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第5章
1.終わりへの秒読み
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◆◆◆
「もう大丈夫だよ」
そう言って差し伸べられた手は、まだ幼子だった自分にはとてもとても大きく感じた。
「助けて下さってありがとうございます」
おずおずと礼を言うと、その人は柔らかに微笑んだ。すぐに踵を返し、怪我人を救護する指示を出しに行ってしまう。
周囲を見回せば、あちこちから煙が上がり、何かが焦げた臭いが立ち込めている。景観の良かった街並みは破壊され、砕けた瓦礫や破片が散らばる惨状だ。
あっという間に遠くなったあの人が、手を天に掲げる。集った甚大な力が渦を巻き、一陣の風となって街を吹き抜ける。穏やかな風に撫でられた後、壊滅級の被害を受けたはずの街はすっかり元通りになっていた。
人々の間から歓声が上がる。手当に走り回っていた人も、負傷して蹲っていた人も、呆然と立ち尽くしていた人も。
妖魔の群れの襲撃を受け、あわやに陥ったこの街を、あの人が救ってくれた。妖魔を撃退したばかりか、復元までしてくれた。
「街一帯に広範囲の治癒を流して。ただし、あくまで応急手当てだから、怪我が酷い人には並行して治癒霊具を配布しなさい。重傷者、婦女子、老人を優先に。妖魔の気に侵食された者は浄化が必要な場合もあるから、処置の列に並んでもらって。回復と浄化役の神官を配置する」
矢継ぎ早に指示を出す声が、風に乗って届く。自分にとっても街にとっても恩人であるその人を遠目に見ながら、誓った。
自分の命はあの人に救っていただいた。だから自分の一生は、あの人に捧げよう。あの人のために生きよう。
徴を発現し、憧れの人と同じ職場に行けることになったのは、その少し後のことだった。
◆◆◆
真っ白な空間に、ポンと光点が灯る。一つ、また一つ。ゆっくりと、静かに、しかし確実に増えていく丸い輝き。上も下も、右も左もない空間に張り巡らされた格子状の神威を伝い、スルスルと駒のように動く。
上方からぼんやりとそれを俯瞰していた影は、緩慢に視線を巡らせ、別の方向を見た。一切の光明がない暗闇の領域を、神威の檻が囲っている。牢獄の中にあるのは、絶望の運命を示す黒い盤面。だが、檻の一角は破壊され、黒盤の中に駒は一つもなかった。
『……我が神威を打ち破ったか。一体誰が』
例の無礼な血筋が絶えなければ、末裔も神罰の影響を受ける可能性はあった。あの神罰は、あくまで落とした本人を対象にして発動するものだが、人間一人で受け切れる質量ではない。子々孫々まで脈々と続いていくことも考えられた。
眠る前にそんな推測を立てたが、それはおそらく正しかったのだろう。自分が寝入った後も、黒い盤面の中に光が現れては消えた形跡を感じた。
だが今、黒盤の中は空っぽだ。不幸と絶望の檻に閉じ込められていた駒を、いずれかの神が救い出した。
ふらりと影が消え、次の瞬間黒い盤面の前に移動する。盤上を覗き込もうとした時、空間が揺らいだ。
『……ん?』
寝ぼけ眼のまま、ゆらりとそちらに目を向ける。
《畏れ多くも、大いなる神に奏上申し上げます――!》
切羽詰まった声が響いた。
「もう大丈夫だよ」
そう言って差し伸べられた手は、まだ幼子だった自分にはとてもとても大きく感じた。
「助けて下さってありがとうございます」
おずおずと礼を言うと、その人は柔らかに微笑んだ。すぐに踵を返し、怪我人を救護する指示を出しに行ってしまう。
周囲を見回せば、あちこちから煙が上がり、何かが焦げた臭いが立ち込めている。景観の良かった街並みは破壊され、砕けた瓦礫や破片が散らばる惨状だ。
あっという間に遠くなったあの人が、手を天に掲げる。集った甚大な力が渦を巻き、一陣の風となって街を吹き抜ける。穏やかな風に撫でられた後、壊滅級の被害を受けたはずの街はすっかり元通りになっていた。
人々の間から歓声が上がる。手当に走り回っていた人も、負傷して蹲っていた人も、呆然と立ち尽くしていた人も。
妖魔の群れの襲撃を受け、あわやに陥ったこの街を、あの人が救ってくれた。妖魔を撃退したばかりか、復元までしてくれた。
「街一帯に広範囲の治癒を流して。ただし、あくまで応急手当てだから、怪我が酷い人には並行して治癒霊具を配布しなさい。重傷者、婦女子、老人を優先に。妖魔の気に侵食された者は浄化が必要な場合もあるから、処置の列に並んでもらって。回復と浄化役の神官を配置する」
矢継ぎ早に指示を出す声が、風に乗って届く。自分にとっても街にとっても恩人であるその人を遠目に見ながら、誓った。
自分の命はあの人に救っていただいた。だから自分の一生は、あの人に捧げよう。あの人のために生きよう。
徴を発現し、憧れの人と同じ職場に行けることになったのは、その少し後のことだった。
◆◆◆
真っ白な空間に、ポンと光点が灯る。一つ、また一つ。ゆっくりと、静かに、しかし確実に増えていく丸い輝き。上も下も、右も左もない空間に張り巡らされた格子状の神威を伝い、スルスルと駒のように動く。
上方からぼんやりとそれを俯瞰していた影は、緩慢に視線を巡らせ、別の方向を見た。一切の光明がない暗闇の領域を、神威の檻が囲っている。牢獄の中にあるのは、絶望の運命を示す黒い盤面。だが、檻の一角は破壊され、黒盤の中に駒は一つもなかった。
『……我が神威を打ち破ったか。一体誰が』
例の無礼な血筋が絶えなければ、末裔も神罰の影響を受ける可能性はあった。あの神罰は、あくまで落とした本人を対象にして発動するものだが、人間一人で受け切れる質量ではない。子々孫々まで脈々と続いていくことも考えられた。
眠る前にそんな推測を立てたが、それはおそらく正しかったのだろう。自分が寝入った後も、黒い盤面の中に光が現れては消えた形跡を感じた。
だが今、黒盤の中は空っぽだ。不幸と絶望の檻に閉じ込められていた駒を、いずれかの神が救い出した。
ふらりと影が消え、次の瞬間黒い盤面の前に移動する。盤上を覗き込もうとした時、空間が揺らいだ。
『……ん?』
寝ぼけ眼のまま、ゆらりとそちらに目を向ける。
《畏れ多くも、大いなる神に奏上申し上げます――!》
切羽詰まった声が響いた。
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