満載の顔でガックリと肩を落とすラミルファ。

「どうして君はいつもいつも丸パンばかり選ぶのだい」
「僕の至福の思い出だからです。ラミ様と最初にお会いした時にいただいたこのパンが、僕が生まれて初めて口にしたまともな食べ物でした。一口食べて、これが天上の味だと思いましたよ」

 フルードは丸パンを一口ちぎって口に入れ、心の底から幸せそうな顔で微笑む。

「やっぱりこれが一番美味しいですね」
「せめてバターやジャムを付けておくれ」

 対面に座る邪神は、愛しそうな切なそうな、ちょっぴり悲しそうな、複雑な表情を刷いた。

「最初にもっと良いものをあげていれば……あの時は人間の食べ物をよく知らなかったから……僕としたことが」

 口の中でブツブツと呟いている。フルードの胸から、パチッと小さな火花が弾けた。

「何だい? ……そもそも丸パンを入れなければ良いだろ? 丸パンがあっても他のパンを取ってくれるようにならなければ意味がないじゃないか。大体、君がもっとしっかりセインの胃袋を掴んで、贅沢な味に慣れされていれば良かった話だろう。全く、使えないな君は。……やーい負け惜しみ? うるさいな、君の方こそ――」

 フルードは二神の会話を聞き流しながら丸パンを咀嚼する。

『自身の内にいるお兄様』が自身の包翼神と掛け合っているのも、もう慣れた。は、半歩間違えれば疫神も驚愕のトンデモ行動を躊躇なく実行するので、普段は極力表に出ないで下さいと頼みに頼んでいる。

 その甲斐もあり、フルードが一人の時や、ラミルファやフレイムなど近しい神しかいない時を除けば、ほとんど大人しくしてくれている。

 丸パンを食べ終わり、自分好みの味と濃さ、温度に淹れられた紅茶を一口飲む。薄くスライスされたレモンやオレンジ、林檎などが添えられていたため、少し悩んでオレンジを浮かべた。

 熱々のオレンジティーを堪能しながらバスケットを見つめ、次のパンはどれにしようかと考える。クロワッサンにバター、ベーグルにジャム、あるいはピザパンにオリーブオイルか、カスクートにドレッシング……次々に思い浮かぶ選択肢に頭を悩ませていると、不意にラミルファが無言になり、薄い笑みを浮かべた。

「…どうやらきちんと辿り着けたようで何よりだ。セイン、いや、フルード。残念だがランチタイムは早々に終了だ。パンは後でお食べ」

 自分への呼称が変わったことで、有事が起こった――あるいはこれから起こる――ことを察し、表情を引き締める。

 完全にプライベートな時を除けば、勤務中やその延長にある時間は、互いを秘め名や愛称で呼ばない。これは、フルードがラミルファに願って了承されたことだ。
 偽聖威師の騒動の際、葬邪神の異空間に閉じ込められた時はその限りではなかったが、あの空間内では普段秘している包珠の関係を表出させていたので別枠だ。

「何かありましたか?」

 一体何事だろうかと思いながら問いかける。焔の神器がスゥッとフルードの奥へと引っ込み、バスケットを異空間に収納した邪神は唇の端をつり上げた。

「すぐに分かるよ。さて、彼女とフレイムの分の紅茶も準備をしておこうか。きっとヴェーゼも来るだろう」

 彼女という単語とフレイムの名が同時に出たことで、どうやらアマーリエ関係で何かあったようだと勘付く。

 その少し後、フルードの脳裏で念話が弾けた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』

鷹 綾
恋愛
「お前のようなガキは嫌いだ」 幼く見える容姿を理由に、婚約者ライオネルから一方的に婚約を破棄された 公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク。 その夜、嫉妬に狂った伯爵令嬢に突き落とされ、 彼女は一年もの間、意識不明の重体に陥る――。 目を覚ました彼女は、大人びた美貌を手に入れていた。 だが、中身は何ひとつ変わっていない。 にもかかわらず、 かつて彼女を「幼すぎる」と切り捨てた元婚約者は態度を一変させ、 「やり直したい」とすり寄ってくる。 「見かけが変わっても、中身は同じです。 それでもあなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」 静かにそう告げ、シルフィーネは過去を見限る。 やがて彼女に興味を示したのは、 隣国ノルディアの王太子エドワルド。 彼が見ていたのは、美貌ではなく―― 対話し、考え、異論を述べる彼女の“在り方”だった。 これは、 外見で価値を決められた令嬢が、 「選ばれる人生」をやめ、 自分の意思で未来を選び直す物語。 静かなざまぁと、 対等な関係から始まる大人の恋。 そして―― 自分の人生を、自分の言葉で生きるための物語。 ---

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

できない子に転生しましたが、家族と食卓があれば十分です ―人間不信だった私が、ゆっくり育つ異世界生活―

愛朱ひいろ
ファンタジー
人の顔色ばかり伺い、心を壊した26歳の会社員女性。 彼女は死後、異世界で「できない子」として転生する。 魔法は使えない。 体は不器用で、成長も人より遅い。 前世の記憶のせいで、人と関わることが少し怖い。 けれどこの世界には、 見守り支えてくれる両親と、 あたたかい食卓があった。 泣いて、つまずいて、できないことに落ち込みながら、 彼女は少しずつ「できないままでも、生きていていい」と知っていく。 これは、 最強でもチートでもない主人公が、 家族と食事に支えられながら、ゆっくり育ち直す 生活密着型・異世界転生×成長×グルメファンタジー。 ……の、予定です。 毎日更新できるように執筆がんばります!

処理中です...