神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘

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第5章

26.混乱のるつぼからの脱出

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《けれど、ライナス様……》
《説得に失敗すれば、ライナス様方は間違いなく天に連れて行かれてしまいますわ》

 アマーリエとリーリアは諦め切れず声を上げるが、先達たちの目は揺らがない。ランドルフとルルアージュ、裕奈と当利も冷静な面差しを崩さない。帝国の大公家ないし皇国の一位貴族の家に生まれた彼らは、誕生時どころか胎児の頃から特殊な専用教育を受け、神官に必要な精神制御マインドコントロールを叩き込まれている。

《私とディモスも残り、神々へのご説得をします》
《いや、聖獣たちも出るんだ。失敗すれば昇天になってしまうのだから。主人と共に行きなさい》

 残留を申し出た聖獣たちだが、当波が一緒に行くよう促した。

《では転移させる。天堂の外に出すから、棟自体から出るか棟内に留まるかは、自分たちで判断しなさい。状況が変わり次第、こちらの誰かから念話する。それまで身を潜めておいで》

 時空神の言葉と共に、アマーリエの視界が歪んだ。一瞬後、周囲に充満していた熱気が消え、広々とした廊下が視界に映る。天堂から出られたらしい。

「棟から出るか? 異空間となっているのは棟内だけだ。外に出てしまえば地上の領域になるため、オーネリア様方の説得が上手くいかなかったとしても、神々は降臨を控えて追って来ないかもしれない」

 アリステルがフルードとアシュトン、恵奈と当真を見て言う。

「だが、それでも諦めない可能性もある。単発かつ短時間であれば地上への降臨は認められるのだし、天の規則をどこまで遵守するかは各神の一存だ。こうまでなった以上、最高神のお叱りを受けることになろうとも退かぬという意志で追撃する恐れもある」

 リスクがある賭けだ。フレイムたちの力で気配をこちらの消してもらうなどすれば、ある程度は追跡をかわすこともできるだろう。だが、それも完全ではない。強硬派には戦神と闘神を始め、フレイムたちと同格の神が複数いる。発見されることも十分に想定できた。

 アシュトンが宙を睨んで思案する。当真が口を開いた。

「仮にそうなった場合、神々と僕たちの追走劇に地上が巻き込まれるね」

 元々、遊運命神の襲撃に人間を巻き添えにしないために、人界から隔絶された天堂に集うことにしたのだ。それを逆手に取って、業を煮やしていた神々の大半が押し寄せるという想定外の事態になってしまったが。

「後で治癒や復元ができるとしても、不要な騒ぎは極力起こしたくないよ。記憶除去を併用したって、巻き添えを食った側は一度は恐怖を感じるんだ。元通りにできるから、忘れさせられるから良いというものじゃない」

 その言葉に、聖威師たちが同意を示して大きく頷いた。ただ一人、フルードだけは無言で青ざめ、やおら口に手を当てる。話し合いに集中しており、それに気付かない恵奈が続けた。

「そもそも、神々は一瞬でどこへでも移動できるのだから、物理的な距離は関係なくてよ。外に出て遠くに逃げようが棟内に留まっていようが、同じことだわ」
「やはり棟からは出ない方が良いか。だが、地上に逃れてしまえば神々が諦めて下さるという確率もなくはない。……あるいは、外に出る組と棟内に残る組に分かれるのも有りだな。絶対に踏ん張らなくてはいけないのは、まだ寿命が多く残っている次世代たちだ」

 アシュトンが顎に指を添えて呟く。アマーリエたちは現役の大神官と神官長たちが下す判断を見守っている。どのみち正解はないのだ。後になって結果が分かってから、その選択が良策であったか悪手であったか判明するだけ。現時点ではどの選択肢にも一長一短がある。

『セイン、大丈夫か』
『フルード』

 不意に、皆の様子を静観していたフレイムとラミルファが声を上げた。皆がハッとそちらを見る。口元を抑えたフルードが、切れ切れに言葉を発した。

「だ、だい、じょうぶで、」

 だが、全て言い終わる前に、指の間から鮮血が迸る。そのまま崩れ落ちそうになるところをフレイムが支えた。

「フルード様!?」
「しっかりなさって下さいまし!」

 アマーリエとリーリアが顔色を変える。アシュトンたちも駆け寄り、辛そうな顔で唇を噛んだ。

「フルード君、大丈夫?」
「強硬派の神威を浴びましたものね。主神たちが大部分を中和して下さっていたとはいえ……」

 当真と恵奈が囁き合った。だが、フルードはすぐに体勢を整え、足に力を込めて自力で立った。フレイムが痛ましげな眼差しを向けながら神威を使い、飛び散った血を一瞬で綺麗にしてやっている。ラミルファは無表情だ。自身の掌中の珠を見つめ、何かを考えている。

「申し訳ありません。心配しないで下さい」
「いえ、すごく心配になりますけれど……」

 控えめに言うアマーリエだが、当人は婉然と微笑んだ。その面がいつにも増して透き通っているのは、失血のためか具合が良くないせいか――死相が現れ始めているからか。

「今は私のことを気にかけている時ではありません。余命いくばくもないどころか寿命を超えている私は、本当はライナス様たちと共に天堂に残りたかったくらいなのですよ」

 それでも、現役の大神官である以上、自らが捨て石になるのは最終手段だ。

「もし神々が追ってくれば、次は私が説得役に回ります。喀血しながら懇願すれば、先方も絆されて下さるかもしれません」

 そんな姿を見れば、むしろ早く昇天させて楽にしてやりたいという想いに火が付きそうだが。

「とにかく、今は今後の進み方を決めなくては。棟から出るか否か――」
「ねーねー、俺たちも入れてよぉ」

 ふんわりした美声が響いた。目を向けると、棟の窓ガラスの向こうに、壮絶な美貌が二つ並んでいる。

「皇帝様!」

 紺月帝こんげつていクレイスが親しげに、黇死皇てんしこう秀峰しゅうほうが無表情で、それぞれパタパタと手を振っていた。
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